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カイダンその2

作者: 空酉(ことり)

覗き穴ってなんだか不思議だよねーっていう思いつきで書きました。

どの家にもある扉の覗き穴。

なんの変哲も無い、ただの覗き穴。


誰かが訪ねてくると、そっと覗き込む。


不意にピンポーンという軽快な音が鳴り響く。

インターホンなどという便利なものはうちにはなく、扉まで近付き覗き穴を見る。

友人だ。そういえば今日訪ねてくるとか言っていた。

そう思ってチェーンと鍵を外す。


「よお。久しぶりだな」


軽く手を上げてそう言う友人。

それもその筈だ。お互い忙しくて中々こうして会うことすらままならなかったから。


「まあ上がれよ」


「お邪魔しまーす」


変わってないなと笑う友人に、お前もなと軽口を叩き合う。

久しぶりに会ったという事もあり、昔話に花が咲く。

互いの近況を言い合ったり、仕事での愚痴を語り合ったり。

友人が宿を取っていないと聞いて、うちに泊れよと誘う。友人はすぐそれに乗る。


「電気消すぞー」


「おう」


「明日早く出るんだっけ?」


「そうそう。早朝のバスで帰るんだ」


「お前も大変だな。夜からまた仕事だろ?」


「まあな。でも楽しくやってるよ」


「ふぅん……。まあいいや。寝ようぜ」


「おやすみ」


「おやすみ」


ガチリと古くなった電球の紐を引く。


カチ……カチ……カチ……

カチ……カチ……カチ……


規則正しい時計の音が部屋中に響く。

その音をぼうっと聴きながら目を閉じる。

隣で眠る友人は既に夢の世界へと旅だったらしかった。スー スー という寝息が耳に届く。

自分も寝ようと布団を掛け直す。


ピーン……ポォーン……


不思議な響きを持った音が静寂を裂いた。


(こんな夜中に一体誰だ……)


悪戯かと思い、重い体を引っ張って玄関へ向かう。

覗き穴を覗くが、真っ暗で何も見えない。


(夜だからか。暗いな……)


そんな風に思った。

だがしかし、普段なら廊下といえど明かりが灯り、多少明るい筈であった。

それが何故真っ暗なのか。青年は不思議に思い、もう一度覗き込む。

真っ暗ではなかった。だがしかし、ライトの明るさでもなかった。

じぃっと目を凝らすと、その影の様な何かが ギョロリ と動く。


目だ。


青年は直感した。

そして思わず後退る。その時に玄関口に置いてあった鍵を落としてしまう。


ガチャン……!


物音を立ててしまったと慌てて覗き穴を覗こうとする。


ガチャガチャガチャッ!


それと同時にドアノブが悲鳴を上げた。

ガチャガチャと鈍い音を立てながら、呼び鈴は押され続ける。


ピーン……ポォーン……


ガチャガチャガチャッ!


ピーン……ポォーン……


その不協和音が耳を嬲る。

その音で友人が起きてくれるだろうと願ってみたが、友人が目覚める気配は一向にない。

何故。

こんな爆音が鳴り響いているというのに。

何故?


その間にも不協和音は鳴り響き、そして暫くの後に しん と静まり返った。

やっと諦めたのかと安堵する。


そしてもう一度覗き込む。

誰もいない。

恐る恐る扉を開けて外を確認する。

誰もいない。

ほっと胸を撫で下ろした。

扉を閉めて部屋に戻ろうとした。

次の瞬間。

扉に何かが挟まって完全に閉まらない。

強引に閉めようとするも、扉が鉛の様に重く動かない。

足だ。

扉の隙間に差し入れられた足。

それが扉が閉まるのを防いでいたのだ。

ひぃっと情けない声を上げる。そして思わず扉から手を離してしまう。


「ごめんくださぁい」


甘ったるい響きの女の声がした。

かと思えば、扉がそっと開かれた。

ガリガリに痩せた細すぎる指が見えた。華奢すぎる手首と腕が覗く。

ボロボロの真っ黒な衣装に身を包んだ痩せっぽちの女だ。髪はボサボサで長ったらしく伸ばされていた。

目だけはギョロギョロとして気味が悪い。

薄汚れた風貌だのに、声だけは甘ったるい淫靡な香を纏わせていた。


「泊めてくださらないかしらぁ」


妙に間延びした喋り方で、青年に問いかける。

駄目だと答えると、女は甘えた様に青年の腕に縋り付く。


「おねがぁい」


女が近付いた途端に、甘ったるい香りが鼻腔を擽る。


「泊めてくれなくていいのぉ」


「寂しいのぉ」


「私と一緒にいてくださらないかしらぁ」


そんな事を青年の耳元でそっと囁く。

甘ったるい匂いと声に、青年は思わず頷く。

女は嬉しそうにニターっと笑うと、青年の腕を引き寄せる。

凡そ女のものとは思えない程の力で。その痛みで青年ははっとする。

離せと暴れてみるも、抵抗虚しく部屋から引き摺り出される。

近くで見ると、女の背は異様に高く、随分と骨張った体をしていた。

ボサボサの長い髪が青年の顔に掛かる。鬱陶しくて払い除けようとするが、その髪が顔に纏わり付いて上手くいかない。


「うふふ」


事の異様さに、青年は必死に叫び暴れる。女は嬉しそうに笑っている。


止めろ 助けてくれ


青年はそんな風に叫ぶ。しかし誰も出てこない。

青年が住んでいるアパートは音に敏感な人達が住んでいるにも関わらず、だ。

青年はそれでも懸命に逃げようと足掻く。

足掻けば足掻く程女の髪が青年に絡み付く。

女の細い指が青年の腕に食い込む。


「一緒にいてくれるんでしょう」


女が楽しそうな声色でそう言う。


助けてくれ


と友人の名を叫んでみるが無駄だった。そのまま女は青年の首を掴み、そのまま真横に引き倒した。

青年は口から泡を吹きながら、体をビクビクと痙攣させ、暫くの後にピクリとも動かなくなった。

力の抜けた青年の手から ガチャン と鍵が滑り落ちてゆく。



「おはよー。ってあれ?」


翌日目を覚ました友人が、青年の姿がない事に気がつく。


「あいつもう仕事にでも行ったのか?」


頭をガシガシと掻きながら、まあいいかと呑気に独り言を呟く。


玄関へ向かうと、扉に何かが引っ掻いた様な痕跡があった。疑問に思った友人は扉を開く。

その足元に鍵が光っていた。


「あれ?」


鍵をそっと拾い上げてみると、長い髪が絡み付いていた。


「なんだこれ」


友人はその髪の毛の存在に顔を顰めるが、さほど気にした様子もなく、扉の鍵を閉めて鍵をポストに投げ入れる。


『仕事でストレスとか掛かるだろうけど、あんまり無理しすぎるなよ。俺は帰るから。また来る。今度はもっとゆっくり話そうな』


青年にそんなメールを送信して満足気に友人は青年宅を後にする。

青年の部屋の中から携帯の着信音が鳴り響いている事にも気付かずに。

もっと怖さを表現できればいいのになぁと思います。

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