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少年アラキは死を運ぶ  作者: 久方優那
第一章 ファーストステップ
4/6

一日目-2 チュートリアル

 前回までのおさらい


 通学のためバスに乗ったら、なぜか僕は見知らぬ場所に転移していた!

 どうやらここで、『挑戦者』と呼ばれる十人が、“三日後まで生き残る”ことがクリア条件のサバイバルゲームに参加させられたようだ。クリア後の報酬は、生き残りが少ない方が良いみたいで超物騒。自分のステイタスや装備などを確認してから、【魔法剣士】になったらしい僕はとりあえず周囲の探索をはじめたのであった……まる




 ところで、RPGゲームの序盤といえば、必ずと言っていいくらい実装されているのがチュートリアルである。

 頼れるNPCのガイドで操作方法を学んだりするのが定番で、僕は割とスキップしたい派の人間だったのだが、この身に降り掛かってみれば詳細な闘い方を教えてほしいと心の底から思ってしまう。


「もしもし、もしかして君が僕のガイド役を任された妖精さんですか?」


 全身緑の肌に、でっぷりと出た下っ腹。

 人と同じように衣装を纏うおしゃれさんな三角頭巾のちびっ子たちに、僕は剣を抜いて尋ねてみた。


「グギャ、グギャギャ」

「ギャー、ギャギャー!」

「デュフ、デュフフフフ」


 うん、まぁそりゃ違うよね。言葉通じねぇ。

 明らかな蛮族スタイルをした緑の妖精こと、ゲームでお馴染みの雑魚モンスター、ゴブリンである。


 僕はどうしても彼らに勝てる未来が見えなかった。

 第一に数の不利。武術も剣術も、喧嘩の心得すらない人間がどうして数の暴力に勝てるのか。

 第二に、彼らの手に持たれた石のナイフが純粋に怖い。僕だって武器を向けているのだからお相子のはずなんだがメンタルの時点で負けている。

 あんなの刺されたら痛いやつだろ。切れ味が悪そうだから中途半端に肉を抉るだけ抉るグロ性能だ。何度も何度もあのナイフに刺されてお陀仏になる未来が見える見える。

 第三に挙げるなら、僕はまだ自分の力量も相手の力量も知らないと言ったところか。


「逃げるが勝ちなんだけどなぁ……君たち、めっちゃ足速いじゃん」


 そもそも、森を歩いている最中、二匹いるところに遭遇して不利を悟って逃げたらすぐに追いつかれ、なんか一匹増えてる……となっていたのが現状だ。


 助けなんて呼べないデスゲームで僕が取れる選択肢は、立ち向かう以外になかった。


「ナイフに、盾と、アクセサリー……角笛か?」


 生憎と自分の装備ではないため情報は得られない。

 身につけているボロ布に関してもステータス補正があるのなら見た目以上に強いことも考えられるし、正直、序盤の敵として間違ってないかと思うシチュエーション。


 予想が正しければあの角笛は仲間を呼ぶアイテムで、未だなお切り抜けられるかわからない数の差がさらに広がるきっかけになるだろう。


「落ち着け。経験はなくても、スキルがある。曲がりなりにも〈剣術〉があるんだからここで検証して、もし何もなければ死ぬだけの話だ」


 その時は潔く死んでやる。

 ナイフと盾を持った前衛が二体。角笛を首から下げるデブ個体は後方で笛を吹く。


 ブォオオオ、と低音が響いたその瞬間、赤いオーラが前衛に纏われたのを目撃する。


「……っ、味方強化型(バッファー)か!?」


 まずい、ダメだ。見誤った……っ。

 動きの過敏さがさっきまでとは段違いだ。

 仲間を呼ぶだけの後衛だと思っていたばかりに、驚いて反応が遅れてしまう。


「ギャギャ、ギャ……!」

「ギャー、ギャギャギャー」


「くっ……」


 あくまでも、僕が持つ武器とチャンバラすることを狙うつもりはないらしく、左右から挟撃する形で僕の身体を直接狙ってきた。これが殺気に当てられる感覚。

 滑りそうになる砂利が多い土をしっかりと踏み締めて、バックステップ。まずは180°の位置を取られる不利を潰す。咄嗟にしては良い動きだ。

 そうしている間に、僕の中の時間が加速した。

 いや、バスの時と同じような感覚――外の世界から隔絶されたような体験だ。



[新城才琉の経験値からスキル〈思考加速〉を復元しました]



 邪魔、消えろ。

 パッと現れ視界を塞いだガイドを消えさせて、剣を強く握りしめる。

 120°とは言わずとも、60°の余裕ができた。二方向への注意は必要ない。あとは前に集中するだけでいい。


「ふっ……」


 剣を後ろに溜めをつくる。そうした方がいいのだと、直感があった。

 これが〈剣術〉のスキルによるものかわからないが、溜めのあとの動きが決められていないのがかえって不自由だ。正解が見えない分、次の動きの選択肢が多すぎた。

 次はどうする。すばしっこくて小さい敵相手に、縦? 横凪ぎ? 振り斬った後、すぐに次の対処に向けて再起できるか?

 腕力が足りない。次の一手が定らない。ならばもう、考えるな!


「思いっきり、吹っ飛ばす……ッ!」


 まとめて斜めに、斬り上げる。


「グギャァイ!?」

「ギャー、ギャギャ!」


 まず手前のやつが、まともに会心の一撃を受けて地に伏せた。

 肌の不気味さとは裏腹な健康的な赤い血が噴出。料理以外で初めて肉を断つ感触を知った。気持ち悪い。でも弱音を吐いていられない。

 後に斬りつけた方は威力も落ちて吹き飛ばされるだけで致命傷を逃れたようだが、倒れてしまった同胞を見て怯んだのか、続け様の攻撃はなかった。


「一撃……? 案外やれるもんだね――まずは一匹」


 時間が経つと、死んだゴブリンの遺体は蒸発したように光の粒子となって消えた。

 光の粒子は、僕の元へ飛んできて、まるですり抜けるように吸収される。

 僕が持っている術理剣グラドも同様のようで、複製された光の粒子を一緒になって吸収しているみたいだ。


 これがゲームで言うところの経験値というやつか?


[緑の妖鬼・ゴブリンを討伐]

[経験値を獲得しました]


 はいはい、確認後にするから視界を塞がない。

 ガイドを消して、切っ先を残る二匹のゴブリンたちに真っ直ぐに向ける。


「さて、どうやら僕は君たちより強いらしいから大人しく経験値になって貰おうかな」


 人は自分より下を見つけると残酷になれる。

 僕は悪者顔でニタニタと笑いながら、次の動きを考えていた。


 〈剣術〉や術理剣グラドによるものか、それとも誰にでもできるような技なのか分からないが、現状、“溜め”がとりあえず僕の必殺技であることは理解した。

 どんな技へ移行することもできる創造性は評価できるが、言ってみればそれだけで、まだ慢心できるほどではない。


 仮に僕が愚直に飛び込んだとき、石のナイフが投げられたら?

 避けられず致命傷を負って、最後の生命線でもある身代わり木馬が壊れる心配がある。


 なので慎重に、見極める。


 ナイフを投げられる動作が来ても、この全てが遅い感覚を利用して冷静に射線を見極め、これを去なす。


 なら、走るのはダメだ。それは相手が背中を向けて逃げてからでいい。


 ゆっくりと歩く。距離を縮める。

 獲物のリーチはロングソードの僕に分があって、その分だけ余裕がある。


 一方、また一歩。確実に詰め寄って、武器を持ったゴブリンの足が若干引き下がる瞬間を見た。


 足が浮いた瞬間を狙う。


 腰を低く落として、地面を蹴る。

 慌てたゴブリンがナイフを構えたがもう遅い。確実に仕留めるため、まずはナイフを持った手を切り払う。あまりにも容易く骨ごと腕が断たれて、噴射する血を浴びながら、流れを途絶えさせないことを意識して、一歩。


 地面を踏み締める。

 頭の冴えが怖いほど止まらない。

 モンスターとはいえ生者を屠る冒涜の剣が僕の中にある。


 

 それをなぞるだけでほら、


「グギェ」

「コポォ!?」


 首が二つ飛んだ。

 骨まで易々と切り裂いてしまうのは何事か。

 やばい、なんかめっちゃ楽しくなってきたんだけど。さっきまであった気持ち悪さが、スッと消えてなくなった。


 僕はかつてない万能感に脳が焼き切れそうになる。


「はぁ……はぁ……」


 熱い。胸の奥が、苦しくなるくらい熱を持つ。

 早鐘打つ心臓の音は、十中八九、焦りとかそんな弱音の表れでもなく、ただ楽しかった、スポーツを終えた後の達成感にも似ている。


[緑の妖鬼・ゴブリンを討伐]

[経験値を獲得しました]

[レベルアップしました]



 改めてステイタスを見る。




[あなたのステイタスを表示します]


【魔法剣士】新城才琉 LV.2

 筋力:2 耐久:1 敏捷:1 理力:2 器用:2

―性能評価【F】

スキル

アクティブ

 EX〈■■〉

 A〈魔装〉 C〈剣術〉 C〈魔術〉 E〈一擲〉

パッシブ

 E〈思考加速〉


▼一擲……溜めの状態後、任意の自分の能力値、スキルを一時凍結することで威力上昇。スキル発動中に妨害された場合、不発となる。





 他にも生えてきた新しい項目をざっと確認する。


▼アクティブスキル……任意で発動可能なスキル。

▼パッシブスキル……常時発動可能なスキル。切り替え自由。

▼思考加速……思考力を活性化させるスキル。



 まぁ、見ての通り、見るまでもなかった。

 強いて注意すべき説明されていないことといえば〈思考加速〉があくまでも体感時間を倍に伸ばすものだとしても、自分自身が早く動けるわけではないという当たり前のこと。


 スキルもアクティブとパッシブに二分されたレイアウト変更があったがそれよりも肝心なステイタスだが、レベルアップをすることでちゃんと伸びてくれたみたいだ。


 見た感じ、全能力+1に加えて、職業の特性的に伸びやすい項目にさらに+1されているようだ。

 正直、ゼロから一や二増えたところでどれだけ補正が機能するのかわからないが、装備による追加補正もあるので、有るのと無いのとではやはり違ったものになるだろう。それよりも気になることが一つある。


 アクティブスキルの〈一擲〉は、僕が途中から意図して使えるようになった“溜め”を作るものなんだろうけど、こいつ、いつの間に生えてきたんだ?


 スキルの獲得は基本的に通知が出る、のだと思う。

 現に戦闘中に視界を塞いできて邪魔に思ったが以降も改善される様子はなかった。

 だから生えてきた瞬間を僕が知っていないということは、何かしら特別なシステムが働いたと見るべきか?


 強くなれる分には歓迎だが、そもそも僕がこうして使った力が一体なんなのかすら「知らない」ということはどうにも落ち着かなくなってしまう。


 ゲームだとそういうものとして流していたが、現実に僕がプレイヤーとなってみれば漠然と不安を感じるのは、なぜなのか……。


「あ、ドロップ……?」


 経験値になって消滅したはずのゴブリンの場所に、角笛が転がっていた。戦利品として残ったらしい。僕がそれを拾い上げるとお馴染みのガイドが開かれた。



[緑妖鬼の角笛 を所持しました]


 ▼緑妖鬼の角笛……理力+500。器用+1000。この笛の音色は緑の妖鬼を集めます。また、近くに存在する鬼種族の能力を爆発的に強化します。




「ちッ……!!」


 ガイドを消す。角笛をポーチに仕舞って、僕は周囲から聞こえてきた足音の大群に備えて剣を構える。


「ふざけんな……仲間呼びながら味方強化ってチート持ちかよ。チュートリアルで敗北イベントとか現実じゃ洒落になってないからな……っ」


 草むらがガサガサとかき分けられて、僕はニタニタと笑うゴブリンに四方を囲まれた。


「グギョ」

「ゲラゲラ」

「ギギギグギィ……!」

「ギギガギガ」

「ぐへへ」

「ゲゲゲゴゲダゴゴ」

「ギィ〜ギギギ!」


「不細工、不細工、不細工……どこまでも不細工しか居ないみたいだけどイケメンな僕に嫉妬ですか?」


 数が20にも迫る集団になると、優位で有ると悟る知恵もあるのか、ゆっくりと距離を詰めるようににじり寄ってくる。解決策を考えようとするが、一瞬でも視線の牽制を怠ればそこから飛びかかってくることは必至。流石に〈思考加速〉でも全部読み切るのは無理だ。そこまでの余裕が僕には無い。


 〈一擲〉による一極突破という脳筋プレイしか思いつかないあたり、僕はあまりにもこのゲームのプレイヤーとしてレベルが低いことを思い知ってしまう。


 〈魔術〉が使えない。そもそも、スキルがどういうものなのか検証も碌に終わっていない。


 使える技も〈溜め〉だけで戦闘も初心者。無双タイムは一瞬で潰えて、死の予感がすぐそばまでやってくる。


「……仕方ないか」


 僕は剣を下ろして、片手を目の前のゴブリンに向けた。

 そのゴブリンはさっと盾を用意するあたり、飛び道具への警戒も怠らない戦上手だ。


 頭が回る分ハッタリも効くのだと、今この場で必要のない情報を集積しながら、僕は“奥の手”を切ろうとして。


「――」

「横取り失礼……♪」


 口を半開きに、殲滅するための呪言を唱える前に空から光の雨が降り注いだ。


 一本一本が必中する。脳天を貫かれるもの、心臓が穿たれたもの、目がつぶされ、血を噴出し、一瞬にして僕は鮮血の中心地で立ち尽くすことになった。


 綺麗だった。


 白の星が降り落ちた景色と、一瞬にして咲いた赤い薔薇のような鮮血。


 もっともそれらはすべて、形も残さず消えてしまい、死体全てが経験値の輝きになって、僕をすり抜け、背後に吸い寄せられていく。


 光を追って背後へ振り返ると、そこにはこの世界観に縁遠い、黒とピンクが折り混ざった肩出しのワンピースを着たパッショナブルなサイドテールの少女が、スマホ越しに僕のことを“覗いて”いた。



「へぇ、魔法剣士とか超ロマンじゃん……レベルにしてはスキルも多めだし……いやでも、いくらなんでも1とか2を並べて性能評価【F】ってステイタスは低すぎじゃない? もしかしてそういう偽装してる感じかな」

「……そのスマホ……」

「まぁ、いずれにせよアンタも異能があるみたいだし――油断はしないけど」



 見破られた。


 僕はこの時、初めてこのゲームに参加する他の挑戦者と出会った。


次回更新予定 2022/09/02 19:00

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