10
「お早う!」
「お早うございます、主任…と伊藤さん?」
華恋は雛に引っ張られた。
「華恋!何で主任と一緒に出勤して来たのよ?」
「あ〜、色々あってさ、あたし今主任の部屋に引っ越したんだ。」
「へっ?何それ?展開早くない?」
「いや…、どっちみち陸とはもう無理だと思ってたしね。」
「それにしたって華恋やる事が…。」
「まぁまぁいいじゃないの。あたし主任と一緒の方がいいもん。」
「え??それってまさか…?」
その時、碧に呼ばれた。
「伊藤、コーヒー。」
「あ、はい。」
碧にコーヒーを渡して仕事に就こうと思った瞬間。
「華恋、あの娘と仲良く何話してんだよ?」
「えっ?何が?」
それは紛れもない嫉妬だった…。
「あの娘だろ?雛ってのは。」
「そうだけど…何で主任怒ってるんですか?」
周りを気にしながら、華恋は敬語で話した。
部署内がざわついている。
「今日の被害者は伊藤さんか?」
「でも彼女何も失敗してないんじゃ…?」
「お前ら、煩いぞ。自分達の持ち場に戻れ。」
碧の一声で、騒然としていた部署内が、水を打った様に静まり返った。
−…−…キーンコーンカーンコーン…−…
お昼を告げる鐘が鳴った。皆、其々昼食を摂るべく外に出ていった。
華恋は…。
「「華恋。」」
碧と雛、ふたり同時に呼び止められた。
「あれ?碧ちゃんは怒ってたんじゃ?」
「ふざけるな。てめぇは誰と昼メシ食いに行くんだよ?」
「あ…あの、あたしは遠慮します。」
雛子がふるふる手を振りながら、一人でエレベーターに飛び乗った。
「雛どうしたのかな?」
相変わらず能天気な華恋だった。
「華恋、メシ行くぞ。」
「待ってよ?碧何か怒ってる?」
「…別に。」
そうかなぁ?
怒ってる様に見えるんだけど。
なんて考えてたら、碧はさっさと蕎麦屋に入って行った。
「早く来いよ。」
「碧ちゃん、今日はお蕎麦なの?」
「あたしが食いてぇからだ、華恋も一緒だろ?」
ふぅん…。
お蕎麦な気分なんだ。
って、どんな気分だし?
ま、碧が自己中なのはよく判ってる事だし。
−…ガラッ!
蕎麦屋の暖簾をくぐり抜け、店内に入る。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
「そうだよ、小上がり空いてるか?」
碧は常連らしく、お店の人がにこやかに応対していた。
「こちらどうぞ。」
先客の器を片付けながら、直ぐに席を用意してくれた。
「碧ちゃん、このお店よく来るの?」
「そうだな…、いつもひとりだからな。」
いつもひとりでお昼食べてたんだ。
「もうひとりじゃないよ?」
碧は煙草に火をつけ、笑いながら紫煙を吐き出した。
「そうだな、これからはペットが一緒だな。」
「み、碧ぃ〜、ペットって何?」
「あぁ?てめぇの事だろが?あれ?違ったっけ?」
華恋はムスッとして、同じように紫煙を吐き出した。
「華恋煙草似合わねぇな。」
碧が微笑みながら言った。
「そう?あんまり考えた事ないけどな。」
「自分の事は判らねぇってか?」
碧が妖しく笑って言った。
「何?その意味深な笑い方は?」
「さぁな。ほら、蕎麦来たぜ。」
−…暫しふたりのお蕎麦を啜る音が響いた。
ふと気付くと、カウンターに座ったサラリーマン達の視線は、碧に集中していた。
綺麗だからなぁ…。
性格悪いけど見えないしなぁ…。