第13話
俺の名前はジャモンド。とあるマフィアで殺し屋をやっている。
俺の所属するマフィアは、この大陸でも有数の巨大組織だ。
麻薬売買に武器密輸、暗殺、恫喝、恐喝……そういった悪事を幅広く手がける、まあ諸悪の根源というヤツである。
そんな悪の万国博覧会のような我が組織の中でも、特に俺の仕事は血なまぐさく、そして重要な部類に入る。なにせ俺の暗殺対象の多くは『組織に牙をむいた者』だからだ。
当然のことではあるが、悪逆の限りを尽くすマフィアの世界で、何より大事なのは“メンツ”だ。メンツがなければ、誰も言うことを聞かないし、悪いことすら出来なくなるから。例え何があろうとも、舐められることがあってはならないのだ。
代償に何を支払うことになろうとも、悪逆の限りを尽くす事でもって、全ての人々から畏怖される。そうでなければ、マフィアなんてやっていられない。
しかしそうは言っても、世の中には俺達のような悪人を許せない正義の味方や、そして俺達同様『舐められるわけにはいかない』悪人達がごまんと居る。そういう奴らは当然、俺達に牙をむく。つまり、俺達のメンツを潰しに来るわけだ。
だからこその俺、すなわち殺し屋だ。
『牙をむいた者達』を一人残らず排除し、組織のメンツを守る。それこそが俺の仕事で、そしてこの組織における俺の存在価値だ。
はっきり言って、俺のこの仕事は極めてクソだ。
正義の味方や、同じ穴の狢達を、『組織に逆らったから』というただそれだけの理由で、皆殺しにする。あぁ、なんと酷い仕事だろうか。きっと世界でも随一に非生産的な職業だろう。
おとついは三人殺し、昨日は五人殺し、今日はこれから一人殺す。明日は一体何人殺すのだろう。まるで終わらないマラソン大会の如く、俺は来る日も来る日も人を殺し続ける。
しかも、もしかしたら明日殺されるのは俺かもしれない。正義の味方さんや、他組織の鉄砲玉、なんなら組織の仲間達……上げればきりがなほどに、俺を殺そうとする奴らはいるのだから。『明日は我が身』も良いところだ。
全くもって、俺の仕事は劣悪だ。他者の命を奪う事を使命とし、当然の如くに命の保証もなく、なのにカウンセリングすら受けさせて貰えない。もしも労働基準法が俺の在籍するマフィアにも有効だったら、間違いなくブラック企業認定を受けていただろう。まあその前に、やってることがブラック過ぎて即逮捕だろうが。
しかしだ。悲しいことにも、俺はこの仕事を続けるしかない。なにせ俺は、殺しすぎてしまったから。カタギの世界に戻るには、あまりにも血に汚れてしまったから。もう後戻りは出来ない。
俺はこの血みどろの螺旋を喘ぎ藻掻くしか出来ないのだ。
後悔が無いと言えば嘘になる。いや、嘘どころか大嘘だ。後悔しかない。
『あのとき仕事を断っていれば』
そんな願望を抱いたのは、一度や二度でも、ましてや指で数えられる回数でもない。
十年以上前。組織に俺の才能を見初められた時。あの時、断っていれば……きっと今の俺はなかったはずだ。
だが、この道を選んでしまったのは俺自身だ。他の誰でもない自分自身。誰かの所為にすることは出来ない。
だから俺は今日も、哀しさと嫌気に襲われながら、組織に言われるがままに人を殺すのだ。死の恐怖に怯えながら。
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「わかっているなジャモンド。殺すときはスマートに。出来るだけ苦しめず、騒がれず……だ」
ジャモンドは自分にそう言い聞かせると、“パンッ!”と自らの両頬を叩いた。それから「ふぅぅぅ……」と、深呼吸をして心を落ち着かせた。
ジャモンドが居るのは、第三民主主義共和国内でも有数の金融街。そのとある薄暗い路地裏だ。そこで息を潜めていた。
殺し屋稼業を営むジャモンドが、こんな金融街にいる。それはもちろん、彼がこれから金融で一発当てようとしているとかそういうことではなくて、この金融街にこれから彼が殺すべき『標的』が居ると言うことだった。
ジャモンドはポケットに手を突っ込むと、そこから一枚の紙切れを取り出した。一昨日に組織から渡された命令書だ。
命令書には、標的の名前と住所、そして顔写真が描かれている。
標的の名はジョージ・セプトン。この金融街で最近、めきめきと勢力を広げる新進気鋭の投資家だそうだ。年は若く、20代程らしい。
ジャモンドの聞いた話だと、このジョージ・セプトンと言う男、なんでも大層な事をしでかしたらしい。
マネーナンダリングとかいう、組織が極秘裏に行っていた仕事をマスメディアに暴露し、莫大な損失を発生させたと言うことだ。
組織の末端の下っ端であるジャモンドには、このジョージ・セプトンという男がやったことの重大さはよくわからない。しかしそれでも、これを命令してきた者達の怒りようから、ただらぬ事があったのだろうなという事だけはわかった。
なにより、ここのところ騒がしいマスコミ各社を見ていれば、この男がどれほどのことを“やらかしたのか”を理解せずには居られなかった。
そして、その男への報復を自分が任されているということの意味も。
「……」
ジャモンドは、標的の居るであろうオフィスを遠く眺め、ゴクリと息を呑む。
標的を殺す。もし失敗すれば、自分が殺される。
メンツが何よりも重要なこの世界に置いて、報復をしくじると言うことは、ただそれだけで万死に値する。
絶対に逃げられない死。だからこそ人々は恐れるのだ。
決して終わらない報復。だから誰も逆らおうとしないのだ。
一度でも逆らった者を取り逃がしたなら。それだけでマフィアとしての権威は失墜する。
報復に失敗する。標的の暗殺に失敗する。それは組織の顔に泥を塗るのに等しい行為だ。だからこそ、失敗は出来ない。
失敗はそのまま、自分の死に直結するのだから。
ジャモンドは再び、標的のいるオフィスを観察する。
明かりはついている。どうやら、まだ中にいるようだ。こんなに時間も遅いというのに、まだ働いているのだろうか? まあそれを言ったら、ジャモンドも今まさに働いているわけだが。それも命懸けで。
しかし、標的が働いているのだとしたら都合が良い。このまま突貫して、そして騒がれる前にさっさと殺す。そして、死体を海にでも浮かべておく。それで仕事は完了だ。
ジョージ・セプトンという男。この男がどういう人間だったのかはわからない。
もしかしたら、マフィアが儲けていることが許せないような正義漢で、世をただすためにマフィアの悪事をマスコミに教えた“正義の味方”かも知れない。
もしかしたら、金にしか興味が無いような守銭奴で、今回のことも金目当てにマスコミに情報を売っただけかもしれない。
ジョージ・セプトンがどんな人間だったのか。それはジャモンドにはわからないことだ。
しかしそれでも。どれだけ罪悪の念に蝕まれようとも、殺さねばならない。そうしなければ、自分が殺されるのだから。
ジャモンドは覚悟を決めると、暗くなった夜道を、ヒタヒタと歩いて消えた。