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2話 洒落た音と不信感

2話 洒落た音と不信感


気づけば既に車内にいた。

あの男性の隣、つまり車の助手席に座っている。

車内にはお洒落なインストのジャズミュージックが流れていた。

あまりこういった音楽を聞かないので、というかそもそも音楽自体あまり聞かないのでぼんやりと聞いていた。


「そこのコンビニに寄る。

何か買ってきて欲しいものがあったら遠慮なく言って。」


車はコンビニの駐車場に入った。


「遠慮なく…か。」


男性の言った言葉を発してみる。


「うん、なんでもいいよ。」


彼は私を気遣っているのだろうか。

それとも何かを企んでいるのだろうか。

思えば今までの人生では「遠慮なく」「のんでもいいよ」と言われた経験は少なかった。

悩んでしまう。


「じゃあ、小さなチョコレート。」


赤の他人に物を買ってもらうのは烏滸がましい。

遠慮してしまったがこれでいい。


「そんなもんでいいの?

もっとカロリー高いものとか摂取した方がいいんじゃない。」


いつの間にか空腹で腹が鳴っていたということにあまり気づかなかった。

その時、腹の音が微かに聴こえた。


「ほら、ちょっと鳴ったじゃん。」


指摘されて恥ずかしくなった。

もう正直に食べたいものを言ってしまおう。


「ピザまん…レモンティー…サラダチキン…唐揚げ…。」

「なんだ結構お腹すいてるじゃーん。

あはははは。」


小声で思いつく限りのコンビニの好きな商品を挙げたが、それに対して男性が面白がった。


「じゃあ待ってて、直ぐに買って戻るから。」


男性は車から降りて店内に入った。

奥へ行ったのを確認した。

このまま脱走してしまおうか?、と一瞬考えた。

しかし店内に居る彼の姿を見ると、頼んだ商品をどんどん買い物かごに入れていくのだ。

彼の思いやりは本物だ。

信じてみる価値はあるかもしれない。

ふとバッグミラーを見る。

映し出されるのは後部座席。

違和感を覚えた。

後部座席には5つほどのビニール袋が置いてある。

後ろを振り返ってみると確かにある。

しかもそのビニール袋に薬局のロゴが書かれているのだ。


あの男性はもしかすると病気を患っているのかもしれない。

いや、もしかして違法なドラッグ…?

いやいや、薬局でそんなもの売ってるわけないよね。

見なかった事にしておこう。


そう心に言い聞かせてみるが、再度後ろを振り向きたくなる。

男性はもう車に戻るだろう。


何事も無かった。

私は何も見てない。

そうやって風俗でも働いてたんだ。


昨日までの事を思い出せば酷い職場だった。

初対面の人でさえも仕事として関わらなければいけないという事、好きでもない人と接客しなければならない事、何よりも嫌だったのは、見たくないものを見て、したくない事をした事。

これでかなりの収入は得られていたが、心も身体も疲れきって汚れる。

普通の女の子みたいになりたい。

クラスメートが楽しそうで羨ましい。

好きな事をして生きている人が少し憎い。

そんな思いもある。

風俗で接客をする度に、自分を安心させる為に、正当化させたくて、


何事もなかった。

何も見ていない。


毎日そう自分に言い聞かせる。

こうしてなんとか保ってきたつもりだ。

今回もそうやって目の前の光景から目を瞑る。

そして自分を安心させようと頑張る。


あれはきっと見間違えたんだ、全てがラムネのお菓子なんだ。

きっとそうだろう。


自分の不信感を自分の考えで誤魔化した。

こうして生きてきた。


コンビニから出てきたあの男性はいつの間にか会計を済まして店を出た。

車に戻って来る。

もしも私が後部座席の事を聞いたら怒るだろうか。

いや、私はそれを追求しないでおこう。


運転席側のドアが開いた。


「ごめんごめん、遅くなっちゃったよね。

取り敢えずさっき言われた物は買ってきたから。」


男性は笑顔でレジ袋の中をを見せた。


「足りない物とかない?」


確かに注文通りの品が全て入っている。

そして煙草とカップラーメン。

これらは男性が個人的に買ったものだろう。


「大丈夫です。」

「よかった。

なら、行こうか。」


優しい口調だった。

人にこんなに親切にして貰えるのは久しぶりだ。

嬉しかった。

少し不信感は残るが、彼を信用してしまいそうだ。



車のエンジンをかけ、コンビニを後にした。

人通りのない暗い道を美しいジャズミュージックは流れ続ける。


「あ、そうそう。

僕の自己紹介をしてなかったね。」


運転する男性の横顔を見る。


「僕は立花葵、少し前までホストをしてたんだ。

辞めてからは新しい職場を探す意欲が無くてその日暮らししてる。」


ホストか。

接客で女性と会話をするのは慣れてるのだろう。

顔も整っているし、ホストに向いていると思う。

しかし辞めてしまったのは何故か。

整った顔やトーク力を備えているのに勿体ない。


「なんか質問とかある?」


特に思いつかない。


「いえ、無いです。」


無愛想な女だと思われただろうか?

しかし彼は微笑した。


「まあ、急に質問ある?とか聞かれたら困るよな。

ははは。」


彼の屈託のない笑顔は、もしかすると私の気を損ねないようにしているのだろうか。


「なんかあったら話して。

初めて会って直ぐには話せないかもだけど、慣れてきたら相談も乗るし頼って。」


まるで兄の様な優しさだ。

兄弟姉妹なんて持った事は無いが、自然と心を開けそうな気がした。

元ホストと言っても、彼の言葉はとても親しみを感じる。

ホストクラブで働いていた時に身につけた才能だ。

人見知りの私には憧れる。


「着いたよ、ここが僕の家だよ。」


目の前には10階立て程のマンションが建っている。


葵は地下駐車場に入った。


コンクリートの壁によって反響するタイヤの音が、やけにうるさく聞こえた。

2話目となりました

自作もどんどん更新していこうと思います

応援よろしくお願いします

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