卒業式は青空でしたよ
「あなたの宝物は何ですか」
去年まで通っていた小学校の担任の先生が何度かクラスのみんなに聞いていた。僕は結局、先生に答えを伝えることができなかったけど、本当は言いたかった。みんなが近くにいる間に。
第一章 夏の思い出
今から約半年前僕たちの最後の夏休み。「明日から夏休みです。小学校生活で最後の夏休みですが、しっかりルールを守って、このまま中学生になっても恥ずかしくないように過ごしてくださいね。それと宿題はしっかりやるように。」先生はそういった後、挨拶をして教室から出ていった。僕はこれから待ち受けるであろう塾の夏季講習のことを考え、少し憂鬱な気分になりながら荷物をまとめていた。そこに幼馴染の和人が少し不安そうに声をかけてきた。「なあ、お前もニ学期は学校に来ないのか」質問の意味が分からなかった僕は首をかしげた。和人の話によると、中学受験をする人は受験勉強に集中するために小学校を休むことがあると親から聞いたそうだ。「安心して、和人。受験のために学校休むなんて僕の親は絶対認めてくれないからさ。」僕がそういうと和人は少し安心したのか偉そうに腕を組んで「塾、大変なんだろ。でもキャンプファイヤーには来いよな。勉強ばっかりしてると馬鹿になるぞ。」と言い残して教室から出ていった。和人は励ましてくれているのかもしれないけど、僕は少しむっとしながら誰にも聞こえないような小さな声で「もとから行くつもりだよ馬鹿。」と言ってまとめ終わった荷物を持ち、先に行ってしまった和人を追いかけて、それから一緒に下校した。
それから僕の夏休みは塾にほとんど食べられてしまった。週に五日、朝から夜まで授業を受け、残る二日も自習に来なさいと言われてしまい、結局毎日塾にいた。そういえばテレビで週休二日なんて言っているのはほとんど嘘だとおじさんが言っていたが、もしかして塾の話だったのかな。僕はそんなくだらないことを考えながら、夏季講習最後のテストの残り時間を見直しもせずにぼーっと過ごしているのであった。テストが終わり、僕は塾を出て家に帰り、夕飯を食べてからキャンプファイヤーに行く準備をした。会場は学校の校庭だけど、暗い夜に一人で行くのも少し不安だから和人と待ち合わせをしている。「いってきます」ぼくは塾に行く時よりも少し大きな声でそういってから、家を出て和人と合流して学校へ行った。時間になり、校庭の中心に火がつけられ煙がのぼり、光が広がった。うちの学校のキャンプファイヤーはとても自由であり躍ってもいいし躍らなくてもいい。だから僕は和人と一緒に校庭のはじの段差に腰をかけて塾で耳にした噂話の話をした。「キャンプファイヤーの日に告白するとうまくいくらしいよ。和人は好きな人とかいないの」和人は少し驚いた後に答えた「そんなやつがいたらそいつを誘ってるよ。お前こそどうなんだよ。」「僕はどうだろうね。もしいたとしても告白はできないかな。受験に合格できたら遠くの学校で寮生活になるから中々会えないしね。」そう僕が返事をしたら、和人は小さな声で何か言った後、思い出したように僕に聞いてきた「そういえばさ、宿題終わったか」「先生のオリジナル課題以外は終わったよ。むしろ僕は和人が心配だよ。」「残念、俺も終わってるんだな。いやさ、夏休み前のテストが親に見つかっちゃってさ、怒られながら頑張ったよ。」そんな話をしていたらすぐに時間は過ぎて僕たちはそれぞれの家に帰った。
第二章 和人
おかしい、あいつは確かにニ学期も来るっていってたのにもう一週間も休んでるじゃねーか。先生は親から連絡は貰ってるとしか言わないし、家に行ってみても誰も出ないし、
どうなってるんだよ。まあ、今日も家に行ってみるかな。帰りの会の後、俺は荷物をもって学校を出て家に行ったが今日も誰も出ては来なかった。次の日の朝、俺はいつものように学校に行く準備をしていた。すると突然母さんが部屋に入ってきた。「和人今日は学校を休みなさい。大事な話があるの。」多少熱があろうと学校に行かせようとする母さんが休めといったことに驚いたが、俺はその真剣な雰囲気にのまれてしまいうなずくことしかできなかった。俺がリビングの自分の席に着くと母さんは今まで見たことのないような表情をして話し始めた。「和人、落ち着いて聞いてね、咲菜ちゃん。いえ、加藤咲菜さんは病気で亡くなったと、加藤さんのお母さんから連絡があったの。」俺は母さんの言っている言葉の意味が分からなかった。いや、わかりたくなかった。その後も母さんは、もともと持病があったこと、東京の中学に行かせてこの街にはない大きな病院に通わせるつもりだったことなど知っている限りのことを俺に話してくれたが、俺の頭には何も入ってこなかった。俺はその日からしばらく学校へはいけなかった。先生も何度も訪問してきてくれたし、クラスのやつも心配して会いに来てくれた。でも俺は、もう教室に咲菜はいないことを受け入れたくなくて、結局二学期が終わるまで、校門をくぐることはなかった。冬休みになっても俺の中で咲菜の存在が小さくなることはなかったけど、最後の三学期だけは学校にいくと決めて、家族と積極的に会話をした。母さんは俺の話を何でも聞いてくれたし、父さんはずっと見守ってくれた。そうして始業式の日、俺は約四か月ぶりに学校へ行った。最初はみんな気まずそうにしていたけど、少し笑って見せたら前みたいに接してくれた。そうして三学期が始まってちょうど一週間がたった日の放課後、俺は先生に呼び出された。俺と先生しかいない会議で先生は話し始めた。「冬休みに入る少し前にね、咲菜さんのお母さんが学校に来られたの。」そういうと先生は俺に封筒を差し出してから話をつづけた。「咲菜さんが亡くなる前、病院で入院しているときに、和人に渡してほしいって預かったものだそうよ。」それを聞いて俺は、少し恐怖もあったがすぐに封筒をあけた。その時先生は少し安心した顔をしているように見えた。封筒の中には一枚の紙と折りたたまれた小さな紙が入っていた。折りたたまれた紙の方には「先生へ 卒業式の日に開いてください」と書かれてあったので、その場で先生に渡し、俺はもう一枚の紙を取り出した。その紙の上部には「私の宝物 加藤咲菜」と書いてあり、すぐに夏休みの宿題であるとわかった。その後俺は彼女の宝物を見て、声を出して泣いてしまった。
第三章 卒業式
「私たちは今日卒業します。」卒業生が群読をおこなった。その後卒業証書を貰い、全校生徒で校歌を歌った。おじさん達の話は長いし、式中は少し退屈ではあった。それでも、俺が今、胸を張って座っているのは咲菜が俺のことを宝物だと言ってくれたからだと思う。そう、咲菜が残した紙には「私の宝物は和人くんです。いつかお嫁さんにしてください」と書かれていた。「もう、お嫁さんにはできないけどな」俺はそう小さくつぶやくと、椅子に座り直しまっすぐ前を向いた。卒業式の後、クラスで最後の帰りの会が行われ俺たちの小学校生活が終わった。俺はどうしても先生と話したいことがあったからみんなが帰るのをまって、先生に声をかけた。「先生、咲菜からの手紙には何が書いてあったんですか」俺がそう聞くと先生は少し微笑みながら、一枚の紙を俺が見えるように広げてくれた。その後先生は窓から見える小さな空を見上げながら言った。
「咲菜さん、卒業式は青空でしたよ」