二
不可解な夢。偶然とは思えないそんな夢にうなされた俺は、ある場所にやってきていた。ある場所というのは駅に程近い雑貨屋だ。何に使うかもわからない怪しげな道具がおいてあるそこは、目に止まりはすれど立ち寄ったことはない。なぜそんな場所に立ち寄ったかというと、俺はあることを思い出したからだった。
それは、鞄につけているキーホルダーを渡された時のこと。誰かに渡された不気味なキーホルダーの存在。それを当然のように受け止めてはいたが、よく考えると誰にもらったのか、どんなことを話したのかなど全く覚えてはいなかった。しかし、俺は唐突にそれを思い出したのだ。先日の飛び降りた衝撃で。
「ここ……だよな」
辺りを気にしつつ、俺はゆっくりと雑貨屋に入って行く。思えば、この雑貨屋の前でキーホルダーを配っていた。そして、キーホルダーを配っていたのは白い髪の少女。俺が学校で何度か見かけたあの白い髪の少女と同一人物だ。
ゆっくりと、つい音を立てずに雑貨屋に入って、俺は中を見回した。案の定、怪しげな雑貨で溢れかえっている店内の中に、ぽつんとたたずむ少女が一人。その少女は髪が白く、透き通るような肌が暗がりの中でも輝いているようだ。怪しげな黒いローブを着ているが、この店内の様子となにやら合っている。少女は何か作業をしていたようだったが、ふと振り返った拍子に俺のことに気がついた。
「いらっしゃいませ、何か御用ですか?」
少女の顔に浮かぶ満面の営業スマイルに少し気圧される。
「いや、えっと、客じゃないんだけど……。あのさ、これ覚えてる?」
そういって俺は目の前にいる少女にもらったキーホルダーを見せた。そのキーホルダーをみても、少女は変わらず笑みを浮かべている。
「このキーホルダーをもらってからおかしな事ばかり起こるんだ。俺が死ぬ夢をみて、その夢と同じ現実が起こっていく。昨日と一昨日なんて全く同じ夢もみて、その夢だってやっぱり俺は死んでいく……。普通の夢と違うのは、それがとんでもない現実感を伴うってことなんだよね。三日続けて見た俺が死ぬ夢なんだけど、あんな夢はありえない。今まで生きてきて、あんな強烈な夢は初めてなんだ」
「えっと、面白いお話ですけど、それがうちの店で配ったキーホルダーと何の関係が?」
困惑した顔を浮かべる少女。しかし、その様子を気にすることなく俺は話を続ける。
「わからない。けど、あんな夢を続けてみるなんてありえないんだよ。見た本人しかわからないけど、二度までは偶然かもしれない。けど、三度続けばそれはきっと偶然なんかじゃない」
「そう言われても……」
そう呟きながら、少女は店においてあるソファセットに腰掛ける。困ったように頬をかく仕草はどこか可愛らしい。ついついその容姿と仕草に見惚れてしまっていたが、俺はかぶりをふって本題へと思考を戻した。
「『あなたの人生、思い残すことはありませんか?』」
その言葉に、少女の笑顔は消え去り、途端に険しい表情へと様変わりした。
「そう言っただろ? 学校の廊下で。このこともなぜだか忘れてたんだけど、でもこの言葉、俺が死ぬかもしれない状況に陥るってことを知っていたとしか思えない」
ぐっと俺の事を……睨みつけているつもりなんだろうが上目遣いで俺の事を見つめてくる。その視線に心臓が一跳ねするが、その視線に真っ向からぶつかるように俺も少女を睨み付けた。
「三度も続いた現実離れした夢。君のあの言葉。最後の食事とも言ってたし……無関係とは思えないんだ」
しん、と静まる店内。俺はその沈黙に負けそうになるが必死で少女の返答をまった。程なくして、少女は小さく息を吐くと、苦笑いを浮べながら話しだす。
「思い出しちゃったんですね……」
すっと少女が立ち上がると、今度は俺の真正面に立った。
「はじめましてってわけじゃないけど、一応自己紹介をしておきますね」
こほんと咳払いをする少女。その動作が非常にわざとらしくどこか間が抜けている。
「私はスノウ。高橋啓介さん担当の、天界からやってきた死神です」
そういって深々とおじぎをする少女の白い髪を見ながら、俺は頭の中で増殖する疑問符を止める事ができなかった。
◆
とりあえず整理をしようか。
俺は、なぜだか忘れていた白い髪の美少女のことを屋上から落ちた衝撃で思い出した。そして、手がかりとなる雑貨屋へときたら、白い髪の美少女はそこにいた。
思い出した記憶の通り、その少女は美しく、そして吸い込まれるような魅力をはなっていた……が。
俺は馬鹿だったんだろう。
いくら可愛くても、外見が好みでも、どれだけ胸が高鳴ろうとも、我を忘れるくらいの感情が芽生えそうな気がしていても――そうはさせない人間がこの世にはいるのだということを、俺は知らなかった。
真顔で自分は死神だと語る美少女は、どっからどうみても、いわゆる痛い人。もしくは俗に言う厨二病とかいう病に罹っているのだろうか。そのような人との関わりあいなど俺は学んでいない。俺が俺であるために、俺の理性は忠実に仕事を行い、冷静さを取り戻させていた。
「改めまして。高橋啓介さん担当、天界死神課所属のスノウといいます、はじめまして。えっと……いきなりこんなこと言われてもよくわからないとおもうんですけど、最初っから説明していきますね! おそらくこちらの方々には死神という仕事がどういったものかあまり浸透していないと思いますので、まずはそちらから説明したいと思います。――って……だいじょうぶですか?」
うな垂れていた俺に気遣う言葉をかけながら、目の前の自称死神、白い髪の女の子、スノウは意気揚々と話を始めていた。先ほどスノウが座り込んでいたソファの対面に俺は座っている。話を聞くと、スノウはこの雑貨屋でアルバイトをしているらしく、キーホルダー配りは客引きをしながらやっていたらしい。
っていうか、なんだよ、雑貨屋の客引きって。わけがわからない。そもそも、死神とか真面目に言っちゃってるなら、この子本当にやばい子だよ。どうかしちゃってるよ……。
スノウは俺のそんな考えに滴にも気づかず、死神についての説明を始めていた。
死神というのは、スノウ曰く死を届ける仕事らしい。スノウ自身はまだ死を告げる程度のことしかできないが、上級の死神になると自ら命を刈り取ることができるのだそうだ。スノウが俺に渡したキーホルダーは、死を告げるための媒介だと。まだ未熟なスノウが俺に、死を告げるための目印として必要だったらしい。
まあ、スノウが話していることが全て真実だとすれば辻褄は合う。だが、この少女が死神で、その死神の仕事のせいであんな夢を見て、その通りのことが起こった。そんなことを信じられるわけではない。しかし、信じさせる説得力を多少なりとも持っていた。
「じゃあ、俺が見た夢は、君が俺に告げた死のイメージだっていうの?」
「はい、そうです。あ、ちなみに、私のことはスノウで構いませんよ」
満面の笑みにたじろぎながら、俺は疑問をぶつけていく。
「なら、俺が見た銃で打たれる夢っていうのも現実になるってこと?」
「はい。その通りです。あのキーホルダーを介して見る夢は、私が見たあなたの死のイメージそのままですから。私は、人の死のイメージを見てそれを伝える。それだけしかできないんです」
「そっか……。でもさ、ならなんで、一回目の夢は現実にならなかったの? えっと……スノウ、が言うことが本当なら、俺は今頃死んでるはずなのに」
そう、そうなのだ。こいつの言うことが本当なら、俺は既に死んでいなければおかしい。俺がスノウの話を聞いて未だに余裕を保っていられるのは、理論の穴が見え隠れしているからなのだ。
「それなんですよね。私も困ってしまいました。本当に、大変なことをしてくれました」
そう言いながらスノウは大きくため息をついて肩を落とした。
「本当なら屋上から落ちて啓介さんは死ぬはずでした。でも、なぜだかわからないんですが、その運命は歪んでしまったみたいなんですよ。こういうことって前例がそんなにないんですけど……運命を捻じ曲げるだなんて。もうっ、こんなのマニュアルにも載ってないのに」
困ったように眉尻を下げるスノウ。その目はただただ困惑だけが滲み出ていた。俺に対する負い目など一切なく、死ななかったことがまるで悪いことのような言われ方だ。
「そんな言われ方しても、俺だってあの時は必死だったわけで。っていうか運命が歪んだって? 俺、そんな大それたことしたつもりないんだけど」
「言い方を変えれば、啓介さんが『絶対にやるはずのないこと』をやらかしたんだと思いますよ。だから、予測されていた道、つまり運命から啓介さんは外れてしまったんだと思います。詳しいことは私にも分かりませんよ! だから困ってしまったんです……。しかも、啓介さんは死ぬほど運が悪いみたいで、既に新たな死が迫ってます……。私としては都合がいいんですけど……また、わけのわからないこと、しないでくださいね?」
懇願するような上目遣い。そんな超破壊力を持った仕草をされながら頼まれたのは、今度は死んでくださいという身勝手な願い。俺は、その願いを聞いて、驚きのためかつい固まってしまう。
「とりあえず、啓介さんが死を無事に迎えられるようお手伝いしますので、よろしくお願いします!」
そう言って笑顔で告げるスノウの顔は、これでもかというほど満面の笑みを浮かべていた。俺は、その笑顔に怒りを覚えつつ、冷静になれと必死で言い聞かす。人に笑顔で死ねだなんてふざけんな。
「それよりも……スノウ? でいいんだよね。仮にスノウが本当に死神でスノウの話が真実なら、なんで俺は死ななきゃならないの?」
うずくまっているスノウに俺は問いかける。すると、スノウはその体勢のまま、俺を見上げて話しだす。
「仮定とかじゃなくて本当なんですよ? まあ、信じられないのは無理ないですけど……それと、死ぬ理由はわからないです。運命としか言いようがありませんから。死の運命を告げるだけで、私が啓介さんの命を奪えるわけじゃありませんし」
そういって俺を見つめる白い髪を持つ透き通るような少女は、まるで天使のようだ。だが、実際は死神だと自称する、黒いローブだなんていう怪しげな格好をした痛い女の子だ。
そんなスノウを見ながら、俺は心に湧き出る黒い感情を自覚した。どろりとしたそれは、俺をひどく不快な思いにさせる。
「やけに他人事だよね」
「え?」
今までむくれていたスノウの顔に、少しだけ驚きが混じる。それと同時に、俺の声がこんなにもひどく冷たくなるものかと、自分自身に驚いていた。
「他人事だって言ったんだ。いきなり死んでくださいって言われても納得できないし、死ぬ場面を夢で見せられたってどうしていいかわからない。それに、いきなり笑顔で死ねってなんなんだよ、わけがわからない」
俺の中に湧き出た黒い感情。それは、不安と恐怖だ。
スノウが言っている死神だとか、そんなものを信じているわけじゃない。死ぬって言われたからってそれが現実になるわけじゃない。でも、俺がみた夢。現実かと思えるほどのリアリティーを持った夢が、俺の中のかすかな疑念を増長させていく。
スノウはなぜだか、俺が見た夢を知っていて、その結末までも知っていた。それはスノウの「あなたの人生、思い残すことはありませんか?」という言葉とあの状況を鑑みれば、間違いはない。スノウの言う言葉を信じるわけではないが、その状況がスノウの言葉を真実へと近づけていく。
「他人事って言われても……。私だって一応、仕事として責任を持って――」
「最低の仕事だね」
「今なんて……」
俺の言葉にスノウの表情が凍りつく。その表情の冷たさに背筋が凍りつくが、俺だってもう止められない。こんなふざけたことを言うやつに、へいこらする必要なんてない。
「最低の仕事だって言ったんだ。人の死を伝えてそれを笑顔で眺めてるだなんて最低じゃないか。死神っていう名は相応しいよ。俺が今こうやって取り乱してるのだって、さぞかし楽しいんだろうね」
「そんなことっ――!」
「じゃなかったら、俺に説明したりする必要なんてない。夢で死のイメージだけ伝えれば、それで仕事は終わりだろう? スノウが言う死神の仕事内容が本当なら、の話しだけど」
スノウはそのまま口を噤み、真っ直ぐ俺を見つめてくる。その視線の圧力に、俺は少しだけ気圧された。が、湧き出る不安と恐怖を紛らわせるために、俺は必死で声をだす。
「別にスノウの話が本当でも嘘でもいいんだ。俺には関係ない。けど、俺がこれから死を迎えるっていう事実は受け入れられない! あ……そうだ……。なぁ。死神なら死を覆すくらいやってくれよ! それくらいできるんだろ? いきなり死ねって言われたって死にたくないんだよ。頼むから、俺を殺さないでくれ! 頼むよ」
自分でも支離滅裂なのは分かっていた。でも、俺は藁にも縋る思いでスノウへと懇願する。今の俺はひどく醜いものだろう。でも、恐いんだ。本当かどうかわからないけど、もしかしたらって思ってしまったから。そうなれば、もう引き返せない。
ふとスノウの表情を見ると、唇が固く結ばれ、眉間には皺がよっていた。怒っているようにも見えたが、俺には泣くのを堪えているような、そんな表情に見えた。
その表情を見た瞬間、俺はふと我に返る。前のめりになっていた身体を正すと、気まずさを誤魔化すように咳払いをした。
「私は――」
スノウはそんな気まずさなど気にもしていないように言葉を紡ぎ始める。その声は先ほどまでとは違い、淡々としていた。
「私は、死神としての能力は高くありません。才能があまりないそうです。ですから、死のイメージは断片的で短いものしか見ることができません。それに、対象の方の死のイメージは、差し迫った時期にならないと見れません。私が見ることができる死は、最大でも一週間先。つまり、啓介さんは初めて死のイメージを見てから一週間以内に死を迎えることとなるでしょう。あのイメージの通り、銃で打たれて死にます。屋上から落ちた時のように死を逃れることは万に一つしかありません。あなたは――」
ふとスノウが言葉を止めると、目が合った。その灰色の目の色は深く、感情を垣間見ることはできない。その迫力に俺は身体を動かすこともできない。
「あなたは、もうすぐ死ぬんです」
俺はスノウの言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなってしまった。まったくもってふざけた話だ。もしその話が本当なら、俺に残された時間はあまりにも短い。
っていうか、俺は本当に死ぬのかよ。ふざけんなよ。まだ、高校に入ったばっかだぞ? やっといじめが終わってこれから楽しい時間が始まるところじゃないか。そんな矢先にそれはないだろ。好きな子だっていないし、まだまだやりたいことなんてたくさんあるんだ。どうしたらいいんだよ、わけがわからないよ!
「死ぬんです」
「うるさいな! 黙ってろっ!」
俺は咄嗟に怒鳴ってしまった。スノウはその白い髪と同じくらい白く透き通った肌を青白くさせ、顔をひきつらせ硬直している。
俺はその顔を見たとたん、なぜだか罪悪感につつまれた。俺はただ、わけのわからないことを言う失礼な奴にうるさいっていっただけなのに。
俺は居たたまれなくなり、その場から飛び出した。後ろを振り返ることもなく、逃げるように。
逃げたい何かから振り切れることもなく、俺は家路についた。そしてそのまま、倒れ込むかのようにベッドへとなだれ込む。布団を頭から被っても振るえが止まらない。外はあんなにも暑いのに。汗が止まらないのに。息苦しくなるくらいの湿気なのに。いつしか俺は眠りについていた。
そして、俺は今日も同じ夢を見る。一昨日から数えて、三度目の銃弾を腹にくらって死んでいた。




