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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第三章 二度目の死は突然に
14/19

「啓介君!? なんで! 嫌、嫌ぁぁぁ!」

 銀行内に響くは悲痛な叫び。その声が合図となり、その場にいた人達は皆、息を飲む。

「くそ! ふざけんな、このガキが! 邪魔すんじゃねぇ!」

 元覆面リーダーは声を荒らげる。その目には人間の温もりなど残っておらず、ただひたすらに冷たさだけを含んでいた。そんな中、芳先輩だけは、ひたすらに元覆面リーダーを睨みつけていた。そうしている間にもサイレンの音はどんどんと大きくなっていく。

「ちっ、早く逃げねぇとやばいか……」

 サイレンがまだここに着くには時間がかかると判断したのか、元覆面リーダーは途端に落ち着きを取り戻した。そして、今度は無言で芳先輩に手を伸ばしていった。その瞬間。

「うわああぁぁぁぁぁ!」

「なっ――!?」

 俺は渾身の力を込めて元覆面リーダーに体当たりをかました。

「ぐぅっ」

 ちょうど鳩尾あたりに当たったのか、元覆面リーダーは腹を押さえてうずくまる。

「があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そして、今度はその覆面リーダーの手元、銃にめがけて飛びかかった。

「ふざっ――けんなよ!」

 当然、俺なんかの力では敵わず、しがみついている俺をぶんぶんと振り回してくる。

 それでも離すわけにはいかないんだよ! 離したら俺だって、芳先輩だって殺されるかもしれないんだ!

 そんな思いは意味のない叫びとなって吐き出される。

「うぅぅっ! うおおおぉぉぉぉ!」

「このクソガキが!」

 硬直状態に陥った矢先、元覆面リーダーは俺に膝蹴りを繰り出してきた。腹に直撃するが、とりあえず痛くない。絶対手を離してやるものか。

「どうして……」

 俺の後ろでぽつりとつぶやくのは芳先輩。先輩はさぞかし驚いているだろう。腹を打たれて、膝蹴りされて、なおまだ狂ったように元覆面リーダーにしがみついているのだから。

 でもそんなことは今はどうでもいい。俺はとにかく! とにかく、いまだけでも父さんみたいにならなきゃならないんだ!

「があぁっ!」

 が、そんな希望すら、叶えることができないのだろうか。俺は、力負けして無惨にも元覆面リーダーから引きはがされる。当然、銃は元覆面リーダーが持ったままだった。

「手間かけさせんなよ! クソガキが!」

 再び乾いた音が木霊する。そして、今度こそ痛みが全身に走った。

「あ゛、あぁ」

 俺の左足、ちょうど太股のあたりが銃で貫かれた。その穴からは血があふれだし、すぐさま俺の左足を赤く染める。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

「な゛、う゛あうぅ」

「ちっ、動くなよ、外したじゃねぇか」

 そういって元覆面リーダーは再び俺に銃口を向けた。自然と銃口の奥が見える。真っ直ぐ……そう、ただ真っ直ぐと銃は俺の顔面めがけて構えられていた。

 慌てて自分の鞄を探すが、いつの間にか銀行の壁際まで吹き飛んでいた。あの中には、強盗への対策用品がこれでもかと詰め込まれているのに。頼りの綱も役に立たず、俺は恐怖と痛みで顔から首から全身に力が入る。歯を必死で食いしばっても痛みは一向に収まらない。それどころか口からは涎が垂れ、目や鼻からは涙と鼻水が止まらない。もう限界だ。俺は父さんにはなれなかったんだ。おしまいだ。もう……おしまいなんだ。


 絶体絶命、そんな言葉がまさに似合う最中、俺は藁にもすがる思いでポケットをまさぐった。

 なんかある! とにかくこれで!

 そして、手に当たったものを取り出すと、それを男に向かって突き出しながら倒れ込む。

「うわぁっ! んだ、こりゃぁ!」

 さっき思わずポケットにしまっていた半分に折ると飛び出るケチャップ。それを、倒れ込みながら元覆面リーダーの顔めがけておもいっきりかけてやった。

「わああぁぁぁぁ!」

 運良く目のあたりにとんだケチャップ。それは元覆面リーダーの視界を奪う。そして、再び俺は銃を持っている手元に飛びかかった。

 パン、パン、パン。

 乾いた音が響く度に体がこわばるが新たな痛みはやってこない。何かが割れる音がするが、そんなもの気にしてる余裕なんかない。

 カチャリ。

 そんな音が本当に鳴っただろうか。その音を契機に、時間が止まったように思えた。そう、俺は奪い取った銃を、元覆面リーダーに向けていた。

 ようやく視界が戻った元覆面リーダーは、その光景をみて絶句し動きを止める。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 左足の痛みは、拍動とともに全身に響く。その痛みに耐えながら、俺は銃口を元覆面リーダーに向けていた。手が震えている。恐怖からなのか、力が入りすぎている。が、決してその銃口を、元覆面リーダーからそらすことはない。

「今だ! いくぞ!」

 え?

 太い声とともに後から迫る圧力。俺は、それを感じた瞬間絶望した。まだ仲間が残っていたのかと、そう思ったのだ。

 しかし、その圧力は俺を通り過ぎて元覆面リーダーへと襲いかかる。気がつくと、大人の男が数名で元覆面リーダーを羽交い締めにしていた。

「よし! だれか! なんでもいいから縛るもんもってこい! ガムテープでもなんでもいいから早く!」

 大人達の声に、今までうずくまっていた人達も動き出す。そうこうしている間に、元覆面リーダーは無力化されていった。その様子をみて、やっと状況が飲み込めた。助かったのだ。

 安堵の表情で芳先輩を見ると、泣き崩れている先輩がそこにはいた。

 もう大丈夫ですよ。

 そんな言葉をかけようとしたのだが、それは阻まれた。なんの脈絡もなしに目の前に現れた女が鎌を振り上げていたからだ。唐突すぎて声はでない。まったく現実感のないその現象に、俺はただ見ているだけしかできない。そうしている間に、その振り上げられていた大きな鎌は、おもむろに俺に振り下ろされていた。

 死。

 夢を見るときと同じ感覚を俺は感じた。死んだ。死んだのだ。圧倒的な喪失感を感じながら、俺は死んでしまったと思った。が――、

「これは立派な天界法違反ですよ」

「お前は何をしているのかわかっているのか?」

 目の間に突如として現れたスノウが、その鎌を、自らの大鎌で受け止めていた。

「できれば、運命の中で死んでくれたらと思いここへいざなったんだが無駄だったようだ……その男は今ここで死ななければならないんだ。どけ」

「いえ、どきません」

 そうこうしている間にサイレンが間際まで迫っていた。そして、徐々に、俺の目の前で行われているやりとりに気づくものも出てきたようだ。

「ちっ、騒ぎになると面倒だ。またいずれ」

 そういうと、現れたときと同じように唐突に消えうせた。スノウは、鎌を持っていた女がいたところをじっと見つめている。

「スノウ……今のって」

 俺の問いにスノウは答えない。ただただ視線を動かさず、顔をしかめている。

 俺はスノウを後ろから見つめていた。透き通る白い髪が光に照らされてキラキラと光っている。その姿は戦う天使。とても死神のようには見えないほど美しかった。

 いつしかサイレンは止み、警察官がなだれ込んできた。たちまち、銀行の中は怒号と安堵の声が入り混じるが、俺はそれをぼんやりと聞きながらやはりスノウを見つめていた。どこか悲しそうなスノウの顔を、ただじっと見つめていたのだ。


 ◆


「ほんと、何もなくてよかったな?」

「いだだだだだだ! 何すんだよ! 痛いよ! 怪我してんだよ!」

 佐立はしゃべりながら俺の左足に寄りかかってくる。痛い。やめろって。まだ、俺は入院してるんだし、ここは病室だ。騒ぐ真似はできるかぎりしたくない。

「そうやって痛がってられるんだ。よかったじゃねぇか」

「本当にね。無事でよかったわ。……それとね、本当にありがとう。啓介君」

 顔を赤らめた芳先輩は俺に微笑みかける。

 なにやら、今日は皆で見舞いにきてくれたみたいだが、ずっと芳先輩の様子がおかしい。風邪でもひいたのだろうか?

「いや、いいんです。お互いこうやって無事なんですから」

「じゃあ、別に寄りかかっていいよな」

「いだだだだだだだぁぁぁぁ!」

 そう言って佐立は再び俺の足に寄りかかってくる。ふざけんな! 

 なんなんだ! そんな騒ぎを起こしている間、スノウは白い髪を撫でながら、静かに立っている。

「そういえば、昨日は結局どうなったの?」

 俺は、あの後病院に運ばれて顛末をしらなかったのだ。

「ああ、昨日な。結局、啓介が揉み合った男はその場にいた職員とかに取り押さえられてお縄。ほかの連中も全員捕まった」

「っていうか、逃げた人達は佐立君が捕まえたんだもんね」

 芳先輩の言葉に佐立は気まずそうに頬を書く。

 ってか、佐立が? あの人数を? どんだけ喧嘩強いんだよ。佐立だけは怒らせちゃいけない。

「す、すごいな」

「別に出てきた連中を全員ぶっとばしただけだ……って、そんなんはどうでもいいんだよ」

 照れたように視線を背ける佐立。おい、男のツンデレとは誰特だ?

「んでだ。啓介は左足からの出血がひどくて入院。俺達は現場にいたから事情聴取されて昨日は終わったってわけだ」

「通報してくれたのは佐立だったのか?」

「ああ」

「そっか。本当にありがと、ね」

 この通報がなかったら俺は死んでたかもしれないし、芳先輩は連れ去られてたかもしれない。感謝してもしきれない。

「お礼を言われることじゃねぇ。それよりも、啓介のほうがすごかったらしいじゃねぇか。首謀者から銃奪っちまうんだから」

「啓介君の行動に触発されて立ち上がれたって、最後に犯人を取り押さえた人達が言ってたんだよ。ほんと、かっこよかったんだから」

 あんな泣きながら涎をたらしていた姿なんてできればだれにも見せたくなかったんだが。ほんとうに恥ずかしすぎる! でも、俺がしたことで誰かが救われたならよかった。少しだけ父さんに近づけたかな、と心なしか嬉しくなった。

「あ、でもお腹打たれたときはびっくりしたんだからね!? ほんと、心臓止まるかと思ったんだから」

「ああ、あれはすいません」

 そう、銀行強盗との争いの中、腹に打たれた弾は当たりこそすれ、俺自身に傷をつけてはいない。それもそのはず、俺の腹には週刊誌が仕込んであったのだ。古くさい手だが、それが俺の命を救った。佐立やスノウと対策をたててから、俺は外出するときにはかならず打たれるだろう腹に週刊誌を仕込んでいた。それがこうして本当に命を救うことになるとは、到底思っていなかったけれど。そして、思いのほか元手がかかった強盗対策グッズは全く役にたたなかった。なんとも悲しい。これで小遣いもすっからかんだ。

「でも、結果的にはよかったです」

 そう言って笑うと、それに佐立と芳先輩も応えてくれた。

「でも、一つだけわからないことが残ってるの」

「え?」

「啓介君もわかってるでしょ? 銀行強盗を取り押さえた後、急に現れた女の人とスノウちゃん……。あれは何なの?」

 病室の空気が一転した。今まで押し黙っていたスノウは、顔をしかめて芳先輩を見つめる。その視線に応えるように、芳先輩もスノウをじっと見つめていた。その視線に追従するように、俺も佐立もスノウを見る。その様子に観念したのか、スノウは近くにあった椅子に腰をかけると、小さく息を吐いて話しはじめた。

「あの人は私の保護者みたいな人です。グリセオール先生っていって、小さいころからよくしてくれました」

「先生?」

 じゃああの人も天界の人間か? 鎌を持っていたからもしかして。

「グリセオール先生も死神です。私の試験が成功するように応援してくれていました」

「それで俺を殺そうと?」

「でも、そしたら私の功績になりません。そうなれば私は試験に落ちて死神にはなれませんし、何より理由もなく死神が人の命を刈り取ることは天界法で禁止されているんです。あんなこと……ありえない」

 スノウは両手をぎゅっとにぎりしめる。俺の横で「どういうこと?」と首を傾げている芳先輩は申し訳ないがちょっと放っておこう。

「昨日の夜、私にこれが送られてきました。グリセオール先生からの手紙です」

 そう言いながらスノウはおもむろに手紙を取り出す。どこかアンティークな紙に書かれているのは仕様なのか趣味なのかわからない。

「その手紙には、こんなことが書かれていました。『高橋啓介の運命を歪めることで他の人間にも影響が出始めている。早急に対処の必要あり。ゆえに、スノウ死神研修生には試験の迅速な遂行を命じる。手段は問わない』と」

「他の人間に影響?」

「手段は問わない……」

 事情を知っている俺と佐立はごくりと唾を飲み込んだ。一部理解できない部分があるが、いうなれば早く俺を殺せということだろう。

「他の人間への影響……これはもう出始めているそうです。最近の原因不明の死亡事故……あれは啓介さんの運命が歪んだ事によりほかの人の運命まで歪んでしまっているせいなんだそうです。そして、今回の――」

 スノウが淡々と話しているときに、テレビから緊急速報を示すアラーム音が響いた。皆一斉に顔を向ける。

『速報です。えー、今入ってきた情報によりますと、ビルが倒壊して多数の死亡者が出た模様です。死亡者の数はまだわかりませんが、このビルには千人を超える人たちが働いていたらしく、消防隊が懸命に救助に向かっておりますが、生存は絶望的だとのこと――』

 すぐさまスノウを見ると、スノウはゆっくりと頷いた。

「これも他の人間への影響の一つです……」

 スノウの強く握られた手は細かく震えている。それが恐怖からなのか何なのか、俺にはよくわからなかった。


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