第15話
――――パシュッ! パシュッ!
消音器によって抑え気味に発せられた発砲音が、室内に響いた。拳銃の銃弾が放たれたのはもちろん、ジョージ・セプトンと思わしき人物が座っている椅子だ。
ジャモンドは、さすがに暗殺稼業を生業としているだけあって、銃の腕前には自信があった。それこそ、30m程度の範囲内ならば、決して外さない自信すらある。
そして当然、今回のように7mもないような近くに居る標的に対して、狙いを外すようなことあるはずがなかった。
しかし今回ばかりは、その銃弾が標的を撃ち抜くことはなかった。もっと正確に言うのなら、銃弾が標的を撃ち抜く前に“真っ二つに斬り落とされた”のである。
――――キキィィィン!
鉄製の刀と鉛の銃弾が空中で接触し、そんな金属音と共に火花が舞い散った。そして、2つに両断された銃弾が、それぞれ壁にめり込んだ。
「なっ……⁉」
思いもよらなかった事態に、ジャモンドは絶句する。当然だろう。彼の長い人生の中でも、こんな風に『撃ち放った銃弾を両断される』などという経験、あるはずがなかったのだから。
しかし、銃弾を斬り落とされた事以上に彼を驚かせたのは、椅子に座っていた人物が、彼の標的であるジョージ・セプトンではなく、見ず知らずの“女”であったことだった。
「いきなり銃を撃つなんて、危ない方ですね」
座っていた女は、銃弾を切り伏せた刀を片手に、そうつぶやいた。
ニット帽をかぶった20代ほどの女。ジャモンドの前にいたのは、可憐な女だった。
(どういうことだ……⁉ なぜジョージ・セプトンではなく女が⁉ いやそれよりも……この女強い!)
女の放つ圧倒的な威圧感を前に、ジャモンドはゴクリと息を呑む。
刀で銃弾を切り伏せる。そんな芸当、よほどの達人でなければ出来ないだろう。いや、達人どころではない。そんなマネが出来るのはもはや、人間離れした化け物だ。
女は無表情のまま、ゆっくりとした動きで立ち上がる。しかしその様には、一切の隙が無い。むしろ、威圧でジャモンドの動きを完璧に封殺していた。
「聞くまでもありませんが、あなたの目的は『ジョージ・セプトンの暗殺』ということで良いですよね? 万が一違っているなら、話が変わってくるので」
女は立ち上がると、ジャモンドにそう尋ねる。しかしジャモンドは、言葉を発することが出来なかった。それ程に彼は、恐怖していたのだ。
恐怖に震えるジャモンドの事を見て、しかしやはり女は無表情のままだった。
「……沈黙はYESと受け取ります。それにどのみち、私を殺そうとしたあなたを、このまま帰すわけにはいきません。少なくとも身柄の拘束はさせていただきますよ」
「……!」
この時になってようやく、ジャモンドは女に向けて銃を構えた。それは、圧倒的な実力差を前にしたジャモンドの、せめてもの抵抗でもあった。
長く培った暗殺者としての経験。それによって、ジャモンドは直感していた。『自分は決してこの女には勝てない』と。
しかしそれでも、彼には戦う以外の選択肢は残されていない。戦わなければどのみち、組織によって粛正されることは目に見えているから。ここでこの女と戦い、生き残る。それ以外に彼の助かる道はない。出来る出来ないに関わらず。
自らに銃口を向けるジャモンドのことを見て、女はこのとき初めて、悲しげな表情を浮かべた。
「……わかっているんでしょう? あなたはどうやっても、私には敵いませんよ。無駄な抵抗はせず、大人しく捕縛されてください。それがお互い……いえ、貴方のためです」
「……忠告して貰って悪いが、そういうわけにはいかねえなぁ。俺だって命がかかってるんだ。ここで戦わなきゃどのみち、俺は組織に消される。お前を殺す以外に、俺の助かる道はないんだよ」
「……それが絶対に不可能だとしても?」
「ああそうさ。絶対に無理だろうが何だろうが、俺は生きたいのさ。生きたいと願う俺の悪あがきを止める権利なんて、お前にゃねえだろ?」
「……」
説得の無理を悟り、女は瞳を閉じた。その表情には、憐れみさえ感じられる。
女は再び目を開くと、静かに「なら、仕方ありませんね」とつぶやいた。
――――パシュッ!
瞬間、ジャモンドは銃の引き金を引いた。銃口から鉛玉がはじき出される。
しかしその弾丸は、ジャモンドに駆け寄る女の頭上を通り過ぎただけだった。
――――パシュッ! パシュッ! パシュッ!
女を近づけまいと、ジャモンドは第二、第三の弾丸を撃ち込む。しかしそれらの銃弾は全て、女の傍らを通り過ぎるか、それか刀で切り伏せられるだけだった。
そして……
――――ドキャッ!
女の強烈な蹴りが、ジャモンドの頭部に直撃した。
ジャモンドは数m程吹き飛んで壁に激突し、意識を失った。