1.異変
ゆっくり投稿です…。
「っ!…何、今の……!?」
いつも通り執務を終え、眠る為にベッドへ入った。
その時に見た夢の内容に、慌てて飛び起きる。
驚くほど背の高い建物が乱立する見慣れない景色に、私のものじゃない声と視界。
そして何より私のいるこの世界が、夢の中では遊戯として登場していたこと。
未来視にしては現実味が無い光景に驚きながら目を見張った。
「疲れているのかな…。」
いつも通り支度をして、主人の部屋の清掃に向かう。
あの日、私の目の前で自ら命を絶たれた私の主人。
もういない部屋の主の帰りを待つように、いつまでも綺麗に保っているのは完全なる私のエゴ。
また優雅に微笑みながら朝の紅茶を飲む主人の姿が、私の網膜から剥がれ落ちないように繋ぎ止めるための鎖。
「おはようミスティリア。ノックもしないで入ってくるなんて珍しいね。考え事かい?」
「……………えっ………イ…イール……様……?…………幻覚…?」
今朝方の目覚めの悪い夢のせいでゲンナリとした顔のまま部屋の扉を開けたそこに、私の待ち焦がれていた人が居た。
それもいつも通りの様に、窓辺の椅子に背凭れながら、本を開いて。
「?本当に疲れているんじゃないか?そうだね…うん、他の使用人には内緒でお茶を淹れてあげよう。ミリィ、そこに座っ_____」
「イール様ッ!!!」
「わっ、今日は朝から随分とお転婆だねミリィ?」
朗らかに笑う私の大切な主人、イール・アズラティカ様。
クスクス笑うその姿に思わず飛び付くと、優しく受け止めて下さるイール様。
その温もりに本物だと確信する。
あの日目の前で失われてから、もう二度と触れることの出来ない温度だと思っていたのに、今こうして、再び感じられる。
そんな嬉しさを感じると同時になんて粗相をしてしまったのだと、気が付き慌てて姿勢を戻す。
「ッ!大変失礼致しました。」
「大丈夫、何も問題はないよ。いつもと違うミリィが見れてなんだか新鮮な気持ちだ。」
いつもの様に主人の身嗜みを整える。
陽の光をキラキラと反射する、真っ白な雪の様な御髪はサラサラと指通りの良い。
丁寧に櫛でその髪を梳きながら今日の予定をお聞きして、頭の中でスケジュールを組む。
その際に口を開いたイール様の事柄に、私は驚きの余り手に持っていた櫛を落としてしまった。
「い、今なんと仰いましたか…?」
「?今日はベルトナント子爵領に押し寄せる魔獣討伐と、反乱軍の殲滅が急遽入った…と。
本当にどうしたんだい?ミリィ。体調でも悪いのか?」
心配そうに私の顔を覗き込む主人に曖昧な返事だけして、準備を整え、自室に戻る。
イール様の所属している魔術騎士団の快挙の一つと謳われている出来事であり、イール様が反乱軍の子供を逃してあげた事実が、歪められ証拠として並べられたキッカケとなる出来事と全く同じだからだ。
夢かと疑った。信じたくなかった。夢であれと思いもしたが、無情にも痛覚も味覚もあった。
そこまで考えて一つの考えが浮かんでくる。
まさかとは思うが、これは。
「ギフテッド…?」
「おいミスティリア、何寝ぼけたこと言ってんだ?」
これ、イール様の昼食だぞ。と手渡して来るのは私と同じ時期に屋敷に雇われたコック見習いのルイ。
キラキラと輝く太陽の様なオレンジ色の髪の毛と、子猫の様な溢れる好奇心を思わせる黄色の瞳を持つ彼は、イール様に拾われて今もこうして屋敷でコック見習いをしている。
渡されたカゴにはサンドイッチとサラダ、それにいつもつけてくれる栄養満点のドリンクが入っていた。
「ありがとう、ルイ。」
「お前さぁ、ギフテッドが出るのは幼少期だけで、それ以降は貴族の血が入ってないと起きないって知ってて、そんなこと言ってるんだよな?」
ギフテッド。
この世界で前世の記憶持ちはそう呼ばれている。
いつの時代のものを呼び起こすか、どの世界のことを見るのかは人によって様々だが、多くは幼少期に起き、それ以降発症するには貴族の血が入っていないと起きにくいと言われている。
種類で言うと、三種類に分類されており、それぞれ希少性が異なる。
一つ目はノーマルギフテッド。
前世の記憶を思い出すだけで人格にも影響を与えないのが特徴。平民にも起きる大抵のギフテッドがこれだ。
幼少期に起き、前世の知識もついてくると言われている。
二つ目が、パラレルギフテッド。
これはノーマルギフテッドと違い、全く違う世界の記憶と未来視が発症し、人格がギフテッドを授かった時に見た、違う世界の前世の記憶に引っ張られるものだ。
これの多くは年齢に限らず貴族の血が入っていないと起きにくく、高貴であればあるほど起きやすい。また、未来視による力だけでなく、知識や才能があることが特徴的。
何処かの文献では、若い女性に多く見られると言う。
三つ目はイレギュラーギフテッド。
これは、生まれた時から別世界の前世の記憶を持っていること。
非常に優秀な子供はイレギュラーギフテッドであることが多く、歴史に名を刻むと言うが平民と貴族に限らずその発症例は極端に少ない。また、未来視を持たない代わりに、別世界の記憶に残る優秀な知識が豊富にあるとも言われている。
しかし、私の身に起きたものはギフテッドとは言い難い。
仮に後天的なギフテッドである、パラレルギフテッドだとしても私は平民の出自であり、条件を満たしていないからだ。
確かに夢の中の私は異世界の人物であり、この世界が遊戯として登場してはいたが、それだけ。
人格だって私そのものだ。
それに、未来視ではなく確実に私は、“イール様が処刑されたあの時”を生きていたのだ。
ギフテッドによって未来を見ることはあれど、過去に戻るのはそれこそ魔法学でも聞いたことが無い。
「これは……神の思し召…?イール様を救えと……言われている…?」
「何訳分かんねぇことボソボソ言ってんだ?」
「あ、ごめんなさい。…これ、また入れてくれたのね。イール様も私もお気に入りなの。貴方が作るドリンク。
昼食は必ず渡しておくわ。」
にこりと微笑んで、それじゃあと去ろうとした時。
徐に彼に呼び止められる。
その顔はいつに無く真剣だった気がしなくもない。
「ミスティリア!必ずイール様の事、連れて帰って来いよ!」
「私はイール様の筆頭侍女兼補佐官よ?何があっても守るわ。」
「…はは、さすが白百合の腹心、ブローディアの乙女だな。」
「やめてよその呼び方。恥ずかしい。」