一章 第5話
《ジャンベルン鉄道本社ビル》
――――コツコツコツコツ……
ビルの廊下に、足音が響く。その足音の主は40代ほどの中年男性で、スーツを着込んだまさにサラリーマンというような見た目だ。
しかしそんな平凡な格好をしている彼から醸し出される雰囲気は、平凡とはほど遠い、百戦錬磨とも言うべきもので、誰の目から見てもその男がただ者ではないことは明らかだ。
男の名はゴールドマン。このジャンベルン鉄道の専務を務める男だ。つねに鋭い眼光で他者を睨むその姿から、人は彼のことを鷹のゴールドマンと呼ぶ。
彼の仕事は主に、外部との交渉だ。すなわち、政府や他社との折衝が彼の役目である。
例え相手が誰であろうとも、その鋭い眼光で他者を威圧し、場の流れを我が物とする。彼の外部交渉におけるその腕前は、社外社内問わず響き渡っていた。
しかし、そんな向かうところ敵無しの彼であるが、今は珍しくその眼光は鈍っていた。目の下にはクマがうっすらと浮かび、肌のつやもない。
と言うのも実は、彼はここ数日、外部との交渉に奔走していたため、ろくに休息も取れていなかったのである。そのため、さすがの彼も疲れを隠せないでいるわけだ。
ゴールドマンは『コツコツ』と足音を鳴らしながら、廊下を突き進む。そして、とある部屋の前で立ち止まった。
――――コンコン
「ゴールドマンだ。失礼する」
部屋の扉をノックすると、ゴールドマンはそう言った。そして入室許可も聞かずに、部屋の扉を開けた。
ゴールドマンは部屋に入る。この部屋は社長室につながる“通路”兼“秘書室”にあたり、社長専属の秘書が、来客に対応するためデスクに座って仕事をしていた。
秘書の女は、突然入ってきたゴールドマンの事を見て一瞬驚くと、すぐに冷静に、ゴールドマンに尋ねた。
「専務、申し訳ありませんがアポイントメントは?」
「緊急事態だ。すぐに社長に会わせてくれ」
ゴールドマンの言葉に、秘書の女は顔をしかめる。
「緊急……ですか」
「ああ。……それと君、悪いがこれから私と社長はとても重要な話をする。これから誰が来ようとも、決して部屋には通さないでくれ。念を押すが“誰も”入れるな。もちろん君もだ」
「……わかりました」
秘書の女はそう答えると、デスクに置いてあった電話のボタンを押し、そして受話器に「社長、ゴールドマン様がお越しです」と伝えた。
一方のゴールドマンはと言うと、慌てた様子で待合室をすぐに歩き抜け、社長室の扉に手を掛けようとしていた。その急ぎ様から、彼の言う緊急事態が本当に緊急である事が窺えた。
「……専務。社長から入室の許可を頂きました。入って頂いて結構です」
秘書の女の言葉を聞き、ゴールドマンは一言「助かる」と答える。そしてそのまま扉を開け、社長室に消えていった。
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