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道貧連酒宴①~就職格差編

作者: 斉藤寅蔵

「邪魔するぞ」

「おお、よう来た」


 いつもの三人での飲み会の会場になっている徳田の部屋に挨拶とともに上がり込み、背負っていたリュックを下ろして中から数個のタッパーとスナック菓子を取り出す


「いつもすまんなあ、川本にはホンマ感謝しとるで」

「いや、どうせ置いといても余って捨てるだけなんだから」


 まるで俺がつくった料理を持ってきているかのような言い方だが、タッパーに入っている飯や総菜は、俺の住む下宿で出た今日の朝食と夕食をこっそり詰めてきたものだ。


 タッパーを開けたりして準備をしていると本日の主役である多村が来た。


「ちはーっ、おじゃましまーす!すんません、遅くなりましたっす」

「何言っとんのや、まだ時間前やで。さ、入りいな」

「おう、おつかれー」

 徳本と俺が同い年なのに対し、多村だけが2歳年下のせいか親しくなって十数年が経つ今も俺たちに対して部活の後輩みたいな口調で話す。


「ほんなら本日の道貧連酒宴の開催といこか。川本、音頭とってくれんか?」

「おう、分かった」


『道貧連』というのは俺達でつくった会の名称だ。正式名称は『北海道貧民連合会』という。なお設立以後十数年、会員の入れ替わりは無い。


「それでは『多村の再就職先で2回目の給料が無事に支給されました』ことを祝いまして、只今より本日の道貧連酒宴を開始いたします。かんぱーいっ」

「「かんぱーいっ」」


 三人で乾杯する。もちろんビールなんかではない。1缶100円以下のビールもどき、でだ。

 乾杯の名目を変に思うかもしれないが、これも俺達にしてみれば然るべき理由があってのことだ。

 なにしろ俺達のような人間が再就職すると所謂“ブラック”に当たる可能性が高い。

 再就職先が決まり、残業と休日出勤の嵐を耐え忍んでやっと出た1回目の給料が少なくても『まあ、今月はまだまともに1ヶ月働いてないからな』などと自分を納得させたら、翌月の手取りは更に下がっていたなどということはザラにあるのだ。

 そのため、2回目の給料がまともに出て、職場の雰囲気的にも当面は働けそうな状況が見えてから祝うという慣例が俺達にできてしまったのだ。


 ビールもどきを飲み干し、激安焼酎の水割りを飲み始めた頃

「川本、お前のトコに勤めてたセンセイの娘、辞めたんやて?」

「ああ、センセイから聞いたのか」


 センセイというのは徳田がかかっている歯科医院の院長のことだ。

俺が現在勤めている大手生保会社の札幌支社にこの春から事務職で入社してきた子がそこの院長の娘だったということを徳田から聞いていた。

あちらは新卒の正社員、こちらは中年のバイトと立場の差はあったが仕事での接点はあったので、彼女が辞めたことを聞いたときにはいくばくかの寂しさを感じた。


「そのことでセンセイがちょっと心配しとったんやが、仕事自体が死ぬほどしんどそうとかってわけでもなかったんやよな?」

「ああ、俺の知る範囲だとそんなことはなさそうだな。残業もあるにはあったみたいだけど、せいぜい10時前上がり。定時退社の日の方が多かっただろ」


 俺は出退勤の管理の補助作業もしているので社員の勤務時間はだいたい把握している。


「パワハラとか何か理不尽な命令かまされたりとかも無さそうやったんやな?」

「そんな社員がいたら立場的に俺が真っ先に被害に遭ってるだろ」

「そらそやな」


 今の職場の社員は、いい歳してバイトでしかない俺を人間扱いしてくれる稀有な人間が揃っている。

「ちょ、ちょっと待ってください。仕事は激務でもなく、人間関係は良好。あの会社だから給料も良かったんすよね?何でその子は辞めちゃったんすか?」

「センセイが娘から聞いたところによると『先輩方が高度な仕事をこなしてる中、自分はこの会社で役に立てない無力感』から退職っちゅうことらしいな」

「なっ、ななな、なんなんすか、それっ。そんな理由で△△生命の正社員の職を捨てるんすかっ」

「あー、無力感ねえ。春先あの部署トラブルあって皆忙しかったからな。新人だからそこに深く関われないもどかしさがあったのかもな」

「皆が忙しい中、自分だけが楽して高給取りって最高じゃないっすか!そんな立場を簡単に手放すなんて社会人としてあり得ないっすよ!」

「今の発言の方が社会人として問題のような気がするけど」

「がああああっ!信じられないっす!そいつ自分の手放したものの価値が分かってないっす!そんなお嬢ちゃんにはタンスの角に小指をぶつける呪いを掛けてやるっすよ!」

「しょぼいな」

「今からそいつの家に音量最大の防犯ブザーをぶち込みに行くっす!」

「待て待て待てっ、まずは座れっ」

「いやいやアカン、それはアカンて」


 止めようとする俺と徳田の反応が大げさなようだがこれには理由がある。


 十数年前、三人が一緒の工場で働いていたとき、そこの監督がパワハラかましまくっていたのだが、ある夜に酔った多村が、その監督の部屋にスイッチ引いた防犯ブザーを郵便受けから放り込んだことがあるのだ。


 被害は大音量に驚いたその監督が転んで膝を擦りむいた程度だったが、この事件の調査のため本部から派遣された監査員がそもそもの原因となったパワハラを問題視したらしく、その監督は別の工場に飛ばされた。


 その後、何で防犯ブザーなんか持っていたのか多村に聞いたことがあった。

「国勢調査のバイトやったとき支給されたんすよ」

「飲みに出た帰りに部屋に放り込んだんだよな?普段から持ち歩いてたのか?」

「『これをあいつの部屋にぶち込んだら気分いいだろうな』って想像しながら飲んでたんす。まあ、現実で鬱屈した気分を、破壊の想像をすることで昇華させるための小道具っすね。梶井基次郎の『檸檬』っすよ」

「梶井基次郎に謝れ。実行してる時点で昇華できてねーじゃねーか」


そういえばこの会話をした頃から多村や徳田と親しくなって一緒に飲んだりし始めた記憶がある。


 とまあそんな昔のことも頭の片隅で思い出しながら多村を着席させる。


「まあ、防犯ブザーはぶち込まないっすよ。今日持ってきてないんで」

「持参してないけど所有はしてるのか」

「つーかそもそもその子の家を知らないっす……あーっ、それにしてもやってられねーっすよ。こっちが必死で得た就職先以上のもんを学校出たてのお嬢ちゃんがポイッと捨てちゃうんすからねえっ。空いた席に俺を入れろっつーんすよっ」

「無茶を言うな」


 そんな感じで時折センセイの娘さんの退職に感情を爆発させながら飲んでいた多村が先に酔いつぶれて寝入ってしまい、徳田と俺ももう眠ろうかということになった。


「しっかし、防犯ブザーかい。多村にとってはまだそれが『檸檬』で『爆弾』なんかな」

「そうかもな……あれ?檸檬の話のとき徳田も居たっけ?」

「いや、たまたま近くで俺も休憩してて会話が耳に入っただけや。そんとき『こいつらとなら話ができそうや』思うてな」


 それで俺が多村と徳本とつるみ出した時期が重なってた訳か。


「まあ防犯ブザー使わんでも多村自身が今日も爆発しとったがな。おかげでスッとしたわ」

「結局多村に助けられてるんだよなあ」


徳本も俺も自分の感情を溜め込むタイプだ。

以前に徳田が

「俺のメンタルゆうたら設計ミスの側溝みたいなもんや。すぐゴミやら泥やら落ち葉やらが溜まって流れんようになる」

 と言っていたことがあったが俺も似たようなもんだ。

 そんな俺達の溜まりに溜まった心のヘドロを台風並みの暴風雨で押し流してしまうのが多村だ。

 大いに嘆き、吠え、叫ぶ多村の不平を聞くことで、徳田や俺は自分のメンタル側溝に溜まったヘドロを押し流してもらうのだ。


 今日も『一流企業の正社員の座』を手放したお嬢ちゃんと自分の境遇を比べて新たに溜まりそうな俺達のヘドロを『どっぱーんっ』と流してくれた。


 おかげで明日の寝覚めも悪くなさそうだ……少々飲み過ぎた激安焼酎が肝臓に残ってなければ更にいいのだが。





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