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1 僕は両親の顔も名前も知らない。

 僕の名前はリーフ。Fランクの新米冒険者だ。


 僕は両親の顔も名前も知らない。

 

 人は産まれながらにして何らかのスキルを持って産まれてくる。もちろん、そのほとんどはプラスの効果を持ったスキルで、人の大半はスキルを活かせる得意分野の仕事を一生続ける。


 教会の教義によると、スキルは神の恩寵と言われている。

 もしそれが事実なら、僕は神から嫌われているに違いない。


 僕のスキルは《無能》であり、全ステータスが低下し成長率が減少するが、メリット効果は存在しない。純粋なハズレスキルだ。


 僕を捨てた両親を憎んだことはない。もし僕が僕の両親の立場だったとしても、きっと同じように子供を捨てただろう。このスキル至上主義社会ではハズレスキルを引いた僕のような無能な人の居場所はない。


 両親から捨てられた僕は孤児院で育てられた。


 教会からの献金で運営される孤児院だったので資金面では潤沢で、シスターたちは無能な僕も分け隔てなく面倒を見てくれたが、他の子どもたちからは僕はいつも馬鹿にされていた。


 子どもは嫌になるほどに正直だ。僕は他の子どもたちを責めるつもりはない。もし僕が彼らの立場だったら、きっと僕も同じように馬鹿にしただろうから。


 僕が馬鹿にされることで他の皆が仲良くなれるなら、それが一番だ。

 僕一人が犠牲になれば皆が幸せになれる。


 確かに僕にとっては僕の幸せは重要だが、それ以上に僕以外の皆の幸せが重要だ。

 僕は誰かを幸せにすることを望んでいる。

 そして、人は自分より劣った人間を見ると幸せになるので、僕は生きているだけで自動的に他人を幸せにしている。


 生きているだけで他人の幸せに貢献できて望みが叶う。

 実に素晴らしい人生だ。


 孤児院を出た僕は仕事を探したが、孤児院出身の子どもは差別されており、スキルと適合した得意分野以外で就職するのは難しい。そして、《無能》スキル持ちの僕を雇うような人は存在しなかった。


 だから僕は冒険者になった。冒険者は12歳以上の人であれば審査なしで誰でも受け入れている。死亡率が高く、収入が不安定で定額の底辺仕事だが、他に選択肢がない。


 冒険者はSランク~Fランクに分けられるが、格差は非常に大きく、Sランク冒険者は王侯貴族すらも羨むような豪勢な生活を送れる一方で、Dランク以下の冒険者は市民権を持てず、家を持てず、人間扱いされることもほとんどない。


 冒険者になる人の多くは戦闘向けスキルを持っており、そのスキルに合ったジョブを選ぶ。


 僕の場合は《無能》スキルにより低ステータスなので、ステータスが比較的影響しにくいアサシンを選んだ。ある意味では僕もスキルに合ったジョブを選ぶことができた。


 僕は英雄譚を読んで勇者や魔法使いに憧れていたが、僕は勇者にも魔法使いにもなれなかった。


 しかし、僕には悲しんでいるゆとりはなかった。


 財布はほとんど空であり、孤児院を卒業した僕は宿代を稼ぐために冒険者として働かなければならない。


 Fランク冒険者の多くは相部屋の安宿に泊まるが、相部屋では喧嘩がよく起こるため僕のような貧弱な冒険者が泊まると危険だ。だから、少々割高でも命を守るために頑丈な鍵の付いた個室に泊まらなければならない。


 だから、僕には酒を飲むような金銭面のゆとりは存在しなかった。それは僕には許されない贅沢だ。



 今日はいい朝だ。

 窓越しに差し込む朝日に照らされて、僕は目を覚ました。


 僕が冒険者になって1ヶ月が経過したが、僕はまだ生きている。

 生きていることは重要だ。生きてさえいれば望みはある。


 少額だが、お金も貯まってきた。

 このお金さえあれば装備を買える。

 今は道端で拾った鉄パイプ装備だが、装備を買い替えればもっと安全にモンスターを狩れるようになる。

 

 無理をしてはいけない。安全重視だ。僕の成長は他人より遅いが0ではない。

 今危険を冒して先に進んでいる連中の大半はどうせどこかで死ぬ。


 最後まで生きていれば僕が勝者になれる。

 焦る必要はない。


 僕はハンバーガーショップ「イズミ」でハンバーガーを注文した。

 ハンバーガーは最高の料理だ。安くて肉を食べられて腹持ちも良い。


 あまりに安すぎて「ゴブリンの肉が使われている」と噂されているので客は少ないが、僕は特に気にしていない。噂の大半は間違っているし、僕は噂よりも自分の胃と舌を信頼している。


 僕がカウンターに座って黙ってハンバーガーを座っていると、機嫌の悪そうな屈強な冒険者たちが僕の周囲に座ってきた。


「おい、そこのお前。聞こえていたら返事しろ」

 その内のリーダー格である一際巨大な男が僕に声をかけてきた。

「僕ですか?何の用です?」


 僕は男の顔に見覚えがあった。

 彼の名前はゴロク。Bランク冒険者であり、優秀なバーサーカーだが問題行動が多いためブラックリスト登録されており、クエストの大半を受注することを禁止されている。


「金持ってるんだろ?全額俺に貸してくれよ。俺は今金がなくて困ってんだ。困ってる人を見かけたら助けるのは常識だろ?なぁ?」

 ゴロクの問題行動には、このような恐喝も含まれる。ゴロクには浪費癖があり、手持ちの金はすぐに使い切ってしまうが、金を使い切ると周囲の人間を脅して金を奪い取ってさらに浪費する癖がある。


 本来であればゴロクのような悪党は衛兵たちから容赦なく処罰されるのだが、ゴロクの実家は騎士団長を代々継承する名門伯爵家であり、追放されたとはいえ未だにその威光は強い。


 僕に許された選択肢は、素直に全額金を差し出すか、抵抗して殴られた末に全額金を奪われるか。

 もちろん、ここでゴロクに逆らうほど僕は愚かではない。

 

 金を奪われた上に医療費が必要な怪我をしたら僕は死んでしまう。


 僕は素直に財布ごとゴロクに手渡した。

「これが僕の全財産です。あなたは貧乏で、僕も貧乏です。困った時は助け合うのは常識ですよ」

「おう、そうだな。お前はよく物を分かってる。お礼にそのハンバーガー代は俺が立て替えておいてやるよ」

「ありがとうございます」

 元は全額僕の金なので理不尽だが、何にせよゴロクが上機嫌なのは良いことだ。


 ゴロクはハンバーガーを3つ注文し、僕の隣に座っていた取り巻きAを押しのけて座った。

「おう、友よ。お前の名前は何だ?」

「リーフ。《無能》のリーフです」

 

 悪い噂が駆け巡るのは早く、大半の人間は会う前から僕について悪い情報を耳にしているが、ゴロクは良くも悪くも情報収集しないタイプなので知らなかったようだ。


「ああ、お前があのリーフか!まだ生きてるとは思わなかったぜ」

「ええ、僕自身も驚いております。奇跡ですよね」

 実際は、ただ単に慎重な計算と節約の賜物だ。

 

 頭を使うことを怠らなければ、Fランクの狩場で命の危険に晒されることはほとんどない。

「金を貸してくれてありがとよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺が解決してやるから」

「ありがとうございます。そのうち頼らせて頂きます」


 ゴロク流の解決方法が必要になる日が来るかどうかは分からないが、Bランク冒険者とコネを持つのは悪くないし、ゴロクの機嫌を損ねたくもないので笑顔で頷いておく。


 ゴロクは僕の鉄パイプに目を留めた。

「おい、お前まさかそんな貧相な武器で戦ってるのか?」

「はい。ダメでしたか?」

 僕だって鉄パイプで戦いたくはなかったが、金がなくて買えないので渋々無料で廃材置き場から拾った鉄パイプを使い続けている。


 無料のものは無料であるだけで何よりも素晴らしい。僕は孤児院でそのことを学んだ。

「ダメに決まってるだろ!お前だって男なんだろ?男ならもっと立派な武器を使え!」

「僕もそうしたいのは山々なのですが、生憎今は一文無しでして、武器を買うゆとりがありません」


 誰かさんのせいでね、と胸の内で付け加えたが、余計なことは言わないでおく。

「それならこれをくれてやろう。俺様にとっては軽すぎて使い物にならないが、お前みたいな雑魚なら丁度いいだろ」


 そう言って、ゴロクはアイテム袋からミスリル銀製の優美な装飾の施されたレイピアを手渡してきた。

「え?これをもらっても良いのですか?」

「お前は一文無しなんだろ?俺は一文無しの人間から金を取るほど鬼じゃねえよ。俺を何だと思ってんだよ」


 ゴロクはブラックリスト登録されていてアイテムショップを利用できないので、不要なアイテムも売却することができない。だからゴロクは不要なアイテムを処分するついでに僕に渡すことにしたのだろう。

「ありがとうございます。僕もちょうど武器を買い替えたいと思っていたところなので助かります」


 これは僕の所持金全額を払っても、いや、僕自身を質に入れても買えないほど高級な装備だ。僕はゴロクに感謝するべきなのだろうが、なぜかそんな気分にはなれない。


「そりゃあいい。お前には才能があるが、あんな粗末な装備を使ってたら一生底辺暮らしで終わりだよ。装備は常に可能な限り良い物を使うべきだ。そうだろ?」

「僕に才能がある?それ本気で言ってますか?僕は《無能》のリーフですよ?」

 僕の発言を聞いて、ゴロクは高笑いした。


「アッハッハ。スキルなんてどうでもいいものにお前はまだこだわってるのか?馬鹿だなぁ、お前は。俺様のスキルは《魔導王》だが、俺様は魔導が大嫌いだから一度も魔導なんて使ったことはない。いつだってこの腕と大剣だけで全て片付けてきた。それでいいんだ。スキルなんて所詮そんなもんだ。スキルなんかに人生を決められてたまるかよ。そう思うだろ、なぁ?」

「ええ、そうですね。ぼくが馬鹿でした」

 

「その剣は特別製だ。お前はその剣に選ばれたんだ。お前はいつか必ず英雄になれるさ、死ななければな。死ぬなよ。いいか、絶対に死ぬなよ。じゃあな」

 ハンバーガーを食べ終えたゴロクは取り巻きを引き連れて去っていった。

 

 ゴロクは結局ハンバーガー代を払わずに去っていった。

「……あの、リーフさん、ハンバーガーのお代は……」

 おずおずと、店長のセラが声をかけてきた。

 セラは外見だけは美少女エルフだが、実年齢は300歳を超えており、禁制を破って肉を食べたことでエルフの里から追放されてここでハンバーガーショップを経営している。


「ツケにしておいてください。もう知ってると思いますけど、僕は今一文無しですから」

「ええ、分かりました。大変でしたね……」

 セラは僕に同情してくれているようだが、それはそれとしてハンバーガー代を無料にするつもりはないようだ。実にビジネスライクな態度で好感が持てる。


「いいですよ、慣れてることですから。金を奪われて一文無しになるなんていつものことです」

「あの、もし良かったら精霊術を教えましょうか?いざという時に身を守るのに便利ですよ」


「いいですね。また今度教えてください。今日は金を稼ぐために働かなければならないので遠慮しておきます」

 どうせ社交辞令だろうが、好意は有り難く受け取っておこう。

「はい、分かりました。もし精霊術を習いたくなったら遠慮なく声をかけてくださいね」


 僕はハンバーガーショップを立ち去り、冒険者ギルドに向かった。

 ゴロクに絡まれて時間を食ったので、割の良い冒険依頼は残っていない。


 だから僕は都市の巡回クエストを受注した。退屈で、報酬は安いがとても安全なクエストで、宿代程度なら問題なく稼げるが、刺激を求める層が多い冒険者達の間では人気がない。


「あ、お兄ちゃんだぁ♪」

 巡回は2人1組で行うが、今日のパートナーは偶然知り合いで、孤児院時代仲が良かった2歳年下のカノンだった。


 カノンは産まれながらにして雷魔法を使える天才少女だが、事故で両親を殺してしまい孤児院に送られた。僕とは違う意味でスキルから呪われている。


 そういう経緯からカノンは恐れられており、僕とは違う理由で他の子たちから避けられていたので、余り物同士の僕たちは自然と仲良くなった。孤児院では1人きりでは生きていけないが、2人なら生きていける。


 僕はよくいじめられていたが、そのいじめが一定以上までエスカレートしなかったのはカノンが僕を守ってくれたからだ。誰だって電撃で半殺しにされるのは嫌うものだ。そういう意味では、僕はいくらカノンに感謝してもし足りない。


 カノンは家族愛に飢えていたので、僕は義理の兄としてカノンに精一杯愛情を注いできたが、僕自身家族から愛されたことはないのであまり成功した自信はない。

「久しぶり、カノン。元気にしてるかい?」

「うん。お兄ちゃんがいなくて少し寂しいけど大丈夫だよ。お兄ちゃんはどう?」


「絶好調だよ。今日はこんなにいい装備を手に入れた」

 僕はカノンに先程入手したレイピアを見せる。


「……え?お兄ちゃん、その装備をどこで手に入れたの?まさか盗んだりしてないよね?」

 途端にカノンの表情が心配そうなものに変わる。


「ただの貰い物だよ。僕は善人だから他人から盗んだりしないよ」

「ホントかなぁ?私のチョコパン……」

「あの件に関してはもう10回以上謝ったよね。もう許してよ。僕が悪かった。完全に僕が悪かった。今は反省してる。もう二度としないから」


 昔、僕がうっかりカノンの分のチョコパンを食べてしまったことがあり、未だにカノンはそのことを忘れていない。食べ物の恨みは恐ろしいものだ。


「ふぅん。貰い物かぁ。誰から貰ったの?」

「内緒だよ」

 カノンとゴロクが出会うとろくなことが起こらない気がするので情報は伏せておく。



 その後もカノンからレイピアの入手源については質問され続けたが、何とか隠し通したまま巡回を終えることができた。

「じゃあね。今日はありがとう。お兄ちゃんが無事みたいで安心したよ」

 カノンは去っていった。

 一仕事終わったが、まだ日は高い。


 こういう時は無駄金を使わないように早めに寝るに限る。

 僕は早速安宿の個室に駆け込んで毛布を被って眠った。


 今日は素晴らしい一日だった。

 明日も素晴らしい一日でありますように。


 おやすみなさい。

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