4話
「それで、君の目的は? まさか武器を買いに来たってわけじゃないだろう」
「そうね。ちょっとだけ、聞きたいことがあって」
椅子に座っていた少女は足を組んだ。およそ少女らしくない態度だ。
薄暗い店内。窓のない異質な空間。外から内部が見えないようになっている。
金属製の剣や盾、木製の棍棒。ありとあらゆる武器が壁一面に飾られていた。
店主と思しき人物が、カウンター越しに少女に対面していた。男は剃りあげた頭をつるりと撫で、机の上の香を焚く。妖しい煙がゆらゆらと揺れながら拡散していった。妖しい煙と怪しい香り。
少女はくんくんと嗅いだ後、眉間に皺を寄せた。
「これ、やめてもらえる? 私のことカモにしようとしても、金なんてもってないわよ」
「ははは。なんのことかな。もし仮に君が金を持っていないとしても、その体があれば――」
男が言い終えるよりも早く、少女は机を蹴り上げる。
衝撃。
金属の灰皿や、汚く散らばった金貨、銀貨が音を立てて机から零れた。
香木の入った透明なグラスも、それらとともに床へ落ちる。甲高い音とともに、グラスが粉々に砕け散った。
少女は立ち上がって香木を踏みつけ、その火をかき消す。
徐々に、部屋を満たしていた香りが消えていく。
「ごめんね。私、つまらない冗談は嫌いなの」
「おおっと怖い怖い。子どもだと思って舐めてたら痛い目見そうだな」
店主は割れたグラスの破片を拾う。
「それで、聞きたいことなんだけど」
「はいはい。何でも聞いてくれよ」
「アカシック商会。もちろん知ってるわよね」
アカシック商会。
その単語を耳にした瞬間に、店主の動きが止まった。持っていたグラスを机の上に乱暴に転がす。
席に座った店主は少女を見つめた。先ほどまでのいやらしい目つきは消えていた。対等の、いや、手強い同業者を相手にするかのような目。鋭い視線が少女を突き刺す。
「アカシック商会が何か?」
「知ってるのね」
「当然だ。俺は武器商人だぞ? あの商会があるエルレドには有名な商会が集まってる。エルレドの商会くらいは全て把握している」
「必死ね。じゃあ、アカシック商会が今回の件に絡んでるってことは?」
「は? 今回の件? 何のことだ? というか、君何者だ」
店主は身を乗り出す。その腕にグラスの破片が食い込んでいるように見えるが、男はお構い無しだ。
「勘繰らなくていいよ。同業者でもないし、私はあなたたちの邪魔しようだなんて、考えてもないから。ただ一つ条件をのんでくれればね」
「条件? 悪いが君と取引するつもりはないよ。こちらにどんな利益があるって言うんだ?」
「そう言われると困っちゃうな……私もそんなに過激なことはしたくないんだけど」
「おお?」
店主が鼻を伸ばす。しかし、悲しいかな、彼の予想に反し、少女が取り出したのはナイフであった。
素早く机に乗り、沈み込む。
ナイフを逆手に店主の首へ。
一瞬の動作。店主は身動き一つ取れない。
店主の額から汗が垂れた。
「おっと、待てよ、待てって。まだ何も言ってないだろ。条件にもよるって」
「そう?」
少女はナイフを引っ込め、椅子に座る。どっしりと構える姿は、やはり少女の見た目にそぐわない。
「私の条件は一つよ。アカシック商会に紹介状を書いてほしいの」
「なんのために?」
「答えないといけない?」
「当たり前だ。理由によっては、俺だけの問題じゃなくなる」
少女は腕を組んで考える。
「仕方ないわね。じゃあ、いいわ」
「いいってのは――」
店主の言葉が途切れた。
見開かれた目。
そのまま、彼の中の時間は止まってしまった。
その時計が再び動き出すことはない。世界の時計が巻き戻らない限り。
「さてと、どこかに使えそうなものはないかしら」
少女は赤黒い液体で濡れたナイフを店主の服になすりつけ、笑った。