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初戦!

平凡だが平和で穏やかな毎日。

大学で講義を受け、試験が近づけばその先にある長期休暇のため、友人たちと協力する。

そんな毎日が崩れるなんて想像していなかった、望んでいなかった。

そうだ、俺はこんな世界望んでいなかった!


軽い山道の先にある広場。

滑り台にジャングルジムと、簡単な遊具が一角に数点見られる。

だが他には特に何も見当たらない。

あまり管理されていない芝生が広がるだけだ。

そんなイベントでもなければ静かな場所で、二つの叫びが止まった空間を激しく震わせていた。


「うっ…っぁぁああああっっクソォ!!」


「グルルルルガァァアアアア!!!!」


30 m程先には、先ほど俺の左上腕部を引き裂いた獣が雄叫びを挙げると、低く唸りを響かせながら此方を睨んでいる。

初めて嚙みしめる痛みと、剥き出しの殺意を放つ「敵」。

牙の隙間からは唾液が滴り、爪に赤い鮮血が斑らを描いている。

突き出した鼻に頭部の耳、四つ脚と尻尾。

外観だけを見れば犬か狼だろう。

だがその体躯は熊を超え、眼は赤く紫の毛並みに怪しげな紋様が浮かぶ。

不気味な見た目と、明らかな殺意。

恐怖の眼が映すそれは更に大きく、自らの構える木刀は小枝のように頼りない。


「ハッ!…ハッ!…ハッ!…ハァァ…スゥゥゥ……フッ!」


左腕に受けた痛みを耐え、乱れた呼吸を無理やりに整えながら次に備え奴を見据える。


「ゥゥゥガァァァァ……」


低く唸り警戒深く身を沈め、襲い掛かるタイミングを計っているようだ。

それを正面に見据え木刀を構え直す。

右足を前に左足の踵は浮かせ、どこから襲われようとすぐさま反応できるよう整える。

頭では奴が次に動くであろうタイミング、場所、スピードを予測し不意打ちを減らす。

もっとも、警戒の対象は俺の後ろに佇む男なのだろう。

俺の更に後方、同じ木刀を持った男の前に、それぞれ一撃で首を貫かれた巨大な獣が2匹横たわっている。


「どうした!さっさと倒せ!雑魚なんだろう⁉︎」


後ろから低いながら鋭い声が飛んでくる。

既に構えも解き、右手に木刀を携え自然体の体で佇む男からの声だ。

その声には僅かに苛立ちが滲んでいたが、それに気づく余裕など持ち合わせていなかった。

しかし、同じく横で勝負の行方を見守っているもう一人の男は察した様子で。

宥めるように、ただ苛立ち自体は否定しないかのように答える。


「まぁまぁ、戦えてないわけじゃないんだから、初戦だしもう少し見守ってあげなよ。」

「駄目だな、あれじゃ勝てん。お前も今の動きで分かっただろう」

「そうだね、でも勝てる可能性もあるさ」


命賭けで戦っている者を助けることもなく、言葉を交わす男たちを、やや心配そうに見つめる女性3人。

内2人がダメもとでも力を貸すように、もしくは私が共に闘うよう言い出そうかと思案していると、当人から苦しそうな抗議の声が返ってきた。


「ああ‼︎雑魚だ‼︎でもコレは…違う!!何より俺は素人だ‼︎‼︎」


「関係ねぇ!弱ければ死ぬだけだ‼︎奴の動きをよく見ろ、引いて躱すな!弾け!流せ!半端に引けば追撃は捌けんぞ!」


一言目で不満…抗議の訴えは一蹴され、力を貸さないと言外に含まれた返答がなされる。

~~簡単に!言ってくれる!!

そして相対していた獣は喋り終えるのを待っていたのか、突如襲い掛かって来る。

肢体が地を蹴りこちらに向かってくる。

それだけで対峙していた時の何倍ものプレッシャーで圧される。

それまであった距離は、空間そのものが無かったかのように消え去った。

景色が塗り潰され目前まで迫ったかと思うと、瞬時に右に踏み込まれ、首を掻き切ろうと左前足が掲げられる。


退がるな!

退がれば二の舞だ、流して、安全、死角に、繋げ、そこ!

左足に力を込め奴の方向へ、上がった足の付け根に飛び込む、膝のバネをそのままに木刀を肩に担ぎ、背を丸め頭を下げる。


「フッ!」


振り上げられた前足を木刀に滑らせ、投げるように頭上を通しその勢いのまま右側面へ出る。

すぐに体勢を立て直そうと顔を上げ、構えようとする。

うまくいった、次、次は…ッ!


…顔を上げると奴の顔が、眼が手の届く位置に現れた。

眼が合う、仲間を殺された怒りだろうか、獲物を狩る喜びなのか、感情などないのかもしれない、ただ…恐ろしい。

獰猛に獲物を追う眼光、唸りを伴い吐き出される死臭にそこに並ぶ牙。

全てが俺を殺すために動き、どこまでも追いかけてくる。

瞬きの瞬間が惜しい、吐息と共に全身の力が抜けそうだ、逃げたい。

動きが止まる、動けない、死ぬ?


「アッ痛ゥッ!」


突然左腕に痛みが走る。

躱す際、傷口に足の一部が掠ったのか?

受け損ねて再び肉が抉られたのかも知れない、なんでもいい、とにかく体の緊張が解けた、動く!

目の端で奴の左足が未だ地に着いてないのが見える。硬直はほんの一瞬だったらしい、だが確実に遅れた。

奴はそのまま足を振り払うか、それとも退くのか、次はどう動く。

一度乱れた集中は判断を鈍らせ、決断を体の反射に委ねる。

木刀を腰に構え、毛皮が薄くダメージが通りやすい腹部へ踏み込む。

「ブガッ!」


踏み込むと同時に視界が阻まれ紫色に染まる。

思考の追いつかない頭では、それが何かも分からず、がむしゃらに払いのけようと右手で掴む。

「グッ!」

意図せず息を体から押し出され、自らが出した音だと認識する間もなく、唐突に視界が開ける。

ただし、目の前の物を払い除けた訳でも、奴が去った訳でもない。

映ったのは空と大地、それらが矢継ぎ早に入れ替わる。

何度目かの入れ替わりの後、ようやく理解する。

突然現れた物は奴の尻尾で、俺は振り払われた左足によって吹き飛ばされたことを。


「カッ…ヒュッ…グッ…ヒッ…カハッ……あっ…あ〜……」


込み上げる嘔吐感と背筋に走る言いようの無い寒気。

これだけの衝撃に体の痛みが無いことで不安が増す。

奴に向かって動きが止まり、起き上がろうとする。

だが、できることは下手な呼吸と呻く事。

そして、自らに死をもたらす者の姿を焦点の定まらぬ瞳に映すのみであった。

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