神様と会ったかもしれない日
注意:この主人公の混乱癖は激しく筆者に似ております。
二月十七日。この日、私は神に会った。
遺書。
前略、神様。
あなたの存在を私は認めません。
ええ、認めるものですか。
だれがなんと言おうと、あなたのような存在があってはならないのです。
だって、私がふられたから。
あなたにこびて、こびて、こびまくったのに、ついでに近くの神社を経由して千円の贈賄までしたのに、ふられたから。
草々
追伸 あなたがもし存在するならば、これから私はあなたの元へと旅たたなくてはならないはずですが、大丈夫です。だってあなたは存在しないから。私はあなたの間抜けな顔を拝まずにそのまま未来の地球へ復活し、七つの玉を集めてくれた未来の彼と結ばれるの。オッス、それじゃみんな、元気でな(悟空風)
私は五十三枚目の遺書下書きを丸めて窓から投げて捨てた。
ああ、ばかなことを書いてしまった。
私の名前は石山多恵。
彼氏に先日ふられた石山多恵。
しかも、浮気の相手のほうがむしろ本当の彼女みたく「あんた誰」ってな態度で公園で彼氏とキスしてたからそいつに逆切れしたら彼氏が本気であの女とぐるになって「お前は誰なんだよ」ってな態度に出てきたからご挨拶程度に軽くビンタを食らわしてやったらパンチでお返事が来て一本歯が抜けたから妖精が金貨をくれないかなと夢見てるのと友達に相談したらドン引きされて誰にも連絡がとれなくなって悩んでいるところへあの女から「消えろ」のメールが来たからちょっとテンションが上がって「あんなやつのことは忘れて一度友達になりませんか」とさわやか系のオーラを出してメル強敵になってから一気に地獄の底へご案内するつもりだったのに返事が「失せろ」だったのであこれは彼氏だなと持ち前の直感力で気づきパソコンからそのアドレスへ別の女を装って破局に導こうとしたのに逆にやつらは業者に頼んで私の忠実な相棒であって水谷豊ではないパソコンを再起不能にしたため丑三つ時に神様とやらに千円の賄賂を渡してやつらが永遠に愛を誓えないようにしてから近くのコンビニで買ってきたガリ○リ君をガリガリいわせてやったら流石に冬にガリガリはねえだろうと胃が悲鳴を上げたので急いでトイレに駆け込んだらそこで白い朝を迎えた、石山多恵。
トイレで泣いて、鼻をかみかみ泣いて、ラジオから流れる工藤静香の『泣いて』をバックミュージックにして泣いて、遺書書いて死のうと思って泣いて、実行できないから泣いた、石山多恵。
そうです、わたすが石山多恵どぅえす。
言ってみただけだから。志村けんのつもりで言ってみただけだから。
泣いた。
泣いた、笑った、そして泣いた。ありがとう、オリンピック、感動をありがとう。
言ってみるもんだ。
私、石山多恵はオリンピック気分を一瞬だけ味わった!
感動がよみがえった!
…腹が減った!
まったく、私の胃袋ったらき・ま・ぐ・れ☆(キラッ)
そんな穏やかな引きこもり生活三日目の朝に、チャイムが鳴った。
うふふ、私が最高に落ち込んでいる時に一体誰かしら?
つまらない訪問販売かしら。
それともあの女かしら。
それとも愛しの彼氏?
はたまた全然連絡をよこさない冷たい友人たち?
いずれにしても殺ってやる。
私はドアを開けた。
「石山多恵かね?」
「どなたですか」
「私が神だ」
そしてドアを閉めた。いっけね、肝心の包丁を用意してなかったよ。
「おい、何だ、せっかく会いに来たというのに」
『♪むーかいのお宅に住んでる、年齢不詳の自由人
あーいつはあいつはオタクなとしうーえの男の子
二十四時間ネトゲ三昧、二次元だけが好きなの
ぶいいーあーるわーいえぬいーあーるでぃー(very nerd)
にんーげんとして、どうかしら
はーっきり聞かせてー』
キャンディーズの往年のヒット曲に乗せてお向かいさんの印象を歌ってみました。
って、なんでそんな男が私のアパートの前に現れるのよ?
私はおずおずともう一度ドアを開けた。
「あの」
「私が神だ」
『何が私がかみだだよ何気なくかみとかいっちゃって何様のつもりってあ神様かあははそうだよね神様だよね私ってばかーでもさどうして神様が現れちゃうわけ不思議よねまじでこんなしがない失恋派遣社員のところにどうしてきちゃうかな神様がそっかー神様ってきまぐれだもんねーじゃさ私の失恋もてめえのきまぐれというわけかえこらどうなんだよてめえなまはんかな答えじゃ許さねーからな適当なことを言ってんじゃねーよそこんとこどうなんだ顔か私の顔が原因でこんなひどいふられ方になったのかそれともあれかスタイルとかかばかやろう自分で言うのもなんだがどっちもけっこういい線いってるぞばかやろうあれ言っちゃったよおい言わせちゃったよおいおいしかも断っておくがおいおいって言ってるけど私は中尾彬の物まねをしてるわけじゃないからおいおい言わせているのはてめえの唐突でしかもそのなりでいうと全く似合わない「自称神様」発言だからだいたいそのうっとうしい長髪を切れよってあまさかかみかみつながりで切れないとか言うんじゃないよなまさかとにかくあんたが神様ってどういうことだよっつうかえまじであの神様?』
私の頭の中を駆け巡った混乱はだいたいこんな感じだ。
男は続ける。
「まず質問について答えよう。君と彼氏はもともと性格が合わなかったのだ」
「お帰りください」
なんだこのやろうふざけたやろうだこのおたくやろうは!
「それからこの男が髪を切らない理由は、お気に入りの散髪屋にホモセクシャルの理髪師がアルバイトとして雇われていてそのアルバイトに散髪される間ずっといやらしい言葉を投げかけられ続けたために、その散髪屋だけでなく散髪という行為全体にトラウマを抱いたことによるのであって、かみかみなどという冗談のためではない。そもそも、この男は私の」
私、石山多恵は左手に隠し持った包丁で正当防衛として相手に斬りかかった!
「…ことなど全然考えたことはなく、むしろ頭の中はアニメの中の女子に対する情熱と妄想でいっぱいだ。しかし君も無茶なことをする。これでこの男が密かに家でカポエラを習っているということにしなくてはならない」
皆さん、『飢狼伝説』ってゲーム、ご存じですか。スーファミで発売されたこともある格闘ゲームなんですけど、私、そのスーファミ版の最初のやつをやったことがあるんですね。その後の続編はやったことがないんですが、なんかカフェみたいなところで戦ったのを覚えてます。そこで確かカポエラとかいう格闘技を使う敵キャラクターと戦ったというのも覚えています。名前は忘れましたが、そのカポエラ使いは半裸のおっさんで、気持ち悪くなるくらいに足を動かして私の操作するテリー・ボガードに攻撃を仕掛けるわけなんですね。ま、必殺技のバーン・ナックルで瞬・殺ですけれども。
伝わる人にしか伝わらないかもしれないけど、もしその足技みたいなのが目の前のさえない長髪のオタクによって繰り出されたとしたら、どうします? それで頼みの綱である武器が手から弾かれたとしたら、どうします?
セコムしますか?
かわいい叫び声を上げて助けを呼びますか?
私は叫びました。
「ぐおぉおぉぉぉおおおなんなんだよぉてめえはぁあああ」
「私は神だ。君が私にひどいメッセージを送るから、思わず来てしまったんだよ」
「そういうことをきいてんじゃねえんだよぉおお! てめえはだいたい神でもなんでも…は?」
「信じてくれない方が好都合だ。…どうしたんだ?」
私は頭を回転させてこれまで男の中で交わされた会話をもう一度思い起こした。
そして愕然とした。
「私の気持ちがなぜわかるの…? なぜ私が失恋したことや、どうせあんたがくだらない連想で髪を切ってないんだろうという予想までわかるの?」
「神だからだ」
足をぐるぐると回すカポエラ独特の踊りを披露しながら答えるサラッサラヘアの男。
「まさか、本当に…?」
「いや、信じなくていいよ。というより、信じてもらっては困る。一つ合理的な答えを用意しよう。第一に、君が失恋したことはこの近所ではちゃんと噂として出回っているし、しかも君自身がそれを窓から投げ捨てた五十三枚の遺書で保証している。第二に、君だけでなく、この男を見た瞬間に誰もが髪を切れと言うだろうという予想が男自身にもあるとしよう。そんな男が自分を神様だと言い始めたら、理性のある人間ならばまず「だから髪を切らないのか」という冗談めいた結論を考えつくだろうという予想が男にも立つわけだ。しかし、このような面倒な説明をするのはやっかいだから、男が読心術を使える、ということにしよう」
体をのけぞらした状態でぺらぺらとよくしゃべる。
あ、そういうことね。
「…ああ、そうですか。つまりあなたは私のストーカーというわけですか」
「なぜそのような理解になるんだ…?」
「だって、そうでしょう? 初めて三次元の人を愛してしまった、それが私だった。そうでしょう」
「いや、だから」
「そうに違いない。かわいそうに。私の美貌に見とれて気が狂い、ついに数年間出られなかった部屋を後にした。そして私の部屋の前まできた。ところが自分には自信がないものだから、テンパって思わず自分は神であるなどとデス○ートまがいの発言をしてしまった」
「……」
『私の失恋やちょっとした機微がわかる理由はあなたが私の熱烈なストーカーだからできっとこれまであの部屋の中でずっと私を望遠鏡で観察していたに違いないわさらにあなたは私のごみばこをあさったり毎日の行動パターンを綿密に調べたりしたんだわああ怖いしかもついにいきつくところまで来てしまったでも悪いのはあなたじゃないわまるで私がアニメに出てくる○○ちゃんのように美しいからあなたは精神を乱されてしまったのね私って罪な女かわいそうにすべて私が悪いんだわそうこの美しすぎる私が』
「……とにかく、この男が神ではないと思ってくれればそれでいい」
立ち上がった男はやや真剣な表情でそう言った。
「で、用件は何ですか?」
自分を第三者のように呼ぶかわいそうなストーカやろうなので、私は少し話を聞いてやることにした。
「キャッチボールでもしないか」
「はい?」
「キャッチボール」
いつのまにか男の両腕は、グローブ二個とボールを抱え込んでいた。
「日の光を浴びるのもいいものだ」
「結構です。私の家には松崎しげるもびっくりな紫外線照射装置がありますので」
「嘘はやめておけ」
はいきた命令口調。
『は? おいおいおい何か勘違いしてないかこら私はただかわいそうなストーカーやろうにただ慈悲を垂れているだけであって別に1パーセントの好意すらてめえには抱いていないわけでそんなやつとキャッチボールなんぞする必要はさらさらないしかも私は今日体調が悪くて寝こんでいるという体で会社には連絡してるんだそれが外でキャッチボールなんかした日にゃあどうよご近所中の噂どころじゃねえんだよ悪くすりゃ首になっちまうだろうがてめえもストーカーならそれくらい調べてもっといいタイミングの時に誘いにこいやまあその場合でも即お断りだがなさらに言わせてもらえばもっとましなデートに誘え金のかかるやつなショッピングとかショッピングとかええい面倒だなみつげお前私にみついでしまえじゃんじゃん金を使って私を喜ばせるようなことをしてみろそれくらいいつもフィギュアにつぎ込んでいるだろうとにかくキャッチボールってどういうチョイスだよ?』
「よく映画であるだろう、キャッチボールで心の交流をとるいう場面が」
遠い目をするストーカーやろう。
「あのー、あなたと心の交流なんぞ必要ではない私ですが」
「神とキャッチボールだぞ。こんな機会はめったにない。いいから、キャッチボールをするんだ。どうせ暇だろう?」
かわいそうに。このストーカーやろうはアニメと同じように女の子とキャッチボールをするのが夢なんだ。
「いいですよ」
「そうか、では早速河原に」
「とでもいうと思ったかぼけがぁあああ」
勢いよくドアを閉めた。
部屋に帰った。
テーブルにつっぷした。
彼からのメール。
スーツを着たいい大人が中指を立てた写メール。
愛していないのサイン。
夕方になった。
あの男はきっと河原にいる。
そう思った私は、興味本位で河原へと向かおうとドアを開けてみた。
「お、気が変わったか」
やつが、いた。
何時間ここにいたんだろう?
負けた。根負けした。私以上にしぶとい執念を、この男は持っている!
「ええ、行きましょう」
そこで私はこの男とキャッチボールをすることになった。
人生、何が起こるかわからないものだ。
私は夕日を背に、グローブをはめる。
「よし、それでは始める」
オタクがボールを投げた。私はそれを受け取る。
「ナイスキャッチ」
オタクと河原でキャッチボール。我ながらシュールな光景だなと思う。
「あんたさー、暇だねー」
剛速球を投げながら、私は話しかける。
「…危ない投げ方だな。弁慶の泣き所付近に当たるところだったぞ。」
おお、小学校の頃これをとれる男子はなかなかいなかったのに。
「これでも神だからね。忙しいには忙しいさ」
緩いカーブを作ってボールが飛んでくる。
「じゃあさ、仮にあんたが忙しい神様だとして、何で私とキャッチボールしてるのよ」
私は全力で、すねを狙う。
「…君はいつでも闘争本能をむき出しにするな。…神にだって、仕事がいやになる時だってあるさ」
緩いボールばっかり投げやがって!
「たとえばどんなことだよ」
私はキャッチするとすぐに投げ返す。
「地球…温暖化とか、…世界で戦争がなくならないこととか」
「あんた仮にも神様だろうが! 何とか…しろや!」
「おいっ! 意地でもすねを狙うのはやめろ! 色々事情が…あるのだよっ!」
「どんな…事情だよ!」
いつのまにか私たちは本気で投げ合うようになっていた。
「たとえば! 君たち生物の理解の外に生じるようなことは…起きなかったとされてしまうこととか」
「どういう…意味だよ!」
「いつも…試してはいるんだよ! 地球を完璧な楽園にしてみるとか、戦争を人間の本能からなくすとか!」
「できて…ねえじゃねえかよ!」
「いや…できてはいるんだが…、ふう、それは結局君たちの意識には登らない。君たち人類が一部は発見している宇宙の原理にのっとっていない現象が起こると、この世界は眠りについてしまうのだ。そして私はまた世界を元の状態に戻すしかなくなる」
「なんだそりゃ。RPGのやりすぎじゃないの?」
気が抜けた私はとてもスローなボールを投げた。
「そもそも一部の変人をのぞけば、私の存在をそのまま受け入れる人間だっていない。人は、理解できない現象は、夢かマジックとして受け入れるものだ。君だって、私が最初にそのままの姿で現れたときには『これは夢だ』と思い込んで卒倒してしまったじゃないか」
「なにを…わけのわかんないことを言ってるのよ」
「君にその記憶がないのも当然だ。いいかい、私は君のところへ五十二回訪れている。なぜか? 君が私にその回数分遺書で『きさまの顔など拝むか』等々の呪詛をまくしたてたからだ。ところが、私自身として君の前に現れたときの君は、たいてい夢と思い込んで卒倒するのだ。そして記憶を失う。だから、私は君にとって理解の範囲内である『オタクの男が自称神として目の前に現れる』という選択をした」
こいつ、もしかしたらやばい宗教の勧誘でもしにきたのかしら?
「違う」
じゃあ、そんな苦労をしてまで神様が何をしにきたのよ。
「人生は捨てたものじゃないと言いにきたのだよ」
そんなこと教えてもらわなくても知ってるわよ、このストーカーやろう。
オタクだけがしゃべる奇妙な会話。グローブがボールをとらえる音。
「そうかね。君は人生を捨てようとしていたんじゃないかね。たかがひどくふられた程度で」
そうだとして、それがあんたに何の関係があるの。
「確かにそれほど関係はない。だが少しむっとくるじゃないか。一生懸命改善しようとしている世界に存在する人間が、私を呪いながら死ぬなんて」
……。べつに私、この世を去るつもりないですから。
「それならいいんだ」
沈黙。
キャッチボールだけが続く。
日が暮れてきた。
「映画の受け売りだが」
男はボールを投げながら切り出した。
「人生はキャッチボールに似ていると私は思う」
投げ返す。
なにいきなりくさいこといっちゃってるのこのおたくやろうは?
「別に何かをきそうわけではないんだ。投げる、受け取る、投げる、受け取る。それを繰り返すことに意味がある。呼吸もそうだ。吸うと吐くとを繰り返すことに意味がある」
恋愛でもそうだ、とでもいいたいわけ?
「そうだ。しかし、いつかキャッチボールもやめなくてはならないときがくるだろう?」
……。投げ返す。
「さっき、人生はキャッチボールに似ていると私は言った。だが、人生はもう少し複雑で、キャッチボールといっても、それは二人だけでやっているものとはたいてい違っている。たいていの人生は、さまざまなものや人と、さまざまな方向で同時に行っているキャッチボールに似ている」
だから何? ボールを受け取る。
「一つのキャッチボールが終わったからといって、すべてのキャッチボールをやめる必要はないということだ」
私は泣きそうなのをこらえて『だれがほかのキャッチボールをやめたっていうの』と心の中で強がる。
「いいや、そんなことはだれも言っていない。現に私とキャッチボールをしている。そして、これからも君はほかの人々とキャッチボールをしていくことになる」
「…あんた、本当に神様?」
投げ返す。
「…まあ、そうでもないさ。…それじゃあ、ここでお別れするとしよう。ああ、この男が向かいの家に当分戻らなくても気にする必要はない。合理的な説明を君に与えておくとすれば、この男はこの後ひさしぶりに外に出たのを喜んで早速マンガ喫茶へ直行し、その後数日間を難民として過ごすことになる。では、ごきげんよう」
男は走り、そして見えなくなった。
私はグローブを男に投げつけた。
「このぼけがぁ、かっこつけてんじゃねぇよぉ」
暗い土手に、何かがぶつかる音がした。
「人間にものをぶつけられるのははじめてだ」
空に声が響いた気がした。
動揺した声がちょっとおもしろくて、笑えた。
私は家に帰り、眠った。
次の日から私は生活を元に戻した。
結局、その日起きたことが非現実的すぎてそれが夢だったのかどうか起きてみると判別がつかなくなっていたため、あのストーカーやろうが神様だったのかどうかは不明だ。そもそも冷静になって考えれば、ストーカーだからといって心が読めるはずもないのだ。私はその日のことを思い出すと、いつも混乱して考えるのをやめてしまう。
そんなわけのわからない日とは無関係に今日は始まる。
そして私は今日もいろんな人とキャッチボールを続けている。
おもしろいコメディが書けない(ついでに言うとエアーマンが倒せない)
ご容赦。