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5話 事故と紹介

5話 事故と紹介



「じゃあ僕の基本的なプロフィールを紹介するね。」

言われるままに彼に向き合って座ると、自己紹介が始まった。

「立花葵、21歳、誕生日は2月14日だから覚えておいてね。好きな物は酒!嫌いな物は汚い物全般!圧倒的クズ極み!よろしくぅ。」

彼は楽しそうに話す。まるで合コンの盛り上げ役だ。

「ってテンションで商売してたんだけど、これエネルギー消費しまくるから疲れるんだ。」

先程の表情と真逆の呆れた表情で言った。小指で耳をかく彼は欠伸をした。

「じゃあ、好きな物は酒って冗談です?」「あ、それはホントの事。嫌いなものも正直な話だし。」

それは事実なんだ。

「でも、立花葵って名前ではやってなかった。不死鳥伝説って名乗ってた。」「不死鳥…伝説…。」「そう、フェニックス レジェンドって読む。」

ダサい…。センス無さすぎるその名前…。

「いや、なんかホストの伝説になりたいなって思ってさ。」「まさかこれ自分で命名したんですか?」「そうだよ、自分でつけた。」

いやネーミングセンス無さすぎだろ。一体この人は周りの人からどう思われてたのか。

内心ツッコミを入れたい所だったが、辞めておいた。

「でもさ、確かに伝説ではないけど1000万プレイヤーまで上り詰めた。」

凄すぎ。嫌にしても不死鳥伝説(フェニックス レジェンド)だよ。

でも相当な努力をしたんだろうな。1000万も稼ぐなんて簡単な事では無い筈だ。

「正直、年に数十億とか稼ぐ人も中にはいるし、一晩で1000万稼ぐ人もいる。」

聞いているうちに金銭感覚が狂ってきた。私は一晩最高10万位しか稼いでなかったのに。(それでもかなり高収入だ。)

「なんかさ、俺は店でナンバーワンになって、歌舞伎町でナンバーワンになって、ホスト界でナンバーワンになりたかった。」

「正直現実味の無い話だし、子供みたいな夢だった。でも俺は直ぐに店で1番の売上を勝ち取り、ナンバーワンになった。」

「もしかしたらホスト界のナンバーワンも夢じゃないぞ。って思った矢先、有名なプレイヤーの人から声をかけられたんだ。今度自分が経営するホストクラブを立ち上げるから、良ければ一緒に仕事がしたい、ってね。」

「自分にに幸運が巡ってきたと思った。皆の憧れの人から声がかかって、俺は嬉しくて仕方が無かった。直ぐにその人の店で働く事にした。」

意気揚々と目を輝かせる葵は、とてもハイテンションだった。当時はもっと喜んでいたのだろう。

「そこでも俺は成功した。沢山の人に支えて貰ってそこでもトップになった。だがな、1つ問題があったんだ。」

「俺の担当していたとある子が、他のホストとホテルに行ってたんだ。その女の子は無理矢理連れて行かれたらしい。それで担当を自分にするようにそいつに言われたらしい。」

酷い話だ。

「それっきりその子は来なくなった。数週間後にその子からメッセージが来て、事実を知ったんだ。だから、ホテルに連れてったホストを叱ったんだ。殴り合いの喧嘩にまで発展したんだが、店長が宥めてくれた。でも店長は、そいつの事を悪くないって判断したんだ。俺は嫌気が差したから、こいつらより稼いで、歌舞伎町でナンバーワンになってやろうって思った。」

「そんな時だった。あの女の子が自殺したんだ。しかも、ホストクラブまで来て、腹に包丁を刺して死んだ。開店前だったから他のお客様は見なかったが、俺はその子の死を目の当たりにして後悔した。なんで救ってやれなかったのか。僕の頭の中で何かが切れて少しずつ溢れた感覚がした。警察が駆けつけて、そのホストクラブは潰れた。」

なんて辛い過去を背負っているんだこの人は。

「でも店長は、店に迷惑だ、あの客がヘラってたせいで俺達に迷惑がかかった。ってさ、人の死を迷惑だとか言って片付けてたんだよ。信じられねぇ。」

真剣な顔つきに豹変した彼は、目に少し涙を浮かべている。

「それで俺は他の店に転勤した。そこでは大御所ばかり集っている夢の国と呼ばれてたんだ。直ぐにそこに所属出来て、今までみたいに接客も頑張った。」

「でもな、俺の昔の担当してた子が死んだって話が口コミで広がって、何人もの人が俺から離れていった。俺はそれで頭が狂って、金の事しか頭に無くなった。ナンバーワンになりたい一心で、金欲が可笑しくなってさ。客に金を積んで欲しくて、客を風俗で働かせてその金を全部積んでもらった。そういう方法で俺の売上は伸びていった。こういう方法で稼ぐホストはかなり多いが、俺は人間として大切な事を忘れていた。俺は本当に最悪な人間になった。」

風俗には、よくホストにそう命令されて稼ぎにやって来た女の子は少なく無かった。所謂『ホス狂い』と呼ばれる、ホストに狂う程依存してる女の子達は、好きなホストをナンバーワンにする為なら何でもする。

貢げと言われたらどんな事をしてでも金を手に入れる。死ねと言われたら自殺する。

葵はそのホス狂いよりも狂って、人間としての理性を失っていったのだろう。

「そんで、段々俺の接客が塩対応になって行ったり、色んな人の相手したりしてるから、俺に積む人はいなくなったよ。結局お客様は、俺の対応に愛想尽かして去って行ったり、色んな人と関係持ったせいで病気になったりした人もいてさ。何人もの人の人生や大事な物を失わせる事になった。」


「俺の頭が可笑しくなってる事に気づいた時にはもう遅かった。それに気づいた瞬間、俺は後悔やら辛さで完全に精神が病んで、植物状態になったり、気づいたら自傷してたりして。どうしようも無くて店から逃げた。」

「心身が回復したら仕事に戻る予定だったんだが、病院で精神科を勧められて、行ってみたらこの診断書貰って。今は二ー活中。働けないし、前の仕事ももう辞めたし、誰にも居場所を知られたくなくて、引越しして、って感じ。」

人間は弱い、と感じた。蟻や蛞蝓よりは強い生き物かもしれない。だが、心の傷を追うと中々修復が困難だ。葵はきっとそんな状況なのだ。

「俺は多分、心身を休める必要があるんだ。頭も上手く回らないから、これからどうするべきかも考えられない。ただ病院に行って薬飲んでカウンセリングとか受けてれば少しはマシになると思う。」

「君を家に連れ込んだのは…。うーん、あまり良くない言い方になってしまうかもしれないけど、」

少し言葉を濁らせ、彼は口を開く。

「僕と同じ様な状況に陥ってると思ったんだ。夜遅くに寒い所で絶望的になってる君を見過ごせなくて、僕と同じ状況なら救いたいって思ったんだ。」

葵の言う通りだ。彼程ではないが、絶望してどうしようも無くなったのが私の現状だ。

「なんか、助けてあげなきゃって本能的に思ったんだ。君は僕よりも若い筈だし、これから人生まだ色々なあるんだろうし、ここで救えなかったら…。って考えると助けなきゃって思ったんだ。」

正義感が強い人だな。

彼は袋からスナック菓子を取り出し開封した。それを2枚重ねて葵は齧る。

「なんか俺キモいな。急に知らない女の子の事救いたいだの声かけるだの、なんでか分からないな。」

咄嗟に私は否定した。

「いえ、私は嬉しかったですよ。キモくないと思いますし、寧ろ正義感が強い素敵な人だと思います。」

突然大きな声で喋る私に驚いてきょとんとしている。

「お、おうなら良かった。とりあえず食べようよ。」

私は葵に買って貰った商品を手渡して貰う。

「ありがとう…ございます。」「明日って何か予定あるの?」「明日…あっ。」

私は急に思い出した。

「どうかしたの?」「新聞配達のバイトが朝の4時からで…。」

現在時刻は午前2時。

「そっか、行っちゃうの?」

葵の心配そうな声は、私を心配しているのと同時に、まるで「行かないで」と訴えている様だった。本当は彼は寂しがり屋なのかもしれない。

「行かなきゃいけないです。」

私は落ち込んだ顔で言って立ち上がろうとした。しかし、体はブレーキをかける。急に立ちくらみがして倒れそうになるが、座っていた椅子が丁度良い位置にあった為、尻もちを付かずに済んだ。

「大丈夫か?」

葵は咄嗟に私に声をかける。少々慌てながら立ち上がった彼は、急に己の右手を私の額に当てた。熱を測っている様だ。

「ちょっと体温が高い。あんな寒い所いたら軽い風邪引いちゃうよ。こんなんで朝から体動かす仕事するのは良くない。今日1日ゆっくりした方が良い。」

私の背中を摩る彼の手は、怯える動物を宥めるかのようだ。落ち着いてくれと願う彼の気持ちに私は負けた。

「そうね、明日はゆっくりした方がいいかもしれない。」

彼の言った言葉を繰り返した。

「1日予定無いから、俺の家で看病するよ。」「でも移したら悪いし…。」

家に帰る、と言いかけた。その時、体の様態が悪い事を自覚した。

突然、彼が怖くなってきた。彼は何故ここまで私が彼の家に居る事を望むのか。

もしかして、私を何処かへ売り飛ばすつもりなのか?はたまた私を監禁して警察に身代金でも要求するつもりなのか?

優しい彼に対して有り得なそうな悪い予感が頭に浮かんで行く。

でも私、もうあのバイト辞めちゃって何もやる気ない。これからどうやって生きていこうかな。分からない。もういっそ死んでしまおうと思ったことなんて何度もあった。ここ数日間は特に。

どうにでもなってしまえ、と思って彼の手を握ったのに、今更何を考えている。

もう引き返すには手遅れだ。この人の言う事を聞いて早く殺されるなりなんなりされてしまおう。

彼はその気が無いのかもしれないけれど、人生の最後を過ごす人は別に彼でもいい。

人生には必ず終わりがある。ならば辛い時に死んでしまえば、もう苦痛を味わうことなく済む。極楽浄土に行けるならそれで良い。

「体温計で測ってみるか。体温計とってくるよ。」

彼はキッチンの近くにある戸棚を開け、体温計を探した。

そんな彼を見ていた私は、急な心拍数の上昇に焦り始めた。身体中からの汗が止まらなく、心拍数はどんどん上昇して行く。しかし苦しさや不快感はあまり感じない。

「どうして…?」

私は彼の聞こえない程度の声で呟いた。葵が大きな欠伸をしながらこちらへ体温計を持ってきた。

「体温計持ってきたよー。」

その声でふと我に帰ったかの様に葵の姿を見た。何故か先程の現象は無くなっていた。まるで嘘の様に普通だ。

「ああ、ありがとう。」

体温計を受け取り、電源を入れる。何も無かったかのように脇に体温計を挟む。

葵は椅子に腰をかけ、スナック菓子を摘む。ついでに缶ビールの蓋を開ける。プシューという音が部屋中に広がり、無心でそれを飲む。

「そういえば今日日曜だし、休めるんじゃない?」

葵の問いかけに疑問を持った。

「え?日曜?」「そうだよ、今日は日曜だ。」「ああ。」

曜日の感覚が狂っているせいでスマホアプリの予定表を見なければ分から無くなっていた。

ピピピピ…と体温計の音が鳴った。それを取り出すと、表示されている数字に唖然した。

「え…。」

思わず声が出てしまった。

「どれどれ見せて、え。」

彼も同じ様に唖然した。そして私の顔を見た。

「38.0…。」

彼はその数字を再度確認した。真夏にこんなにも体温が高くなるなんて。しかも部屋中エアコンが効いていて、快適に過ごせるであろう環境なのにも関わらず、こんなにも体温が高い。

「これ相当だな。俺なんて低体温だからこんな数字見た事無いわ。」

もう明日の仕事全部休んで治療に専念しようと心に誓った。先程の異常な心拍数や変な汗も風邪をひいているせいだろうか。

5話目でまさかのみかが夏風邪でした。

冬なので季節が真逆ですね。

読者の皆様も風にお気を付けてください。

最近文章書き溜めてるのでどんどん更新していきたいと思っています!



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