誰かの良心は誰かのお節介である
「作ちゃん、作ちゃん」
まるでカルガモの親子のようだと思う。
作ちゃんと呼ばれる作は、無表情で笑顔のその子、MIOを見る。
二人の表情が全くの逆位置にあるのを見ては、何だかなぁ、という気分になるのだ。
頬杖をついて眺めていると、作の視線が私の方を向いて、不思議そうに二度、三度と目を瞬く。
その視線を追いかけて振り向いたMIOは、一瞬目を丸めて、にっこりと効果音の付きそうな笑顔を私に向けた。
私は、そっと、溜息を吐いた。
作は私の幼馴染みだ。
MIOも幼馴染みだが、どちらかと言えば、作との付き合いの方が長い。
それから、もう一人、男のオミという幼馴染みがいるが、付き合いの深さが一番深いだろう。
長さも深さも、半ばのMIOのことは、何だかんだ、作よりもオミよりも見えていることが多かったりする。
MIOは、作が好きなのだ。
恋愛よりも神愛に近く、作を崇め奉っていると言っても過言ではない。
些か、想い過ぎではと思うが、それを口にしたことは、一度もないのだが。
「今度新作のパフェ、食べに行こうね!」
「あのお店、美味しいもんね」
作の名前を呼んでは、トコトコと付いていく姿は、もう何年も前に見飽きてしまった。
***
「ひっく」
ふんわりとした黒髪を揺らし、草むらを掻き分けてその先を見た。
幼少期の記憶だ。
今の燃えるような赤い髪ではない、日本人らしい茶混じりの黒髪。
「ひう、ひぐっ」
小さな嗚咽を追い掛けた結果に見たのは、へらりへらりとした締りのない顔ではなく、俯いて見えなくなった顔の代わりに、これでもかと主張する旋毛。
幼い頃から、それなりに大人びていて、可愛げのなかった私は、その旋毛を見下ろして息を吐いた。
「うぐ、ひ……」
「……ひどいわね」
呟いて、視線を周囲に走らせる。
そこには、MIOがいつも追い掛ける作も、MIOにとっては幼馴染みでもありイトコでもあるはずのオミもいなかった。
***
ぼんやりと昼間、思い出したことを更に思い出し、目の前の光景に目を細めた。
草むらの中ではなく、空き教室の隅っこ。
あの頃とは違う、赤く染められた旋毛を見下ろし、あの頃とは違う、深い溜息を吐き出す。
破り捨てられた一枚の紙を拾い上げ、その中身を流し見すれば、また、溜息を吐き出すことになる。
嫌に綺麗な文字で『好きです』とだけ書かれたそれ。
近くには、それが入れられていた封筒もあり、そこには書いた本人とそれを渡したかったであろう相手の名前が書かれており、直ぐに状況把握出来た。
「っ……うぐ、ひっ」
封筒には、作の苗字。
丁寧な文字で『作間さん』と書かれている。
送り主の名前は覚えのないもので、はて、と首を捻ってしまった。
まあ、知っていようが知っていまいが、大したことではないのだが。
「うぅ……うぁ」
破り捨てられた便箋を封筒に入れ、封筒諸共更に裂く。
ビリビリという音に、MIOの肩が僅かばかり跳ねたように見える。
そうして、足音を立てながら近付く。
元々黒髪だというのに、綺麗に染められた赤い旋毛を見下ろしてあの頃と同じように言葉を吐くのだ。
「酷いわね」
MIOは顔を上げずに鼻を啜る。
ズビッと情けない音がした。
カルガモの親子のように見えるのは、MIOが作を笑顔で追い掛けている時だけだ。
作がMIOの背中を追い掛けるような、逆バージョンのカルガモの親子は見たことがない。
「相手に自分の良い所しか見せられないなら、それはきっと恋にも愛にもならないわね」
指先を伸ばして赤い髪を一房手に取る。
しかし、次の瞬間には、私の言葉が効いたのか、勢い良く私の手を振り払い顔を上げるMIO。
色素の薄い茶色の瞳が、手負いの獣のように光る。
嫌な色で光る瞳を見下ろす私は、ハッと一つ、鼻で笑ってやった。
***
「別にMIOのことが嫌いな訳じゃないのよ」
カラコロ、アイスコーヒーを前に、その中に入れられたストローを動かす。
向かいの席に腰を下ろしたオミは、片眉を下げて、肩を竦めで見せる。
数日前の出来事を話すために、二人揃って行き着けの喫茶店で、定位置のようなボックス席に二人。
オミも同じようにアイスコーヒーのストローを動かし、うん、と一つ頷いた。
「お前は基本的に作のこともMIOのことも好きだろ。平等に好きで、それぞれに合わせた対応してると思うけど」
それが伝わるかは別として、と続けられ、私はそうよね、と額に手を当てる。
確実にMIOには伝わっていないのだ。
へらりへらりと締りのない笑顔がデフォルトのMIOは、その泣き顔を見せることはない。
少なくとも、その現場に立ち会う私も、基本的には旋毛ばかりを見て、顔は見ていないのだ。
先日は手を払われ、睨まれたが。
「俺も数年はまともに泣き顔なんて見てねぇよ」
ストローに口を付けて言うオミは、大して何も思っていないような態度だ。
子供じゃねぇんだから、というのがオミの言い分で、そこまで手を回してやることはないらしい。
「分かってるのよ。私が口を出すことじゃないことくらい」
カラコロ、カラコロ、氷同士がぶつかり合う。
この喫茶店は老舗で、店内BGMは専らクラシックで、マスター兼店長は職人気質。
静かな店内で、私はアイスコーヒーを掻き混ぜるように、思考を掻き混ぜる。
「ただ、ムカつくのよね」
溜息と共に吐き出した言葉に、カロンと、氷の崩れる音が重なった。
目の前では、オミが前髪に隠れていない片目を丸めて、私の顔をまじまじと見る。
私がその顔を見れば、ふはっ、と吹き出し、その肩を震わせた。
「人間らしいな、お前も」
「そりゃあ、人間だもの。当たり前じゃない」
私のことをなんだと思ってるの、とストローに口を付けて、アイスコーヒーを一口分、口に含む。
オミが私をどう思っているのか初めて知った。
嬉しくもない発見だ。
「普段へらへら笑ってる奴が、いざという時には独りでっていうのは、まぁ、納得がいかなくても仕方の無い話だろ」
挑発的に首を傾けたオミの言葉には、頷くしかない。
あの笑顔すら、嘘っぱちに見えるのだ。
グッと奥歯を噛み締めて、MIOの考えを読み取って考えてみようとしても、私は私なので、きっと理解してあげることは出来ない。
そもそも、MIOが理解して欲しいと思っているとも思えないのだが。
眉間に皺を寄せ、ストローを齧る。
オミの視線が私の口元に注がれるが、それを止めることはなかった。
息を吐いて薄く笑って見せるオミは、作に向けるものでもMIOに向けるものでもない、生温い視線を私自身に投げ付ける。
「いつかは目の前でちゃんと泣くだろ」
お前はそうして欲しいんだろ、とでも言い聞かせているようで、まるで私が駄々をこねている子供ではないか。
目を細め、ズゴゴゴッと下品な音を立ててアイスコーヒーを啜れば、カウンターの方からマスターの小さく笑う声まで聞こえた。