出会い
玄関を開けるとすぐ左にトイレが、その隣には風呂の扉が並んでいる。
向かいには狭いキッチンと冷蔵庫が設置されている。
そしてやや手狭な通路の奥には、リビングに通じる扉があるのだが…
明かりがついてる。
テレビの音も聞こえるし今朝消し忘れたっけ?
取り敢えずテレビを消そうと、買い物袋を持ったままリビングの扉を開けると。
そこには数人が床とベッドに座っていた。
部屋を占拠して居た者たちは、やや緊張した面持ちで此方を見ている。
えっ…⁉︎
誰だ⁉︎
見覚えがない!
おかしな服装。
何人?
子供⁉︎
なんでここに⁉︎
突然のことに目が捉えた単純な光景と、何故この部屋に人が居るのか、疑問が脳内を飛び回る。
空き巣⁉︎
強盗!!
逃げる!!
恐怖もあったが声を挙げるより先に。
持っていた袋を1番近くの、床に座っていた男へ叩きつける。
腕を振った勢いそのままに転身し、玄関に走りだそうとする。
しかし1歩踏み出すと同時に、背後から上着の襟を掴まれた。
引き戻され上半身が反れた所に、膝裏を蹴られ力が抜けたように跪く。
掴まれた上着は、身が落ちるのに合わせ手首まで脱がされると。
そこで瞬く間に巻き付けられ両手が無力化される。
腕が無理矢理縛られ痛むが、更に背中を足で踏まれ顔を床に押し付けられた。
たった数秒。
全力で逃げようと抵抗したつもりだったが、何もできず制圧された。
それでも抜け出そうと必死にもがく。
「グッ!アアァァァアー!」
だが足に力を入れても、上半身に力を入れても。
自らの力で顔が更に強く押し付けられるだけだ。
土下座から両手を真っ直ぐ上にあげて縛られた状態。
全く立ち上がれない。
なら!
「助けてー!!!強盗だー!!!警察を呼んでください!!誰かー!!警察をお願いします!!!」
苦しい体勢だが力の限り叫ぶ。
この時間なら隣か上階の住人が帰っているはずだ。
「助けて下さい!!襲われています!!!警察を呼んでください!!助けてーーー!!!」
「静かにして下さい!」
叫び、息を継ぎ。
再び叫ぼうとした所で、これまで言葉を発しなかった侵入者の誰かが声を掛けてきた。
この場に似つかわしくない幼い声で、部屋が少しの静けさを取り戻す。
左を向いて押し付けられ、テレビを置いている半分しか部屋を見渡せないが。
限られた視界の中に子供がいた。
「静かにして下さい。今集中しています。テレビの音が聞こえません。」
この状況でテレビ??
此方を見る事なく淡々と話す。
少女はテレビの前に漫画を掲げ、パラパラとページを捲っていた。
あれでは視界の端に漫画があるだけだろう。
まともに読めてないんじゃないか?
読んでいるのか怪しいほど捲るのも早い。
「静かにして欲しいならさ、解放してくれないか?部屋に帰ったら知らない人が居て襲われてるのに、静かになんてできない。」
話が通じる事で少しの落ち着きを取り戻し、努めて冷静な口調で答える。
「…大人しく抵抗しないなら危害は加えません。拘束も解きます。でも解放は出来ません。警察を呼ばれたら困りますから。」
「……わかった、暴れない。…そっちに従う。」
会話中も少女はテレビを見たままだったが。
抵抗しないことを告げると振り向き、男に何か話しかける。
英語じゃない…中国でもない、ロシア語…か?
少しでも何か分からないかと考えていると、背中から足が離れ、腕も自由になる。
立ち上がり部屋に向き直ると、肩を掴まれベッドに座らされた。
男は扉まで戻ると床に腰を下ろす。
逃げ道を塞がれた…当然か…
従うとは言ったが、逃げる事を諦めるわけにはいかない。
状況を理解しようと部屋を見渡す。
ベッドには女性が2人座っていた。
1人は明らかに警戒して、もう1人の女性を守るように油断なく身構えている。
守られるように座っている女性は先の子供ほどでは無いが、まだ幼さが残っている。
その奥の窓辺にはもう1人男性が床に胡座をかき、此方も漫画を読んでいた。
逃げるなら窓か。
扉の男に比べて細身で、力強くで押し退けれそうだ。
問題は押し退け窓を開けている間に加勢に来られるな…
「スェコンチュニディスダ」
テレビを見ていた少女が漫画を閉じ、何事か窓辺の男に話しかける。
話しかけられると、少女に近付き掌を差し出す。
そこに少女が両手をかざし、3分ほどすると手を下ろした。
男は少し手を見つめた後、自分の首に当てる。
「もう少し待ってください、事情を説明します。」
逃げるなら今しかないと、窓に走ろうと思っていた所少女に声をかけられた。
全く警戒から外れていない……逃げるのは無理そうだ。
先程の男は全員の首元に手を当て、終わるとこちらに向き合い話し始める。
「先ずは驚かせてすいませんでした。私達は偶然この部屋に出ただけで、貴方に危害を加える気も、金品を奪うつもりもありません。」
男は軽く手を広げ害意は無いと、迎え入れるように掌を上に向ける。
柔らかな金髪が温和な印象を与えるが、その下の青い瞳は静かに油断なく此方を映している。
「信用できるとでも?こんな大人数で勝手に上がり込んで。警察に知られると困るような貴方たちを。大体偶然この部屋に来たって意味がわからない。」
「この世界の理論、技術が何処まで進んでいるか不明なので理解してもらえるか。簡単に言うと私達は別の世界から来ました。」
9月中旬、倒れるほどの暑さで頭の茹だった連中が集団で来たのか、自分の頭がおかしくなって見ている夢か幻覚か。
集団不法侵入から大真面目な顔で大馬鹿な事を言う男。
目を瞑り長い溜息をつく。
次に目を開けるときには全て消えていてくれと願うが、平凡だった今までとは全く変わってしまった世界を見ることになる。