第14話
――――スウゥ……
ジャモンドは流れるような動きで、薄暗いオフィスビルの中を駆ける。それはまるで忍者のようであり、さすが殺し屋稼業を10年以上も続けてきただけのことはあると言えるだろう。
標的の居るオフィスは、このビルの3階。ジャモンドは一刻も早く目的を達するために、一直線に階段を駆け上がった。
しかし、そんな一見“焦っている”とも思えるような風雲急の突撃の最中にも、ジャモンドは冷静だった。極めて落ち着いた状態で、周囲の気配を感じ取る。
(……誰も居ないようだな。今日はツイてる)
周囲数mに人の気配を感じず、ジャモンドはそう安堵した。
暗殺に於いて重要なこと。それは『標的以外には見つからないこと』だ。
もし見つかってしまえば、自分は指名手配されて追われる身となる。そしてそうなれば、様々な人間を葬ってきた所為であらゆる事を“知ってしまっている”自分を、組織は迷うことなく処分するだろう。『見つかる=死』だ。
なので、今回のように『標的以外の人間が見当たらない』という状況は、ありがたいことこの上なかった。
そんな具合に進んでいたジャモンドだったが、潜入から一分も経たないうちに、目的のオフィスの前にたどり着いた。
ジャモンドは、入り口の前に静かに駆け寄ると、耳を澄ました。
(……何も聞こえないな。明かりがついている以上、誰か居るはずだが……寝ているのか?)
人の気配を感じさせない室内に、ジャモンドはそう考える。
今すぐ突入して標的を殺しても良いが、しかしそれだと些かリスクが大きい。中の状態がわからない状態で突入して、もし標的に逃げられでもしたら一大事だ。
ジャモンドはしばらく思案した後、「ふぅぅぅぅぅ……」と息を吐いた。そして、目をつむる。
(これは魔力を消費するが……仕方ない、やるか)
ジャモンドは精神を集中させる。そして、魔法を発動した。
その瞬間、彼の閉じた瞼の裏に、室内の情景がぼんやりと映し出された。
魔法。それは100年ほど前まで世界中で猛威を振るっていた特殊な身体技術だ。体内に巡る魔力を利用することで、体から炎を出したり、雷撃を放ったり、身体機能を高めたり、そしてジャモンドのように『見えざるものを見る』ことが可能となる。
しかし、ここ100年の魔法科学の発展によって、個人レベルでの魔法の有用性は限りなく薄れ、現在では『魔法なんて使えても無用の長物』と言われるまでになった。
それもそうだろう。魔法によって人間が生み出せる火炎や雷撃、身体強化などたかがしれている。
火炎放射器を使えば、誰でも簡単に火炎を発射できるし、
コンセントにプラグを差し込めば、いつでも電気を利用できるし、
工業用のマシンを使えば、身体強化をした人間よりも遙かに効率的に肉体労働が可能だ。
魔法科学の発展によって、かつては選ばれし者達の特権だった魔法が、万人が利用できる技術として普及した。
この現代社会に於いて、魔法はもはや『走るのが速い』だとか『力持ち』だとか、そういう能力と同じく、『仕事には何の役にも立たない無用の才能』に成り下がったのである。創造性だとか、独創性だとか、そういう類いの才能の方が、今の社会では重要だ。
しかし、そんな無用の長物と化した魔法であるが、それはあくまで『表社会』での話だ。世界の裏街道では、未だにその有用性は残っている。ジャモンドなどはその典型だ。
そもそも、ジャモンドがこんな仕事をしている理由。それはまさに、彼の持つこの魔法にあった。
『周囲の状況を見ずして知る』そんな第六感を覚醒させる彼の魔法は、暗殺においてこれ以上無いほど有効に働く。
暗闇を作れば、自分以外誰も見えていない状況で一方的に他者を殺戮できる。敵地に潜入する際も、言わずもがな有用だ。そして今回のように、暗殺対象の居所を探るのにも使える。
暗殺のためにあるような魔法。彼の魔法は、まさにそう言うべきだろう。
魔法によって室内の様子を探っていたジャモンドは、しばらく探った後、ようやく人の気配を見つけた。
その人物は、どうやら部屋の奥にある社長机らしきものに座っているようだった。その様子からして、恐らく今回の標的ジョージ・セプトンだろう。
ジャモンドは瞳をゆっくり開くと、再び深呼吸をした。そして、ドアに手をかける。
室内には標的が一人だけ。しかも何の警戒もしていない。これならば、妙な小細工は必要ない。むしろ逆効果だろう。
このドアから押し入って、ジョージ・セプトンを殺す。それで終わりだ。
「……わかっているなジャモンド。殺すときはスマートに。出来るだけ苦しめず、騒がれず……だ」
ジャモンドは自分にそう言い聞かせると、そのまま勢いよくドアを開けた。そして、部屋の中に突入するとすぐさま、サプレッサー付きの拳銃で、座っていた人物を撃ち抜いた。