第五話 「白幡大佐の孫娘」
会長室の椅子に深々と腰をすえて天井を仰ぎ見るようにしてから、また話し始めた。
「あいつはなあ、伝説的な女性機兵隊員だった白幡麻紀の孫だ。もし白幡麻紀の素質をいくらか受けついていたらきっと良いマシンガールレスラーになるはずだ。少々厳しい指導をしたぐらいでドロップアウトするなら最初から素質がないということだ!」その武村会長の言葉に美雪は驚いていた。
「白幡って、あの白幡大佐のことですか? そしたら会長の玄孫ということになるのでは?」
「そうだ。あの親不孝娘の孫だ。あいつはワシよりも先に虹の橋を渡っていったんだ。麻紀が戦死したとき幼い姉弟きょうだいがいたんだが、その片方の娘の清美が産んだのが怜奈だ。わしんところで預かっていたんだが、正念がいかれているんで鍛えなおそうとおもってぶち込むんだ。ほら昔からいうだろ、鉄は熱いうちに打てと」
このとき、美雪は白幡大佐の事を思い出していた。子供の時に大々的に報道されていたからだ。彼女は国連機構軍と主権回復同盟との戦闘の最中、不意打ちを受けて敗走しはじめた国連機構軍の撤退を支援するため、部下とともに殿しんがりとして残り、最期は集中砲火によって爆死するまで踏みとどまった英雄だった。彼女のおかけで大多数の兵士は生還できたが、それは彼女がすぐれた武装強化型機械娘兵だったから出来た事であった。戦死によって二階級特進となって母と階級が一緒になったが、それは慰めにもならないことである。
「まあ、わしも麻紀のことは忘れることはない。わしも機兵隊員として活躍していた姿に憧れて入隊した娘の事を。いまも思うんだよ。なぜ幼い子を持つ母をあそこに行くのを止めんかったんかと。いくら非戦闘地域とされていても危険性をどうして上層部に伝えんかったんかと。本当に悔しくてしかたがない」
そういうと武村会長はハンカチで顔を拭っていたが、相当悲しそうな顔をしていたが、しばらくして立ち直り怜奈の事を語り始めた。
「あいつは本当なら高校二年生だが、去年の冬から登校拒否になってしまったんだよ。まあ、孫の清美の見栄で超進学校に進学させたのだが水にあわなかったらしいのだ。おまけに清美と夫に喧嘩が絶えなかったらしいんだ。それで学校も家庭も絶望したようだ。まあ、最初は教育科学省のカウンセリングを受けていたんだけど、いよいよ清美と旦那が別居してどうしようもない状態になったから、ワシのところで預かったんだが、どうしようもねえんだ。一日中家でゴロゴロしているし畑仕事も勉強もしないんだよ。それで困っていたところ、立体TVでやっていたバカ番組を見ていたとき、自分もそれをやりたいとぬかしたんだよ。だから、うちの養成スクールにぶち込む事にしたんだ」
「会長。よろしいでしょうか? その番組ってまさかクリスティーン・チャンがしているお色気番組のあれですか?」
「そうよ! うちにいたクリスティーンが夜中にやっている素人娘にパワーアシストリフトを使わせて闘わせる番組よ! あんなものをマシンガール・プロレスと一緒にしたらかなわないよ、まったく、もう!」
この時、武村会長が憤っていたのは、美雪の同期だった元マシンガール・レスラーのクリスティーン・チャンがMCをしているお色気情報番組『世紀末情報部』の中で行われている視聴者参加コーナー『水着でマシンガール』の事だった。そのコーナーは参加者の女性がセクシーな水着に着替えて、産業用パワーアシストリフトで戦うというものだった。いくらスポンサーの製品とはいえ色気に走り過ぎていた。しかも「グローヴァル・メタルテック」のライバル会社の製品だったので目の敵にしていた。
「あんなのは視聴者は楽しいかも知れんけど、わしからすればクズだ! まあクリスティーンも飯をくわんといけんだろから、仕方ないんだろうけど。それでワシはちょっと怒ったんで、お前あんなスーツを着てみないかといったら、やりたいとぬかしたんで、どうせやることないからスクールに入れたわけよ」
「ところで、その怜奈さんってメディカルチェックは通過したのですか? まさかコネで入れたんじゃないですよね」
「美雪、心配しなさんな。ワシがそんな事をするはずないじゃろう! あいつ、中学では陸上部でそこそこの成績を上げていたから体力面は大丈夫だ。まあメディカルチェックで落ちれば別んところに行かそうと思っていたんだけど合格したんで、入学させる事にしたんじゃ。まあ本当の保護者の清美からは相当はんたいされたんだけどねえ」
会長は怜奈の事をいろいろ話したが、美雪はキニナルことがあった。会長はどんなに他の競技で実績があっても、なかなか入学させない事が多くあった。しかも脱落する生徒の予想を殆どはずさなかったので、入学させるのは自分の身内だからかも、という疑念を持っていた。それで美雪は失礼を承知のうえで聞いてみる事にした。
「会長、その怜奈さんにマシンガール・レスラーの素質があるのですか?」
「実はなあ、ワシも確信はない。もしかすると身内びいきなだけと批判されるかもしれん。でも、アイツの眼を見ると思い出すんだ。麻紀の眼にそっくりなんだ。それに身体の仕草もよく似ている。最初に幼い頃のアイツを見たとき、麻紀がもう一度この世に生まれ変わって来てくれたと思うほど可愛かったんだ。だから思わず麻紀といって抱きしめたんだ。だから思うんじゃよ。もしかすると麻紀が本当にやりたかった平和な時代の人生をやり直すためにこの世界に来たかと」
そう語る会長の顔はどこか穏やかなものに溢れていた。美雪が見た書類に貼られた怜奈の写真と、壁に架けかけられた白幡大佐の肖像画はどこか似た雰囲気があった。