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異世界で始める金融投資!   作者: 鷹司鷹我
第一章 鉄道会社でのストライキ
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一章 第4話

「セージ。俺の方は一通り完了したぞ。これからどうする?」


 6月17日。つまりストライキ決行のおよそ1週間前。仕事用のデスクで書類を精査していたセージに、スティーブンはそう告げた。


 セージは書類に視線を落としたまま、「さすが、仕事が早いね」と言った。


「レバレッジも利用して、運用できるギリギリの範囲で取引しまくった。まあ、わかってるとは思うが、しくじったら俺達は借金生活だ。最悪、この部屋も差し押さえられる」

「ははっ、それは恐ろしいねぇ。まあでも、とりあえずお疲れ様。ずっと休んでなかったんじゃない? 今は仕事もないし、とりあえず休んでていいよ。健康管理も仕事の内だからね」


 セージの言葉を聞き、スティーブンは「そりゃありがたい」と笑った。


「しっかし、ほんとに仕事が早いね。僕的には、あと2,3日はかかるもんだと思ってたんだけど」

「……お前の中では、最悪の場合俺はあと三日、休まず働かされていたわけか。……労基に違反してるだろそれ。まあ今でも十分怪しいけど」

「ははっ、そんなことないよ。僕の予定じゃ『休みながら仕事して』そのくらいかかるって計算だったんだ。……どうせ君、本当に休まず仕事してたんだろ?」

「……まあな」


 スティーブンの返事を聞き、セージは「やれやれ」と呆れた様子を見せる。


「まったく、そんな無理して倒れないなんて、さすがエルフだねぇ。生命力は伊達じゃない。……いや、種族と言うよりも、単に君がスゴいだけか。脱帽だよ。さすがスティーブン。さスティーブン」


 セージの軽口に「なんだそりゃ」とスティーブンは笑みをこぼした。そして、置いてあったソファに倒れ込むように寝転んだ。



「……ところで、お前はどうなんだ? 俺に『休め』って言う割に、お前も殆ど休んでいないようだが。お前こそ体は大丈夫なのか?」


 スティーブンは横になったまま、セージにそう尋ねる。


 確かにスティーブンの言うとおり、セージもスティーブン同様に、ここ一週間は殆ど働きづめだった。


 しかしそんなにも長く働き続けているにも関わらず、スティーブンとは違い、セージには疲れの色は一切見えない。


「『エルフはさすが体力があるねぇ』とか言っといて、お前の方がよっぽど体力有るじゃねえかよセージ。お前こそ本当に人間か?」

「ははっ、別に不思議なことじゃないよ。楽しいことは何時間やっても疲れないもんさ」

「楽しい……ねぇ。変態ここに極まれりだな」


 スティーブンは呆れた様子でそうぼやいた。それを聞いたセージも「褒め言葉と思っとくよ、それ」と言うと、再び書類に視線を落とした。



 セージが行っているのは、ジャンベルン鉄道の決算書の精査だ。ジャンベルン鉄道全体の収益や、社員に支払われている給料、そして株主配当。そういったデータを調べているのである。


 なぜそんなことをしているのかというと、それはひとえに『ジャンベルン鉄道は賃上げ要求を受け入れるか否か』を調べるためだ。


 すでに述べたように、セージ達は現在、先物取引や信用取引を使って、利益を出そうとしている。つまり株を“安く買って”、そして“高く売ろう”としているわけだ。


 では今この状況で、彼らが喉から手が出るほど欲しい情報は何か? それは『いつ頃に株価が最低価格に落ちるか』であり、つまりは『いつ株を買えば、一番お得か』である。


 当り前ではあるが、購入する株は安ければ安いほど良い。売却価格との差額で利益が多く出るからだ。だからセージ達は、利益を最大化するために『いつ買うのがベストか』すなわち『いつ株価が最低価格になるか』を知る必要がある。


 しかし、その時期を知るのは、容易ではない。


 例えば、もしジャンベルン鉄道の経営状況が良好であるなら、労働組合の賃上げ要求も比較的通りやすいだろう。その場合、ストライキ発生から数日以内に、ジャンベルン鉄道の賃上げ受け入れに伴って騒動が収束する可能性が高い。


 つまり、ストライキ発生から数日で、株価が最低価格(買うべきベストタイミング)になるわけだ。


 では逆に、ジャンベルン鉄道の経営状態が、賃上げ要求を受容できないほどに悪かったらどうなるか? 


 この場合、当り前だが賃上げは行われず、その結果ストライキは長引くことになるだろう。最終的に、労働組合側が折れるか、それか政府による介入がなされることになる。


 それを考慮すれば、セージ達が株を購入するベストなタイミングは『ストライキが終了する直前』であると予想できるだろう。


 しかしもちろん、株を購入するにあたっての具体的な購入期限は存在する。スティーブンが先物取引や信用取引をするにあたって、株の引き渡し日に設定しておいた、7月1日だ。それまでに株を買って用意しておかねばならない。できなければ、取引の約束を破ってしまう。


 つまりまとめると、以下のようになる。



 《6月14日(今)まで》

出来るだけ高値でジャンベルン鉄道の株を売る。もしくは先物取引で株の売買を取り付けておく。株の受渡日および取引日(先物の場合)は7月1日。


 《6月24日》

ストライキ発生(株価下落)


 《24~30日》

この期間中に株式を購入(出来るだけ下がりきった時に買う)


 《7月1日》

30日までに購入していた株を、14日に行っていた契約に基づき渡す(14日時点の株価と、この時点での株価の差額が純利益となる)



 例えば、14日時点での株価が1000円として、24~30日の間に900円まで株価が下落したと仮定すると、一株当たり100円の儲けが出るわけである。




 上のチャートを見ればわかるだろうが、火事場泥棒甚だしい蛮行だ。現代社会なら最悪、インサイダー取引として捕まってしまうだろう。


 しかしこの世界では金融商品が開発されて間もないため、黎明期特有の法整備の不完全さ故に、この行為はギリギリ法律的に問題が無い。まあだからこそ、セージ達は平気でこんなことをしているわけなのだが。



 さて、話を戻そう。このような方法で金を稼ごうと目論むセージ達であるが、しかし一番の問題は『一体いつ株価が最低価格に落ちるか』であると言うことは、先に述べたとおりだ。



 例えば、25日の時点で株を950円で買ったとして、しかしその後も株価が下がり続けてしまい、最終的に30日の時点で900円まで下がりきったと仮定してみよう。


 この場合、30日に買った場合に比べ、25日に買ってしまっていたら一株当たり50円もの損をしてしまうことになる。元々の株価が1000円であったとすると、単純に考えて純利益が半分になってしまうわけだ。


 もし仮に10万株の取引を行っていたら、50×10万=500万円と、莫大な損をしてしまうことになるのがわかるだろう。


 つまり、『いつ』の時点で株価が最も下落するか。それを知ることが何より重要となるわけだ。それを知らなければ、利益を最大化することは出来ない。


 そしてその『いつ』を決定する要因は、ストライキの要求が受け入れられるかどうかに大きく依存する。



 もし受け入れられた場合。その場合、ストライキが終了した後もしばらくは、株価が下落し続ける可能性が極めて高い。なぜなら、賃上げに伴って株主配当が減少し、それにより株価が自ずと下がるからだ。


 だから前述したように、この場合は『ストライキが終了して少し経った後』が株購入のベストタイミングとなる。



 逆に賃上げ要求が受け入れられなかった場合。その場合はストライキ終了と同時に、株価の下落が収まるだろう(収まらない可能性も無くはないが)。


 故に、ストライキ終了の直前から直後が、もっとも株価が下がるタイミングとなることが予想される。



 以上の説明から、『賃上げがされるか否か』がいかに重要であるかわかってもらえただろうか。


 こういうわけで、セージが行っている精査作業こそが、彼らの儲けを大きく増減させるファクターであると言えるのだ。


 そしてセージに言わせれば、この作業はこれ以上ないほどに“楽しい”ものだった。



「さすがに元国鉄だけあって、経営状態は極めて良好だよ。これなら多分、賃上げは行われる。上層部がよほどの“銭ゲバ”でも無い限りね」

「へぇ、それじゃあ問題は『いつ頃受け入れるか』だな」


 スティーブンはソファに横になったまま、そうぼやいた。セージはそれに「うん、その通りだね」と答える。


「もし僕が上層部なら、少なくとも1日くらいは様子を見るかな。で、ストライキをしてる連中と、あとついでに社会の反応を見る」

「社会の反応……批判か?」

「そうだね。なんてったって、ジャンベルン鉄道はこの町のインフラのかなめだ。ストライキが決行されたら、それだけで数万単位の“交通難民”が発生する。社会的批判は避けられない」

「……で、あわよくば、批判に耐えかねたスト決行組が、賃上げを諦める……か。労働者に冷たいねぇ」


 スティーブンのつぶやきに、セージもまた「確かにそうかもね」とぼやいた。


「まあでも、多分ストをしてる人達は諦めないと思うよ。批判は覚悟の上でやるだろうし。なにより……政府が『準公共機関での労働争議の禁止』を法律化しようとしてるんだ。ここで折れたら最悪、今後一切ストライキが出来なくなる。それだけはなんとしても避けたいはずだ。いうなれば、彼らにとって今ここが、最終防衛ラインだ」

「……なら、お前の予想は結局の所『労働組合が耐え忍ぶ』って感じか? じゃあ、賃上げのタイミングを見計らって株を売ればいいわけだな」

「うーん、まあそうなるんだけど……でも、不安要素はあるよ」


 セージの気にかかる発言に、スティーブンは「ん?」と体を起き上がらせる。


「ジャンベルン鉄道側の行動は、さっきみたいに大体の予想はつく。だけど……問題は政府の方だ」

「……どういうことだ?」

「どういうこともなにも、政府が社会的影響の大きいストライキを黙認するのかって事だよ。普通に考えて、こんなレベルのストライキ、社会的影響が大きすぎる。政府としては、絶対に避けたいはずだ」

「……つまり?」

「……もしも事前に、このストの情報が漏れたら、政府は何が何でもこれを中止させようとするはずだ。そしてそうなった場合、ストライキは決行されない」

「……」


 セージの言葉に、スティーブンは『ゴクリ』と息を呑んだ。


 ストライキが決行されない。それはつまるところ、彼らの実行しようとしている計画が根底から覆ることに他ならない。そしてそうなった場合、彼らは悪くすると、利を得るどころか損をしてしまうかも知れない最悪の事態だ。


 一瞬だけ恐怖を抱いたスティーブンだったが、しかしすぐに「……いや、ちょっと待てよセージ」と反論する。


「確かにお前の言うとおり、ストが封殺されたらマズい。でもそんな心配は無いんじゃないか? ヨーコのお嬢も言ってただろ、『情報統制はしっかりやってる』って。情報が漏れるなんて、そんなのあるわけが……」

「うん、確かに情報は漏れないかも知れない。君の言う通りね、スティーブン」

「だろ? なら……」

「でもさ、考えてもみなよ。ここまで大規模なストライキ、君は決行されるまで完全に秘密にしておけると思うのかい?」

「……」

「それに、現に僕たちがこうして、『知ってしまっている』じゃないか。完璧な情報統制なんて、結局はどだい無理な話なんだよ」

「じゃあお前は……この反乱は失敗する、と?」

「……その可能性は捨てきれないって事さ。仮に情報が漏れたとしても、政府の対応が遅れる可能性もあるしね。まあ逆もまた然りだけど」

「……逆?」

「情報が漏れなくても、スト発生後の政府の対応があまりにも早くて、株価が思いのほか下がらないままストが終わるかも知れないってことさ。その場合も、僕らにとっては嬉しくない。……まあこんな風に考えてみると、数え切れないくらい懸念材料はあるんだよね、実は」

「……」


 セージの指摘に、スティーブンは思わず言葉を失う。


 今の今までスティーブンは、今回の事を『楽に金を稼ぐことが出来る良い仕事』とばかり思っていた。しかし、そんな甘い話あるはずがなかったのだ。


 どんな甘い話にも、必ず落とし穴がある。楽に金を稼ぐことなど出来ないのである。


 一歩間違えば、全てを失ってしまうかもしれないリスク。そんな心配が、スティーブンの中で膨らみ始めていた。


 なにより彼を不安にさせたのは、その心配をしているのが、彼の信頼するセージであると言うことだった。



 しかし、そんな風に恐怖に怯えるスティーブンに、セージは「ま、そんなに心配する必要もなさそうだけどね」と笑う。それを聞き、スティーブンは首をかしげた。


「心配の必要はない? それはまたなんで……」

「いや、何のことはないよ。単に“保険が出来た”ってだけの話」

「……保険?」

「そ。ここ数日の僕の“たゆまぬ働き”が実って、ついさっき見つけたんだ。ストライキが失敗した場合、僕たちの保険となり得る“強力なカード”をね」


 セージはそう言うと、悪巧みをするかのように、不気味にほくそ笑んだ。

 その手には、一枚の『警告』と書かれた紙切れが握られていた。







 この三日後。ストライキの情報を聞きつけた政府首脳部は本来の予定を繰り上げ、緊急で『準公共機関における労働争議の制限についての指針案』の国会承認を行い、そしてこれは可決された。


 そのさらに三日後、ストライキを目前に控えていたジャンベルン鉄道労働組合に、政府から『労働争議の中止命令』が伝えられた。



 これにより、ジャンベルン鉄道での労働争議は完全に封殺された。


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