3話
二度目の会議室。
席に座っているのは前回と同じメンバーだ。上座にはアカツキ、その両隣にカナリアとボック、そしてアカツキの対面にはユース。
「ある程度の作戦が決定した。今日はその報告だ」
アカツキが大きな一枚の紙を広げる。それは、王都を中心にした国内地図であった。
「あれ? これ、ここの国しか乗ってないけど」
カナリアが疑問の声をあげた。アカツキはカナリアを指差した後、親指を立てる。
「その通りだ。何故だと思う?」
「国内の間者を捕まえる、といったところか」
ボックが腕組みをしながら言葉を放った。以前のように、目を閉じて座しているわけではない。鋭い眼光で地図を見据えていた。
「ご名答。いやはや、頭の切れる人間ばかりで、話がしやすい。敵国とは戦争をしているとはいっても、こちらは相手の情報をほとんど掴んでいない。これは参謀の落ち度だが、今更責めても仕方あるまい。逆に、敵国はこちらの情報をある程度掴んでいるようだ」
「じゃあどうして攻めこまれないの? そんなのおかしくない?」
「そこが重要なところなんだ。前回の会議で俺がお前に尋ねた内容を覚えているか、ユース」
「王都の状況の話か。富豪と貧民の格差が何だとか言っていたな」
「そう。その原因は、武器商人だ。こんな時にしか奴らの商売は繁盛しない。だから好んで武器商人をやるような人間は少ない。だが、一旦戦争が始まれば、ほとんど独占市場ってわけだ」
「あー! あたし、この弓この前新調したばっかりなんだけど、すごく値段高かった! 品薄だー、とか何とか言って、全然値下げしてくれなかった」
カナリアがじだんだを踏む。
「国だって武器を仕入れる。武器の価格が少々高くなろうと、国はそれを買わざるをえない。加えて、国軍の仕入れだ。注文は莫大な数になるだろう。そうなれば、必要な武器も品薄になる。そして価格が上がる。商人はその利益を元手に、新しい武器を製作し、仕入れる。その悪循環だ」
「それで、この国内地図とその話には何の関係がある?」
ユースが質問した。話が少しずつそれているような気がしたからだ。
「話を戻そう。国王親衛隊の俺が明言するのも良くないが、もし敵国に攻めこまれれば、こちらの内情が敵に伝わっている限り、勝ち目は薄い。それならどうして、敵国がこちらに攻めこんでこないと思う?」
「……? 攻める必要が、まだないからか?」
ユースがしどろもどろに答える。逆に質問で返されるとは思っていなかったからだ。
「近からず遠からずといったところだな。敵国はこちらに攻め込もうとしていない」
「なぜだ」
ユースは、アカツキの回りくどい言い方にしびれを切らす。
他の二人は気にならないのだろうか。まるで、学校の先生が授業をするみたいに、相手が理解するのをゆっくりと待とうとするアカツキの話し方に。それとも本当に自分たちを教育しているつもりなのだろうか、とユースは少し腹立った。
「そう急かすな。情報の迅速な共有は大事だが、知識だけでは不十分だ。しっかりと理解して貰わないと。一世代前の機械じゃないんだから」
「?」
「まあいい。正解は、儲かるからだよ。今回の戦争の目的は、戦争により生み出される莫大な利益さ。それを得るために、戦争を生み出している奴らがいるんだ。それが今回の黒幕だ」
「で、そいつらが国内にいるということか?」
「ああ。こちらの国と敵国で結託している組織があるんだ。名前は”アカシック商会”。元は小さな商会だ。知名度も高くないと思う。俺にはわざと身を隠しているように見えるがね」
アカツキは王都から北西にある街を指で示す。
エルレド。
山岳に囲まれた小さな街だ。ここ一帯は、昔から鉄鉱石の産地として名を馳せている。
なるほど、とユースは頷いた。ボックは少し前から理解していたようだ。カナリアもようやく理解したようで、ほーっ、と声が漏れていた。それを聞いて、ユースは少し安心する。
「残念だが、国にはこちらに兵力を割く余裕がない。敵国の対応で一杯一杯だ。そこで、我々の出番だ」
「少しぐらい連れていけないのか?」
数人なら問題ないだろう。それで戦争が終わるのであれば。
「商会の拠点がここから動いている可能性もある。相手は少人数の可能性が高いし、今回は偵察にとどめるつもりだ」
ユースの期待は裏切られた。ユースが口を開こうとするよりも早く、アカツキが次の言葉を発していた。
「アカシック商会の情報をこちらが掴んでいると知れば、敵国は躊躇なく潰しに来るだろう。だから、今回は極秘任務でもある。最小限の人員で作戦を遂行する。詳細は後を追って説明する。他に質問は?」
アカツキは一気にまくし立てる。誰も口を開こうとしない。それを承諾の合図ととったのか、アカツキは地図をしまうと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
カナリアが大きなため息をついて椅子に沈み込んだ。なぜかボックも動こうとしない。ユースは、アカツキに付いて部屋を出ようと椅子から立ち上がっていたが、二人の様子を見てもう一度腰掛けた。
「なんかアカツキってさ」
しばしの沈黙の後、カナリアが口を開く。
「ときどき、よく分からない単語使うよね。なんとなく意味は分かるんだけどさ。お国でお偉いさんやってたら、あんな風になっちゃうのかな」
「僕が知ってるわけないだろ。ずっと貧民街で育てられたんだからな」
「あんたに聞いてない」
ユースはカナリアの言葉にふてくされ、喋るのをやめる。
「俺も知らない。そもそも、今回の人員に国軍所属はいないからな」
「ふーん。ところで、あんたは何してたの? てっきり国軍の切り込み隊長でもやってたのかと」
「俺はしがない木こりだ。王都に木材を持ち込んでいたときに、たまたまアカツキに声をかけられた」
「木こり? そう言われればぴったりね。あはは」
カナリアは軽快に笑う。彼女は少々鈍感だと、ユースは感じていた。表裏がないので、悪い人間ではないのだが、これからカナリアと上手くやっていけるかどうか考えるだけで、ユースは頭が痛かった。
「お前はどうなんだ」
「あたし? あたしはね、戦争で村が無くなっちゃったんだ」
カナリアの一言で空気が凍る。質問を投げかけたボックは、視線を外したまま頭をかき、次にかけるべき言葉を探していた。
「気にしないでよ。そんな反応されたら、私の方が困っちゃう」
彼女はそう言って笑う。だが他の二人は笑わない。
「うーん。何か雰囲気悪くしちゃったみたい。ごめんね、先に帰る」
カナリアはばつが悪そうな顔で、部屋を出ていった。
ボックも何も言わず、いなくなってしまった。
カナリアもカナリアなら、ボックもボックだ。どうしてアカツキはこんなにも自分勝手な人間ばかり集められたのだろうか。もしかすると自分もその一人なのだろうか、とユースは悩む。
部屋に帰ろうと部屋を出ようとしたそのとき。ユースの目にあるものが映った。
机に立てかけられた弓。
カナリアのものだ。あらためて見ると、非常に大きい。おおよそ女性が持つような代物ではない。
ユースは弦を引いてみる。思いっきり伸ばすと腕が震えた。カナリアは、これを何度も引けるというのか。ユースは少し信じられなかった。
「何してるの?」
背後からの声に、ユースは驚く。振り向くとカナリアが立っていた。仁王立ちでユースをじろじろと眺めている。
「忘れてたから届けてあげようかと。これ、引けるの? すごく重いけど」
「女の子にそんなこと聞く、フツー?」
カナリアは笑いながら、弓を奪い取る。
彼女は弦をめいいっぱい引く。きりきり、と弓全体がしなって軋む音が聞こえた。ユースが扱ったときとは大違いだ。
ふふん、とカナリアは鼻を鳴らし、ゆっくりと弦を戻す。
「コツがあるのよ。体の使い方が全然なってない」
「弓なんか使ったことないからな」
「知りたければ、教えてあげるけど?」
「結構だ」
「そう」
カナリアはつまらなさそうに答え、ひらひらと手を振ると、ユースに背を向けた。
意外と話しやすい人間だ。思っていたよりも、うまくやっていけるかもしれない。ユースは少しだけ安心した。