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04 穏やかな日々

 


「ただいま、小石さん。ちょっと遅くなっちゃった」


 ――おかえり、真白。今日も君にとって、いい一日になったようで嬉しいよ――


「分かるの?」


 ――ああ。君から流れて来る波長で、君が今、どんな感情でいるのか分かる――


「そうなんだ、ふふっ……でもね、そう感じれるのはきっと、あなたのおかげなんだと思う」


 ――そうなのかい?――


「うん。私は今まで、誰にも干渉されたくないと思ってた。それは本心だし、今も変わってない。でも……そう思ってる自分とは違う、もう一人の自分はそれを否定していたの」


 ――どういうことかな――


「簡単に言えば、一人がいいけど孤独は嫌、ってこと」


 ――孤独であることと一人でいること。違いはあるのかい?――


「私は一人がいい。でもだからと言って、私以外の全てに消えてほしい訳じゃない。話しかけられたくない、でも誰からも話しかけられないのは嫌。分かる?」


 ――難しいね――


「要するに、父さんたちの言葉を借りれば、ただの我儘ってこと。気分がいい時なら、私から話しかけることもある。誰とも話したくない訳じゃない。ただ私が嫌なことをしてほしくない、私の中にズカズカと入って欲しくない、それだけなの」


 ――なるほど……なんとなくだが、分かる気がするよ――


「そんな私は、あなたという最高の友達に出会えた」


 ――嬉しい言葉だね――


「あなたは私が望めば、いつでも出てきてくれる。でも私が望まなければ、ただの小石でいてくれる。私の中に土足で入って来ないし、私を否定したりもしない。ありのままの私を受け入れてくれる」


 ――それが私たち、だからね――


「そんな人と出会えたからかな。何だかこう……胸の奥に刺さっていた棘が、抜けたみたいな感じ。今ね、とっても体が軽いの」


 ――真白が好意的に見てくれて、私も嬉しいよ――


「そう思ったらね、毎日肩肘張って、周囲に怯えていた自分がいなくなってたの。どこにいても、何をしていても、私は私なんだ、そう思えるようになった気がするの」


 ――君が楽しそうにしていると、私も幸せだよ――


「ありがとう、ふふっ……それでね、小石さん。聞いてくれるかな。今日ね、学校でね」





 両親が見ても驚くぐらい、私は変わっていった。

 小石さんと出会ったことで、これまで自分が背負っていた荷物が軽くなっていくような気がした。


 私は私。誰の物でもない。

 誰が私を否定しようとも、誰が私に干渉しようとも。

 誰が私のキャンバスに色を重ねようとしても。

 私は何も変わらない。


 どんなことがあっても、小石さんが私を肯定してくれる。

 私の矛盾に満ちた言動も、嫌がることなく聞いてくれる。


 私がずっと望んでいた世界。

 それを小石さんが与えてくれた。

 だから私は、怖がることをやめた。

 少しずつだけど、人とも関わっていこうと決めた。

 そのことで、もし私の色が変わったとしても。

 小石さんと話せば、また私は真っ白なキャンバスに戻ることが出来る。

 そう思えた。


 私は家に帰ると、毎日のように小石さんと語り合うようになった。他愛もない出来事を話し、時には愚痴も聞いてもらった。相談もたくさんした。

 小石さんはそんな私の話を、いつも穏やかに聞いてくれた。


 私が変わることで、周囲が変わっていくのが分かった。

 気が付けば私は、一人じゃなくなっていた。

 そして私は、人と触れ合う喜びを知った。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。

 怖がらずに、もっと早く勇気を出していればよかった。


 今、私は幸せだった。






 ――泣いているのかい?――


 枕に顔を埋めている私に、小石さんが話しかけて来た。

 考えてみれば、小石さんから話しかけてきたのは、出会った時以来のことだった。


 小石さんはいつも、私の全てを尊重してくれた。

 私が話しかけない限り、自分から声をかけることはなかった。


 なのに今日。


 誰とも話したくない、誰にも触れられたくない。

 そう思い、真っ暗な部屋に戻ってベッドに横たわった私に、小石さんは話しかけて来た。




 ――すまない、話しかけてしまって。君との関係を良好な物にする為に、私は干渉しないと決めていた。だから君からのアプローチがない限り、反応もしないつもりだった。だが……今日の君は、そうしておけない気がした――


「……ありがとう、小石さん」


 ――確か今日は、友人たちと遊ぶ約束をしていたはずだが――


「……行かなかったんだ。ううん、違うね、行けなかったんだ」


 ――何かあったんだね――


「……」


 ――すまない。話しかけたのはいいが、こういう時、君にどんな言葉をかければいいのか分からない――


「……ふふっ、何よそれ。言ってる事おかしい」


 ――そうだね――


「私ね……好きな人が出来たみたいなんだ」


 ――それは……異性だね――


「うん。クラスメイトなんだけど、最近仲良くなったグループにいる人。いつもニコニコしてる、優しい人なんだ」


 ――女として、そのクラスメイトに惹かれた――


「……だと思う。でもね、告白しようとか付き合いたいとか、そんなことは考えてなかったの。私なんかに好きになられても、その人も困るだろうし……それにグループの中にも、その人のことが気になってる子がいるし」


 ――人間の感情は、本当に複雑だね――


「それでね、今日はその人も一緒に来ることになってたんだ。カラオケに」


 ――歌を歌う場所、だったね――


「私ね、その人も一緒に来るって聞いて、嬉しかったんだ。わくわくしてたって言ったらいいのかな。楽しい放課後になるって思ってた。でも……放課後、トイレから教室に戻った時、みんなが私の話をしてたんだ。何だか入りづらくなっちゃって、扉の前で聞いてたんだ……そうしたらね、みんなが私のことを」


 ――いい話ではなかったようだね――


「うん。最近ちょっと調子に乗ってるとか、男に色目を使ってるとか。元々ボッチだったんだから、隅っこで大人しくしてたらいいのに、とか」


 ――なるほどね――


「それを聞いて私、急にどうでもよくなって……こんな思いをしたくないから、今まで誰とも付き合わなかったのに……私ってば、何やってるんだろうって」


 ――それで今日、行くのをやめたんだね――


「ねえ、小石さん。前に聞いたよね。私はあなたと一つになれるのかって」


 ――ああ――


「もしあなたと一つになったら、こんなことで苦しむこともないんだよね」


 ――そうだね――


「私、小石さんと一つになろうかな……そうして新しい存在になって、静かに世界の傍観者になって」


 ――決めるのは君だよ、真白――


「うん……私は干渉されたくなかった。その筈なのに……どうしてだろう、そのことを忘れてた。今日のあの子たちの話を聞いててね、思ったんだ。この世界で生きていく限り、これからも私は、こういったことで苦しむんだろうなって。そう考えるとね……ちょっと疲れちゃった」


 ――私は君を愛している。君を受け入れる準備は、いつでも出来ているよ――


「だから……ふふっ、直球はやめなさいって言ったでしょ。でも、そうだな……人間には裏と表があって、それに気付かず信用して、そして裏切られて……こんなことを繰り返す人生なんて、嫌だな」


 ――私はいつも、真白の味方だよ。私は真白の全てを肯定する。存在も価値観も、何もかもね。だから君の決断に、私は従うよ――


「本当に……小石さん、あなたは変わった存在ね」




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