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「・・・今夜は寝るか。」
碧が気を使っているのが判る。
「ん・・・。」
それでも華恋は自分で決めた事なのに、まだ未練が断ち切れていなかった。
「ひ・・・っく・・・。」
碧のベッドの中で、声を殺して嗚咽する華恋を、碧はただ抱き締めた。
「ひ・・っく・・・。」
華恋のすすり泣きは止まない。
碧の唇が華恋の唇に触れる・・・。
柔らかい・・・。
今夜だけは泣かせて。
「ごめ・・・碧・・・。」
「気にすんなよ。あたしでよければいつでも慰めてやるぜ?」
それ・・・。
どういう意味に取ったらいいのかな・・・??
「碧・・・。」
「何?」
少し躊躇いながら、華恋は言った。
「あたしを・・・抱いて・・・。」
「本気か?」
「うん・・・。碧をこんな事に巻き込みたくなかったけど・・・。あたし自分で自分が支えきれないの・・・。」
「ふぅん・・・判った。」
そのままふたりの身体は重なっていった。
「ふ・・・ぇ・・・。」
「まだ泣いてんのか?」
ベッドの中、ふたりはお互いの体温を確かめ合っていた。
「ご・・・め・・・。」
「いいよ、泣けよ。但し今夜だけだからな。」
「ん・・・うん・・・。」
細い肢体で碧は華恋をただ、抱き締めていた。
「碧・・・。」
「何だ?」
「あたし・・・薬飲まなくちゃ・・・。」
薬?
「何の薬だよ?」
「・・・安定剤と睡眠薬。」
安定剤?
睡眠薬??
そんなに弱くは見えなかった華恋の、裏の顔。
「・・・いつからだ?」
「さぁ・・・陸と付き合い出して・・・それから・・・。」
華恋の瞳から涙が零れ落ちた。
「最初に・・・知らない女の子と一緒にいる所に・・・鉢合わせしちゃって・・・。」
もうそれ以上聞く必要はなかった。
「そっか・・・辛かったな。」
わっと、堰を切ったように華恋は泣いた・・・----。
碧は何も言わなかった。
何も聞かなかった。
ただ、華恋が泣き止むまでずっと頭を撫でていただけだった。
華恋にはそれが嬉しかった…。
やがて睡眠薬が効いてきた華恋は、碧の腕にしがみついたままの状態で眠りに堕ちた。
…―朝。
「きゃぁぁぁ〜。」
けたたましい華恋の声に、碧はベッドから飛び上がった。
「…何だよ?五月蝿せぇなぁ〜。」
「あ…、あたしの、顔がぁぁ〜。」
「あ?顔がどうし…ぶっっ…。」
「笑ったね?今、笑ったよね?」
くっくっ、と堪えてはいるけれど、漏れる笑い声。
次第に声が大きくなり、碧はけらけらと笑い出した。
「何?その顔は…?泣きすぎか?」
「知らない〜。あたし今日休む!」
「駄目だ、そんな事あたしが許す訳ねぇだろ?」
「碧ちゃ〜ん…。酷くない?」
「全然!冷やせばそんな腫れ直ぐに退くって。とにかく会社は休むなよ。上司命令たからな。」
なななな何よ?
それって職権乱用じゃないの?
「もう!判ったよ。…とにかく冷やさなくちゃ。」
ほ…。
少しは元気になったみたいだな…。
「華恋、遅刻だぞ。」
「華恋、早く支度しろ。マジで遅刻だ。」
う〜。
こんな顔で会社なんか、行きたくないよ〜。
「碧ちゃん…。休ん「だ〜め〜だ〜。」」
もう!
判ったよ。
「判ったよ、でもあたし今日仕事にならないと思わない?」
「全然大丈夫だ。仕事は山の様にやらせてやるからな。」
非道〜。
碧って、優しいのか何だか判らないなぁ。
でもあたし…昨夜は碧と…。
本人は全然何もなかったみたいなんだけど?
おかしいなぁ?
やっぱり碧って、そっちの趣味なんじゃないのかなぁ?
「?何独りで百面相してんだ?」
「ひゃ、百面相って酷い…。」
碧はけらけら笑いながら、華恋の手を掴んで歩き出した。
華奢なその手に、引っ張られる様に華恋も歩き出した。