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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第二章 死神との出会い
6/19

 しばらく布団を被っていると、いつの間にか寝ていた。もう登校時間は過ぎている。携帯電話をみると母さんからメールが入っているのに気づいた。

『体調悪いようなら学校休みなさい。仕事行ってくるからね』

 そんな母さんの気遣いが、妙に嬉しかった。そのせいか、いつの間にか俺を支配していた恐怖心は小さくなりを潜めている。このままベッドに寝ていてもいいかな、とも思ったが、それではまた先ほどのように考え込んでしまうかもしれない。そんな不安がよぎり、俺は気を紛らわすためにも、学校に行こうと決めた。

 支度をするが身体が重苦しい。昨日、屋上から落ちた影響だろうか。少し軽めの筋肉痛程度だったので、俺は特に気にもせず支度を続けた。程なくして家を出る。いつもの黒猫がいたようだったが、俺はそれに構っている余裕などない。若干、疎ましく思いながら学校へと向かった。もう一時間目も終わりそうな時間だった。


 二時間目が始まる直前、俺はようやく学校に着く。授業の間のトイレ休憩の最中だったため、俺は少しの気まずさがあるものの躊躇なくドアを開けた。

 途端に、教室の中を沈黙が駆けていくのが分かった。それが教室中に伝播した頃、皆が俺をすさまじい目つきで見つめてくる。

 なんだ、この感じ。普段の同情的な視線じゃない。

 そんなことを思いながら席へと着くと、徐々に教室全体がざわめく。

「沼田君がいじめてたんでしょ? それで飛び降りたって」

「でも、怪我なんかしてないじゃん。本当に飛び降りたの?」

「それよりも、よく人を飛び降りるまで追い込んでおいて学校これるよね、沼田」

「まじありえないよね」

 どの声も沼田に対する非難と、無傷の俺に対する疑問だった。ざわめきは止まらない。沼田は、いらついたように貧乏ゆすりをしながら下を向いている。と思ったら、いきなり立ち上がり教室中を睨みつけながら叫んだ。

「うるせぇな、お前ら! 文句あんなら堂々といいやがれ! ほら、ねぇのか? あぁ?」

 瞬間、訪れる静寂。いくら佐立の腰ぎんちゃくといえど、おおっぴらに突っかかってくる人間にあえて楯突く人間などいない。皆、口を噤んで下を向く。

 それもしょうがないか。

 そう思いながら、俺はゆっくりと立ち上がった。

「文句はないけどうるさいよ。少し黙ったら?」

 沼田を見ていても、昨日までのような恐怖は生まれてこない。昨日感じた恐怖に比べれば、沼田に感じていた恐怖など小指の先ほどもない。

「そんな声上げても、別にもう怖くなんてないしさ」

 俺がぽつりと呟くと、沼田は身体をびくつかせる。が、すぐに顔を真っ赤に染めて立ち上がると、俺のところまで近づいて声を荒らげた。

「ふざけんなよ、てめぇっ――!」

 沼田が俺の胸ぐらを掴んで俺の頬を殴りつけた。それなりに痛い。しかし、それと同時に、俺はどうしてこの程度の痛みを恐れていたのだろうという疑問が生まれてきた。命を失うかも、と思ったあの体験からすると、こんな痛み、我慢すれば済む話だ。

 だから、俺は沼田と同じことをやり返す。あれだけ恐かった屋上の端でだって飛び上がれたんだ(まあ、落ちたのは余計だったが)。殴り返すくらい、できないはずがないだろう。

 そう思った俺は、沼田の胸ぐらを掴んで引き寄せながら殴りつける。すると、俺を掴んでいた手を放し、沼田は後ろに倒れていった。

「殴られるって痛いんだよ」

 そう言って俺はおもむろに席につく。すると、間もなく次の授業の先生がやってきて異常な雰囲気に気がついた。学級委員に事情を聞くと、先生は俺と沼田に、授業が終わったら生徒指導室にくるよう声をかけてくる。

 めんどくさいけど、説教は覚悟しないとな。

 俺はそんなことを考えなら、とりあえず授業を受け始めた。あんなにも広く感じていた教室が、大きく見えていた黒板が、なぜだかとても小さくみえた。


 ◆


 結局、沼田は五日間の停学処分、俺は一応被害者ということで、とりあえず厳重注意ですんだ。屋上を飛び降りた事情についても聞かれたが、なぜだか話す気にはならなかったため適当にごまかす。教師達には渋い顔をされつつも、俺は生徒指導室を後にした。

 そんなわけで、ようやく自由になった俺は、一人、購買へと昼食を買いに歩いていた。しかし、いつものように重い足取りではなく、どこか晴れやかな気分だった。それもそのはず、俺は俺のためのパンを買いにいくのだ。

「簡単なことだったんだな」

 そんなことを呟きながら、俺はパンを選んでいく。あんパンが目に見えたが、俺はなぜだか視線を逸らした。いくつか他のパンを物色すると、そのままレジにいるおばちゃんのところへ商品を差し出す。

「あら、今日はあんまり食べないのね」

「たくさん買う必要がなくなったんですよ」

「そうなの? でもだめよ、たくさん食べなきゃ! あんた、ちっちゃいんだから大きくなれないわよ」

 たくさん買っても買わなくても、おばちゃんから繰り出される嫌味は変わらないらしい。

「わかってます」

 そんなおばちゃんの言葉に苦笑いしつつ俺はその場を後にしようとするが――、

「終わったんだねぇ……」

 そんな呟きが聞こえ、俺は咄嗟に振り向いた。おばちゃんは、商品を整頓するために、既に背中を向けている。

 その後ろ姿が妙に胸に刺さった。涙が出そうになるも、堪えながら急いで購買を出る。

 おばちゃんはずっと、俺がいじめられていることに気づいていたのだろう。そして理由はわからないけど、ずっと見ていてくれたらしい。そんなささやかなおせっかいが、今の俺にはひどく温かいものに思えた。

 俺は、購買の建物に向かって軽く会釈をすると、誰もいない中庭へと向かっていった。


 ◆


 どこかほっこりしていた俺の心は、中庭に着いた瞬間に凍り付いていた。一人での久々の優雅な昼食、そんな些細な幸せも許してくれないのか、と俺は天を仰ぎながら一人、神様にごちる。

「おう、座れよ」

 そう、そこにいたのは諸悪の根元、沼田にとっての虎、俺を屋上に立たせたあいつらの中心人物の佐立だった。

「あ、うん……」

 沼田はすっかり怖くなくなったのに、俺は未だに佐立のことは怖いらしい。それも仕方ないといえるだろう。この目つきに体格、絶対に一人は殺していそうだ。それほどまでの威圧感を常に放っている。

「今日は一人分か?」

 唐突に聞いてくる佐立。

 一人分? ああ、パンのことか。

 それくらいのことにもとっさに頭がまわらないくらい、俺は余裕をなくしているようだ。

「うん」

 俺は力なくそう答える。

「よかったじゃねぇか。もう沼田の野郎にたかられなくてすんで。まあ、さっきのパンチは腰引けまくりだったけどな」

 そういってかすかだがほほえむ佐立。俺はそんな佐立の顔をみつつ、思考を驚きで満たしていく。

「笑うんだ……」

 普段、全くといっていいほど笑わない佐立が微笑んだ。それは、俺にとっては事件にも等しい出来事だった。不愛想で、いつも何かを睨みつけているだけの視線が微笑むなど、考えたこともない。

 そんな驚きがつい口からこぼれてしまっても、誰も責められないだろう。

「は?」

 が、俺の漏れでた本音を聞いた佐立からでたのは不機嫌全開の声。それを聞いた瞬間、ひどく後悔はしたのだが――。

「何言ってんだよ。今は気分がいいからな。仕方ないだろ」

 そういって、今度はしっかりと微笑んだ。

 意外すぎるその笑顔に、俺は開いた口がふさがらなかった。どう答えていいかわからず放心するしかない。

「おい、だから、そんなとこ突っ立ってねぇで座れよ」

「あ、うん」

 だからこそ、佐立の誘いに簡単にのってしまったのだった。


 佐立は、俺を隣に座らせると、しばらく無言のままだった。

 俺は、そんな佐立を警戒しつつ、時間も過ぎていくからとパンを無造作に口の中につっこんでいく。

 今、俺達は校舎を背もたれにして、中庭の地べたに直接座っていた。中庭はそれほど広くはなく、また、中庭といっても、校舎がコの字型で囲んでいる内側のスペースのことをそう呼んでいるだけだ。

 コの字の開けている部分からは直接校庭にでることができ、簡単な花壇と舗装された地面があるだけの中庭には人は多くは立ち寄らない。それゆえに、中庭には今は俺と佐立の二人だけであり、そのわけのわからない状況に、俺は首を傾げ続けていた。

 そんな俺の心情を察したのか、俺がパンを一つ食べ終わろうかという頃、ようやく佐立が口を開く。

「入学式の日なんだけどよ、猫がな、捨てられてたんだよ」

「え?」

「俺んちは母子家庭でな、だからあんまり裕福じゃねぇんだ。俺の学費も、俺のバイト代と奨学金でなんとかしてる。まあ、話はそれちまったが、だから俺は猫を飼えねぇし、どうにもできない。そう思って通り過ぎようとしたわけよ」

「あ、うん……」

 入学式の日、猫、どこかで聞いたことがあるような話だ。

「その猫を気にかけてる奴もいたみたいだが、とくに手を出そうとはしない。うちの学校のやつらも、時間が時間だったから横目でみながら通り過ぎちまう。そいつらは何もできないわけだ。でも、一人いたんだよ。猫に話しかけて連れ帰っちまうやつがな。そいつは猫を連れ帰っちまって結局遅刻だ。笑っちまうだろ?」

「は、はは」

 俺はそんな佐立の問いに苦笑いで応える。

 それ、俺のことじゃないか。なんだって、俺にそんな話をするんだよ。

 そんな憎まれ口を心でたたきながら、俺は佐立の言葉の続きを待った。

「俺はな、そいつをかっこいいと思ったんだ。弱い立場のやつに自分の都合関係なく手をさしのべてやれる奴は強いやつだからな。でも、そいつはなぜか入学式の遅刻のせいで、クラスに馴染めずいじめられはじめた」

 急に声のトーンを落とし、顔を険しくさせる佐立。俺はその雰囲気の変化と、話の内容に感化され、徐々に顔が険しくなる。それと同時に、首謀者であるはずの佐立が人事のように俺のいじめについて話していて、ひどくいらだちを覚えた。

 お前らが俺をいじめてたんだろ? それでその言いぐさとかふざけんなよ。

 そんな怒りの声が俺の心の中で木霊する。

「どうしてだか、俺はわからなかった。本当は強いやつなのに、どうして簡単にいじめられてるのかってな」

「そんなっ――!」

 とっさに声が出てしまう。それもそうだろう。いじめてた本人が、いじめていた理由がわからない? そんなことあるはずがない。あるはずがないんだ。

「そんな言い方ってあるか!? 佐立君達が俺をいじめてたんだろ!? そんな言い方っておかしいじゃないか!」

 俺は気づくと怒鳴っていた。立ち上がり、佐立を見下ろして怒鳴っていた。そんな俺の様子に、佐立はいらだつ様子はなく、淡々と聞いている。

「俺だって好きでいじめられてたわけじゃない! 普通に友達を作って、普通の高校生活をおくりたかったよ! それをお前等が――」

「悪かった」

 沸き立つ湯にそそがれた差し水のような佐立の言葉。その言葉に一瞬、電撃が走ったような感覚に陥った俺は、自然と怒りを鎮めていく。

「沼田の悪ふざけがエスカレートしていくのは見ててわかってたんだ。ちょっと声かけとけば、性根の強いお前のことだからなんとかなるって勝手に思ってた。でも、そうじゃなかったみたいだな。金にまで手つけられてんのに何も言わねぇお前にイライラしちまった俺もいてよ。昨日みたいなことになっちまった。本当にすまねぇ。悪かった」

 佐立の目はまっすぐ俺を貫いている。その目はひどく澄んでおり、およそ嘘をついている様子ではない。ひどく勝手な言い分だが、俺は佐立が俺のことをどうでもいい虫のようには思っていない事がわかり、うれしかった。佐立は、一人の人間として、俺を認識していたのだ。その事実に、少しばかり心が軽くなる。

「沼田の嫌がらせって佐立君がやらせてたんじゃなかったの?」

「は? あんなみみっちいことさせるかよ。人から金とるとか、男らしくねぇし。俺が黙って座ってたらあいつ等が勝手に寄ってきたんだ。そもそも、親が稼ぐ金をなんだと思ってんだ。まじ腹が立つ」

 そういって、佐立は怒りを顔ににじませる。俺はそんな佐立をみてたら、毒気が抜かれてしまった。黙ってみていた佐立にはむかつきはするが、本質的には悪いやつではないらしい。

「なら、もっと何か言ってくれればよかったのに。そしたら俺のお年玉がなくなることなんてなかったよ」

「お前がだらしないからだろ? でも、屋上から笑いながら飛び降りるとか普通じゃねぇよな! まじ驚いたけど、もう大丈夫だろ。沼田は今日みたいに一発かませば何も言ってこないだろうし。よかったじゃねぇか」

「結果論だよ」

 そういいながら俺は苦笑いを浮かべた。

 飛び降りようとしたわけじゃなくて、飛んだら落ちたんだよ。

 そんなことを思いながら、俺は再び佐立の隣に座り込む。先ほどまで感じていた恐怖はもうない。隣にいるのは、少しばかり強面な、ただの同い年の同級生なのだ。

「違いねぇ」

 そういって笑う佐立は、どこかうれしそうだ。俺は思わず、残っていたパンを佐立にさしだしていた。

「なんだよ」

「久しぶりに一人分だけ買ったから多く買いすぎちゃったんだ」

「だからなんだよ」

「よかったらどうぞ。昼ご飯、いつも持ってきてないんでしょ?」

 パンを差し出す俺を、佐立は訝しげな表情で見つめてくる。俺は、佐立から放たれる迫力に気圧されそうになるも、目をそらさず視線をかえした。

「俺はさしずめ、あのときの猫か」

 佐立は表情を崩すと、俺が差し出したパンを受け取った。

「ありがとな。でも、飯持ってきてないわけじゃねぇよ? 一時間目終わった時にいつも食っちまうからよ。昼には残ってないんだわ」

「な、そうなの? てっきり昼ご飯抜いて節約してるのかと……」

「そこまで苦学生じゃねぇって。じゃあ、まあ、遠慮なくいただきます」

「ちょっ――、ただの早弁だったら別にあげる必要なくない? ねぇ、ほら、それだったら返してよ!」

「今更遅いな、もう食っちまってるし」

 佐立はその大きな体を盾にして、俺が取り返そうとするのを妨害する。当然、俺が佐立にかなうはずもなく、パンは順調に佐立の胃袋へと入り込んでいった。

「あぁ、俺のやきそばパン……」

 腹は十分に満たされなかったが、今日が高校生活のなかで一番充実していた日かもしれない。そんなことを思いながら、俺は目の前にいる元いじめっこと、雑談を交わしていった。


 午後は特に何もなく帰途につく。

 俺の歩みはどこなく弾み、明日からの学校生活に思いを馳せる。

 今まで散々俺を苦しめていたことが、明日からは起こらない。それだけのことなのに、なぜこんなに気分が軽いのだろうか。

 やっと俺の普通の高校生活は幕を開けるのだ。そんなことを思いながら、俺はベッドへと潜り込んだ。


 そしてその夜、俺は夢の中でまた死んだ。


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