8
次の日。
まだ寝ていた碧を起こしたのは・・・。
「きゃぁぁ〜。いったぁ〜ぃぃ・・・。」
荷物を運んでいて、見事にこけた華恋の悲鳴。
「るっせぇ〜。何やってんだ?朝っぱらから。」
碧の怒鳴り声が頭上から響いてきた。
「碧ぃ〜・・・立てない。」
「あぁ?何やってんだ?てめぇは?」
そう言いながら手を差し出した。
その手が思ったより、暖かくて・・・。
あたしは不覚にも涙が零れ落ちた。
「な、何だよ。泣く事ねぇだろ?」
「・・・違うの・・・あたし・・・陸と別れちゃった・・・。」
はぁ〜・・・---。
そういう訳かよ。
「とにかく立てよ?コーヒー飲んでから片付けようぜ?な?」
そのか細い腕からは思いも寄らない力で、あたしは碧に引っ張られた。
・・・----リビング。
「ねぇ・・・?碧?これってコーヒーって言うのかな?」
目の前には缶ビール。
「いいじゃねぇかよ。飲みたい時が旨いんだぜ?」
・・・物凄い理屈。
でも、悪くないかも。
華恋にようやく笑顔が戻って来た・・・-------。
「この部屋、華恋の部屋だぜ。」
ワンルームと違って、二面に窓がある。
「きゃぁ〜、明るい〜。景色最高じゃん。」
窓からは河川敷が見下ろせる。
「あたしの部屋と同じ造りだけどな。いいだろ?」
きゃっきゃっと、はしゃぎながら華恋は言った。
「ねぇ、碧。あたし買い物行きたい〜。」
「あぁ?何買うんだよ?」
「この部屋に合う家具〜。」
「んなの後でもいいじゃねぇか。」
「だって・・・あたし寝るとこない・・・。」
碧は華恋の頭をくしゃっと撫でて、それからこう言った。
「今夜はあたしの部屋に泊めてやるから、な?」
えぇぇぇ〜???
「み、碧やっぱりそっちの趣味・・・。」
「てめぇ、人が親切にしてやってんのに何だよ?判った。てめぇは今夜床で寝ろ。」
「いやぁ〜ん、碧ちゃんそれ酷いわぁ〜。」
弾けるような笑い声が、部屋中に木霊した。
楽しいな・・・。
もう、陸なしでも大丈夫だよね?
さよなら・・・陸。
もう・・・会わない・・・-----。
「碧って猫みたいだよね?」
近所のスーパー迄の道で華恋が言う。
「んじゃ華恋は犬だな。キャンキャンよく吠えるし。」
「ひど・・・。」
「んだよ?華恋が先に言ったんだろ?・・・ってあれ?華恋?」
華恋はまたしても可愛い雑貨屋に引っかかっていた。
「てめぇはマジで紐つけるぞ。」
「だって可愛いお店が・・・。あっこれ、可愛いと思わない?」
「全然。」
碧は煙草を咥えながら素っ気無く言った。
うっ・・・。
「たまには一緒に可愛いって言ってくれてもいいじゃんか〜。」
「だってあたしの趣味じゃねぇし。」
全く正反対の性格のふたり。
「じゃあ今夜のご飯は何?」
「何だよ?あたしに作れってか?」
「あれ?違うの?」
「てめぇにはドッグフード買ってやるよ。」
「碧ちゃ〜ん?あたし本当に犬扱いじゃないのかしら?」
「だって犬だろが?」
「今夜のおかずは焼き魚ね?碧?」
スーパーのカゴに干物を入れる華恋。
「てめぇは今夜メシ抜き。」
「あっ、忘れてたぁ。」
「・・・何だよ?まだ何かあんのか?」
「シャンプー切れてたんだ。ちょっと待ってて。」
やれやれ・・・。
碧は縁石に腰を下ろして、煙草に火を付ける。
その仕草が何故か、人目を引く程カッコいい。
細身の身体にミニスカート。
キャミソール。
道行く人の誰も真似の出来ないファッションだ。
「お待たせ〜。」
よっこらせ、とばかりに碧は立ち上がり言った。
「帰るか?」
「うん。」
まるで恋人同士の様に腕を組んで歩いた・・・。
その時、華恋は碧の左手首にあるものを見てしまった・・・----。
・・・----碧のマンション。
「華恋、風呂頼む。」
「了解ぃ!!」
なるべく気にしない様に、華恋は陽気に振舞った。
「一緒に入るか?」
「またなの〜?碧ちゃんやっぱりそっちの趣味・・・ぶっ。」
碧に頭からシャワーの攻撃を受けた。
「も〜。酷くない??」
「あぁ?誰が悪いんだ?」
仕方なく華恋はびしょ濡れの服を脱いで碧と一緒に・・・。
「・・・碧?聞いてもいい・・・?」
「何だよ?」
「その・・・傷。自分でやったの・・・?」
碧の手首には無数の躊躇い傷が付いている。
「ああ・・・これ。癖みたいなもんなんだ。」
「そう・・・。」
もうそれ以上華恋は聞こうとはしなかった。
いつか・・・-----。
「あ〜すっきりしたぁ。」
華恋が髪を拭きながら、冷蔵庫を開ける。
「おい、華恋。」
「あら?なぁに?碧ちゃん。」
「何さりげなくビール飲んでんだよ?」
「あらぁ〜、ごめんなさい。碧ちゃんも飲むわよね?」
「当たり前・・・じゃなくて、てめぇには遠慮ってもんがねぇのかよ?」
「?何を遠慮するの??」
あ〜・・・。
頭いてぇ・・・。
こいつと一緒に住むの取り消そうかな・・・。
その時、華恋の携帯が鳴った。
ディスプレイには・・・陸の名前。
華恋は出るのを躊躇った。
「・・・どうした?誰から?」
「・・・陸。」
碧の表情に曇りが見えた。
プツッ!
「・・・もしもし。」
「華恋?お前今何処?」
「会社の人のマンション・・・。」
「お前・・・本気なの?」
「そうだよ。だからもう・・・あたしに関わらないで。」
「判った・・・元気でな。」
ツーツー・・・と虚しく響く音。
華恋はその場に座り込んだ・・・------。