一章 第9話
「カンパーイ!」
4人はそう言うと、握っていたグラスを互いにぶつけ合った。“カチチンッ!”とガラスの音が鳴り響く。
そして乾杯も程々に、4人はグラスに注がれた飲料を飲み干した。
「ぷはぁぁぁぁ! やっぱ仕事終わりの一杯はうめえわ!」
スティーブンはワインを飲み干すと、頬を赤くしてそう言った。そしてすぐさま、空になったグラスに追加でワインを注ぐ。
そんなスティーブンの様子を見ながら、セージは「程々にしときなよ……」と念を押した。
「……一応言っとくけど、明日も仕事あるからね? 『二日酔いで何も出来ません』とかは勘弁だよ、スティーブン?」
「なーに言ってんだよセージ⁉ やっと全部終わったってのに、もう次の仕事の話かよ⁉ 今日くらいは後先考えず、パーッとやろうぜパーッと!」
スティーブンは「ゲラゲラ」と酔っ払い特有の笑いをこぼして、そう言った。その様子を見ながらセージは「いやまあ、そうだけど……」と困り顔を浮かべる。
「なんやねんスティーブン! アンタばっかり飲むなや! アタシにだって飲ませんかい! このドアホ!」
一人でボトル一本分のワインを飲み干そうとするスティーブンに向かって、ヨーコはそう文句を垂れる。
しかし『アンタばっかり』と言う割には、彼女もすでに“出来上がって”いた。
「スティーブン、アンタわかってるんか? 今回のは全部、情報持ってきたアタシのお手柄やで! やけん、アタシが一番飲む権利があるのでしゅ!」
ヨーコは酔ってろれつの回らない口で、不満げにそうぼやく。しかしそれを聞いたスティーブンは、あからさまに顔をしかめた。
「なーに言ってんだ! お嬢は結局、あの後ろくな情報もって来れなかったじゃねえか! しかもお嬢が持ってきたストライキの情報も、結局は無駄になったしな! よくよく考えたら、お嬢は今回少しも役立ってねえじゃんかよ。むしろ足ばっかり引っ張りやがって」
「にゃ、にゃんやてぇ⁉」
「セージが上手くやってくれたから助かったが、最悪俺達は今頃、お嬢の所為で無一文になってたかも知れないんだからな。それがわかったら反省して、お嬢はもう飲むな。俺が代わりに飲んでやんよ!」
「い、いわせておけばぁ! こうなったら無理矢理にでもアンタからぶんどってやるさかい! 覚悟せいや!」
「おうおう! やれるもんならやってみやがブヘェ!」
――――ゴッ! ガッ! ゴッ!
「ちょ、待って! 待ってお嬢! 俺が悪かった! 悪かっ……ギャアアア!」
取っ組み合いを繰り広げる二人を横目に、セージとサツキは「やれやれ……」と呆れた様子でジュースを口に運ぶ。
彼ら四人は毎回、大きな仕事終わりはいつもこうして『お疲れ会』を開くのだが、しかしそのたびに酔っ払った二人がケンカをして流血沙汰となる。
そして酒に弱いので、ジュースを嗜むセージとサツキが、そんな酔っぱらい達の取っ組み合いを傍観するのもお決まりだ。
「お疲れ様でしたセージさん。今日はこれまで働いた分、ゆっくり休んでください」
暴れ回る二人を尻目に、サツキはセージをそう労った。そして、彼の空になったグラスにジュースを注ぐ。
「ありがと。まあでも、お疲れって言われるほど疲れてないけどね」
「ほんとですか?」
「うん、まあね。楽しかったからさ、ここ数日。久々に楽しめて、おかげで疲れなんて少しも感じなかったよ」
セージはそう言うと、子供がするような無邪気な笑みを見せた。しかし口でこそ『疲れていない』と言っているが、その顔は明らかに憔悴している。
6月14日から始まり、今日7月2日まで続いた長い戦い。その間ほとんど休息を取らずに働き続けたセージ。
いくら『楽しい』とは言っても、それでも肉体疲労はたまっているだろう。
それでも『疲れていない』と言ったのは、心配をかけないためか、それとも本当に疲れを感じていないだけなのか。
サツキにはわからなかったが、しかしどちらにせよ、サツキはセージの体を心配せずには居られなかった。
「……楽しいのは良いんですけど、くれぐれも無理はしないでくださいよ? セージさんが死んだら私、悲しいですから」
「あはは、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「えぇ。勤め先がなくなったら困るので」
サツキの冷淡な言葉に、セージは「あぁ、そっちかぁ……」と苦笑いをする。サツキはそんなセージのことを見て「冗談ですよ」と笑った。
「……でも、本当に死なないでくださいよ? 無理だけは……」
「わかってるよ、僕もそれくらいのことは。なにより死んだら楽しくない。生きてなんぼだよ、この世界は」
「……そうですね」
セージは相も変わらず「あはは」と笑っていた。しかしそれを見るサツキの表情はやはり不安げだ。
人には『休め』と言うくせに、自分は全然休まない。仲間には『体は大事にするように』と命令するくせに、当の自分は、危険も顧みずやりたい放題。
傍でそれを見守るサツキ達からしてみれば、そんなセージの姿は心配で仕方なかった。
しかしそんな所こそ、セージが彼ら三人を引きつける魅力の一つであったりもした。
「……ところで話は変わるんだけどさ、まだ大丈夫?」
サツキに注いで貰ったジュースを口に含んだ後、セージはおもむろにそう尋ねた。
その言葉を聞き、それまで不安げな表情を浮かべていたサツキは『キッ』と顔を引き締める。
「……多分、今夜辺りかと。なので、念のため皆さんはこの後、ここから避難しておいてください。さすがに私も、3人守りながらは無理なので」
「……そっか了解。二人が寝落ちしたら、僕が担いでくよ」
セージはそう言って、スティーブンの上にまたがってワインボトルをラッパ飲みするヨーコのことを指さした。
「……あれを担いでいくのは骨が折れそうだな……仕方ない、タクシーでも呼ぶか」
セージはそうぼやくと、ため息をこぼした。そして隣のサツキの事を見る。
「……じゃ、気をつけてねサツキちゃん。くれぐれも無理しないように。膝枕してくれる人が居なくなっちゃうと、僕も困るから」
「心配いりませんよ。生き残るのも私の仕事ですから。それに……」
サツキはそう言うと嬉しそうに笑い、
「私だって皆さんの役にたちたいですから」
と呟いた。
ブックマーク登録や評価もよろしくお願いします。