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米粒の取り方

 各々が、飲み物や自分の食べたいものを追加で買ってきたりして、ようやく昼食が始まった。


 俺が作ってきた弁当は、王道におにぎりとか唐揚げだ。

 なに?運動会の王道だって?知るか。いつ食ってもうまいからいいだろ。


 弁当の蓋を取った瞬間に、その見た目から全員が感嘆の声を漏らした。いや、ただ一人を除いて。という表現の方が正しい。


 俺の妹の結乃は、ただ何も言わずに俺の唐揚げをほおばって咀嚼し始めた。


 「ゆ、結乃……せめていただきますくらいは」

 「……お兄ちゃんにそういうのはいらない。お兄ちゃんは言葉でごちゃごちゃ言うより、黙っておいしそうに食べてた方が、嬉しいの」

 「結乃、ごはんを食べられるのはなにも翔一のおかげだけじゃないんだぞ。農家の人たちも……」

 「まあまあ、天羽さんもこういうときは大目に見てあげよう?」

 「……むぅ―――いただきます」


 ただ結乃のその態度が少し鼻についたのか、玲羅が注意するがそれを見た奏がなだめてその場の空気が悪くなることはなかった。

 玲羅も気にしすぎだぞ。まあ、結乃の態度もあんまりよくはないな。


 「ほら、玲羅も食べて。玲羅がおいしそうに食べてる姿がなによりも癒しになるから」

 「た、食べにくい……」

 「じゃあ、私がもーらお」

 「あ、美織!それは私のだぞ!」


 そう言って、美織が玲羅から唐揚げを奪う前に口に運ぶ。


 俺の作った唐揚げを食べた玲羅は、「んー!」と言いながら足をじたばたとさせた。

 よほどおいしかったのだろう。


 「玲羅、おいしいか?」

 「ああ、すっごくおいしい」

 「それは良かった」


 それからは弁当の方はみんなから評価がよく、俺としてもうれしい限りだった。

 だが、結乃と玲羅の食べる速度が尋常じゃなく、すぐに箱の中身がなくなってしまった。


 一同、すごく残念そうな顔をしていたが、俺が持ってきていたでかめのカバンから二箱目を出すと、パーッと全員の表情が明るくなった。


 「はむはむ……椎名君、本当に料理うまいね」

 「そうか?うちの料理人の方がうまいだろ」

 「そうなの?これより美味しいって……そうだ、私に料理を教えて!」

 「料理を?別にかまわないけど」

 「やった!」


 奏の願いを簡単に聞き入れると、別の方向から上着をちょこちょこと引っ張られるような感覚に合った。そっちに目を向けると、玲羅が少し恥ずかしそうに眼を泳がせながら言った。


 「わ、私にも……」

 「おーけい、毎日マンツーマンで教えてあげる」

 「そ、その……よろしくお願いします……」


 あはは、照れてる玲羅可愛い


 俺はそんなことを考えながら彼女の頭を撫でた。玲羅も嫌ではないのか、恥ずかしいけどあんまりみんなの前で俺の手を払いのけたくないのか、俺の手をおとなしく受け入れてくれていた。


 すると、奏が少しそわそわしているのが見えた。


 おかしいなとおもいながら、奏の視線の方を向くと――



 ―――蔵敷の頬におにぎりのであろう米粒がついていた。

 彼女は、それをどうやってとるのかを悩んでいるのだろう。


 やはり王道の取ってから自分が食べるをするべきか。それとも、米粒を取った指を蔵敷に突っ込むべきか。ものすごく悩んでいるな。


 と、俺も玲羅のほっぺに米粒がついていることを発見したので、奏に聞こえるようにこう言った。


 「玲羅、動かないで」

 「へ?え、え、え……?」


 突然近づいてくる俺の顔に戸惑ったのだろう。

 いつもなら、俺が玲羅に熱いキスをしているからな。だが、玲羅の期待ははかなく散り、その代わりに俺の唇は玲羅のほっぺたに投下された。


 「米粒ついてるよ」

 「へ?あ、ありがとう……?」

 「食べる?」

 「いま、翔一の口の中じゃないか?」

 「だから食べる?」

 「そんなわけあるか!」


 なんだ、口移しで雑炊食べてたくせに!

 そう言おうとしたが、これは俺にもダメージがあるので言わないようにした。


 俺の行動を見た奏はというと、顔を真っ赤にして蔵敷に話しかけている。


 「く、蔵敷君……」

 「ん?なんだ?」

 「そ、そのじっとしててね……」


 おー、本当にやろうとしてる。すごいな。

 正直なところ、俺しかできないと思ってた。さすが奏だ


 そう思ってみていたのだが、最後最後でチキった奏は、至近距離まで顔を近づけて、最終的に米粒を指で取った。


 「……はい、ご飯粒ついてたよ」

 「あ、ありがとうな……それ、どうするの?」

 「えへへ……」


 パクっとおもむろに奏は手にした米粒を食べた。

 その行動に、蔵敷は度肝を抜かれていたが、奏が顔を真っ赤にしながら羞恥に耐えて米粒を食べている姿に見惚れている時間の方がなにかと長かった。


 「そうだ、翔一」

 「ん?なんだ美織」

 「この後暇?」

 「暇と言えば暇だけど……」

 「じゃあ、この後は全員でホテルに宿泊よ」

 「は?」

 「聞いてる?」

 「いや、聞いてるけどさ。ホテルに泊まるって言った?」

 「いいじゃない。私たちも夏休みだし、花の高校生よ。楽しみましょうよ」

 「俺はいいけど、他の奴は?」

 「奏さんと蔵敷はもう了承してるわ」

 「玲羅たちは?」

 「翔一が来るのなら、だって」

 「ますます断れねえじゃん」


 と、まあまったくもって断る理由が与えられなかったが、これと言って嫌なわけではないので、俺も今日は美織の取ったホテルに泊まることにした。


 それから午後も海で楽しんだ。


 波にさらわれて水着が流されるといった王道の展開などは起きもせずに、ついに浜辺の開放時間の終了時刻が来てしまった。


 少し名残惜しいが、まだこのメンバーで宿泊する。これから、まだまだ楽しい夜になる。そう思っていたのだが―――


 「こちらがお部屋の鍵になります。お風呂は―――」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待って。美織、カモン」

 「なによ?」


 俺はフロントの人に話を聞いて、驚いた。なんせ、一部屋しか予約がとられていなかったから。


 「なあ美織。お前、何部屋予約した?」

 「一部屋よ?」

 「お前なあ、男と宿泊って……」

 「いいじゃない。あなたは夜中に女子を襲うようなクズじゃないし、あなたがそんなクズを友人にしないでしょ?」

 「そうだけどさ」

 「私は、あなたたち全員とお泊りしたいの。わかってくれる?」

 「……わかったよ。でも、自宅みたいに裸族になるなよ」

 「それは保証しかねるわ」

 「やっぱ、今からでも二部屋にしてもらおうかな」

 「ふっ、無駄よ。ここはもう満室だわ」

 「クソ……」


 そういうわけで、俺たちはただのホテルの一室でなんの境界線もなしに男女の宿泊が始まった。

 本当に、美織が心配だな。

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