ワンルーム ダンジョンマスター なろう版 2019 7/7 推敲
本作品は、エブリスタ妄想コンテスト用に執筆された作品を加筆修正したものです。
前・後編に分かれていた為、なろう版用に再編集し、その後手直しされています。
2019 7/7 推敲後、順次公開。
概要
賢者に集められた勇者たちは、魔王の塔へと辿りついたのだが、何かがおかしい。
テーマは、見た目通りではない。
作者より。現在、絶賛放置中です。評価やコメントを頂いても、申し訳ありませんが、お礼は出来ないと思います。ごめんなさい。
序章
かつて神族と魔族が覇権を争った地、ラクトヘルム。
両種族がお互いを封印し訪れた数百年の平和は、人族の栄華を花開かせていた。
しかしその平和も、各地に現れ始めた神族と魔族の復活によって終わりを告げようとしている。
そんな不穏な空気に包まれた、人間世界の、とある辺境の地での物語。
第一章
澄んだ空に浮かぶ月の明りが、天の彼方まで手を掛けようとするかの如き巨大な塔を照らしている。遥か見上げるその頂には、赤い炎が点滅し、まるで近付く者達へ警告を発しているようにも見える。
塔に続く石畳には魔法の明りが灯り、緊張の糸ではち切れんばかりの冒険者達を誘っている。
ここは魔物の居城、巨大な迷路が待ち構えるであろう幾多の階層に、今足を踏み入れんとする四つの人影があった。
勇敢にして最強の戦士、ドラゴンバスターの異名を持つ勇者アレンが先頭に立ち、大魔法使いにして賢者ホロンがその豊富な知識と経験で道案内を務め、大聖堂の女神こと聖女マリアが皆に安らぎと勇気を与えている、そしてしんがりは、闇の世界にその名を轟かせし大盗賊ステックと続く。
彼らは賢者ホロンの求めに応じ集った者達。運命の糸に操られ、魔王の塔に引き寄せられる宿命を背負いし最強の戦士達であった。
「爺さん、本当に此処に魔王が居るんだろうな?」「あぁ、居るとも」
賢者ホロンの言葉に、勇者アレンの鍛えあげられた掌に汗が滲む。
「とはいえ前回訪れたのは数十年前の事じゃからな、今も居るかはワシにもわからん」
魔法使いホロンの答えに勇者アレンが激高し食って掛かった。
「こんな所まで来て、もぬけの殻なんぞ冗談にならねぇぞ!」
それをホロンが賢者らしく窘める。
「まぁ落ち着け、血の気の多い奴じゃの」
「そうよ、お年寄りは大切にしなきゃ。ねぇ、此処まで来れたのだって賢者様のお陰様なんだからぁ」
聖女マリアのおべっかにホロンも上機嫌だ、年甲斐も無く頬を赤く染めている。
「そうとも、魔法使いがおっ死んだら、おいらとっとと退散するぜ!」盗賊スティックがいざこざにはウンザリしたと言わんばかりの面持ちで釘を刺した。
「うるせぇ! ここまではジジイが魔法で全部倒しやがったから俺の実力を見せられなかっただけだ。魔王の首は俺様が頂くぜ!」
勇者は威勢よく言い放った。
すると突然、盗賊がナイフを抜き身構える。
「みんな、静かに! 何かがこっちに向かってくる!」
霞がたちこめる街路に全員が耳を澄ますと、やがて小さな地響きと振動が、体に感じられる程の揺れとなってパーティを迫って来た。姿を表した、身の丈十メートル程もある巨大なドラゴンが怒りに満ちた威嚇の襟巻きを大きく広げ襲い掛かって来たのだ。それを勇者アレンが愛剣で迎え撃とうと構える。
その表情は緊張に引きつり双眸はドラゴンの大きく開けられた口一点だけを睨む。
次の瞬間――
「サンダーストーム!」ホロンの大魔法が放たれる。ドラゴンは雷雨に一瞬で包み込まれると、迫る勢いのままに、その巨体と衝撃を、抜刀姿勢のアレンの眼前へと曝した。
呆然と立ち尽くす勇者アレン。
「ま、またかよ!」
「まぁ、まぁ、倒せたんだからいいじゃない」
マリアが顔を真っ赤にして怒るアレンを得意の癒しで宥めている。やがて妖艶なからだの動きとボディタッチに、アレンの鼻の下と何処か他の場所が伸びた。
「オネェちゃんのお陰で、少々調子に乗りすぎたわい。ワシはマナが尽きたから暫く休むぞ。跡はよろしくな」
手を振る魔法使いホロンに「えっそうなの!?」とアレンはハッと我にかえった。
「これからが本番なのに魔法が使えないってどんだけ身勝手なんだよアンタは!」そう食って掛かるアレンに盗賊が煽で声をかけた。「やっとアンタの出番じゃないか、次は頼むぜ勇者様!」
「そんな問題じゃないだろ! 俺に怪物と戦いながらお前らを守れというのか? マリア、回復魔法でマナを増やせないのか?」
「そんなの無理よ。あたしは男を奮い立たせるのが仕事なの、お爺ちゃんがまた暴走しちゃっても知らないんだからぁ」
「お前ホントに聖職者なのか?」呆れるアレンに「性職者なんじゃね?」ステックがチャチャを入れる。
「何だってぇ!」
マリアが鞭を構えると、スティックも負けじとナイフをチラつかせる。お互い目線が交差し火花を散らしている。
「お前達、こんな所に突っ立っておってはまた怪物に襲われるぞぃ」
言うが早いか、老魔法使いはパーティの三人を置いて、さっさと塔へ向け駆けて行った。
「どこが老いぼれなんだよ! 元気じゃねーか!」「待てじーさん。勝手に離れたら危ない!」三人が老魔法使いの後を追い掛けると、パーティが揃った所で魔法使いが「一歩前へ!」と歩み出ると、石の壁が鈍く重々しい音を立て、入り口らしき四角い穴が現れる。
「ちぃっとも変っとらんのぉ。安心せぇ、エントランスホールなら安全じゃよ」
確かに、エントランスホールと呼ばれる場所は、薄暗い間接照明に照らされて落ち着いた雰囲気が大人のラグジュアリーを醸し出して心地よいCity Nightを演出している。ここなら安全そうに思える。
石に囲まれ、薄ら寒い空気に包まれ身震いする冒険者達は、よく手入れされた鏡の様な、磨きぬかれた大理石に映る歪んだ自分の顔に目を背けながら辺りを探索し始めた。
「こっち、こっち!」またもや魔法使いが壁の一角にある窪みに隠れると、辺りを探索している仲間達に手招きをしている。
「じーさん勝手な行動はするなと言っただろ!」叱りつける勇者に魔法使いは悲しげな眼で眉を顰めて見せた。「そんな目しても駄目!」厳しく叱りつける勇者に、マリアが「爺さんヤバくね? 来る途中も様子がおかしかったし痴呆症っぽいよ?」と言う。
「冗談じゃない。ここまではなんとか魔法で切り抜けてきたんだ。今更、魔法無しじゃあ引き返すこともできないじゃないか!」そう勇者アレンは嘆いた。
第二章
勇者アレンは、この塔に辿り着くずっと以前から後悔していた。
町の酒場で竜を退治した! モンスターを八つ裂きにした! などと嘯く彼の正体は、実は田舎から出てきた農民の子倅に過ぎなかったからだ。
みんなに馬鹿にされない為に体を鍛え剣術を習いはしたが、冒険に出る程の勇気など有ろう筈も無い。根っからの素人なのだから。
此処までも、どこかで何か理由をつけてパーティを逃げ出そうと思っていたのに、『このボケジジイが本物の魔法使いだったとは! 町から出た事さえ無かったこの俺を、こんな物騒な場所にまで連れてきやがって。今更ボケましたじゃねーよ!』と、内心叫び出したい不安と焦燥が高まっていたのだ。
『何とかジジイを囮にしてでも、ここを逃げ出さなければ怪物共の餌にされっちまう……。幸いあとの二人は冒険慣れしている様子だし。全力で逃げれば何とかなるだろう……。あぁ、体鍛えててよかった!』アレンはもう逃げる事しか考えていない。
逃げ出す算段をしている勇者アレンを他所に、「魔王、魔王と、ぽちっとな」ブツブツと先程から独り言を呟いていた賢者ホロンが壁に触れたかと思うと、突然壁の隙間から薄い仕切りが現れ窪みは完全にエントランスホールから隔離されてしまった。
「閉じ込められたぞ! 罠だ!」「そんな、罠の気配なんか無かったよ!」盗賊の驚愕した声は直ぐに恐怖へと変った。突然床が、いや閉じ込められた空間が凄まじい速度で移動し始めた。
「床が持ち上がった! 逆釣り天井だ!」「いや違う別の場所に移動しているんだ。ワープトラップか!?」「このスピードで地上にでも叩きつけられたらひとたまりもないぞ!」「ひぇぇぇ」経験したことのない重力の変化に底知れぬ恐怖を感じたマリアが床にへたり込む。
「ジジイ! 何をした!? 俺達を何処へワープさせるつもりだ!」
狂気に駆られたアレンが魔法使いの首を締め上げ、へし折りそうになる。その足が床から離れた瞬間。チーンと、何処からともなく不気味なチャイムが鳴り響き、閉じ込められた空間が突然開放された。
「ここはいったい何処なんだ!?」
不可思議な空間転移の末に、パーティは異質な場所へと辿り着いていた。
「こっちこっち」三人が周辺の安全を確認していると、またもや魔法使いは独りで廊下を駆けだして行く。
「だから勝手な行動するんじゃねぇって! ぶち殺すぞ!」取り残された三人は揃って老魔法使い賢者ホロンへの殺気を放ちながら追い掛けてゆく。
怒られた老魔法使い賢者ホロンは立ち止まり、また涙目に眉を顰め口角を下げると哀れみの表情を浮かべて見せる。
「都合のいい時だけボケたフリすんな!」
演技が通用しないとわかると、老魔法使いは、さっさと廊下を駆け出していった。
「だ、か、ら~勝手な行動すんなって言ってっだろ! おい待て、聞け!」
各々得物を手に、老魔法使い賢者ホロンを追いかけるアレン達を尻目に、軽やかなステップで廊下を駆け抜ける老魔法使いは、長く続く廊下の一角で立ち止まると、三人組に振り返り、「ここ、ここ」と、ドアを指差して、にやりと笑った。
「コイツ!」やっとのことで追いついた三人が、老魔法使いを組み伏せるよりも早く、ホロンの皺々の指が壁の一点をぽちっとプッシュした。
「だから、や! め! れ!」
老魔法使いを拘束した勇者が、悲壮感漂う表情で盗賊に「罠が作動していないか?」と尋ねた。壁に耳を当て盗賊は振動を探っている。不安げに辺りをうかがう聖職者の声が震えた。「こんな場所に長居してたらヤバイよ。早く先に進もうよ」と、泣き声で訴えた。
「大丈夫。作動音はないよ」
勇者の頭の中はもう一刻も早く逃げ出す事だけで一杯なのだ。生きた心地など、とうの昔からしていない。
「そうだ、先に進むしかない。盗賊、今こそお前の出番だ! 頼りにしているぞ!」
そう勇者に振られた盗賊の背中に冷たいものが流れた。
目の前には鍵穴がある。スティックの頭の中も今、焦りが一杯に溢れていた。
それはスティックもまた、大盗賊などという二つ名はハッタリだったからだ。実は、大盗賊スティックとは名刺代わりの大風呂敷。仲間内なら誰でもが知っている定番のジョークなのだ。
本当のティックは大泥棒の下働きの見張り役の使いっぱしりでしかない。
王の宮殿に忍び込んだのは、親分を手引きする為に騒ぎを起こし、鞭打ちされる役どころ。城に忍び込んだのも、足場の代りになる役どころ、此処までも見様見真似が図に当っていたに過ぎない。
だが、目の前の鍵穴、こんな形状の物は見た事さえもない。
『どうしよう。こうなったら鍵が開かないから引き返そうと言うしかない。そうだそうしよう!』
そう意を固め、鍵穴を幾度か形ばかりまさぐって、取っ手らしき物を捻ってみせる。
「駄目だ~残念ながら開かない――」と言おうとしたその時、閂がカチャリと軽快な音を立て、扉が開いた。
う、うっそぉぉぉ~!!!
額に冷汗を浮かべ驚きに目を丸くするスティックの背後では、勇者アレンと聖女マリアが羨望のまなざしを向けていた。
コイツは本物だ! 偽勇者アレンと教会の坊主専属SM嬢マリアが心の中で『大盗賊万歳! コイツに付いて行けばきっと助かるに違いない! ラッキー!』などと心の中で叫んでいた。
部屋の中からは光が漏れている。何者かの気配が感じられる。
「本当に入るの?」盗賊がゴクリと息を飲んだ。
「入るしかねぇだろ、それとも何か、他の入り口を探すのかよ?」
勇者の言葉に盗賊はふるふると首を振った。
「爺さんのマナは?」「もう満タンだよ!」マリアの返事に勇者はこれならかつる! と、確信し「頼んだぞ爺さん!」と、その小さな背中を叩いた。
それに答えた老魔法使いが、「呪文忘れた」と返事する。それに逆上した勇者に「バカヤロウ! 今すぐ思い出せ! 俺達を殺す気か!?」と、押し殺した声で怒鳴り、ホロンの老いた顔がまたしょぼくれる。
そこへ部屋の中から「どうぞ」と声が聞こえた。すると、先程まで元気をなくしていた老魔法使いが、ひょひょいと部屋の中へと躊躇もせずに入って行いった。
いずこからか、怪物の奇声と、泣き叫び恐れおののく人々の叫び声が微かに聞こえてきた気がする。多分、光の漏れる扉の向こうからだ。
三人は今、背骨が軋むほどの緊張を感じている。
部屋の中は明るく、人がなんとか通れるほど開かれた扉の隙間から、廊下に光が差し込んでいる。ここまでずっと、薄暗闇の中を手探りで探索してきた冒険者達の心が、長らく忘れていた安堵感を得ている。生への希望を誘うかの如く心を奪ってゆく。が、しかし、安心と同時に彼らの生命線である目をも眩ませているのだ。
「これは我々を誘い込む罠かもしれない」
目に射し込む眩しい光を伏せ目がちに手で遮りながら、盗賊が小物らしく「どうする? 魔法使いの爺さん行っちゃったよ」と、少しばかり嗚咽の混じる声で誰に向けたとも知れぬ呟きをした。
怖気ずいた盗賊に、勇者は「ここまで来たならもう死なば諸共、勇者として死を選ぶしかあんめぇ」と覇気を示すが、その目に力はなく、震えが止まらぬ足に地面の感触は既に無かった。
心ならずも魔王の棲む塔の奥深くへと迷い込み、襲い来る緊張の連続が狂った様に活性化させた彼の脳は、瞬間的に全開近い能力をもって、我々は誘い込まれたのだと鋭い勘を働かせていた。この時、勇者アレンは数多に居るであろう勇者たちの中でも、確かに勇者足りえた。
しかし、同時に素人勇者アレンにとって、残された道は既に只ひとつしか残されていなかった。賢者と仲間共々に華々しい最後を遂げる伝説の勇者となり、子供達の御伽噺に語られる道だけだった。
扉の影に隠れたアレンの目はもう、恐れの涙ではなく、これから死に行く勇者への哀れみの涙でで満たされていた。
さぁ一歩前へ! さすればその死と引き換えに夜空に瞬く星々に譬えられる真の英雄となろう。
田舎者の弱虫、偽勇者アレンの目に扉から差し込む光が涙で歪む。その足を踏み出そうとした時、後ろに控えていた聖女マリアが、アレンの硬く剣を握り締める力強い腕に幸運の口づけをした。
目を伏せ、マリアは一心に祈る。
あぁぁ神さま! 始めて貴方様にお祈りいたします。
生まれてこの方、善行なんてこれっぽっちもして来なかった薄汚いあたしの願いなど、尊い貴方様に届くことは有り得ないと重々承知の上でお願いいたします。でもお願いすることしか、醜く汚らしい淫売のあたしにできる術は他にないのです。
貴方様を欺き、僕たちの欲望をこの身に受けた魔女であるあたしの只ひとつの願いなのです。心の中の悪魔を改心させる試練をお与えになられた貴方様に、身を捧げる覚悟を決めたあたくしに免じ、偉大なる貴方様のご加護をどうぞ、この誇り高き勇者アレン様にお授けください。
そしてマリアは勇者に寄り添い、盾になる覚悟で商売道具の鞭を握り締めた。
「お前らマジかよ? これは罠だ! この叫び声が聞こえないのか? この先はきっと地獄だぜ!」と、スティックは言う。
だが、目を逸らさず扉を見詰めるふたりの決意を感じ取り、「俺は絶対に逃げる! このふたりをアシストして逃げ回り、あわよくば魔王に一撃を食らわせて絶対に逃げ切ってやる!」そう血の気を失った顔で決意した。
そこへ再び「そこの方々、外は寒いでしょう。どうぞ中へお入りなさい」と、光に紛れた声が促した。
その声に応えるように、「うぉぉぉぉぉ!」怒号を放つ勇者アレンが扉を撥ね開け突撃する。盗賊スティックはその影から飛び出し壁伝いに一気に挟み撃ちの体勢を作った。そして聖女マリアは冷静にアシストの機会を伺う。
遂に、目の前に現れた巨大なドラゴンへと勇者が渾身の一撃を叩き込み、盗賊のナイフが頸部を抉り。放たれた鞭が足元を浚う。一世一代、三位一体の攻撃にドラゴンは瞬時にその姿を無くした。
第三章
パチパチパチ。
アドレナリンがからだを支配し、殺気立った三人へ祝福の言葉が送られる。
「お見事! お見事!」
三人の目が、眩ませていた天井からの光に慣れてくると、彼らの前で老魔法使いと人間らしき者が床から張り出した四角い出っ張りにからだ半分を埋め、飲み物を啜っているのが見えた。
「おいジジイ! なんでそんな所に嵌ってやがるんだ!?」
興奮冷めやらぬ勇者が老魔法使いを叱りつける。
それに老魔法使いは返事もせず、出っ張りの中にするすると潜り込むと、手だけを出して人間らしき者を指差し「こちらがお前達のお目当ての、魔王じゃ」と言った。
三人は我に返り、武器を構えなおすと、魔王と紹介された人物を注意深く観察するのだが、しかし、何処をどう見ても人間の青年にしか見えない。
言うなれば現代風、綺麗に刈り揃えられた頭髪には清潔感があり、白いワイシャツにニットベストの品の良い男子大学生にしか見えなかった。
魔王と呼ばれた青年が「未来ドアを閉めて」と部屋の隅に声を掛けると、マリアの目の前に青い髪の少女が現れた。
マリアの頬を冷や汗が伝う。
「何? 今どこから現れたの? 気配をまったく感じなかった、最初から部屋の隅に居たというの? そんな、後はちゃんと警戒してたのに!!! それにあの動き、どこかぎこちない。人間ではない、傀儡か?!」
その疑念に魔王(仮)が気付く。
「流石、察しがいいね。そう、あの子は異界から連れ帰ったアンドロイドだよ」
「アンドロイド?」マリアが言葉の意味を理解できず問い返すと「人型ロボット、動く人形さ」と説明した。
不思議な力で生命を与えられた人形を操る青年、確かに彼は只者ではない。それも魔法使いは魔王(仮)の仲間らしく、くつろいでいる様子に見える。そして逃げ道はアンドロイドとか言う傀儡に押さえられている。
既に万事休す。袋の中のネズミ同然だった。三人は魔王(仮)に言われるがまま武器を収める。
「とりあえず履物は脱いでくれないかな」その要求にも素直に従い、脱いだ履物は玄関に揃えて置いた。そして、老魔法使いの勧めるままに、四角く低い足元が厚い布で覆われたテーブルへと足を突っ込んだ。
意外にもテーブルの下には広い空間があり、温かい空気が充満している。
「いいでしょ? これ。フローリングに掘り炬燵が付いてるんだよ、それでここを選んだんだ」そう若者は屈託なく微笑んだ。
しかしまだ警戒心が解けず、怪訝な顔をしている勇者達に、魔王(仮)は「ホロン、説明してないのかい?」と訊ねた。
すると老魔法使いホロンは「忘れた」と惚けた振りをした。
「しょうがないなぁ」だるそうに丸めたからだを揺らす魔王(仮)、と老魔法使い賢者ホロンはまるでふたりは祖父と孫の様にも見える。
「では」と、魔王(仮)直々に説明を始める。その顔はやはり少し嬉しそうだ。
「まず、私魔王と魔法使いホロンには血縁関係もなければ親戚でも何でも無い。赤の他人だ。いや、人とさえ言えまい」
魔王が言うにはこうだ。
遥か昔、魔王の塔にはひっきりなしに、理由も無く討伐に来る勇者共が後を立たなかった。しかし、その多くは口だけのハッタリ勇者やほら吹き盗賊、淫売僧侶ばかりだった。
――話に聞き入る勇者達がギクリとする。
流石の魔王もそんな虫けらどもの相手には飽き飽きしていた。そこで一計を案じた。
奴らは弱いくせに本物の勇者に憧れている。勇者に成りたいと思っている。ならば魔王自らが勇者を育てればよいではないか! と。
そこへタイミングよく魔法使いホロン達が訪れたのだ。魔王は彼らを真の勇者へ育てるべく画策し、策を練り操った。
しかし魔法使いホロンとその仲間達は元から真の勇者だったのだ。彼らは魔王の罠を見抜き、逆に利用し、幸運によって追い詰め、遂には葬り去る寸前にまで迫った。
その時、奇跡が起こった。自然という神は全てに対し平等である。ゆえに偶然にも思える奇跡は、魔族である彼魔王(仮)にさえも微笑んだのだ。
こうして命永らえし魔王は、自らもまた自然の一部でしかない事を悟った。
未来に手渡された甘酒を息で冷ましながら、子供のように澄んだ瞳で魔王(仮)の話に聞き入ていた勇者アレンが訊ねた。
「悟ってどうした?」
「ふむ。目の前に倒れし、永遠の眠りへと追いやった勇者共の中から、ひとりだけを選び甦らせた」
盗賊スティックが好奇心を抑えきれず声を出す。
「じゃあ、それがあのその……」
魔王(仮)の青年が胸を張り、テノールにビブラートを利かせて高らかに語る。
「そうとも! 賢者にして偉大な大魔法使いホロンの誕生だ!」
聖女マリアが湯飲みの甘酒を見詰め「それって何年前の話なの? それでどうなったの?」と、尋ねる。
魔王は澱みない口調で、大空に舞う雲雀の如き軽快な語りを続ける。
「甦らせた魔法使いに命令したのさ! 『魔王には神に守られし勇者たちでさえも敵わなかった~』と、そう振れて回らせた。『無益な殺生が増えるだけだから、おやめなさい』とね」
そして、魔王(仮)はその強力な魔力によって次元さえも捻じ曲げ、巨大な塔にひきこもると、
塔の周りに巨大な竜までも配置した。
「愚か者どもを近づけさせない為だよ」
魔王は若々しさから零れる爽やかな微笑みを勇者達に向けている。
「だ・か・ら、例え本物の勇者であっても、魔王の塔へは無事にたどり付く事などできるものでは無いんだ」
「じゃあ、俺達が今、無事魔王――様に会えているってのは……」炬燵に力なく顎を乗せている盗賊は呟き、魔王は快活に答える。「察しがいいね。このボケ爺さんと僕のおかげなんだよ」
「ずっと俺達の事を見張っていたって言うのか?」
「未来!」魔王がそう呼ぶと、未来が大きく分厚いテレビをどこからともなく軽がると持ち上げて現れて、壁に掛けられた大型液晶テレビとさっさと取り替えた。
未来が取り外したテレビがフローリングに敷かれた絨毯に鈍い音と振動を伝え崩れ落ちる。細い体で悠々と持ち運んではいるが、このテレビとかいう板はゆうに数十キログラムはあることだろう。
そして待ち構えていた魔王がリモコンを操作する。
「みたまえ、これが玄関だ」テレビには塔に張り巡らされた防犯カメラの映像が所狭しと映し出されている。
「凄い魔法だな、これで俺たちの行動は全てお見通しだったって訳か」アレンは甘酒を飲み干すと、炬燵の天板にからだを預け項垂れた。
「テクノロジーさ! それだけじゃない、音声も聞こえるし、それに僕はね、君たちの心の中だって覗けるんだ」魔王が楽しそうに語って聞かせるが、それを聞く盗賊も天板に乗せた顎を浮かせ呟く。「こんな凄い敵相手じゃ、俺達なんて敵う訳ないじゃん」
勇者達のもうどうとでもしてという雰囲気に魔王は、「とんでもない! 素晴らしかったよ!」と、まな板の鯛状態の三人を励ました。
「君達はどうしようもないクズだ! クズだがどうだい、この部屋に侵入する一瞬、その一瞬は伝説のどんな英雄達に勝っても劣らない煌きを放っていたじゃないか!」
そう高らかにいうと無残にも全壊し床に横たわる大型壁掛け液晶テレビを指して言う。
「歴史上どこを探したって、テレビに映されたドラゴンを仕留めた英雄なんて君達以外に居やしないよ!」
「それって褒められてるのかしら?」
大人しく、魔王の熱の篭る演説に聞き入っていたマリアが呟いた。
「勿論だとも! 聞いたろ? 魔法使いを甦らせたって」
興奮冷めやらぬ魔王は解説を続ける。
数百年前、魔王は魔法使いを甦らせ塔にひきこもり、彼を賢者へと育てあげた。高名な賢者の影響力で、魔王を退治しようなどと思う愚か者は最早、姿を消した。
それと同時に魔王は魔法使いに二つの欠点を与える。
ひとつは魔力が尽きると屍に戻る事、それを防ぐには魔力が尽きる前に魔王の下へ訪れ、魔力を補充してもらわなくてはならない。
「充電だね」魔王はケタケタと笑う。
「因みに未来は原子力電池だからね、五十年はエネルギー無交換で生きていられるんだよ。ただし、ぶっ壊したりしたら放射能《呪い》が掛かるから注意が必要だ」
未来を隣からまじまじ観察していた、マリアが身じろぎをした。
二つ目はマナのリミットを一桁に設定した。
「それは燃費と逆らう気を起こさせない為さ、元から一桁しか無かったのだから、それは問題は無い」
やがて屈託なく笑う陽気な若者の面影に狂気の色が差しはじめる。
「そして彼、ホロンに申し付けたのさ。面白い連中を連れて来いってね」
「最初から仕組まれてたって事だよな?」
アレンが魔王の話を聞きながら、うつろな眼差しで呟く。
「その通り。言ったろ、だから無事に此処まで来れたんだってね。いゃあ痺れたよ、扉の向こう側に居る君たちの緊張と死に物狂いの脳内麻薬ドッパドッパ噴出す緊張感がビンビンと、部屋の中まで伝わってきた!」
「見てごらん、この大型テレビの残骸を。勇者の渾身の一撃に、盗賊の正確なナイフの切痕とパネルを見事に歪ませるしなやかな鞭の打痕。素晴らしいモニュメントの出来上がりじゃないか!」
「だからさ、此処まで来て僕を楽しませてくれたお礼に、君達には二つの願いを叶えてあげよう。一つ目はもう決まっているんだ。それは君達を本物の勇者にしてあげる事。そして、もう一つは君達の自由だ、よく考えてから答えてくれ。金でも永遠の命でも何でも叶えてあげるよ。但し条件がある。それはホロンの様に僕を楽しませる連中を連れてくる事だ」
熱のこもる魔王(仮)の話を聞いている勇者達には、いまひとつ実感がわかないようだ。
「もし断ったら? 俺達を殺すのか?」
アレンの質問に魔王(仮)は不気味に口角を歪め言った。
「まさか、そんな勿体無い事する訳無いだろう。この塔は住居だ。世に遍く闇の住人たちの住処なのさ。確かに未来の様なアンドロイドや傀儡でも用は足りるのだが、気難しい住人達へのきめ細かな配慮には、心を持つ人間が打ってっけだからねぇ。永遠にこのタワーマンションの清掃・管理をやって貰おう。人手は幾らあっても足りない、時給750円。サービスに英雄にはしてやるさ。ここを二度と出られない君達には関係のない話ではあるがね。さぁどうする? 選びたまえ!」
炬燵に力なく項垂れている三人の勇者達がお互いに目線を送り合い返事を探りあっている。
勇者アレンが先に口を開いた。
「俺は田舎に耕す土地なんて残ってやしない。都会で〝芸人〟をスカウトする仕事も悪くないとは思う」
盗賊スティックも呟く。
「俺も刑務所暮らしには飽きたよ。このままじゃ一生の半分が務所暮らしになっちまう。ここらで引退してもいいかなとは思う」
聖女マリアが頷く。
「右に同じ。何時までも若くはないんだし、あたしも女王様もそろそろ卒業かなと、思ってたんだよね」
炬燵に潜り、外の話を聞いていた魔法使いホロンがひょいと、顔を覗かせて言う。
「わしゃあ、そろそろお暇したいのじゃが、まだ〇ン・〇ジラが途中じゃったからな、もう少し続けるわい」
「〇ン・〇ジラって何?」三人が声を揃えて尋ねた。「お前達が退治したテレビで観ておったんじゃよ!」魔法使いは不満そうだ。
魔王が「〇ジラを退治した勇者なんて、世界広しと言えども君達くらいのものだよ!」と笑った。
マリアが呟いた。
「それって、褒められているのかしら?」
第四章
人里離れた荒野を、無数のタンブルウィード(回転草)が風に煽られ駆けて行く。
そこへ、小さな魔法使いの弟子が薪を拾いに訪れた。まだ幼い彼は魔法使いの身の回りの世話をするのが日課なのだ。
そして少年がおしっこをしようと岩場まで行くと、行き倒れを見つけた。
声を掛けてはみたが――
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
この辺りには物騒な怪物も多い。先日も炭鉱夫達が何人も襲われたという話を聞いたばかりだった。可哀想にきっと彼らも怪物に襲われたのだろう。少年は恐る恐るその屍に近付いてみた。
屍は四つ、冒険者のパーティのようだ。そのひとつは魔法使いだろう、皴しわの爺さんだ。死の間際に地面にダイイングメッセージを刻んでいる。
何て書いてある? 少年は頭を傾げ習いたての文字を読んでみる。
「マナ? カナぁ?」
少年は教えられたばかりの死者復活の呪文を使い、マナ移動の呪文で、死人の願いを叶えてあげた。
「だあぁぁぁぁぁぁぁ!!! この糞ジジイ! またマナを切らしやがって!」
勇者アレンが魔法使いホロンの復活の呪文で目を覚ました途端に食って掛かった。
「ほれ、ちゃんと復活させたじゃろ」
「偉そうに言うな! ジジイが一番最初に死んだんだろうが!」
次に目を覚ました聖女マリアが、アレンの剣幕に逃げ出そうとした少年を捕まえて言う。
「もしかして、この子が助けてくれたんじゃないの?」
最後に復活した盗賊ステッィクは「どっちでもいいじゃん、復活できたんだから。でも死んでる間に誰か小便掛けやがったな。臭うぞ」と言う。
「この辺りには山犬が多いから!」少年は慌てて言い訳をした。
「クリ坊! クリ坊じゃないか、大きくなったなぁ」と、魔法使いホロンが少年に駆け寄る。
しかし少年は、髪が伸び始めた坊主頭を掻きながら不満そうに言い返した。
「僕、クリ坊なんて名前じゃないです。マロンです!」
アレンが「やっぱ栗じゃねーか」と呟き。
マリアはマロンの頭をマジマジと眺めて「どうみても栗よね」と言いい。
スティックは「栗でも男爵でも何でもいいから、早く行こうぜ。体洗わないと気持ち悪いよ」と旅へ促した。
***
その頃、魔王の部屋で留守番をしているアンドロイドの傀儡未来が、炬燵でモニター画面に映るアレン達を眺めながら、「スティック、それはバロンだし栗じゃなくてジャガイモだわ」とツッコミを入れて「ギャグとしてはマッシュポテト。もといスマッシュヒットね」クスクスとひとり悦に浸っていた。
そこへ炬燵の中から何者かがもぞもぞと這い出し上半身が顔を出す。
「ただいま。未来、様子はどうだい?」
「おかえりなさい魔王様。炬燵ダンジョンはいかがでしたか? 勇者はやっと復活した模様です。これから芋洗いをする様です」
「ダンジョンは相変わらずさ。へぇ、どんな芋だい」
「種芋? ニンジン? ゴボウかも」
「根菜鍋にでもするのかなぁ。じゃあ僕も今夜は鍋にしようか」
「はい。そんな事もあらうかと、とろろ芋の煮っ転がしの準備が出来ています」
***
マロンの師匠の家
マロンが案内をして、一時間ほど歩くと彼の住居が見えてきた。それは荒れ果てた風景に囲まれた場所には似合わしくない立派な屋敷だった。
ホロンが皮肉たっぷりに呟く。
「ハロンの奴め屋敷を建て替えたか、なんぞ金の生る木でも見付けた様じゃの」
「師匠のお知り合いだったのですか、それは失礼しました」
マロンはホロンが師匠ハロンの知り合いと知り、顔色に心持ち緊張の色が差したようだ。
「知りあいという程のものじゃないが、ハロンはガキの頃からいけすかない奴だったからのぉ。MIT(magic Institute of Technology)ではライバルだったよ」
「それって幼馴染だろ」と、アレンが突っ込み。「MITって凄いところじゃない? 早く言ってくれればもっとサービスしてあげたのにぃ」と、マリアは煽て。「へぇ、本物の賢者だったんだ。てっきりお仲間(偽者)だと思ってたのに」スティックは腐した。
「流石は勇者のパーティ、仲がおよろしいんですね!」
子供のマロンにはイマイチ意味が通じていない様子だ。
「馬鹿言うな。学歴で人を評価していたら命が幾つあっても足りんぞ」
説得力のあるホロンの言葉に、三人はウンウンウンと頷いた。
少し引き攣った笑いのマロンが風呂を勧めてくれる。
「湯を沸かしますから順番にどうぞ」
マリアが歩み出て「覗くなよ」と言うが早いか、スティックがマリアをかわし風呂場へと駆けて行った。
「先着順さ!」
「コラ待て! 一番風呂は乙女と決まってるだろ!」「誰が乙女だ!?」
その騒動に部屋から屋敷の主ハロンが姿を現わした。
「客にしては騒がしいな!」
「元気が良いのはいい事じゃろうて!」
ホロンの言っていたとおり、二人は仲がおよろしくない様である。
挨拶もそこそこに、ホロンは本題を話し始めた。
「今日、来たのは魔王の塔の件なのじゃ」
「魔王の塔だと? ホロン、お前は以前、魔王に倒されたと思っていたが、久しぶりに顔を見せたと思えば、懲りずにまたヤラレに行こうというのか、物好きだなマゾなのか?」と、ハロンは笑った。
「それは三百年も前の話じゃろ。わしゃあこのとおりピンピンしておるわ!」
「あんたら一体何歳なんだよ?」呆れ顔のアレンの疑問に「魔法使いは長生きなんじゃよ。あのマロンだって実は、お前さん方よりは年上なんじゃぞ」と、ホロンは答えた。
「ホロンよ、あちこちで魔王の噂話をしてまわっている様だが、怖気づいたにしては、こんな若造共を集め、魔王を倒すつもりでもあるまいな」と、また笑った。
馬鹿にされたアレンがハロンに食って掛かる。
「なんだと! この糞ジジイの二乗が!」
「わしもかい!」
慣れているホロンは冷静な返しだ。
「こう見えても俺たちは、魔王に直接会って来たんだぞ!」
アレンの大見得に、ホロンがアシストする。
「魔王お気に入りのドラゴンも倒したのぉ」
それに対してハロンはニヤリと笑い、奥の部屋から、やおら男達を呼び寄せた。
「紹介しよう。彼らはわしと魔王の塔に向かう勇者たちだ!」
口は悪いが自信に満ちみちたハロンは恰幅もよく、血色も良い初老の老人である。
衣服も立派で、いかにも立派な人物!という風体を醸し出していた。
それに引き換えホロンは、痩せ衰え今にも倒れてバラバラになりそうな、貧相な風体の年寄りにしか見えない。
それだけてではない。ハロンが集めた勇者たちは、騎士の眼光は鋭く、盗賊は高レベルの忍者スキルを持ち、聖職者でさえ一撃必殺の打撃系である。
それに引き換えアレンたちは(以下略。
「常々国王達から魔物討伐を嘆願されていたのだよ。これは良い機会だ、どちらが先に魔王を仕留めるか賭けようではないか」
自信満々のハロンにはいかにも勝算がありそうな自信が伺える。
それに引き換えホロンのパーティは――(以下略。ここは慎重に様子を見るべきだろう、アレンはそう警戒した。
「よし! その勝負乗った!」勿論、ホロンは売り言葉に買い言葉で即答する。するのだ、このじじいは。
「ジジイ!!!!! 殺す!」
あまりに激しいアレンの殺気が、ハロンのパーティの面々に『大魔法使いにして賢者のホロンに対し、あの殺気、こやつ只者ではないな』『舐めてかかると火傷しそうだわ』『腰抜けの振りをして、我々を欺くつもりか』と、かえって警戒心を芽生えさせていた。
第5章
「出発は明日の朝。君達はゆっくり泊まって行きたまへ。魔王を倒して帰るから、それまでわが邸宅でゆっくりしていて構わない」そう嘯くハロンの高笑いに、風呂あがりのマリアとスティックも「いけ好かない奴」と嫌悪感を露にしている。
「それで、ジジイに勝算あるのかよ?」真顔で問うアレンに、ホロンも真顔で明快に答える。「ない!」
「どうせ、そんな事だろうと思ったぜ。じゃあ俺達は、奴らが失敗するのをここでのんびり待つのが得策だよな」そう吐き捨てたアレンにホロンは「そうじゃな」と応える。珍しく意見が一致した二人に、マリアは嫌な予感がした。「もし、奴らが魔王を倒したらどうなるの?」
「どうもならんよ」
明快に答えるホロンに、マリアの心配も払拭された。
「なんだ、そうなんだ。じゃあ倒してもらった方があたし達、楽になるよね?」
「そうじゃよ。魔王が倒されたら、わしらも楽に死ねるからの」
「え? それ、どういう事?」
マリアはホロンの襟首を掴んで引き寄せる。
「わしらは今、魔王の魔力で生かされとるんじゃから――魔王が死んだらわしらも死ぬ」
ホロンが言い終わる前にアレンが突っ込みを入れた。
「どうにもなってるじゃね~か! この糞ジジイ!」
ホロンを叩き切ろうと剣の柄に手を掛けたアレンを、マリアとスティックが押し留めた。
「何か良い手は無いのかよ? 俺達でハロンを殺っちまうとかさ」
そう、ホロンに訊ねるステックに、ホロンはまたもや劇画調の真顔で答えた。
「あやつらは相当な手練れじゃぞ、魔王も今回ばかりは危ういかもしれんの、だからと言って、わしらで歯が立つとも思えん。そしてわしらは魔王にも逆らえんし、敵わん。だ・か・ら―ー」
「だ・か・ら?」
三人はホロンの言葉に息を呑んだ。
「だから、どうにもならんのよ」
「やっぱ殺す!」
アレンが暴れ始めた。
次の日の朝、ハロン達の出発をホロン達は見送る事となる。
相変わらず不満げなアレンがホロンに呟く。
「こんな事の為に、わざわざここを訪れたのかよ?」
「何だったかな、ハロンに話があった気がするが……わすれた」
「やっぱり」
「いや! 思い出した」
「でも、もう奴ら行っちゃったぜ」
遠目が利くステックが木の上に登り、目を凝らしてみたが、ハロン一行の姿は何処にもなかった。
「では仕方が無い。マロン、師匠が帰ってこれたら伝えてくれ。一字一句正確にな」
「はい、どうぞ」
マロンがメモを用意すると、ホロンは語り始めた。
最終章
***
ここは魔王の塔のダンジョン。
「引っかかった!」
ハロンの誘いに乗ったデス・ナイト三体が、三角隊形で通路を迫ってくる。
鈍く光るつるぎを構え、整然と石に囲まれた狭い通路に金属の発する不気味な足音が響いている。
そこへ魔法使いハロンのファイヤーボール、騎士のサンダーアロウ、盗賊の弓矢、聖職者のライトインパクトが一斉に浴びせられ、轟音が通路に充満して青白いマナの光塵が立ち込める。音は共鳴の後、飽和して消え失せ、光は煙だけを反射している。
そして、デス・ナイトは魔王の塔のダンジョンに消え去った。かの様に思われた。
「いや、まだだ、まだ居る!」
音の共鳴が引き、静けさを取り戻しつつある通路内にデス・ナイトの金属音が戻ってくる。
奴らは停まらない。侵入者が肉塊になるまで歩みを停めない。
「もう一度だ! 端から簡単に倒せるなどとは思っておらん。後退しながら何度でも遣ってやる!」
そういうと、ハロンは有余るマナをパーティ全員にチャージすると、狭い通路に誘い込むみ、デス・ナイトが近付くのを待ち受ける。
「流石は魔王のダンジョン。歯ごたえあるぜ!」
騎士のアンディは唇を舐め。
「こりゃあ魔王の顔を拝むのが楽しみになってきたな」
盗賊ボブは矢筒を擦り。
「骨は折れるけど、どんな化け物か顔を見てみたいよ。ワクワクするねぇ」
聖職者キャミィはモーニングスターのスパイクに見入っている。
***
その数時間後
激しく息を切らし肩で息をするダンジョンの探索者達は、ようやく最後のデス・ナイトをブリキの塊へと変えていた。
「手こずらせやがる。物理攻撃まで加えて五セット鉄くずに変えてやったぜ。どんなもんだい魔王め。お前の手下はこの程度か。へへっ」
勇者たちの疲労は極限に達しているが、気力はまだ十分に漲っている様子だ。
「物理攻撃は反撃されるリスクがありすぎる」
額の汗を拭うハロンはパーティ全員に檄を飛ばした。
「しかしこれだけのmobを倒したのだ、そろそろ真打登場の頃合いだぞ!」
「まって、何か聞こえる」
聖職者キャミィの半笑いの震える声に、全員の緊張が最高潮に達する。
そして、石作りのダンジョンを振動させ、暗闇から姿を現したのは、巨大なドラゴンだった。
「撃て!」
ハロンが最大レベルのファイヤーボールを放ち、全員が全力攻撃を繰り出すが、ドラゴンの突進は停まらない。
騎士は頭から宝剣ごと丸かぶりされ恵方巻き状態に、盗賊は尻尾でビリヤードの玉の様に転がって行き、そして聖職者は笑いが止まらなくなった。
***
そのまた数時間後
危機一髪ドラゴンから逃れ、命からがら魔王の塔を逃げ出したハロンは荒野を急いでいた。
「わしのマナとホロンの魔力なら屠れたのだ。奴に頭を下げるなど断腸の思いだが、仕方が無い。待っていろ魔王め、必ずや貴様をダンジョンの塵に変えてくれるわ!」
やがて昼夜を徹し帰宅したハロンは、マロンに出迎えられ、先刻旅立ったホロンの言伝を聞いていた。
***
その数日前
ホロンがマロンとアレン達に講釈をたれている。
「皆も知ってのとおり、わしの欠点はマナの量が少ない事じゃ。それに対しハロンのマナは底なしとも言える程に膨大なのだ。おかげでMITでもハロンが首席、わしは次席に甘んじておった」
「イカシタ魔女学生への恋いのさや当てでも当然わしの方が不利じゃったから――」
「その話長くなりそうだから、要点だけ頼む」
「色気のない連中だの。では訊こう、神は存在するか?」
「なんだよ藪から棒に。信じるかと問われれば、俺は無神論者だな」
「アレンは農家に育っておるから、自然に対して神を感じるじゃろうな。ならばマリアはどうじゃ」
「あたし? 坊さんに特別何か感じた事はないね。神様に仕える召使みたい、中には奴隷も居るけどさ」
「ステックは?」
「偶然に何者かの存在を感じる時はあるなぁ」
ならば、幾らかは理解できるだろう。と、ホロンはマロンに語り始める。
我々は魔王の塔へ行き、魔王の言葉を聞いた。その時、奴はこう言った。
「神の存在を感じた」と、魔王でさえも神に生かされる存在であると言うのじゃ。
人は言う。「神はサイコロを振らない」人の認識の範囲では偶然であっても、自然の調和の中では必然でしかない。
賽が六を出しても、それは六つの中の一つが出る物理法則に従ったに過ぎない。投げられた賽は六を出す運動をしているだけだ。投げた行為で賽の出る目が決まるといえるが、賽の目が投げる事を決めた。とも言える。
木の上で昼寝をしているスティックが呟いた。
「でも時間は不可逆だぜ」
そうとも、何も門外漢が物理学や量子力学なんぞ訳のわからん話をしようと言うのではない。
魔王とは何者かという話じゃ。
それは、魔王は魔王として存在するから魔王なのじゃ。神は人間が自然を感じた時に生まれた。必然だ。ならば魔王を形作っているのも我々人間でしかない。という事なのじゃ。
わかったかな?
「はい!」その時既に、アレンは素振りをし、マリアは鏡を眺め化粧を直し、スティックは寝ている。
そして、マロンの返事はメモを書き終わったからであった。
「わけわかんねぇよ! 実際に魔王は居て、奴が死ねば俺達も死ぬ。それだけだろ!」
剣を振りながら上がった呼吸を整えるアレンにホロンがニヤリと笑い、言う。
「塔に魔王が居ればよいがな、魔王では無く、神の使いが居るのだとしたらどうなる?」
「でもそれって――」
「魔王は時間や空間さえ超越すると言う。ならば今、奴は神とも言える存在なのじゃ。だから、ハロンが出掛けている間に世間に魔王では無く、魔王の塔には神の使いが居ると噂を言い触らしてやるのよ! 塔に魔王は居ない。居るのは神の使い。それをハロンは退治しに行ったのだ、とな。何しろわしは賢者として信頼がある。例え魔王が倒されたとしても、あやつらは絶対に英雄には成れんのだ。いい気味だわ!」
嬉しそうに下品な笑いを続けるホロンにアレンたちも呆れている。
「えげつな。どんだけ仲悪いんだよ」
そして余計な話を聞いていたマロンに、ホロンは目を留め、どうしてくれようかと思案し始めていた。
「今の話は誰にも言いませんよ! 師匠は金目当てで嘘の占いをして、魔法でそのとおり事故を起こしたりして悪どく儲けているんです。酷い目に遭って当然です! 僕なんて下僕にされて五十年もタダ働きさせれているんだ!」
アレンが呟いた。
「お前、いったい何歳なんだよ」
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魔王の塔 魔王の部屋
ハロンが帰宅し、マロンにホロンの伝言を聞いていた頃、魔王の部屋では、死亡した筈の勇者達が炬燵に半身を埋め、目を覚ました。
「ここは一体どこ?」
上体を起こした勇者達に未来が甘酒を勧める。
見ると、目の前には巨大なスクリーンがあり、そこに映るハロンが何かを話しているのが見える。
そしてハロンの怒号が聞こえた「な、なんだと!!! ホロンめ! ぜ、絶対に許すさあぁぁん!!」
そして炬燵でくつろいでいる大学生風の若い男が、勇者達に微笑みながら言った。
「炬燵のダンジョン最上階へようこそ! 僕が君達の探し求めていた魔王だよ。僕も君達に会えて嬉しいよ! では早速、タワーマンションの清掃から始めて貰おうか!」
〈了〉




