1話 どうにでもなってしまえ
1話 どうにでもなってしまえ
東京都 台東区
「あの、お給料って…」
「あ?来週払うから。」
「え。でも先月も同じこと仰ってましたよね。」
「ちゃんと来週は払うから。来週はまとめて払うつもりだから。」
「この前は他の従業員が前借りしたからって言いましたよね…?」
「うるせぇな、高校生で雇わせて貰ってるだけ有難く思え!」
黒いスーツを着た小太りの男は、背後にある壁を拳で叩き、大きな音を立てた。
額には汗が滲み、少し息切れている。
睨む目線の先には制服姿の女子高生が涙目で怯えていた。
それがこの物語の主人公だ。
「そこまで給料が欲しいなら他に行け。それか、もっと仕事をしな。」
女子高生は涙ぐんで叫んだ。
「じゃあ他所に行きます、1ヶ月間ありがとうございました。」
店のドアを大きな音を立てて閉めた。
怒りと恐怖で外へ飛び出すと夜の街はもう雨がパラパラと降っていた。
鉄製の階段を駆け下り、わけも分からずただ走った。
夜の店が並ぶ歓楽街。
女子高生がこんな場所に居る事はそうそう無い。
なるべく人目につかない場所を探して走った。
少女は既に涙が溢れそうになっていた。
人気のない場所で1人て泣きたくなった。
腰まで伸びる黒髪は乱れ、短く断裁されたスカートは皺だらけになっている。
偶然見つけた駐車場に入った。
全く人気はない。
フェンスを背もたれにしてしゃがんだ少女は、膝に顔を埋める様にして涙を流した。
咽び泣く少女はショルダーバッグを片手から落とした。
自分の惨めさ、過去の後悔、その全てが頭を過ぎった。
それは更に少女を追い詰めて行く要素となった。
少女はアルバイトを3つ掛け持ちしていた。
朝は新聞配達、昼はコンビニのレジ打ち、夜は水商売で稼いでいた。
夜のアルバイトは日給制でありながら、10日程給料が未払いとなっていた。
店長にそれを訴えても中々払って貰えず、やっと今日そのアルバイト先を離れた。
「私って馬鹿かな、もっと前から辞めてれば良かった。
なんで、なんでこんな嫌なバイト無給で働いてたの私…。」
自分を責め立ててしまい、更に涙を流した。
涙は枯れずに溢れ、滴り、アスファルトに染み込む。
翌日の4時からは新聞配達の仕事がある。
なるべく早く泣きやみ、家に帰って眠りにつきたい。
そんな事を思っていた時だった。
突然強い風が吹いたのだ。
半袖のセーラー服を着用していた少女は鳥肌が立って身震いをした。
その時に膝と顔の距離が離れ、目を開いた。
涙と化粧でぐしょぐしょになった汚い膝が見えた。
恐らく顔もとんでもない程に汚れているだろう。
車のエンジン音が聞こえた。
駐車してあった車がだんだんこちらへ近づいてくる。
出口方面へ向かうのだろう。
女子高生は再び顔を伏せた。
どうか無視して、何も無かったかのように素通りして行って。
そんな彼女の願いは叶わなかった。
「そこにいる子。」
若い男性の声が聞こえた。
はっと顔を上げると、その瞬間20代前半位の男性が黒い車から顔を出していた。
「なんでそんなとこにいるの?」
泣いている事が分からないのだろうか。
無視してしまおうと少女は俯いた。
そんな事お構い無しに男性は話しかけ続ける。
「もしかして金無くて泊まるとこないのー?」
反射的にゆっくり首を振った。
すると男性は更に質問をした。
「じゃあ、食べるものが無いの?」
確かに食べるものは少ない。
生活費や学費、そして父親の多額の借金の返済に追われ、普通の人間より食べ物に金を回していなかった。
返事もリアクションも全く無い少女を見る男性。
そして車から降り、少女に手を伸ばした。
「君の名前はなんて言うの?」
突然の問いかけに頭を悩ませた。
「…みかです」
咄嗟に思いついた名前を言った。
昨日まで水商売で使っていた名前だ。
躊躇うこと無く偽名を使った。
「分かった。みかって言うのか。
俺の家に来なよ、君を助けるから。」
突然の誘いに驚いた。
若しかすると誘拐されてしまうかもしれない。
その考えは直ぐに頭を過ぎった。
しかし、何が起こってもいいやと思った。
この人に誘拐されて、殺されて死んでしまおう。
もう私の人生は終わりも同然なんだ。
生きていくのももう疲れた。
これで死んでも悔いは無い。
そんな事を心で呟きながら少女は
「はい。」
と返答した。
若干の不安はあったが、迷いはあまり無かった。
「わかった、なら助手席に座ってくれ。」
男性は少女に手を伸ばした。
強引にせず、少女のペースに合わせた。
黙ってその人の伸ばす手を握ろう。
車に乗って遠くへ連れて行ってくれ。
そうすれば楽になれる気がするから。
微笑んだ男性の手に触れた少女は、顔を上げた。
ボロボロに泣き崩れた後の顔で見上げる先には、凛々しくも優しげな瞳がある。
「…立てるか?」
男性は口元を緩ませ、微笑している。
「立てます。」
涙は乾いていた。
唇は乾いて血が滲みそうだ。
少女は男性の力を借りながら立ち上がっり、ショルダーバッグを拾って肩に掛けた。
「何かしたい事とか欲しいものあったら俺に言ってくれ」
「え?」
「君を助けたいんだ。
今偶然出会った者同士だけど、君とは昔から出会っていた様な気がしたんだ。」
乙女ゲームでありがちな台詞を言った男性は少女の手を引いて車へ向かった。
初投稿です。
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