風呂
部屋に入ると、その豪華な間取りがあらわになり、美織や俺を除いたメンバーが驚きの声を上げた。
「うお、すげえな。ベッドにダーイブ!」
「やめろよ、馬鹿」
「ぐえ……」
部屋に入ってすぐに、ベッドに飛び込もうとした蔵敷を、俺は空中で掴んだ。襟をつかんだのがまずかったのか、苦しそうにしていたが天罰ということにしよう。
「いいじゃんかよ。見たことないくらいでかいんだぜ」
「飛び込むのはいいけど、まずは風呂に入るぞ。体あらって、着替えてからだ。みんなもそれでいいよな?」
「私は構わない」
「まあ、言っても夕飯までやることないからね」
そんなわけで、俺たちは男女に分かれて浴場に向かった。
俺は、これでも15年以上男をやっているので、蔵敷と風呂に入る。
脱衣場に入り服を脱ぐと、俺の体を蔵敷がまじまじと見てきた。
「前から知ってたけど、やっぱり翔一は体の鍛え方とかすごいな」
「まあ、そういう家だったからな」
「本当に、すごいな所々に傷もあるけど、これぞ男みたいな体してるから、俺も自信なくしちまうよ」
「いや、お前も十分ガタイいいだろ?ていうか、それ以上筋肉つけてもダルマみたいになるぞ」
「それは嫌だな……」
お互いに体の話を軽くして、俺たちは体を洗った。
隣では、彼も体を洗っているのだが、突然わけのわからない質問をしてきた。
「なあ、そういえばさ、高校の友達がさ、風呂でやってるらしいんだよね」
「なにを?」
「ナニをやってるんだって」
「ソロ?」
「うん」
「まあ、すぐ洗えるし効率的に生きてるんじゃない?」
「おかずはどうしてんだろ?」
「知るかよ。ていうか、俺ってそういうのしたことないし」
「したことないの!?」
あー、今の言葉は少し語弊があるな。
別にその行為自体をしたことないわけじゃない。ただ、他人でするという感覚がないだけだ。
「あんまりビデオとか見ないんだよ」
「ほえー、彼女がいるやつは違うな」
「いや、俺が特殊なだけだと思うよ」
「そうか?まあ、どうでもいいか」
「話振ってきたのにそれはないだろ」
話をしながら俺たちはゆっくりと風呂に浸かって、体の疲れをいやすことに専念するのだった。
―――ちょっと時が戻って
「さあ入るわよ!」
そう言うと、美織は勢いよくすべての衣服を自身から剝ぎ取って、勢いそのまま浴場に入っていった。
「条華院さん、勢いがすごいね。恥じらいとか―――同性の私でも少しは恥ずかしいのに」
「そうだな。だが、あれが美織だ」
「そういえばさ、条華院さんって椎名君の幼馴染なんだよね?」
「む……?それがどうしたというのだ」
「天羽さん的にはどうなの?椎名君と仲良くしている異性の幼馴染って」
「どうと言われても……」
奏の質問に、玲羅は即答できなかった。
正直なところ、考えたこともなかった。
最初の頃こそは、嫉妬のような感情はあったが、2人の事情を知ってから特に何も思わなくなった。というより、2人の距離感は恋人というより、いたずらをする悪友同士という感じが強い。
そして何より、玲羅を心配させない要素があった。
「まあ、私は翔一を信じているからな。ただ友人が仲良くしているというくらいにしか思っていない」
あんなに愛を伝えてくれる男が、浮気なんてするはずがない。
それが、玲羅の自分の彼氏を疑わない理由だ。
毎日頭を撫でて、キスをして、愛してると言ってくれる。どこに疑う余地があるというのだろうか。
「へー、私にはちょっと無理かも……」
「なにがだ?」
「私ね、蔵敷君の元カノって言葉が出た時、ちょっと嫌な気持ちになった。椎名君の話だと、とんでもないクズだけど、でも蔵敷君と付き合ってるのは事実だから嫉妬した」
「いいんじゃないか?」
「へ?」
「翔一も、私のことを、たくさんある私の考えを全部認めて、肯定してくれる。そこまでとは言えないかもしれないが、奏が嫉妬するその気持ちも立派な『好き』の形だろう?」
そう言うと、玲羅は奏の手を取った。
「奏、私はお前の恋を応援している。だから、もっと自分を出していくんだ。今日の夜がチャンスだぞ」
「……うん!ありがと、天羽さん」
お互いにそう言いながら手を握る。両者の眼には、誰にも見えないが熱き炎がともっているように見えた。
「なにやってるんですか?義姉さん。奏先輩」
「あ、いや、その結乃……これはだな」
「2人で愛を言い合ってたんだよ」
「ちょ、なんか違う!」
奏の言葉に結乃は、ジトッとした目を向けながら玲羅たちを見た。
その視線を継続したまま、結乃は美織のいる浴場の扉に手をかけてから、こう言った。
「百合は嫌いじゃないですけど、場所は選んでくださいね」
「だ、だからそういうのじゃないんだって……」
「あはは、行っちゃった」
「どうしてくれるんだ!」
それから遅れて2人が入ると、すでに美織は湯船につかっておっさんみたいにゆっくりとしているのだった。
「うひゃあ!?なんかビリビリって!」
「義姉さん、そこ電気風呂……」
「わひゃああ!?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……いい湯だったなあ。って、椎名君?」
「ああ、奏か」
奏が風呂から上がると、脱衣場の前の待合広場のような場所でベンチに座っている俺がいた。
俺は長湯するタイプではないので、すぐに上がってきていたが、他のメンツがもっと遅く出てくると思っていた。
「早いな」
「まあ、私も長湯する人じゃないからさ。水気の多いところでスマホもいじりたくないし」
「そうだな。そんな長時間入る意味ないよな」
「それな。正直、さっさと上がってご飯食べたい」
「めっちゃわかるわあ。結乃も玲羅も、なんなら美織も風呂長いかんなあ」
「先に部屋戻ってる?」
「……そうすっか。あと1時間くらい出てこないだろ」
そういうわけで、俺と奏は部屋に戻るために歩き始めた。
歩き始めは特に会話もなかったが、彼女が話題を持ちかけたことによって会話が始まった。
「私、蔵敷君にアプローチしても大丈夫かな?」
「どうした?」
「天羽さんに自分を出せって言われたけど、出し過ぎて嫌われてないかな……」
「あいつは嫌だったら、本気で拒絶する。だから、少なくとも奏は蔵敷に拒絶されてないよ。だから、もう少しせめても大丈夫だ。それに、さっき少し聞いたけど、蔵敷はお前のこといい人って言ってたぞ。俺にはもったいないくらいの人だとも言ってたしな」
「そんなことを……」
「ああ、だからなんつうか、あいつを心の奥から助けてやってくれ」
「……うん。じゃあ、私に協力してよ!」
「急に図々しいな」