三
目覚めは最悪だ。
三度目ともなると、腹に銃弾を受ける感覚というのも慣れるかと思いきやそんなことはない。激痛と広がる温もり。その二つが入り混じった感覚をどう表現すればいいか、俺にはわからない。
目を覚ましてから自分が生きているということを確かめると、俺はとりあえずベッドから降りた。そして階段を下り洗面所に立つ。前を向くと、そこにはひどい顔をした俺がいた。
「最低だな」
その言葉は、顔だけでなく昨日の自分に対しての言葉だった。当然、鏡の俺からは返答はなく、辛気臭い顔を俺に向けるだけだった。
「そんな目で見るなよな」
そう言いながら、俺は冷たい水をたたきつけるようにして顔を洗った。
教室に入り、俺はいつもどおり鞄を自らの机にかける。教室では俺に話しかけてくるやつは相変わらずいない。佐立がいれば話すのだが、佐立はいつも始業時間ぎりぎりにやってくる。なんでも、朝のバイトが忙しいからだと。なんとも似合わないことだ。
そんな俺が、ぼけっとしながら購買で買ってきたミルクティーを飲んでいると、ふと机が汚れていることに気がついた。何かと思って覗き込んでみると、
『ハハキトク。ホウカゴ、オクジョウヘ』
と書いてあった。
なんだこれ? あれか? 牛乳とあんパンみたいに、呼び出しの定番って言えばこれなのか?
いや、俺は別に電報が悪いって言ってるわけじゃない。すぐ届くし今でも祝いの席じゃ定番だって話しだ。ただ、ただな、机に鉛筆で書くもんじゃないだろ! 光の角度考えないと、読みづらいんだよ!
と、突っ込みたい気持ちを必死で押さえその文字を消した。いつ書いたのか、誰が書いたのかわからないが、俺に関わってくる奴はそういない。大体の想像はついていた。
◆
「ごめんなさい!」
俺が放課後に屋上に行くと、そこには頭を下げる一人の少女がいた。その髪は白く、きらきらと風にたなびいている。見覚えのあるその髪の色を持った少女は言わずもがな、昨日言い争った張本人、スノウだった。
「えっと……、色々と突っ込みたいところはたくさんあるんだけど――」
言葉を詰まらせたのには訳がある。もちろん、昨日取り乱したのは俺だし、怒鳴ってしまって申し訳なかった。恐怖と不安を押し付けようとしたのだって俺だ。謝られることに対する戸惑いは確かにあった。しかし、俺が言いたいのは今はそれじゃない。それじゃないんだ!
「なんだ、その格好」
そう、格好だ! スノウを見ると、その格好はおかしなものだった。
雑貨屋で着ていたような、真っ黒なローブ、のようなものを身にまとい、首元にはどこぞの原住民のようなドクロのついた首飾りを下げている。右手には某激安ディスカウントショップで買ったかのような長い鎌と、肩にはみるからに布でできているカラスを付けている。
これはいわゆる、なんだ……そう、コスプレというやつだ。いや、それ以外に考えられない。何をイメージしているのかは敢えて言わないが、それを言ってはいけないような気がして、俺はその単語を飲み込んだ。
「死神ですけど?」
その飲み込んだ単語をすぐに言うなよ、このやろう。
小一時間ほど問い詰めたかったが、それはいい。すぐさま切り替えて、俺は口を開く。
「まあ、それを目指してるのはわかった。わかったけど……コスプレ? もしかして、それで死神っていうのを信じてくれってこと?」
「もしかしても何も、これが死神の制服なんですよ? 格好いいでしょう! このローブなんて、あの黒一角獣の毛皮で出来てるんですから。冬は暖かくて夏は通気性抜群! 最高の仕上がりだと思います!」
喜々として制服について語るスノウ。その笑顔はとても輝いていたが、対する俺のテンションががた落ちだ。
いや、その制服って、おそらく全部ド〇キで手に入るだろ。そう突っ込みたいのを必死で押さえつけていた。
「まあ、格好の話はいいや。それより、呼びつけたからには何か用があるんだろ?」
俺は無理やり、話を本題に戻した。すると、スノウは再び表情を戒めると、俺に向かって頭を下げる。
「それなんですが……。さっきも言いましたが、ごめんなさい! 私、全然啓介さんの気持ちを考えていませんでした。昨日、死神の仕事を馬鹿にされて、ついかっとなってしまって……。啓介さんが聞きたくないことを、私は配慮もせず、ずけずけ言ってしまったんです。あんなこといきなり言われたら怒って当然ですよね、本当にすみません」
そう言って顔を上げるスノウ。その顔は雨に濡れた犬の様だ。
「いや! ……俺だってわけわかんなくなって、ひどいこと言ったのは自覚してるよ。俺のほうこそ悪かったよ。ごめんね」
そう言って俺も頭を下げる。しばらく頭を下げていても返答がない。あれ? 呆れられてる?
そう思って顔をあげたら、ぽかんと口を開けたスノウと目が合った。
「なんで啓介さんが謝るんですか? 悪いのは私なのに」
「俺だって悪いよ。どっちも悪いでいいじゃない? だろ?」
大真面目に俺がそういうと、スノウは失笑し、笑い声をあげた。
「そうですね、どっちも悪いでいいですね」
笑い声を抑えようとするスノウは、とても愛らしかった。
「そういえば、話はこれで終わり?」
しばらく笑い合った後、俺達は屋上の柵の辺りに立っていた。自然と、俺が飛び降りた辺りに来てしまったが、今見ても、この屋上の高さには足がすくみそうになる。あの時の恐怖を振り払うかのように、俺は、スノウへと話を切り出した。
「いえ、違うんです。実は……。今日お話ししたいのは、私が、なぜ啓介さんの前に姿を現したのか、その理由と私の目的についての話がしたかったんです」
「なぜって、俺が思い出して会いにいったから――」
「でも普通忘れますか? あんなことを言った私を」
俺はその言葉を聞いて、途端に背筋が寒くなる。目の前のかわいらしい少女がこれから何を話すのか、全く検討がつかなかった。
「そんなちょっと不思議なことの答え合わせにもなると思うので、長くなってしまうかもですが、お付き合いください」
スノウはそう言って深々と頭を下げた。
「まずお話ししなければならないことがあるんですが、今回の仕事。つまり、啓介さんに死を伝える事なんですが、死神になるための入職試験のようなものなんです」
「入職試験?」
「はい。死神と言っておきながら、私はこの最終試験を合格しなければ死神として仕事を始められないんです。つまり、啓介さんが初めてなんです。死を伝える、初めての相手なんです」
それを聞いて少しだけ納得がいった。スノウ自身が自らを能力が低いと言ったのはそういうわけだったのだ。スノウは苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「すいません、頼りないですよね……。でも私は一人の死神としての仕事をやり遂げようと思っていました。そして、その気持ちは、啓介さんが一度、死を免れた後もかわりませんでした」
その言葉に俺は静かに頷く。まあ、死を願われている立場からすると、適当よりもしっかりとした想いでやってくれないと困る。まあ、気持ちの問題で死ぬつもりは毛頭ないが。
「でも、昨日啓介さんとお話して、私が間違っていた事に気づいたんです」
するとスノウは顔を上げ、俺を見据えた。
「私はただ単に死を伝えたかったわけでも、死神になりたかったわけでもないんです。死を伝える事で、その人自身にも、その人の周りの人にも、幸せになってほしくて死神になろうって、そう思っていたんです」
強く語るスノウの目はとても澄んでいた。俺は、その視線から目を逸らす事ができない。
「昨日までの私はただ仕事をこなそうとしていただけでした。そんなの私が望んだ死神の姿じゃありません。ですから……」
スノウは一度視線を落としたが、すぐに気を取り直したように俺を見つめる。その目には力が込められており、俺はその迫力にすっかり飲まれていた。
「私に啓介さんの死のお手伝いをさせてください。啓介さんが、死を、運命を受けいれられるよう、笑顔で別れを告げられるような……そんな風になれるようなお手伝いを、私にさせてください!」




