03 恋心
多分私は今、真っ赤になっている。
石から告げられた「愛してる」という言葉が、胸の鼓動を早くした。
――真白に好意を持っている。この例えならいいだろうか――
「ま、まあ……それぐらいなら」
――そんな真白が泣いていた。確かに君は、いつもため息をついているし、疲れているように感じていた。泣いていることも、別に今日が初めてではなかった。だが……どうしてだろう、今日の真白は、放っておけないように感じた――
「……よく見てるんだね、ありがとう……何かあったって訳じゃないんだ。でも……何て言ったらいいのかな、ちょっと疲れちゃったって言うか」
――人との関わり、なのかな――
「うん、そう……私のことを観察してたんだったら、多分分かってるよね。私は干渉されることが辛いんだ。出来れば誰にも関わって欲しくない」
――それは真白が生きている世界、そのものを否定することにならないのかな――
「そうかもしれない。でも、それでも……私は誰とも関わりたくない。だって関わるってことは、その人と干渉し合うってことでしょ?私は誰にも干渉したくないし、されたくもないの」
――干渉し合うことで、変化することが怖いのだろうか――
「……そうかもしれない。例えばね、私が真っ白なキャンバスを買ってきたとする。そのキャンバスに絵を描いた。でも、描き終わって気付く。私がこのキャンバスを気に入ったのは、何も描かれてない真っ白な状態だったからだって。そこに色を重ねることで、それはもう別の物になってしまうの」
――君の名前と同じだね――
「……う、うん、そうなんだけど」
――君の名前は真白。何物にも侵されていない、真っ白で無垢な存在。君はそのままであろうとしている。人と関わることで、君のその真っ白なキャンバスに、別の色が重ねられる。君はそれが嫌なんだね――
「うん、そう。新しい何かに変わっていきたい人は、そうすればいい。でも私は、今のままの私でいたいの。誰からも色を重ねられたくないの」
――そういう意味では今、私がしていることも干渉になってしまうね――
「確かに……うん、そうなるね。でもね、違うの。どう言ったらいいんだろう。あなたと話をしていて私、少し嬉しいの」
――そうなのかい?――
「うん……それにね、私への干渉、機会はいくらでもあったと思うの。でもあなたはしなかった。この部屋の中で、ただの傍観者でいてくれた。それがね、ちょっとだけ嬉しいんだ」
――ありがとう。そう言ってもらえると助かる――
「一つ質問したいんだけど、いい?」
――ああ、構わない――
「あなたたちにとって、自我というものはさほど重要じゃない。そういうことでいいのかな」
――その通りだ。私たちは自我にこだわっていない――
「ただありのままに、この世界に存在している。自我が粉々になって、また別の自我が目覚めたとしても、それを受け入れる。そしてまた、思索を始める。新しい自我と重なって、新しい個になったとしても、それすらも受け入れる」
――私たちはただ、思索を重ねていく。それだけで満足しているし、その為に存在している――
「私もその……あなたと存在を重ねることは出来るのかな」
――それは――
「分かってる。ただ聞いただけだから安心して。私だって、自分だけの力で生きてきたなんて思ってない。たくさんの人の思いがあって、私はここに存在してる。だから私は、私の存在を否定したりはしない。今は……だけど」
――それはいずれ、あるかもしれない選択として聞いているのかな。それとも単なる好奇心からなのか――
「分からない……でもね、あなたと話をしていて私、とっても心が穏やかになっている。こんな穏やかな気持ち、久しぶりだって言ってもいい」
――確かに……先ほどの哀しい波長、今は感じられないね――
「それはきっと、私の中に灯った希望なんだと思う。私はこれからも、たくさん辛い思いをすると思う。でも私には、あなたと一つになって、何者にも干渉されない世界を選択することが出来る……そういう逃げ道、希望があれば、今よりもう少し頑張れる気がするの。
不思議な感じ。誰にも侵されたくないし、誰にも色を重ねられたくない。なのに今、私はあなたと重なり合って、今とは違う何かになることに憧れている」
――真白、君は面白い。そんな真白だからこそ、私は愛したのかもしれない――
「だ、だから……愛してるって言わないの。恥ずかしいんだから」
――自重しよう……それで答えだが、私と融合することは可能だ――
「本当に?」
――ああ。君が望むのなら、君は君の肉体から解き放たれて、私の意識と融合することが出来る。そして新たな存在となって、思索を重ねるだけの存在に生まれ変わる――
「その時が来たら、私を受け入れてくれる?」
――君がそれを望むなら。私は君を、真白を受け入れよう――
「ありがとう。私、もう少しだけ頑張ってみるよ」
――見守っているよ――
「これからもまた、お話し出来る?」
――ああ。君が望むなら――
「ありがとう、小石さん」
私はそう言って、小石を掌で包み込んだ。
私は石に恋をした。
人から見れば、ただの小石。
でもこの小石は、こんな私を愛していると言ってくれた。
私に干渉もしない、ただ傍観しているだけの存在。
私が望めば、話し相手になってくれる存在。
私もいつしか、この小石さんを愛していた。