夕飯
しばらく待っていると、他のメンバーが部屋に戻ってきた。
正直、あと30分くらいは風呂に入っていると思ってたから驚きだ。
「玲羅、浴衣似合ってるよ」
「き、急になんだ!……その、ありがとう」
そんなやり取りを見た蔵敷は、俺に耳打ちをしてきた。
「なあ、前から思ってたけど、本当に天羽さんなのか?」
「は?」
「いや、俺の知ってる天羽さんって、もっと男に冷たいイメージがあるんだよ」
「ああ、そういえばそうだったな」
原作で、彼女は主人公以外の男には基本的に塩対応の女子だった。正直、昔の彼女しか知らない人なら、今の姿を誰も信じないだろう。
もはや、そっくりの別人と言われたほうが納得がいく説だってある。
「な、なあ、本当に天羽さんなのか?」
「は?正真正銘、私は私だぞ」
「いやさ、今更だけど、全然印象違うな―、って思って。あんなにクールな人だと思ってたのに、翔一にはデレデレだから」
「で、デレデレなんか……」
「してるだろ」
「してるね」
「してるわよ。むしろ、あれがデレじゃなかったら、あなたにとってのデレって何よ」
蔵敷の言葉に狼狽えて、反論をしようとする玲羅だがほかのメンバーの言葉に完全に黙らされてしまった。
まあ、そのくらいにしてあげようぜ。悪いことしたわけじゃないしさ
「別に、デレじゃなくてもいいよ。玲羅がそばにいてくれるなら、それだけで幸せだから」
「し、翔一……私だって、お前がそばにいてくれるだけで幸せだ!」
「あ、デレた」
「~~~っ。恥ずかしい……」
そう言いながら彼女は自分の手で顔を覆ってしまった。
まあ、彼女にとってのデレとはなんなのか小一時間程聞きたいが、正直顔を真っ赤にしてフリーズする未来が容易に想像できる。
玲羅が全員にいじられて俯き始めたころに、ちょうどいい時間になったので俺たちは移動を始めた。
これから、飯を食いに行くんだよ。
「美織、浴衣の前はちゃんと閉めろよ」
「だるいからパス。締め付けられる感覚が嫌なのよ」
「わけわからんことを言うな。ちゃんと服は着てくれ」
「……わかったわよ。早くしなさい、置いてくわよ」
美織のそんな言葉を背中に受けて、俺は急ぎでほかのメンバーの忘れ物がないか確認する。
すると、部屋の扉が閉まり、外から中が見えなくなってしまった。
と、同時に玲羅が俺に抱き着いてきた。
彼女は俺の後ろからバックハグをするつもりで来たのだろうが、あいにく俺が扉の閉まる音に反応して振り返ってしまい、正面のシンプルハグになってしまった。
「ぎゅー」
だが、彼女はお構いなしに腕の力を強めてくる。その時に聞こえてくる彼女のかわいらしい言葉もまた癒される。
「そういえば、ちゃんとハグしたのは久しぶりだな」
「寝るとき、いつも抱きしめてるじゃないか」
「そうじゃなくて、普通のハグは久しぶりでしょ?いつもはキスだったから」
「べ、別に翔一の体が目的じゃないんだからな!」
「どうしたどうした。でも、こうやって愛情表現をしてくれるところ、俺は好きだよ」
「わ、私も、なんでも受け入れてくれる優しい翔一が好きだ……」
「じゃあ、みんな待ってるし―――」
「―――ああ、行こう」
そう言うと、俺たちはお互いの腕を放し、一緒に部屋を出たのだった。
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食堂に着くと、スタッフの人が席に案内してくれた。
このホテルは、海鮮系の料理のビュッフェスタイルでやっているらしく、中には固形燃料を入れて貝を網焼きにするといった中々面白いものもあった。
まずは各々が好きに食事をとってきて、席に戻ってきた順に食べ始めた。
一番最初に着いたのは俺。そんなに取ってないし、当たり前だ。
足りなければ、2回目以降で取ればいい。
その次に戻ってきたのは、玲羅だった。正直意外だ。
「む……少ないとか思ってるだろ」
「うーん、玲羅って普段もっと食べてるから」
「そ、そうだが……やっぱり体重も気になるんだ……」
「あー、でもそこまで偏った食事取ってないはずだから、そんなに体重増えてないはずだよ?」
「い、いや、いつか増えるかもしれないだろ……」
「玲羅、ちょっとこっち見て」
俺は玲羅をこっちに向かせて、ほっぺをつまんだ。
彼女は、「ほぇ?」とかわいらしい声を出したが、かまわずに続けた。
「玲羅のぷにぷにのほっぺたも好きだし、ムチッとした玲羅も魅力的だ。それにね、俺の料理で笑顔になってもらって、その上に俺ので幸せ太りされたらたまんないよ」
「で、でも、翔一は太った私と一緒に―――」
「じゃあ、これからは毎日学校が終わったら走ろうか。運動すれば、少しはマシになると思うよ」
「そ、それなら……」
「だから、こういうとこで我慢しちゃだめだ。金出してくれてる美織にも失礼だから」
「そ、そう言うのなら、もう少し食べようかな……あ、あとさ―――」
「ん?」
最後になにかを言おうとはしているが、彼女は中々切り出さない。それほど恥ずかしいことを言うのか?
そう思っていると、彼女の攻撃は突然来た。
「―――絶対に、絶対だぞ」
「なにが?」
「絶対に翔一のお嫁さんにもらってくれよ」
「……っ!?―――当たり前じゃん。嫌って言っても、婚姻届け出すからね」
「それって犯罪じゃ……ま、まあいい。こんなにした責任取ってくれよ」
「ふふっ、無責任になった覚えはないよ」
玲羅は、すごく顔を真っ赤にしているが、やっぱり頭を撫でても特に払いのけたりしない。俺はそんな姿が可愛くて可愛くて仕方なかった。
本当に、大好きだなあ。
「ホタテの殻、開いてるよ」
「あ、本当だ。じゃ、じゃあ、いただきます―――んー、おいしい!」
「あー、可愛い!」
「ちゃ、茶化すな!」
彼女とイチャイチャしていると、次に結乃が戻ってきた。どうやら、美織はうろうろしていて全戻ってこないらしい。蔵敷と奏は一緒に回っていて、もう少し時間がかかるようだ。
「にしてもなあ、ホタテ、ハマグリ、サザエ、刺身に寿司。味噌汁、ラーメン、スパゲッティ、ケーキ……取りすぎだよ。てか、デザートはちゃんと後から取っておけ。いや、個人の自由だけどさ」
「いいじゃん。普段、こんなの食べようとしないじゃん」
「そうだけどさ。人の眼もあるから、何回かに分けよう?一気にそれだけとると、すごい好奇の視線が集まるんだ」
「はむはむ……」
「返事はしなさい……」