表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で始める金融投資!   作者: 鷹司鷹我
第一章 鉄道会社でのストライキ
11/18

一章 第10話

 《6月28日(株購入期限である7月1日の3日前)》 




「社長、いい加減起きてください。遅刻しますよ」


 ゴールドマンは鏡の前でシャツのボタンを留めながら、ベットで毛布にくるまったままのレインフィールドにそう告げた。


 レインフィールドは目をこすりながら、「ふぁぁぁぁ……」とあくびをする。



 レインフィールドとゴールドマンは、プライベートでも付き合いがある。しかし、社内でそれを知っている者は少ない。


 なんせ、もしこんな情報が出回れば『ゴールドマンはレインフィールドのお気に入りだから出世している』などという荒唐無稽の噂が広まってしまうからだ。それは、実力で現在のポジションを勝ち取ったゴールドマンからしてみれば、屈辱的だ。


 それに、彼らがプライベートで付き合うようになったのは、ゴールドマンが現在の役職に就いた後からである。ゆえに『お気に入りだから出世できた』などということは決して無い。



 レインフィールドは「早く起きろ」というゴールドマンの言葉に、面倒くさそうな表情を浮かべる。そして毛布の中から、その40代とは思えないような美しい裸体を覗かせた。


「仕方ないじゃないか……ここ最近、とんと休めていなかったんだから。それに昨日も全然眠れなかったしね。今日くらい、もう少し休ませてくれよゴールドマン」


 レインフィールドはそう言いつつも、体を起き上がらせる。しかし、目はまだ閉じられたままだ。


 そして、もうすでに出社の準備を殆ど完了させたゴールドマンに聞き返す。


「だいたい君だって、まだ疲れているだろうゴールドマン? どうだい、もういっそ今日は二人で仕事をバッくれてしまうと言うのは。ここでもう一ラウンド、ヤっていこうじゃないか」


 からかうように笑いながらそう言ったレインフィールドに対して、ゴールドマンは呆れた様子を見せる。


「バカ言わないでくださいよ。トップが二人そろってサボりなんて、それこそ大問題になります。それに、まだまだ気は抜けないことくらいわかっているでしょう? 問題の根本は、いっさい解決してないんですよ」

「……うん、確かにそうなんだけれどね……あぁまったく、社長になんてなるもんじゃないな。いっそのこと、社長なんて面倒な役職退いて、君に養って貰おうかな」

「私は嫌ですよ、男に寄生するような女を養うのは」


 ゴールドマンの辛辣な応えに、レインフィールドは「なははは、冷たいねぇ」とぼやく。それからようやくベットを離れ、裸体も隠さずバスルームに向かった。


「私はひとっ風呂入ってから出ることにするよ。ゴールドマン君、君は先に出社しておいてくれたまえ。怪しまれないようにね」

「わかりました。……一応お尋ねしますけど、ホテル代は?」

「ん? あぁ、それくらい私が払っておくよ。……そうだ、良いこと思いついた。レシートをとっといて、後で経理に『経費』として落とさせよう。ホテル代が浮く」


 ゴールドマンは「色々バレるんで絶対しないでくださいよ……」と心配そうにつぶやくと、スーツの最後のボタンを留め終えた。そして「じゃあ先に行きますよ」と、バスルームでシャワーを浴び始めたレインフィールドに告げた。





 ――――プルルルルルルル……


 しかし、部屋を出ようとしたゴールドマンの懐にしまわれていた電話が、音を鳴らし始めた。


 ゴールドマンは「こんな早くから誰が……?」と疑問を覚えながらも、慣れた手つきで電話に出る。


「私だ。なにかあったのか?」


 何気なしに電話に出たゴールドマンだったが、しかし十数秒後、彼は驚愕した。






「……ん? どうかしたのかいゴールドマン君?」


 タオルを羽織ってシャワールームから出てきたレインフィールドは、「先に出る」と言っておきながら、自分がシャワーを終えてもまだ部屋に居たゴールドマンの事を見て、驚きながらそう尋ねる。


 そして、レインフィールドにそう尋ねられたのとほぼ同時、ゴールドマンは電話を切った。


 電話を終えたゴールドマンの表情を見て、レインフィールドは顔を曇らせる。ゴールドマンは何故か、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたのだ。それは、何か予期せぬ事態が発生したということを示していた。


 ゴールドマンはレインフィールドの方を見る。そして重々しく口を開いた。


「……先ほど、部下から連絡がありました。今朝出回った新聞についてです」

「……新聞? それがどうかしたのかい?」

「……」


 ゴールドマンは“ギリッ”と歯を鳴らした。そして目前の女に、困惑と憤怒のこもった声で告げた。


「第三新聞、ジャンベルンペーパー、毎時新聞……以上三社の見出しにおいて、ジャンベルン鉄道が反社会組織の資金洗浄マネーロンダリングに関わっている旨の記事が掲載されたそうです」

「……!」


 ゴールドマンが述べた情報に、レインフィールドは驚きで言葉を失う。しかしすぐに、驚きは言葉に変わった。


「バカな! 何かの間違いじゃないのか⁉」

「いえ、事実です。部下の報告によれば、記事の内容は極めて詳しく書かれており、ガセとは思えないと。恐らくですが、“事実”を書かれたと考えて間違いないでしょう」

「……!」


 レインフィールドはあまりの衝撃に、羽織っていたタオルを落としてしまった。しかし、そのタオルを拾おうともせず、そのまま慌てた様子で、自分の荷物の元に駆け寄る。


 それから、バックの中から携帯電話を取り出すと、すぐに株価を確認した。そして、崖を転げ落ちるように急落する自社の株価を目の当たりにして、「なっ……」と声を漏らした。



「すでにこんなにも……! 最悪だ……このままでは……!」


 レインフィールドは苛立ちのあまり、親指の爪を“ガリッ”と噛む。そして、ゴールドマンの方を見た。


「ゴールドマン君! 君はすぐに各方面と連絡を取り、事態収拾に動いてくれ! そしてそれに平行して、この情報をマスコミにリークした当該人物を特定しろ!」

「了解です。社長はどうなされるおつもりですか?」

「私は本社に向かう! 恐らく今頃、私に説明を求める連中でごった返しているだろうからな! クソッ……まったくもって最悪の寝起きだ……!」


 レインフィールドは悪態をつくと、クローゼットに掛けておいた着替えを手に取った。そしてボタンの掛け違えにも構わずに、急いで服を着始める。


 ゴールドマンはと言うと、冷静さを取り繕ってこそいたが、しかしその表情から困惑は隠しようがなく、誰の目から見ても、いつものような落ち着きは無かった。


「……それでは、私は先に行きます。……ご武運を」


 ゴールドマンはそう言うと、今度こそ部屋を後にした。




 一人残されたレインフィールドは、着替えながらも、しかし思考を止めることはしなかった。


(なぜだ……! なぜ今この情報をリークした⁉ こんなことをしても、何の価値もないはず……! なのになぜ……⁉)


 脅迫主が社内の人間である以上、相手のとりうる行動は限定される。なぜなら、この『ジャンベルン鉄道が資金洗浄マネーロンダリングに関わっている』という情報は、脅迫主にとって諸刃の剣であるからだ。


 この情報が出回ってしまえば、言わずもがなジャンベルン鉄道は批判に晒されることになる。そして最悪の場合、経営が傾く可能性すらある。


 そしてもしそうなってしまえば、社内の人間であると推定される脅迫主も無傷ではすまないだろう。わざわざ行わせた賃上げが、経営悪化で無に帰す可能性すらある。


 いやそれどころか、レインフィールドらの考えでは、この脅迫主はこの資金洗浄に”深く関与している”人間であるはずなのだ。事の次第が明らかになれば、その脅迫主も逮捕されてしまう可能性は否めない。



 もちろん、脅迫主が正義に燃えるような人物であり、自分の保身も構わず事件を明るみにしようとする可能性もあるにはある。


 だが、脅迫主がわざわざこの件を『脅迫材料』として利用していることを鑑みれば、それも考えにくい。


 恐らく脅迫主の人物像は『正義感よりもむしろ自分の利益を重視する』ようなタイプだろう。



 以上のように考えると、『脅迫主がマスコミに情報をリークする』ということは、脅迫主のメリット・デメリットを考慮すると、極めて考えにくいことであったのだ。



 にもかかわらず、敵は情報を明るみにした。これは、レインフィールドの想定を大きく裏切るものだった。



(まさか……私のプロファイリングが間違っていたのか? 私は自分でも知らないうちに、敵のことを過小評価してしまっていたのか……⁉)


 レインフィールドはそんな疑念を抱く。そして、上着のボタンも留め終わらないうちに、荷物を片手に部屋の入り口に向かった。


(……いや、今は敵のことは考えるな。情報収集はゴールドマン君に任せよう……それよりも今、私が考えるべきは事態の収拾だ。敵について知るのは、すべてが終わった後でも遅くはない)


 レインフィールドは自らにそう言い聞かせると、忙しなく部屋を後にした。

ブックマーク登録や評価もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ