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第二話 「実習生」

 「閉じ込められたあ? あれはカスタマーされた娘にしかサイズが合わないじゃろ! 確か竹上麗那は”機械娘66-06”のスーツだったんだろ。なんで、うちの怜奈にフィットするなんて・・・そんな偶然が起きたというんかいあんたは? それに竹上麗那はどうなったんじゃ?」


 「はい会長、本当なら竹上実習生が調整される予定でしたはずなんですが・・・どうも準備中に嫌になってしまったのか逃げ出したのかもしれませんが。でも、どういった経緯かはわからないのですが怜奈さんが竹上実習生の代わりに機械娘化装置に入ったようです。カスタマーされていないはずなんですが、なんとなく身体にピットしたようでして、違和感無く機械娘のスーツに入っております。どうしたらいいでしょうか会長?」


 そういいながら聡美は眼鏡のつるべをイライラしているかのようにベタベタ触っていた。一体全体何が起きたのかを考えていたが、そもそも、どうしてそんなことになったのだろうかと。もし、あるとすれ彼女はライバル団体の潜入工作員の疑いがあったことだ。実際、なんとなくカスタマーされていない機械娘のスーツが合ったとすれば、事前にデーターが改竄されていた可能性があった。本当にスパイによる改竄があるという事だったのか?


 「山川さーん。とりあえず逃げ出した竹上って女を捜しんさーい。もしかすると中聯のスパイじゃないんかよその女は。わしがいったとおりだったんじゃないかよ? 誰かさんは庇っていたけど、これで確定だよな。それはそうと怜奈の奴いま何をしとるんじゃ?」


 「怜奈さんですか、一緒に調整された研修生と一緒にメディカルチェックをうけていますよ。なんでも迫崎チーフによれば、意外にも今年の研修生の中で最も有望な適合率ではないかといっておりますが、とりあえず機械娘スーツを脱がしますか? 本当なら今期うちに割り当てられた実習生に選抜されていないのですから」


 「ほうじゃなあ、とりあえず怜奈の奴に会ってみるか。それにしてもマシンガールプロレスラーになりたいなんてわしに一語たりともいったことなんかないのに、どうなっているんじゃい! まあぶち込んだ間に気が変わったんかもしれんけどもよ。最初は嫌だ嫌だ帰りたいと愚痴をいっていたのによ。まあ、とりあえず会ってみてから決めよう」


 寿美枝は農作業をしていたときのままの服装だったが、先ほどまで背中を曲げて手押し車を押していた姿と打って変わって、背筋を伸ばし十歳若返ったような姿勢になった。正面ゲートに入るとエントランスには今まで活躍した選手の写真パネルやスーツの現物、賞状やトロフィーなど「グローヴァル・メタルガール」の栄光の歴史を語る品々が綺麗にディスプレーされていたが、最近のものは少なかった。


 最近、いくら技術力は世界最高水準であっても選手のレベルが低下気味で、チャンピオンシップトーナメントに出場できるA級選手の輩出が三年間途絶えるほど低迷していた。そのことを寿美枝は悩んでいた。先を進めていたら、ガイノイドのような者が歩いてきた。彼女は新人担当チーフ教官の坂江美雪さかえ みゆきだった。


 彼女のその異形の姿は機械娘のスーツを身に纏っているためであった。彼女はかつて十年連続でチャンピオンシップに進出し、三度もワールドチャンピオンの栄冠を獲得した名選手だったが、スーツを着ていないときに事故に巻き込まれ、その時の負傷が原因で引退していた。


 「会長、今期のトップの成績だった竹上さんが中聯のスパイだという根拠があるのですか? たしかに優秀すぎると思っていたのですが・・・」


 「坂江さん。そうじゃなあ戦士の勘かな? 根拠はないがどこかで訓練を受けていたのかという気がしたんじゃよ。もしかすると彼女は機械娘になった経験もあるかもよ。それよりも怜奈の奴に会うぞ!」


 「ところで、今回の六十六期生ですが、いつもよりも脱落率が高くないですか? 六月には五十人いたのに今朝は二十人に減っていて実習生になれるのが六人、後は別のコースへ転出か退学ですよ。何が問題があったのですか」


 「実はな、最近うちの団体に所属しているマシンガールレスラーの成績が最悪で。日本マシンガール・レスリング評議会の決定で割り当てが減らされたのよ。まあ、他の団体から枠を金銭で譲ってもらうこともできたけど、今期の研修生に取り立てて優秀だと思うのがいなかったからな。でも、二十人だろうが六人だろうが、あんたには頑張ってもらうぞ!」


 そんな話をしていたが、実習生がいるメディカルルームに入ってきた時には寿美枝の顔は怒り心頭だった。そこには「グローヴァル・メタルガール」第六十六期実習生六人が部屋にいたが、今朝いた二十人の研修生から選ばれた六人が次のステージである実習生になるはずだった。怜奈を除いてはであった。彼女は保留状態だったのだ。


 彼女ら実習生は全員機械娘にされていた。今朝まで十九歳までのうら若き少女の肉体はメタリックな色彩を放つ強化炭素繊維の外骨格に覆われていた。その姿は誰が見てもロボットそのものであったが、その外骨格の下は生身の少女の肉体が裸に直接装着されていた。外骨格と皮膚の間は新陳代謝を行う生体装甲膜と複合素材の緩衝材、パワフルな力を生み出す強化人工筋肉が内蔵されているので、オリジナルよりも太目の機械娘の身体になっていた。


 また実習生が着用している機械娘のスーツは、実習生の制服といえるものなので同じデザインであったが、個人識別のためにパーソナルカラーのラインの縁取りが全身にあるほか、額と胸と背中に実習生登録記号が書かれていた。寿美枝の曾孫娘の松下怜奈の場合”GM66-06”という登録記号が割り当てられていた。


 そのような管理が行われるのは、無制限に選手が増えるのを防ぐと共に、機械娘スーツの外部への流出を恐れての事だからだ。機械娘のスーツは元々軍事用なのでテロリストに渡らないようにと厳しく管理されていた。


 メディカルルームには六人の機械娘がいた。彼女らは「グローヴァル・メタルガール」のチームカラーであるスカイブルーに、個人識別用のラインがあったが、寿美枝は真っ直ぐ赤い縁取りのある機械娘に直進した。


 寿美枝の目の前にいるのが曾孫の怜奈のようだった。彼女はメタリックな複合素材で作られた外骨格に覆われ、人間らしいものは一つも見出せなかったが、寿美枝には人間が着用している場合必ず装着する事が義務とされる胸のプレートに「REINA」と刻印されていたので曾孫だとわかった。


 「おい怜奈! わしに一語とも言っていなかっただろう! マシンガールになりたいなんて! 」


 ガイノイドのような機械娘がびっくりして逃げようとしていたが、寿美枝はその老体を怜奈のボディのまえに差し出して、行く手をさえぎってしまった。


 「わかっとるんか怜奈! その研修生スーツは三ヶ月脱ぐ事が許されないんじゃ! 脱ぐ時は脱落した時だけじゃ! ほんまにやる気がやるなら許してもいいけど、そこまでの覚悟あるんかい? 答えんか怜奈!」


 その怒鳴り声はとても八十代の老婆が発するものでないようだった。機械娘の中身は普通で平凡な人間の少女で、引きこもりになった女子高生だったが、この時人生の大きな決断をした。


 「大ばあさま。わたしにチャンスをください。こうしたのも母に言っても駄目だから無理矢理こうしたのです! わたしマシンガールプロレスラーになりたいのです!」 


 「はあ? お前のように何にも取り柄などなーんにもないただの娘が勤まるほど生半可なもんじゃないぞ、マシンガールはなあ。まあ、体力だけでなくスーツとのシンクロと扱い方が全てマッチした時にしか、試合に出れんぞ! それにお前引きこもりだからと言って、スーツの”内臓”なんぞになるこたあねえんじゃないか! お前の両親が見たらぶったまげるじゃ!」


 「でも大ばあさま。あなたいつも言われていますよね。やってみなきゃわからないからやってみろって。だからチャレンジさせてください。もし出来なくて脱落したら、今後は高校に真面目に通いますから」


 「まあ、よいことさ。どうせ高校に行ってないんだし、ここでみっちりと研修生として訓練を受けんさい。まあ、三ヶ月耐えることが出来たらいいようにしてやるけども、出来るかなお前によお? そしたら、わしが手続きしてやるけえ、やりなさい。そのかわり頑張れ!」


 そういって寿美枝はメディカルルームを後にした。後ろには山川と坂江の二人がお供をしていた。


 「会長、それじゃあ怜奈さんは、このまま実習生として次のステージに進めていいんですね。まあ、彼女補欠でしたから。問題ありませんが。それじゃあ、よろしいですね。みっちり鍛えさせていただきます」


 「坂江さん。うちの怜奈のことを頼みますよ。たとえ会長の親族であっても機械娘の姿である限り、厳しく指導をしてください。


 この日以降、怜奈いやレイナは人間の少女からマシンガールプロレスラー実習生のレイナに生まれ変わった。その姿に引きこもり少女だった時の面影は無くなり、戦士になるためのモードに変換されたのだ。


 寿美枝は自分の執務室である会長室へと入ってきた。そこにはエントランスと同じように寿美枝の栄光の歴史を物語るもので埋め尽くされていた。その中には数多くの勲章も並べられ、国連機構軍中佐の儀礼用制服も飾られていた。


 大きなデスクに付随した大きな椅子に農作業時の服装のまま腰掛けた寿美枝は大きく深呼吸して、電子書面で怜奈を正式な研修生であったと訂正し、実習生に選抜したという事を日本マシンガール・レスリング評議会事務局に送信した。


 その作業をしたあと、寿美枝は満足そうな笑顔で遠い昔に旅立っていった夫の遺影に話しかけていた。


 「あなた、これで私の血を受け継いだマシンガールプロレスラーが誕生するかもしれません。もしなんかあったら、あの娘をお守りください」

 

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