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 容赦ない日差しが空から降り注ぎ、半袖から覗いている俺の腕をジリジリと焼いていた。

 見上げた空は突き抜けるような快晴で、日差しを遮る雲の姿は一切見当たらない。真っ白な太陽がこれでもかとばかり輝き目を焼いてきたので、俺はすぐに目線を降ろす。

 俺の服装は半袖のシャツ1枚にジーンズパンツを履き、普段は被ることのない鍔付きキャップを頭に乗せている。異常なほどに照り付ける太陽光にさすがに危険を感じて、少しでも日差しから身を守ろうとタンスの奥から引っ張り出してきたのだ。

 帽子を被る選択をしたのは正解だったが、ジーンズを履いてきたのは間違いだった。家を出て数分もしないうちに全身から汗が噴き出してきて、肌にぴったりとくっついている。おかげで歩くたび、非常にうっとうしい。もう少し風通しのいいズボンを選ぶべきだった。

 俺は山道を歩いていた。山道と言ってもしっかりと舗装された遊歩道で、この町の住民には人気のあるハイキングコースだ。すぐ傍には片側一車線の道路があり、時折車が通り抜けていく。

 時刻は早朝、曜日は月曜日。

 もう少し遅い時間になると、この道路はとんでもない混雑を見せるはずだ。車で走るより自分の足で歩いたほうが圧倒的に早いほどに渋滞し、ただでさえ暑い周囲の空気が車の熱と排気ガスでさらに熱を帯びるだろう。

 ……どうして一高校生たる俺が、平日の早朝に山道を私服で歩いているかと言えば、

「……あと、半月もあるのか。こんな暑い日が……」

 それは当然、夏休みに入ったからだ。



 遊歩道の脇に生えている木々の影にできるだけ入り、強烈な日差しを避けるようにして、俺は山道を歩き続ける。

 出かけるときは手ぶらが好きな性質なのだが、今日は水分補給用のペットボトルをしっかりと用意してきた。ショルダーバッグに入らないので手に持ったそれのキャップを開け、一口飲む。目的地はまだ先だ、飲み過ぎないようにしなければならない。

 あまりの暑さに、頭がだんだんボーっとしてくる。このままでは危ない気がしてきたので、気付け代わりというわけでもないが、俺は何かを考えながら歩くようにする。

 ぼんやりとした頭に思い浮かんでくるのは、二年生になってから今日までの高校生活。

 俺にとってどうも……特別な存在であるらしい、宮原望美と再びクラスメイトになって始まった、高校生活二年目は、一年目とはまったく違う様相となっていた。

 二年生になった初日、簡単なオリエンテーリングの後、クラス委員を決めることになったのだが、

「先生! 学級委員には宮原さんを推薦しまーす」

 一年生のときのクラスメイト(だったはず……あまり覚えていない)である女子の何某が、宮原を突然学級委員に推薦したのだ。

 学級委員になりたがる生徒はどうやらクラス内にいなかったらしく、他にもいた去年からのクラスメイトたちの推薦もあり、宮原はすんなりと学級委員の任を仰せつかった。

 そこまでは別にいい。俺自身、宮原で別にいいんじゃないかと思っていたし、俺には関係のないことだと思って教室の窓から外を眺めながら、あくびをかみ殺していた。

 それはまさに、不意打ちだった。

「じゃあ、男子のほうも決めないとな。……立候補がいないみたいだし、もう宮原の推薦でいいか」

「うーん……。……じゃあ、斉藤で」

 宮原の突然の指名に、一気に眠気が吹き飛んだ。

 驚いて前を向くと、宮原がいたずらっぽい笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。

 いや、宮原だけではない。クラス中の視線が、窓際に座る俺のほうへ注がれている。一年生の頃からのクラスメイトが放つ『え? 斉藤ってあの斉藤?』という視線と、今年からのクラスメイトが注ぐ『斉藤って誰? もしかしてあの無口そうなやつ?』という視線が、四方八方から俺に襲い掛かってきていた。突然の集中砲火に俺は思わず言葉を失い、学級委員への推薦を拒否することすら忘れていた。

 俺が黙っているのをいいことに……というわけでもないだろうが、今年から担任となった男性教諭は『反対もないみたいだし、じゃあ男子の学級委員は斉藤で』と即座に決定を下してしまった。

 おかげで俺は、めでたく宮原と共に今学期の学級委員となったのだった。

 ……全然めでたくない。

 そういうわけで、俺の意思とは全く無関係に学級委員の役目を果たすことになったのだが……実際のところ、俺は単なるお飾りの委員であり、殆どの職務は宮原が行っていた。

 そもそも学級委員の仕事を俺に振ろうとする者は生徒教師共におらず、俺は宮原に投げられた仕事をただサポートするだけの役目だった。

 例えば、他の委員会人員を決めるため、さっそく教壇で進行をするよう担任に任されたときも、

「それじゃあ、他の委員もさくっと決めちゃおう。皆、協力してね?」

「「「はーい」」」

「…………」

 宮原の進行のみでクラス会議はスムーズに進み、俺はただひたすら黒板に委員となった生徒たちの名前を書き連ねる役を全うした。

 ……学級委員というより書記、もしくは宮原の秘書のようだったと思う。

 それ以外にも、課外学習の班決めであるとか、球技大会の参加種目決めであるとか、もしくは単純に担任から頼まれた雑用であるとか……やるべきことはあれこれと多かったが、大抵は宮原が率先して事を運んでいたので、俺が頭を働かせる必要は皆無だった。

 こんな調子なら俺がいる必要はないじゃないか……と常日頃から思っていたのだが、

「斉藤、そっちの荷物持って?」

「さっき決まった内容、全部プリントに書き写してもらっていい?」

「あ、ゴメン。画鋲忘れてきちゃた……取ってきてくれる?」

 と、宮原はなんだかんだで、事あるごとに俺をこき使った。

 まあ、それ以外のことを全て任せていたので、使い走りされていることに対して文句を言える筋合いじゃないが……。

 しかし一度、どうせ使い走りなのだから誰でもいいじゃないか、どうして俺を指名したんだと宮原に問い詰めたことがある。すると宮原は有無を言わせない笑顔を浮かべて、言った。

「んー……。だって斉藤、どうせ時間あるでしょ?」

 ……ぐうの音も出ない正論に、俺は黙らされてしまった。

 今考えると微妙に答えをはぐらかされたような気もするが……あれ以来、俺を選んだ理由を宮原に問いただすことはできなくなった。

 それから俺は、学級委員という名の、宮原の下僕として奔走した。

 何度かの委員会活動、課外学習や球技大会、そして二度のテストを経てようやく夏休みに突入した俺は、一年生の頃の同時期とは比べ物にならないほどに疲れていた……。



「あー……、暑い。疲れた……」

 独り言は少ない方だが、俺は思わず呟いてしまう。

 今日までの日々を思い出したおかげで、ただでさえ疲れている体がさらに重くなったような気がする……。考え事をしながら歩くのは、失敗だっただろうか?

 太陽の光はいまだ容赦なく俺に振り注いでいる。木陰程度ではその熱を遮ることはかなわず、額から、首筋から、背中から……とめどなく汗が噴き出てくる。

 タオルを持参しなかったのも良くなかった……目的地に着いたら売店で買うことにしよう。……なんだか今日は、失敗ばかりだ。

 今の時刻は早朝なので、暑さのピークはまだまだこれからだ。

 ……昼頃にはいったいどんな気温になってしまっているのだろう。俺は少しだけ恐怖を覚えたが……今さら引き返すこともできない。今日一日は、あそこで過ごすと決めたのだ。

 夏休みに入った俺は、例年の長期休暇通り、町の図書館で時間を潰していた。

 ところが夏休みが半分ほど過ぎたころ、俺は災難に見舞われることとなる。

 その日、俺はいつも通り図書館へと向かった。前日までと同じように、快適に過ごせるとばかり思っていたそ俺を待っていたものは、

「……なんじゃこりゃ」

 普段の利用状況からは信じられないほどの込み具合を見せる、図書館の姿だった。

 図書館中に人が溢れ、座るスペースはかけらもない。貸出カウンターには長蛇の列が並んでいて、本を一冊借りるだけでも相当な時間を要するありさまだった。

 のちに知ったことだが、この混雑の原因は、どうもテレビで図書館特集を組まれたからのようだった。紙の本の魅力を伝えたい図書館の努力は正しく視聴者へと伝わり、テレビに煽られて興味を持った人々がわんさと集まってしまったようだ。

 加えて、今年の夏はとんでもない猛暑で、冷房を求めた人々がちょうどいいオアシスを見つけ、集まってしまったという理由もあった。無料で利用できる図書館は、金をかけずに涼むのに最適な場所だったというわけだ。

 そのおかげで恐ろしく人が密集してしまい、あまり冷房の効果が実感できなかったのは笑うべきところなのだろうか……。

 そうした理由もあって、静かな時を過ごせる場所であった図書館は混雑の極みとなってしまい、俺は別の場所で時間を潰すことを余儀なくされた。

 とはいえ、俺が行くことのできる場所はあまりない。使えるお金は限られているし、商業施設などは図書館以上に混雑と喧噪で溢れているだろう。

 ……あの神社に向かうことも、もちろん考えた。だがせっかく夏休みにはいったばかりなのだ、一度くらい遠出しても罰は当たらないだろうと思い……今日は思い切って、違う場所に足を向けている。

 ……決して、宮原と偶然居合わせるのが怖いわけではない。確かに、偶然会ったとしたら、何を話せばいいのかわからず混乱するだろうけど……。

 遊歩道は下り坂になり、緩やかに右へとカーブしている。隣の道路を走る車の量がだんだんと増え、少しばかりの渋滞を形作っていた。

 道路には鉄製のアーチがかかっていて、アーチに取り付けられた大きな看板に文字が綴ってある。子供向けのポップな字体。そしてデフォルメされた動物の絵が、看板の中で踊っていた。

『どうぶつえんへ ようこそ!』

 俺が向かっているのは、この町の近くにある動物園だった。

 遊歩道を抜けた先にある、山の中に広がっている動物園で、規模としてはかなり大きい。観光地とは無縁のようなこの町の中で、唯一全国でもそれなりに名前の知られた動物園なのだそうだ。

 とはいえ、この町で育った子供たちにとっては、あまり特別な場所ではない。町の小学校……ときには中学校の遠足といえば、まず間違いなくこの動物園が選ばれるからだ。

 なにせ山の中にあるとはいえ、徒歩でも充分来ることができる。ハイキングと動物園を同時に楽しむことができるとあって、この町の学校はこぞってこの動物園を遠足の目的地にしているのだった。

 さらに特殊な点として、この動物園はなんと遊園地が隣接されていた。

 動物園と異なり、こちらはそれほどメジャーではないものの、一通りのアトラクションは揃えてある。……しかし動物園とは別に入場料が必要であり、動物園自体がかなり広く一日かけて回れてしまうため、あまり経営は芳しくないらしい。

 動物園へと向かう遊歩道を、俺は歩き続ける。あの看板が見えてきたということは、もう入り口はそれほど遠くないはずだ。

 動物園の入園料は、安い。遊園地や水族館と比べて圧倒的に安い。そのうえ、一日中時間をかけて歩き回れるほど広いとあらば、時間潰しにはぴったりだ。

 それゆえ、俺は動物園で時間を潰すことにした。動物園への入園料と昼食代くらいなら、さすがの俺でも出すことはできる。

 夏休みの一日を、たまには普段と違う場所で過ごすのも、悪くはないはずだ。

 ……悪くはない、はずなのだが。

「…………あつい」

 うだるような熱気に、俺はすでに辟易してしまっていた。

 暑い暑いと思っていたが、まさかここまで暑くなるとは。早朝だから少しはマシだろうと甘く見ていた……この暑さは、人が死んでもおかしくない暑さだ……。

 それと、ハイキングコースのことも甘く見ていた……。俺が以前ここに来たのは小学生高学年のとき。当時はそれほど苦労せずに動物園にたどり着いた記憶があったのだが、たった数年間の間に、俺の体力は劇的に落ちてしまったらしい。目的地にたどり着く前から、既にへとへとのフラフラだった。

 一日かけて園内を回るつもりだったが、どうもそれは不可能なようだ。

「……到着したら、まずはどこかで休憩しよう……」



 残り少なくなったペットボトルの中身を一気に飲み干したころ、道の先にようやく入場ゲートが見えてきた。

 赤いレンガで作られた入場ゲートは、手入れが行き届いているからか、はたまた最近になって立て直されたからなのか分からないが、ずいぶんと綺麗に見える。開園してからまだ間もないこともあり、人の姿で溢れかえっているということはない。

 とはいえそこは夏休み、既に充分すぎるほど沢山の家族連れが入場ゲートをくぐっている。当たり前だが、殆どの来園者は車で来ており、隣接されている駐車場のほうから歩いてきていた。早朝からハイキングコースを通ってここまで来たのは、どうやら俺だけのようだった。

 とにかく中に入って休憩したい。俺も家族連れの後ろに並び、入場チケットを購入する。

 チケット料金は中学生以下が無料で、一般客が五百円。二年前までは無料だったことを考えると五百円なのが少し悔しいが、それでも充分に安いだろう。購入した入場チケットをそのままゲート職員にもぎってもらい、俺は動物園の中へ足を踏み入れた。

 入場してすぐは広場となっている。広大な園内のどこに、どの動物がいるか一目でわかる園内マップや、記念撮影のためのパネル、帰る際にすぐお土産が購入できるよう、売店などが立ち並んでいる。売店のひとつに俺はさっそく足を向け、動物園のオリジナルマークがデザインされた特製タオルを購入した。

 包装を破り捨て、さっそく首にかける。

「…………」

 ……見た目が完全に、一人で動物園を満喫している変な男子高校生になってしまった。とはいえ、背に腹は代えられない……今日の暑さは、それほど酷いのだ。

 しかしタオルを購入したのはいいが、少し困ったことがある。

 広場には、屋根のある休憩スペースが見当たらなかった。歩き疲れて一刻も早く休憩したい俺にとって、これは死活問題だ……。そのあたりに設置されているベンチに座ってもいいが、見るからに太陽光線を浴びて熱を帯びている。そこに座って時間を過ごすのはぞっとしない。

 何かいいところは……と辺りを見回すと、ちょうどいいものを見つけた。

 広場には大きな噴水があった。定期的に噴き出す水の形を変えて、見る者の目を楽しませている。

 噴水の周りに、人の姿はまばらだ。家族連れがふらっと近寄って歓声を上げるが、すぐに奥へと進んでいく。……ここは動物園だ、あくまでも動物がメインなので、こんなところで時間を使っていられないんだろう。

 これ幸いと、俺は噴水へと近づく。屋根はないが、噴き出す水で多少は暑さを紛らわすことができるだろう。噴水の縁に座って、しばらく疲れを癒そう……。

 噴水に近づくと、やはり心なしか涼しさを感じることができた。気分のよくなった俺は、せっかくだし噴水の様子を色んな角度から眺めてみようかと縁を伝って歩いていく。すると、俺と同じように休むつもりなのか、縁に座っている女の人がいた。

 白いワンピースに、大きな麦わら帽子を被っている。……なんというか、ひと昔前の清楚な美少女を思わせるファッションだと思った。流行には疎い俺だが、さすがに今時の若者の服装には見えない。

 その人は一人、噴水の縁にぼうっと座っていた。歳のころは……俺と同じくらいだろうか? 女子高生が一人で動物園にいるというのも奇妙だ。誰かと待ち合わせでもしているんだろうか……?

 不思議に思って眺めていると、その人はついと顔を上げる。

 麦わら帽子に隠された顔が露わになった。

「…………あ?」

「…………え?」

 そこにいたのは、俺の高校生活を乱した張本人。

 宮原望美は風に吹かれる麦わら帽子を両手で押さえながら、目を真ん丸にして俺のことを見ていた。



「……夏休み中は、会うこと無いかなと思ってたんだけどな」

「……俺もだよ」

 勢いよく水を吹き出している噴水の縁に、俺と宮原は隣同士座っていた。

 ……なぜこんなことになってしまったのだろう、偶然というものはおそろしい。

 俺は単にここに座って休憩しようとしていただけなのに、偶然宮原が先に座っていたおかげで、傍から見ればその……二人仲良く座っているようにしか見えない状況になってしまった。

 しかも時期は夏休み、高校生の男女が二人仲良く動物園に来ている様子は……他人から見れば、どう考えてもアレにしか思われないはずだ。これは少し……いや、かなり恥ずかしい。

 ……全く知らない仲じゃないというのが良くなかった。これが例えば、春休みに入ったあの日、神社で出会ったころくらいの関係性であったのなら、話は違っていたはずだ。俺と宮原は少し挨拶を交わしただけで別れ、俺は別の休憩場所を求めてこの場を離れていただろう。

 だが今や、俺と宮原は二年続けてのクラスメイトかつ、お互い学級委員でもある。少し挨拶を交わして後は無視するような行動が許されるような関係性ではない。

 それゆえ、俺は宮原の隣にしぶしぶながらも腰掛けざるを得なかった。

 宮原が自分にとって特別な存在であると自覚してから、はや数か月。しかし、『特別な存在』というのが具体的になんなのか、俺の心の中では定めきれずにいた。

 宮原と共にいると、俺の心は揺さぶられる。この感情の動きは、一体なんなのか? 憧れか、友愛か、羨望か、あるいは……アレか?

 ……いやいや、俺みたいなやつがいっぱしにそんな感情を持つなんて……、ありえないよな……?

 噴水のおかげで涼んできたはずなのに……なんだかまた暑さがぶり返してきたかのようだ。

 俺は額から流れる汗を、首にかけたタオルで拭う。それをめざとく発見した宮原は、やたらと楽しそうな表情になる。

「あ、動物園のタオル。ふふ、特製グッズを買っちゃうくらい動物園が好きなの?」

「……違う、タオルを持ってくるのを忘れただけだ。汗が鬱陶しいから、仕方なくここで買っただけで……」

「ふーん……ホントかな?」

「嘘をついてどうする?」

「あはは、ごめんってば、そんなに睨まないで。確かに、今日はものすごく暑いね……まいっちゃう」

 そう言う割に、ころころと笑う宮原はずいぶんと涼しげだ。暑さには強いのかもしれない。

「斉藤はまた、一人で時間を潰しに来たの?」

「そういうことだな。……そっちは何だって、こんなところで一人なんだ? 友達と待ち合わせでもしてるのか」

 当然そうだと思っていたのだが、宮原は首を振った。

「ううん、今日はひとり」

「ひとりって……夏休みに入ったばかりの高校生がか?」

「それはお互い様でしょ? ……みんな子供のころと違って、動物園ってあんまり行きたがらないみたいなの。わたしは、今でも好きなんだけどなぁ」

 まあ確かに……あまり高校生の訪れる場所というイメージはない。一応隣に遊園地はあるものの、ここはやはりファミリー向けのイメージが地元では根強い。

 高校生なら、少し電車を乗り継いで都心部へ遊びに行くのが一般的なのではないだろうか。きっと宮原の友人たちも、そちらへ行きたくて断ったに違いない。

「それで……ひとりで来たのか」

 少し意外だった。宮原は「一緒に行く人が誰もいないなら一人で行く」なんてことを考えるやつだっただろうか? むしろ「みんなが行くところに自分もついていく」タイプだと思っていた。

 とはいえ、一緒に学級委員として数か月間働いてきたものの、俺と宮原は特別親しくなったわけではない。俺のイメージなど、勝手な想像でしかないのだ。きっと時には、宮原もこういうアグレッシブな行動もとるのだろう。

「うん。ここまでは車で送ってもらったの。また帰る時間になったら迎えに来てもらう予定」

 家族に連れてきてもらっていたのか。そりゃそうか……まさか俺のように、ハイキングコースを延々と歩いてくるわけもない。それにお世辞にも、宮原の恰好はハイキングに向いているとは言えない。

 それにしても……いつだったか宮原が自分の事を『私服のセンスが古臭い』と言っていたのは、こういうことかと納得した。

 確かに白いワンピースに麦わら帽子は、オシャレな高校生という感じじゃない。清楚で可憐という意味では宮原にとてもよく似合っているが……町中に友達と遊びに行く恰好ではないだろう。

 しかし改めて思うが、この格好は美少女にしか許されない恰好なのではないかと思う。飾り気が全くないので、本人の素質が色濃く表れているような気がするのだ。そういう意味で、この服装が文句なしに似合っている宮原は、やはり美少女なのだと俺の中で再確認がなされた。

「……この格好、おかしいかな?」

「えっ」

 しまった、ついつい見過ぎてしまっていたらしい……宮原が恥ずかしそうに問いかけてくる。

 私服のセンスを気にしているらしいし、あまり下手なことを言うわけには……。

 慎重を期すあまり、俺の答えは自然としどろもどろとしたものになってしまう。

「……いや、別に。よく似合ってる、と思うけど……」

「…………そっか。ありがと」

 あああ、なんだこの会話は……!

 傍を通り過ぎていく家族連れが、こちらに生暖かい視線を寄こしてきている気さえする……。あまりの気まずさに、俺は汗を拭くふりをしてタオルで顔を覆う。

 ちらりと宮原のほうを見たが……反対を向いた顔は麦わら帽子で隠されて、うかがい知ることはできなかった。



 しばらくの間、無言で涼んでいた俺たちだったが、宮原は唐突にふっと立ち上がった。

 休憩が済んだのかと、立ち上がった宮原の後ろ姿を見つめていると、宮原はくるりと振り返り、俺の顔を見て笑顔で言った。

「さて、そろそろ行こっか。まず、どの子から見る?」

「……は?」

 俺たちは別々に来て、偶然居合わせたから一緒に休憩していただけに過ぎない。

 それなのにどうして、さもこれから一緒に園内を回るかのような言い方を?

「せっかく会ったんだし、わざわざ別れて園内を回る必要ないでしょ? ……まさか、これから一人で一日中過ごすつもりだったの?」

 俺は何をするのも一人が好きだ。

 動物園も例外ではなく、俺は自分が見たいタイミングに、見たい動物のところへ行きたい。

 ……とは言えず、

「はい、もう充分休憩したでしょ。ほら、行こう行こう」

 俺は宮原に腕を引っ張られ、されるがままに宮原と動物園を回ることになった。

「……時計回りでいっか」

「任せる」

 お互い特に早く見たい動物がいるわけではなかったし、朝早くから来たおかげで時間は充分にある。広場にあった案内マップを覗いてルートを検討した俺たちは、あまり深く考えず、動物園が推奨する時計回りルートで回ることにした。

 時間が経つにつれて深刻になるのではないかと予想された熱気だったが、次第に気持ちのいい風が吹くようになり、思ったより酷くはならなかった。

 風に麦わら帽子が飛ばされないよう片手で押さえながら歩く宮原と、のんびり園内を見て回る。

 宮原との会話はほとんどない。宮原は目の前で動く動物たちを見るだけでずいぶんと楽しそうだし、俺は俺で柵に設置されている動物解説を読んだりして楽しんでいた。

 時折会話を交わすこともあるが、それもせいぜい、

「あ、カバだって。カバ見よ」

「ああ」

 だの、

「見て見て、あくびしてるとライオンも猫みたい」

「そうだな」

 だの、会話とも言えない言葉の応酬ばかりだった。

 これではどう見ても、二人仲良く動物園を満喫しているようには見えないだろう。……男女二人でするアレに誤解されるかもと気が気ではなかったが、どうもこの様子では心配なさそうだ。

 とはいえ、無言が続いて気まずいという感情はなかった。俺も、そして宮原も、お互い無言であってもそれでいいと思っているフシがあった。先ほど噴水では、恥ずかしすぎる会話のあと気まずい沈黙が流れたが……その時とはまた違う、落ち着いた空気が二人の間に流れていた。

 噴水で出会った時こそ、一体何を話せばいいのかと焦ったが、無言でいていいならむしろ宮原と一緒にいるのは望むところだ。……何せ、俺にとって特別な存在らしいのだから。

 広い広い動物園内を、宮原が見たい動物のところへ行き、宮原が満足するまで堪能してからまた別の動物のところへ……というのを繰り返して巡っていく。

 宮原はどの動物に対しても、じっくりと時間をかけていた。子供のころから動物園が好き、というのは本当のことらしい。俺も当然好きなほうなので、宮原と好みが同じという事実に、内心でほんの少し喜んでいた。

 しかし、宮原の友人が動物園に来たがらない理由というのも、俺にはなんとなくわかる。高校生になると、子供の頃には気にならなかった独特の獣臭さが、どうしても鼻につくのだ。女子なんかには、こういう臭いが苦手な者も多いだろう。

 ……やっぱり宮原は、本当は友人と回りたかったのではないかという気がする。

 楽しい時間を誰かと共有したいと宮原が考えるのは、容易に想像がつく。だからこそ、俺を無理矢理にでも着いてこさせたのでは? そう考えると、すとんと納得できる気がした。

 ……つまり俺は、偶然居合わせたおかげで宮原と動物園を回る栄誉を授かった、幸運な男ということだ。

 今日はあれこれと失敗ばかりだったが、ここに来て運が向いてきたのかもしれない。そう考えると、急に涼しくなってきたのも宮原のおかげなのではないか、とすら思えてくる。

 そんなことをぼんやりと考えながら、宮原が次の動物に移るのを待っていたのだが、いつまで経っても宮原が動く気配がない。

 一体どうしたのかと視線を向けると、宮原はまだ真剣な眼差しで動物のほうを見ていた。

 目の前にある柵は、左右に延々と広がっていた。かなり広く、平坦ではなくちょっとした斜面になっているのが特徴的で、そこかしこに樹木が生い茂っている。

 見たところ、動物らしい姿はない。一見、単なる森林が広がっているようにしか見えないその檻の、解説板を俺は覗いてみた。

「シンリンオオカミ……か」

 どうやら、宮原が熱心に見ているのはこの動物のようだ。

 宮原が熱心に視線を注いでいる先を注視してみると……確かに、いた。

 ピンと立った耳に、鋭い目。凛とした立ち姿だが、全身と尻尾を覆っているふさふさの毛は少し可愛らしい。

 だが、総合的に見ると『美しい』という言葉が一番しっくりくる気がした。灰色の毛並みは、一見すると銀色のようにも見え、木々の間を力強く、悠々と歩く様子は貫禄すらある。

 宮原はシンリンオオカミが歩く様子に、見とれているかのように見えた。その気持ちはわかるが……あまり女の子が好きな動物ではないような気がする。どちらかといえば、男受けのよさそうな動物だと思うのだが。

「……オオカミが好きなのか?」

 初めて、俺の方から話しかける。宮原が夢中になる様子に、何かただ事じゃないものを感じたからだ。

 宮原は隣に俺がいることを忘れていたようで、肩をびくりと震わせて驚いた。

「えっ、あっ、ゴメン。……うん、そうなの。好きなんだ」

「それはまた……変わってるな」

「そうかな? ……そうかもね。でも、カッコいいと思わない? 毛並みも美しくて、立っているだけでも凛々しくて……孤高の存在って感じ」

 一匹狼という言葉がある。集団の中であっても仲間を求めず、自分自身の力だけで行動する人間の事だ。例えば、常に一人の行動を好む俺なども、クラスの中では一匹狼な立場であると言えるだろう。……あんな風に、カッコよくはないが。

「……すごいよね、一人きりで生きていくなんて。わたしはいつも誰かと一緒で……誰かが傍にいないと不安になるのに。今日だって、最初は一人で回ろうとしてたのに、気が付いたら偶然居合わせた斉藤を付き合わせちゃった……」

 そうか、やっぱり宮原が俺を誘ったのは、一人でいるのが寂しかったかららしい。

 ところが、俺はあることを思い出し、ふと疑問を覚えた。思い出したのは、俺と宮原が初めて話した、あの春の日。

「……あの神社には、よく一人で行ってるんじゃなかったか?」

「行ってるよ。でも、居るのはほんのちょっとの時間だけ……。時折、何かに急かされるみたいに一人になりたくなるけど、またすぐに誰かと一緒にいないとって不安になるの。……それなのに、みんなの中にいるとまた一人きりのような感覚に陥っちゃう……。……自分でも、わけわかんないよ」

 困ったように笑う宮原に、俺は思う。

 宮原は以前言っていた……友人と話していると、孤立しているような感覚に襲われると。

 あの時は冗談だと言っていたが……たぶんあれは、宮原が思わず漏らした本音なのだと思う。

 しかし、人間は集団で生活する生き物だ。俺のように、一人でいることが苦痛ではない人間というのは稀で、普通は誰かと一緒にいることを好むはずだ。それが社会というものを作り上げた、人間本来の姿であろうから。

 宮原にはそういう、人間として当たり前の部分がちゃんとあるんだろう。だから一人になると不安になり、傍に誰かがいることを求める。

 しかし誰かといると、再び心の奥から『孤立感』が首をもたげ、彼女を苦しめる……。

 宮原がなぜその感覚を、『孤立感』を抱くようになったのか……それは俺にはわからない。

 だが、人として当然の感情と心の奥の感覚で板挟みになっている宮原は……全てを放り出している俺なんかよりも、はるかにつらい毎日を送っているように思えた。

 宮原は凛と佇むオオカミに、見とれているようだった。その視線はまるで、どこか遠い世界を見つめているかのようにぼーっとしている。

「かっこいいよね……一人でも胸を張って生きている姿って。わたしには絶対できなくて……だから、つい憧れちゃうの」

「? 何に?」

「孤高の存在とか、一匹狼って言葉が似あう姿に……だよ」

 放心したように狼を見つめる宮原から、俺はついと目を反らした。

 ……直前に自分の事を一匹狼だと考えていたことが、ものすごく恥ずかしくなってきた。

 くそ、これじゃあまるで宮原が俺に憧れているみたいに聞こえるじゃないか……! 宮原が言っているのはあくまで目の前にいるオオカミのことなのに、自意識過剰がすぎる……。

 宮原から離れて行き場をなくした俺の視線は、泳ぎに泳いで再びシンリンオオカミの解説板に戻った。先ほどは名前だけしか読まなかったので、名前の下に詳しく書かれている解説を読んでみる。

「ん…………?」

「? どうかしたの?」

 訝しげな俺の声が気になったのか、宮原が問いかけてくる。

 少し迷ってから、俺は解説板に書かれていた内容を抜粋して読み上げた。

「シンリンオオカミは通常、群れで生活します……。よく孤高の人や、仲間を求めない人のことを『一匹狼』という言葉で例えますが、一匹狼とは元々群れから離れ、ペアとなる異性を探しているオオカミのことを差します。つまり本来の一匹狼とは、パートナーを探して彷徨うオオカミのことなのです……」

 ……なんというか、一匹狼という言葉のイメージを完全に覆してしまう説明だ。

 彼らは一人で気高く生きているわけではない。

 自分と一緒になってくれる異性を求めて、ふらふらと彷徨っているだけなのだ。

 先ほどまで感じていたオオカミへの感情が、急に反転してしまったような気がする……。

 俺ですらこう思っているのなら、オオカミへの憧れを語っていた宮原はどう思っているのだろう……と、隣をちらりと覗いてみると、

「…………」

 ……気のせいだろうか、先ほどまで涼しげな顔をしていた宮原の頬が、赤く染まっているように見える……。

 視線をオオカミへと戻す。すると解説板の内容を裏付けるかのように、一匹で佇んでいたオオカミの傍にもう一匹のオオカミが合流した。二匹は仲良さそうにぐるぐるとその場で回ったかと思うと、連れ添う様にして俺たちの目の前から去っていった……。

「……まあ、こういう新しい知識を仕入れることができるのも、動物園の醍醐味だよな。勘違いにも気づくことができるし……」

 俺がそう言うと、宮原は俺の背中を麦わら帽子でばふりと叩く。そしてそのまま顔の前に翳して、赤くなった顔を完全に隠してしまった。



 ルートに沿って園内を歩き回り、気が付けば時刻は昼時に差し掛かっていた。お互いほどよくお腹が空いてきたということで、園内にあるレストランで昼食を取ることにする。

 レストランと言ってもオシャレな内装の立派なものではなく、半分食堂といった体の店だった。まあ、ファミリー向けの動物園内にはふさわしいかもしれない。

 テーブルにメニュー表がひとつしかなかったので、机に広げて二人で覗き込む。しばらくの間検討したあと、俺は一番安い定食を選んだ。入園料は格安の動物園だが、食事の値段はそれほど安くない。最安値だけあって量も控えめだが、こう外が暑いと食欲も減退ぎみだ。おそらく丁度いい量だろう。

 さて宮原は何を頼むのだろうと思ったら、なんと俺と同じものを注文した。俺が一番安いものを頼んだものだから、もしかして気を使わせてしまったのだろうかと思ったが、

「そんなにたくさん食べられないから」

 ……とのことだった。とはいえ、やっぱり気を使ってくれたんだと思う。

 テーブルに並べられた定食は、ご飯・味噌汁・鮭と朝食の定番のような品に、なんとミニうどんまでついている。こう言うと最安値の定食のわりに量が多そうに聞こえるが、どの食器も絶妙に小さく、値段相応の内容なのは間違いなかった。

 おいしいともマズイとも言い難い味の定食を、二人してもそもそと食べる。無言で食べ進めていると、宮原がうどんに七味唐辛子をかけながら話しかけてきた。

「あのね、学校のことだけど」

「ん?」

「学級委員に指名したこと、今はどう思ってる?」

「……おかげさまで、楽しい高校生活を送らせてもらってるよ」

 皮肉を込めてそういうと、宮原はにっこりと笑って言った。

「そっか、それはよかった」

「……皮肉のつもりなんだが?」

「うん、知ってる」

 こ、この……。

「あはは、ごめんってば。でも、どう? 慣れないことを任せちゃったかな、とは思っていたんだけど」

 再度問われ、俺は一度冷静に考えてみる。

 宮原から突然指名されて着任した学級委員という立場。四月から夏休みに入るまでの今までの活動を、総合的に評価すると……。

「……まあ、言うほど悪くはなかった」

 俺が味噌汁をすすりながらそう言うと、宮原はぱっと笑顔を咲かせた。

「そっか……! よかった、もしかしたらずっと嫌な思いをさせてたかなって、ちょっと不安だったんだ」

「そもそも俺は、学級委員として大した働きはしてないからな。……いい機会だからもう一度聞くが、なんで俺を指名したんだ? 以前は俺が暇そうだったからと言っていたが、そんなクラスメイトはいくらでもいるだろう」

「んーと……それは」

 宮原はうどんのツユを、箸でぐるぐるとかき混ぜている……。

「……わかんない」

「はあ?」

 あんまりな答えに身を乗り出すと、宮原はうつむきながらぼそりと言った。

「わかんないけど……誰かと一緒に委員やるんなら、斉藤がいいなって思ったの」

 …………なんだそれは。

 今の発言はまるで……その、クラスの男子の中では、俺の事を特別に思っているように聞こえるんだが……。

 …………………………。

 ……待て待て、変なことは考えるな。たぶん、宮原なりの理由があるに違いない。そういう意味合いが含まれているなんて考えるのは、都合がよすぎるってものだ……。

 俺が黙り込んで発言の意図を読んでいると、宮原は突然うどんの器を掴み、残っていたツユを全て飲み干してしまった。……おいおい、ツユまで飲んで、お腹は大丈夫なのか?

 空になったどんぶりを机にトンと置くと、宮原は勢いこんで話し出す。

「……ほら! 斉藤って、やるべきことはちゃんとやってくれるでしょ? それでいて、余計なことは絶対にしないし……。一緒に何かをするのに、こんなに助かる人はいないから……だから!」

 ……ああ、やはりそういうことか。

 よかった、穿った考え方をしなくて……あやうく恥をかくところだった……。普段は恥やら外聞なんて気にしていないが……宮原の前では、何故か見せたくなくなるのだ。

「……そりゃ確かに、頼まれたことはやるが。代わりに、気の利いたこともできないぞ、俺は」

「頼まれたことをきちんとやってくれる人って、すっごくありがたいんだよ? ……それと変な気を利かせないところも、わたしにとってはありがたいかな。男の子に何か頼みごとをすると、頼んだこと以外のことも勝手にやってくれることが多くって……。気持ちはありがたいんだけど、そんなにやってもらうと申し訳ないっていうか……」

 おそらく、彼らは宮原にいい顔をしたいのだろう。

 俺ですら宮原にものを頼まれたら断れないのだ、宮原に頼りにされて奮発しない男子はいないと思う。

「だから、ものを頼むのにも気を使ってしまうというか……。そういう点で、斉藤といると気楽なんだ」

 そう言われると、なるほどと納得できる。親切心も、過剰に振舞われると感謝よりも申し訳なさがたつのか。

 実に宮原らしい考え方だと思った。人を引き寄せ、人に好かれる宮原は、それこそ幾度となく他人の好意を浴びせられてきたのだろう。

 それを当然と受け入れる人間であれば問題無いのだろうが、宮原はそうではない。望んだ以上の好意をぶつけられるたびに、申し訳なさに心を痛めていたのだろう。

 そういう点で、なんの気も利かせない俺は、確かに宮原にとって肩の力を抜くことのできる唯一のクラスメイトなのかもしれない。

 ……正直な話、人としては全く褒められたものではないが……。宮原がそれでいいというなら……まあ、いいか……。

「それに……例の感覚の仲間だしね。周りが他人事に感じる、あの」

「仲間? ああ……。……あれは冗談なんじゃなかったか?」

 俺がそう言うと、宮原はきょとんとした顔のあと、拗ねたように小さく頬を膨らませる。

「……わかってるくせに」

「わ、わるい……」

 確かに俺は、あの宮原の言葉が本音だったんだろうということに気が付いているが……まさかそんな顔をされるとはおもわなかった。……そもそも、そっちが冗談と言っていたのに。

「……今でも、『孤立感』はあるのか?」

「『孤立感』? ……へええ、いいね、その表現。みんなの中にただポツンと立っている感覚……寂しい感じのする孤独でも、気高い感じの孤高でもなくて、孤立かぁ……」

 宮原はやたらと気に入ったようで、納得するようにうんうんとうなずいていた。

「……それで、どうなんだ」

「ん? ……うん、相変わらずかな。斉藤はどうなの?」

「俺はいつも思ってる」

「あはは。……でもそうだなぁ、斉藤と話しているときは、『孤立感』を感じたことはないかな。やっぱりはぐれ者同士、何かシンパシーを感じているのかも」

 シンパシーね……。

 宮原は俺に対してよくそういう言葉を使うが、実際のところ俺と宮原の『孤立感』は同じものなのかどうなのか……。どちらかというと、宮原の方が深刻なような気もするが。

 だが、同じであるかどうかはともかく、それが理由で俺が宮原の支えになっているのであれば、喜ばしいことだと思う。

 たかが息抜きのためだけの存在とはいえ、多少の価値があると思うと……俺もこの世界にいてもいいんだという気持ちになれた。

「それじゃあ二学期からも、引き続きよろしくね」

「ああ、雑用でもなんでもするさ……」

 宮原は、屈託のない笑顔を浮かべた。



 昼食を食べ終えた俺たちは、お腹がこなれてくるのを待ってから店を出る。

「……さて、午後はまずどこから行くんだ?」

 園内を半分近く回ったが、まだまだ目玉となる場所は多い。

 少し趣向を変えて野鳥のコーナーに行くのもいいし、涼しさを求めてペンギンを見に行くのも悪くない。あまりの暑さに氷を与えられてはしゃぐシロクマを見るのも面白そうだ。あとは、子供に人気な小動物触れ合いコーナーだってある。伊達に全国でも有名な動物園ではない。

 ところが、宮原の希望は俺の予測の外だった。

「ねえ、財布の中身に余裕ある?」

 なんだ突然、たかる気か? と一瞬思ったが、宮原がそんなことをするわけがない。財布の中身を大まかに告げると、宮原は嬉しそうに口元をほころばせた。

「あのね、ちょっと提案なんだけど……少し予定を変更しない?」

「予定を変更? 一体何を」

「午後からは、あっちに行ってみるとか」

 あっちとはどっちだと、宮原が指を指した方向に目を向けると、

「…………え?」

 色とりどりの小さな籠が、ゆっくりとくるくる回っているのが見える。

 鉄製のレールの上を、猛スピードで何かが滑っていく姿もある。

 この動物園は、隣に遊園地が併設されている……入場料が動物園とは別料金のため、どちらかというと影の薄い存在だ。

 宮原の人差し指は、間違いなく遊園地の方向を指していた。

 俺は財布の余裕を再度思い出す。確かに、遊園地への入場料くらいは出せるが……。

「ね、せっかくの夏休みなんだしさ。普段だったら絶対に行かないところに行ってみるのも、いいと思わない?」

 ……いや、いや待て。夏休みだからとか、いつもと違うことをするとか以前に……男女でああいうところに行くということに何か思うところはないのか、宮原は?

 とはいえ、二人で動物園を回っている時点で今更なのか? しかし、動物園を巡るのと遊園地で遊ぶのとではわけが違う。

 具体的にはその……そう、目的が違う。動物園は動物たちのリアルな生態を知り、学習するための場所という側面がある……。

 対して遊園地は、完全に娯楽施設だ。来て、楽しむためだけに存在している場所。そこに誰かと連れ添っていくというのはつまり、その誰かと楽しい時間を楽しみたいという目的しか存在しないわけだ。そのあたりを、宮原はわかっているのだろうか?

 ……いやでも、動物園も半分は娯楽施設のようなものか? そうでなければ、こんなにも来場者が来るわけがない。それにファミリー向けとはいえ、男女二人で園内を回っている姿もチラホラ見かけた。だとしたら、遊園地に行くことだけを躊躇うのも、今更な話なのか……?

 そんなことをつらつらと考えているうちに、俺は宮原に腕を引っ張られ、遊園地への入場ゲートまで連行されていた。そして、

「……どうする? 行く?」

 と、宮原に上目づかいで問いかけられてから、しばらく俺の意識は途絶え……気が付いたら俺たち二人は入場ゲートの内側に立っており、財布の中身が減っていた。

「遊園地って久しぶり! 斉藤はどう?」

「……ああ」

 正直、宮原が何を言っているのかまるで耳に入っていなかった。

 真昼は既に過ぎているし、今でも涼しい風が吹いているというのに、急に暑さがぶり返してきたかのようだ……と思ったがなんのことはない、熱を発しているのはあれこれ考えすぎて知恵熱を出している俺の身体のほうだった。

 遊園地は夏休みなだけあって、そこそこ込み合っている。しかし若者……特に、俺たちと同年代くらいの姿は、パッと見た感じ見受けられなかった。偶然なのか、それともやはり若者にはあまり人気のないスポットなのか……それはわからないが、とてもありがたいことだ。俺なんかと二人、遊園地にいることを目撃されたりしたら……宮原はとても困るだろうから。

 それから、宮原に引きずられる形で、ありとあらゆるアトラクションに挑戦した。

 初めにジェットコースターに乗った。生まれて初めてジェットコースターに乗ることを宮原に言うと、

「だったら、絶対一番前の席!」

 ……と、突然興奮しだした。一番前の席になるまで何度でも乗ると言いだしそうな勢いだったので戦々恐々としていたのだが、運がいいのか悪いのか、列が進むと自然と一番前の席に座ることができた。

 生涯初のジェットコースターは、なかなか悪くなかった。猛スピードで風を切って進むので、暑さが紛れて気持ちがいい。

 ただ、怖いかどうかと言われると、それほど怖いとは思えなかった。もしかしたら、動物園から流れてきた小さい子供でも安心して乗れるように、配慮してあるのかもしれない。

 思ったより余裕があったので、俺はジェットコースターに乗りながら景色を楽しんでいた。ぐいっとカーブをしたところで、隣に座る宮原の顔が目に入ってくる。

 宮原は、満面の笑みでジェットコースターを楽しんでいた。

 よく笑うやつだと思っていたが、ここまで屈託のない笑顔を見るのは初めてで……俺はしばらくの間、宮原の横顔に目を奪われ続け、

「……うおっ!?」

 正面を見ていなかったおかげで、不意打ち気味に訪れた急速落下に思わず間抜けな声を上げた。

 次も絶叫アトラクションに乗りたいという宮原の提案に従い、バイキングにも乗った。

 ジェットコースターと同じようなものだろう……とたかをくくっていたのだが、こちらは思ったより怖かった。同じところを何度も往復しているだけなのだが、落下するときの落差がジェットコースターの比じゃない。先ほどのような情けない悲鳴を上げたくはなかったので、俺は歯を食いしばりながら堪えていた。

 ちらりと宮原の様子を伺うと、宮原も先ほどとは打って変わって縮こまり、青い表情を浮かべていた。どうやらあちらも、たかをくくっていたらしい。今頃、このアトラクションを選んだことを、後悔しているのだろう……。

 バイキングを降りると、二人ともへとへとになっていた。俺たちのような客は珍しくないようで、アトラクションのすぐ傍に、まるで見越したようにベンチが並んでいる。

 ありがたく二人並んで座ると、宮原はしおれたように蹲ってしまう。今日は元気な笑顔ばかり見ていたので、一瞬のうちに弱弱しくなってしまった宮原の姿が少しだけおかしかった。

 落下するタイプのやつはもうやめようという両者の合意の元、次はコーヒーカップに乗った。

 これは面白いのか? と乗る前から疑問に思っていたが……案の定面白くなかった。

 何故かと言えば、宮原がやたらとカップを回すのだ。

 乗っている途中からだんだんと気分が悪くなってきたというのにも関わらず、もうやめてくれと俺が懇願してもテンションの上がってしまった宮原の耳には入らず、調子に乗ってぐるぐるぐるぐると回しに回しまくってくれたおかげで、アトラクションが終わった頃には俺は完全にダウンしてしまった。

「ごめん! 本当にごめん!」

 ふらつきながら休憩用のベンチになんとかたどり着き横になった俺は、宮原の必死な謝罪を聞きながら、もう二度とコーヒーカップには乗るまいと心に誓った。

 空気の抜けたゴム風船のようにくたびれてしまった俺を、宮原は甲斐甲斐しく世話してくれた。飲み物を買ってきてくれたり風を扇いでくれたり……膝枕をしようかと提案もされたが、そこは丁重に断った。

 調子に乗ってカップを回しまくった宮原が原因とは言え、楽しい時間に水を差してしまった申し訳なさが胸に募る。加えて情けない姿を晒してしまったことが恥ずかしくて、横になっている間はずっとタオルで顔を隠していた……。

 数分ほど休むと歩ける程度には回復したが、さすがにしばらくは激しく動くアトラクションは遠慮したいところだった。

 というわけで、俺と宮原はおばけ屋敷に入った。

「斉藤って、怖いの苦手?」

「……どうだろうな。そもそも、その手の娯楽にあまり触れたことがないし」

 また情けない姿を見せることになったら……と思うとあまり気乗りはしなかったが、結果としてはそんな事態にはならなかった。

 おばけ屋敷の仕掛けは機械で自動化されたもので、予想外の方向から飛び出てくるおどろおどろしいおばけの作り物にビクリとはするものの、恐怖感はあまり感じなかった。

 それは宮原も同じだったようで、

「うわっ、びっくりしたー。完全に意識の外だったよー」

「そこの角にライトを当てることで、視線を誘導しているんだろうな」

「すごいなぁ、いろいろ計算されてるんだね。こういうのを考えるのって、結構おもしろいかも」

 など、途中からはまるで屋敷内の仕掛けを視察に来ている二人組のようになっていた。

 おばけ屋敷の楽しみ方としては完全に間違っている気がするが……狭い屋敷内、誰にも見られていない状況で宮原と至近距離で話す時間は、なんとも心地が良かった。

 続けて同じようなアトラクションということで、ミラーハウスに入る。

 全面鏡の迷路とはどういうものなのかと思ったが、これが存外面白かった。

 ありとあらゆる方向に俺と宮原の姿が映っていて、少し歩いただけでどこから来たのかわからなくなり、方向感覚がめちゃくちゃになる。まるで別世界に迷い込んでしまったかのような不思議な感覚に、俺の心は珍しく踊った。

 宮原も同様に、子供のようにはしゃいでいた。はしゃぎすぎて、途中で鏡に映った俺の姿に声をかけようとして、思わず頭をぶつけていた。

 それを見て思わず吹き出してしまった俺を、不満そうな顔で見たかと思うと、

「……じゃあ、今度から間違わないように」

 と言って、手を差し伸べてきた。

「…………」

 ……俺は迷った末に、宮原と手を繋いだ。これでもう、鏡に映った姿と間違うことはない。

 ――宮原は、繋いだ手の先にいる。

 やっとの思いで迷路を抜け、出口が見えてきたところで二人の手は自然と離れていく。

 宮原の手のぬくもりが残る手のひらを見つめて、俺は今まで知らなかった自分の体質に気付き、それに深く感謝した。

 ……俺はあまり、手汗をかかない体質だったのだ。

 代わりに首と背中に汗をかいており、おかげでタオルとTシャツがじっとりと濡れていた。



 いつの間にか、時刻は五時を過ぎていた。

 そのことに気付いたのは、アトラクションに乗り疲れて二人で休憩していたときに、たまたま遊園地内の時計台が目に入ったからだった。俺は未だに携帯を持っておらず、時刻確認くらいはできるよう買うべきかと悩んでいた腕時計も、夏休み中に買えばいいかと思い、まだ購入には至っていなかった。

 確か宮原は家族の迎えが来るはず。それなのに時間を気にする様子がなかったため、門限はいいのかと問いかける。

 すると、宮原は少しだけ表情を曇らせた。拗ねる子供のような顔だ。

「はぁ、楽しい時間ってあっという間だね」

 俺は内心で、全面的に同意する。

 実を言うと、体感ではまだ二時間程度しか経っていないのではと思っていた。体内時計にはそれなりに自信があったので、まさか倍近くの時間が過ぎ去っていたとは、夢にも思っていなかった。

 ……これも、宮原と一緒にいるからなのだろう。

 恥ずかしくて、そんなことは言えるはずもないが……。

「ね、それじゃあ最後にあれ、乗ろうよ」

 宮原が指さしたのは、この遊園地で一番背の高いアトラクション。カラフルな籠がいくつも回る、観覧車だ。遊園地の最期を飾るアトラクションとしては、これ以上にふさわしいものはないだろう。

 特に反対する理由もないので、俺は素直に宮原に付き従い、観覧車待ちの列に並ぶ。……様々なアトラクションで遊んでいるうちに、宮原と二人でいるこの状況に恥ずかしさを覚えることはなくなっていた。

 一定のテンポで列は進み、すぐに俺たちの順番が回ってくる。俺と宮原を乗せた籠はのんびりと動き出し、上へ上へと昇っていく。

「ふふ……観覧車も、乗るのは久しぶりだな。……結局、殆どのアトラクションで遊んじゃったね」

 宮原の言う通り、俺たちは一部の絶叫アトラクションを除いたほぼすべてのアトラクションを回っていた。

 メリーゴーラウンドにも乗った。嫌がったのに宮原は俺を無理矢理馬に乗せ、似合ってないと笑っていた。……だから嫌だったのに。

 息抜きにということでゲームコーナーにも寄ってみた。レトロなゲーム筐体が並ぶ遊園地内のゲームコーナーで、二人で遊べるゲームをプレイしたのだが、

「えいっ……あっ、あれ? ほっ、とっ、ああー……。終わっちゃった……」

 宮原はどうも、電子ゲームが苦手なようで、俺が一ミスをするうちに三回も四回もミスを重ねていた。次第に黙り込んでしまったので、ゲームコーナーは早々に撤退した。

 小腹が空いたと宮原が言うので、売店にも寄った。買ったのはなんの変哲もないバニラソフトクリームだったが、宮原と一緒に食べると、なんだか値段以上に美味しい気がした。

「……こんなに楽しい一日になるとは、思わなかったな……」

 それは俺も同意だ。

 ここ数年、楽しいなんて感情が溢れることなんてなかった。世界から孤立している俺に楽しさを与えてくれる存在なんて、ただのひとつもなかったから。

 ところが、宮原が全てを変えてしまった。

 宮原といればどこにいても、何をしていても心が騒ぐ。

 他人事だった世界が、身近で魅力的なものに変わってしまう――。

「……ね」

「ん……?」

 ゆっくりと昇っていく景色を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、宮原が声をかけてきた。

 白いワンピースに、麦わら帽子。――やっぱり、とても似合っている。

「今日の事、クラスの誰かに見られたら……どう思われるかな?」

 どきりと心臓が鳴る。……もう何度、俺は宮原の言葉で心を揺さぶられたのだろう?

 今日の事とはつまり……二人で動物園と、遊園地を楽しんだことだ。

 俺は最初、宮原と偶然出会った成り行きで、動物園を回っているつもりだった。だからこそ、宮原が遊園地に行こうと言い出したときに困惑した……。

 だが……薄々とは、感づいていた。男女二人で、動物園を回る意味。例え楽しげな会話がなくとも、二人並んで、同じ時間を共有すれば……それは。

 ――俺たちは今日一日……デートをしていたのだ。

 顔面に血が昇っていくのを感じる。

 まずい、真っ赤に染まった顔を宮原に見られるのは、とてつもなく恥ずかしい……。

 きっと宮原は、最初からそういう意図で俺を誘ってくれていたのだろう。考えてみれば、偶然出会ったからと言って、ただのクラスメイトと一緒の動物園を回り、食事を共にし、遊園地ではしゃぐわけがない。

 宮原は、俺と一緒にいたいと思ってくれたのだ。

 ……嬉しかった。

 もしかしたら、今日限りの気まぐれかもしれない。今後も同じように誘ってくれるとは限らない。

 それでも……今日一日という時間を、俺と一緒に過ごしたいと宮原が思ってくれたことが、とてつもなく嬉しかった。

 同時に、欲も出てきた。今日のこの時間だけでも……宮原を独占したいという欲が。

 それは、言葉となって俺の口からこぼれ出る。

「できれば……誰にも知られたくないな」

 真っ赤な顔でぽつりと呟いた俺のことを、宮原は笑わなかった。

「……じゃあ、二人だけの秘密にしよっか」

 くすぐったそうにはにかみながら、そう言ってくれた。

 ……恥ずかしすぎて、とてもじゃないがもう宮原の顔を見ることができない。俺はぐいと顔を横に向けて、窓から見える景色を眺める。俺たちの籠は、ちょうど天辺の位置に到達していた。

「あれ……なんかこの景色、見たことがあるような……何だろう?」

 不思議そうにつぶやく宮原のささやきが聞こえてくる。子供の頃に乗ったときの記憶でも思い出したのだろうか?

 しかし、観覧車の頂点から眺める景色はなかなかの絶景だった。空にはだいぶ落ちかけてきた太陽に、風に流れて浮かぶ白い雲。下を覗けば、小さくなった人々が歩く動物園や遊園地、そしてそれを囲む木々が生い茂る山々が広がっている。

 山を上から覗くという経験は、そうそうできるものじゃない。確かに、記憶に残りそうな風景だ。

「……うーん、思い出せない。忘れちゃった」

 ところが、宮原はいつこの景色を見たのか記憶にないようだ。まあ、きっと何度も家族と一緒に遊園地に来ていたんだろう。そんないくつもある記憶のうちの、特定のどれかを思い出すなんて、なかなか難しいに違いない。

 だが、宮原にとってはいくつもある記憶でも、俺にとっては違う。

 俺はおそらく、この景色を一生――そう考えたとき、宮原の嬉しそうな声が聞こえてきた。

「でも、今日のこの景色は一生……忘れないよ」

 ……本当に、心を読まれているかのようだ。

 もう俺の心は、完全に宮原によって掌握されてしまっているらしい。

 だというのに……その状態を心地よく感じている俺がいた。

「斉藤は、どう?」

 宮原の問いに対する、俺の答えは決まっている。

「ああ……。俺もだよ」

 頬を赤く染めて笑う宮原の顔も、俺は一生忘れないだろう。

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