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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第一章 死を乗り越えて
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 わけがわからない! なんなんだ、あいつ。

 俺は、白い髪の少女の言葉を聞いた瞬間に、その場から走り去っていた。思い残すこと、と聞いて俺は咄嗟に昨日見た夢を思い出してしまったのだ。

 ふざけんな、あんなの夢だろ! 思い残すことってなんだよ。俺が死んだのは夢の中だけだ。あんなのは夢だ。どうして、あんなこと言われなきゃならないんだよ。

 自分の中で悪態をつきつつ、俺はひたすらに走っていた。すると、間もなく屋上の入り口にたどり着く。途端に心臓が激しく拍動し、先ほどの少女の言葉が頭の中をリフレインしていく。

『思い残すことはありませんか?』

 あるに決まってるだろ! まだ生きてきて十五年しか経ってないんだ。ふざけるな。

 少女の問いに無意識に応えながら、俺はその質問の陳腐さに反吐が出る思いを抱いていた。怒りのせいなのか、呼吸が速い。両手に力が入るも、それをぶつける場所などここにはない。

 そうこうしているうちに、やっと呼吸が落ち着いてくる。今までの経験から、あまり遅いとまた沼田がいちゃもんをつけてくるだろう。とりあえず、あの少女のことは忘れて、目の前のくだらない生活に戻らなければならない。

 そう考えた俺は、屋上のドアを開けて佐立や沼田の所まで小走りで近づいた。ほかにも三人くらいたむろっている。ここで多少息を切らす芝居をするのは忘れない。

「ごめん、購買混んでてさ。ほら、買って来たよ」

「遅せぇよ。昼休み終わっちまうだろうが」

 学校に決められた時間通り動こうとするあたり、沼田は相変わらず小者臭を漂わせている。

「あー、腹減った。高橋が遅せぇから、余計にだ」

 そう言いながら沼田は俺が買ってきたパンをほお張り配り始める。その光景をとくに疑問を持つまでもなく、周囲の人たちも見つめていた。っていうか、いい加減本当にパンは買えない。一日に数百円といえども、バイトをしているわけでもない俺がそんなに金をもっているはずがないのだ。だから、言わなければならない。さっきは殴られたけど、それでも言わなければもっとひどい目に合うのは目に見えている。

 俺は、勇気を振り絞り沼田に声をかけた。

「それより、さっき言ったことなんだけど……、やっぱりもうパン買えないよ。お年玉も、もうないんだ」

 俺の言葉に沼田はなぜだか驚いたような顔をしていた。そして、周囲を、いや、佐立を気にしながら苦笑いを浮かべている。どういうことだ? 何かまずかったのか? そういえば、沼田は佐立に内緒にしたがっていたな。

 俺は佐立に目をやった。すると、佐立はとんでもない形相で沼田をにらんでいる。修羅はいたのだ、この学校に。恐怖に震えながら二人を眺めていると、唐突に佐立が口を開く。

「沼田ぁ、お前、高橋から金巻き上げてんのか?」

「い、いや、違うんだよ! こいつが買ってきたいって――」

 沼田はその先を紡げない。佐立が人を射殺さんばかりの視線を向けていたからだ。

「俺の前では、金にだけは手ぇつけんなって、そういったはずだよな?」

「あ、いや……」

 それきり沼田も佐立も黙ってしまう。途端に張り詰めた空気が屋上を包む。俺は、なぜそんな状況になっているかわけがわからなかったが、なにやら沼田が佐立の逆鱗に触れたということだけはわかった。

「高橋、お前ぇもな。自分で稼いだ金でもねぇくせして、沼田にへいこら従ってんじゃねぇよ」

 なぜだか矛先が俺に向いてきた。その眼光は、俺の呼吸を容易く止める。

「えっと、なんで佐立君はいきなり怒って――」

「うるせぇ!」 

 いきなり声を荒らげた佐立は、そのまま立ち上がり、俺に近づいてくる。その勢いのまま、俺の胸ぐらを掴むと、真上から見下ろすように睨み付けてきた。

「お前に意志はねぇのかよ。あぁ?」

 ああ、俺はこのまま殺される。そう思わせるほどの圧力だ。睨みつけてくる目からは視線が外せず、思考はまっさら、膝は震え、声が上手くだせない。

「あ、あ、あの……」

 口が回らない。言葉が出てこない。何て言っていいかわからない。俺の恐怖以外の感情全てを消し去られたような、そんな感覚だった。

 そんな俺を見て、佐立は舌打ちをすると、掴んだ胸ぐらを力任せに放り投げた。そしてそのまま元いた場所に戻っていく。俺は無様に地面に転がった。

「高橋、お前、そこに立ってみろ」

「へ?」

「そこだよ、そこ。いいから立ってみろっていってんだ」

 佐立がそっけなく言い放った。俺はその言葉に愕然とする。

 そこに立つ? なんだそれ。そこって、そこは屋上の端っこだぞ? 柵の外だぞ? もしかして俺に死ねって言ってるのか?

 脈絡のない話の展開に俺の思考はついていこうとしない。そんな俺を差し置いて、沼田以外の連中はにやにやしながら口を開いた。

「はは。面白いじゃねぇか。ほら、皆もあいつを勇者にしてやろうぜ」

 そう言って、佐立の腰ぎんちゃく達は寝そべっている俺を引きずり、柵のところまで連れてきた。

「おい、待てよ! こんなとこから落ちたら死んじゃうって! まじで洒落にならないって!」

「いいから行けよ! 俺達はこっから見ててやっからよ! っていうか、飛び降りろだなんて言ってないだろ? しばらく立ってりゃいいんだからよ! ほら、いけって」

「いや、無理だって、む――うわあぁぁ、おい! おいっ!」

 抵抗する俺を持ち上げると、腰ぎんちゃく達はゆっくりと柵の向こうに俺を立たせる。そこまでくると、俺も激しい抵抗などできず、とりあえず落ちないように柵にしがみつくしかできない。

 下を見る。そこには、地面が広がっていた。屋上の、ではなく校庭の、だ。途端に血の気が引いていくのがわかった。夢と同じように、空は青く、俺は住宅街を見下ろしている。

 すかさず後ろを振り向くと、そこにはにやけた表情の腰ぎんちゃく達が俺を指差して笑っていた。

「うっ、うわあああぁぁぁぁ」

 現実を理解した瞬間、恐怖に支配される。

 足の震えは押さえきれない。掌には汗が滲み、あわてて掴んだアルミ製の柵がすべってうまくつかめない。腰は抜け、下に落ちないようにと必死で後ずさった。といっても、柵と屋上の端までの長さは数十センチしかないのだが。

「どうしたよ! ほらほら、高橋啓介くーん! しゃがみこんでないで立ったらどうだ?」

「はっ、どうせ弱虫には、そんな真似できねぇよ」

 そういって、再び笑い声が屋上へ響き渡る。


 これが既視感デジャブだ。そう確信できるほど、俺はこの状況を知っている。今朝見たあの悪夢とまったく同じ状況だ。そう思った瞬間、あの悪夢の続きを回想してしまう。この後に待っているだろう事態が、余計に恐怖を生み出していく。

 死、が現実になる。そんな予感が俺を支配していった。

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