正しさの惨い
ー正しさの惨いー
<濃淡の普遍性>
<タイトルとの解離>
<ならではのマーチ>
<言葉の扱い>
<分からない正しさ>
<濃淡の普遍性>
夕方五時になり、”日本セントラルテレビ”のスタジオでニュース番組が始まった。
「こんばんは、ニュース『タイムゼロ』のお時間です。メインキャスターの”小野寺誠”です」
小野寺が、カメラに向かって真剣なまなざしで話し始める。
「サブキャスターの”新谷玲央”です」
新谷も、自分の名前を言ってお辞儀をした。
「まずは、昨夜関東で発生した地震のニュースから……」
小野寺が手元の台本を一枚めくり、さらに気を引き締めて言った。
二時間後、生放送のニュース番組が終わった。二人のキャスターは椅子から立ち上がり、セットを出てスタジオの出入り口に向かう。セットの外に出ると、コンクリート打ちっぱなしの壁の景色が一面に広がっていた。カメラより後ろには、出演者の何倍もの人数のスタッフがいる。
「小野寺さんお疲れ様です!」
放送が終わった小野寺に一人の女性が、水が入ったペットボトルを持って駆け寄った。
「ありがとう。君、見たことない顔だね。新人かい?」
小野寺は笑顔でそれを受け取った。
「はい。今日から入社しました。アシスタントディレクターの”青木”です」
青木ははきはきとした声で答えた。
「この番組のADってことは、上司はディレクターの”中野”さん?」
小野寺は再度、青木に質問した。小野寺は日本セントラルテレビのアナウンサーとして三十年近く働いているベテランアナウンサーだ。テレビ局の裏話や人間関係などにも詳しい人物。
「は、はい……」
「じゃあ、頑張ってね。中野さんは昔から部下に厳しくてね。この番組のADは、君で四人目だよ」
「そうなんですねw……」
青木は、苦笑いをした。
「お疲れ様!」
青木はそう言って、その場を離れた。
次の日の早朝、青木は中野に頼まれていたタイムゼロのフォーマットを、徹夜で仕上げて中野に提出した。
「中野さん、明日の放送のフォーマットできました」
「ああ、見せてみろ」
青木が書いた放送内容の順番を示したフォーマットと呼ばれる用紙に、上から下までサラッと目を通した。眼鏡を少し上げ下げして、文字のピントを調節している。
「お前はこの順番で放送して、視聴率が取れると思うのか?」
中野は、青木の目を凝視した。眼鏡越しからでも圧が伝わってきた。その目はまるで刑事ドラマで犯人の取り調べをする時のベテラン刑事の目の様だ。
「え……」
青木は何が聞きたいのか意味が分からず戸惑いを隠せなかった。
「たかが『順番』だと思ったか?いくら報道番組でも、放送する順番を間違えたら視聴者に伝わるものも伝わらないぞ」
「はい、今すぐ作り直します」
青木は若干納得していなかったが、とりあえず返事をしておいた。
「いい。これは俺がやっておく。お前はこの企画の取材でも行って来い」
中野はそう言って、青木に企画の詳細が書かれた紙を乱暴に手渡した。
「はい……」
青木は覇気のない返事を返した。自分のデスクに戻るときの足取りも、面倒くさそうに戻って行く。
テレビ局の三階にある青木のオフィスからエレベーターで一階に降りると、既にエントランスでタイムゼロのサブキャスター新谷が待ち構えていた。それに気づいた青木はすぐさま新谷のもとに駆け寄った。
「新谷さん、おはようございます。今回の取材に同行させてもらいます、青木です。よろしくお願いします」
「おはよう。よろしくね」
新谷は、青木と目を合わせて優しい表情で言った。
「今日はスーパーマーケットでの取材ということで、車で向かいましょう」
二人はそのまま、テレビ局の駐車場に停めてあるロケ車に乗り込んだ。青木は運転席に乗り、ゆっくりと発進した。
しばらく車を走らせていたが、二人ともほぼ初対面だったので、仲良く話すという雰囲気でもなかった。さすがにその雰囲気に堪えかねた新谷が口を開いた。
「青木さんは今日が初取材?」
「はい、そうなんです」
青木は、テレビの前にいる存在だった新谷にそんな事を言われたので、少し動揺した様子で受け答えしていた。緊張が表れないように、なんとか運転に集中しようとしてる様子が見てとれる。
「あんまり緊張しないで、気楽にね。テレビ局ではこれが日常だから」
「はい、ありがとうございます」
目的地まではそこまで遠くなかったので、十五分も経たないうちに到着した。スーパーマーケットの駐車場に到着するや否や青木は車を降りて、スーパーの方へ向かった。
「アポが取れているかを確認してくるので、ちょっと待ってってください」
五分ほどで戻ってきた。青木は後部座席のドアを開けて、新谷を誘導する。
「準備できました。お願いします」
「本日はよろしくお願いします。スーパーマーケット”パスカル”店長の”馬場”です」
スーパーの入り口では、店長の馬場が二人が歩いてくるのを見守っていた。馬場は、身長がそこそこ高く、普段から鍛えているのかガタイがいい。さらに、半袖Tシャツ、長ズボンの私服の上から緑色のエプロンを身に着けている。左胸辺りのつけられた名札には、確かに店長馬場と書かれている。
「日本セントラルテレビのアナウンサーの新谷です」
「日本セントラルテレビのADの青木です。本日は『物価高』をテーマに色々とお話を伺えればと思っています」
二人は頭を下げて挨拶をした。
「早速始めましょう!」
青木が二人に呼びかけた。
三人は正面の自動ドアをくぐり、店内へと入った。スーパーの開店時間前だったので、店内にはまだ客はいない。所々でスタッフが開店準備をしている程度だ。コメ売り場の棚の前まで来ると、青木は大きな黒いカバンからカメラを取り出して構えた。隅の方で新谷は台本を何度も復唱しているようだ。新谷はここ数年前に入社したばかりなので、業界的にはまだまだ新人だ。馬場も少し緊張してモジモジしている。新谷にもマイクを渡し、撮影の準備を一通り整えた。
「カメラ回ります。三、二、一……」
青木はカウントをしてからカメラを回し始めた。
「こちら都内のスーパーマーケットパスカルさんにお邪魔しています。店長の馬場さんにお話を伺います。よろしくお願いします」
青木の合図で新谷はカメラに向かって話す。
「よろしくお願いします」
馬場が少し緊張気味に言った。
「早速ですが、ズバリ物価高の影響受けていますか?」
「はい、特にコメの不作による物価高の影響が大きくなっています。こちらの商品のように五㎏で四千円を超えるものが多くなっています。しばらくは、値段も下がらないと考えられます」
馬場は、近くにあるコメの商品棚を差しながら言った。
「今後も、我々の生活に直結する物価高の問題からは目が離せません」
「はい、OKです。ありがとうございます」
青木は大きな声でそう言うと、重そうなカメラを下ろした。
「取材は以上になります。ありがとうございました」
「お疲れ様でした」
新谷は、馬場に向かって深く頭を下げながら言った。
「こちらこそ、ありがとうございました」
それに続いて馬場も頭を下げた。
「新谷さん、車に戻りましょう」
青木は新谷を引き連れて車に戻った。
帰りの車内は行きよりもお互い打ち解け合ったような感じがした。
「この後は、タイムゼロの生放送の準備をお願いします」
運転しながら青木が言った。
「今日の生放送もよろしくね」
新谷は優しく声をかけた。
「はい、よろしくお願いします。私はこの素材を、今日の生放送に向けて編集します」
「ADも大変ね」
「いえいえ、番組に出演されている新谷さんたちの方が大変ですよ」
青木が遠慮がちに言った。
「そう?w」
新谷はそう言って微笑んでいた。
車が放送局に着くと、新谷は出演者の控室へ、青木はオフィスへ走った。青木は自分のデスクに座ると、急いでVTRの編集を始めた。目にも止まらぬ速さで、スーパーマーケットで録った素材を編集していく。
「そろそろ放送時間だぞ、急げ!」
デスクの後ろを通りかかった中野がパソコンの画面を見て、青木を焦らせる。
「はい!」
青木はパソコンの画面に食らいつきながら、思わず大きな声で返事をした。中野は編集の様子をじっと見ていた。
「放送データできました!」
「オペレーター室に持っていけ」
青木は椅子を思いっきり引いて立ち上がった。中野も一歩下がり、オペレーター室へ走っていく青木の後ろ姿をどこか懐かしそうに眺めていた。
「すみません。今日の放送のVTRです」
オペレーター室へ着いた青木は、かなり息が上がっていた。
「次からはもう少し早く持ってきてくださいね」
「はい。すみません」
椅子に座っていた偉そうな男性が立ち上がり、怒り気味に青木の持っていた放送データを受け取った。
<タイトルとの解離>
次の日の朝、青木は新人らしく朝はかなり早く出勤した。八時に会社に着いてオフィスに入ったが、青木の隣のデスクには既に中野が座り、仕事を始めていた。
「中野さん、おはようございます。今日も早いですね」
「おはよう。もうそんな時間か」
中野は腕時計を確認して言った。
「俺、ここに住んでるんだよ」
「ここに住んでる?」
青木は、中野が言っている意味を理解するまで時間がかかった。
「ほら、あのテント。俺はあそこで寝泊まりしてるんだよ」
中野は、オフィスの奥の角の方に置かれた緑色の小さなテントに目線を向けた。確かにテントの周囲の空間には生活感が溢れている。
「ご家族とかいないんですか?」
「いるけど、結局ここに住んでた方が緊急事態の時もすぐに対応できるし、便利なんだよ」
中野は、至って真面目な表情で話していた。
「そうなんですねw」
青木はとりあえず笑っておくしかなかった。
「青木も早く来てくれたことだし、今日は俺と一緒に街頭インタビュー行こう」
中野は青木の方に向き直し、今思いついたかのような口調で提案した。
「街頭インタビューですか?」
「ああ、都内で人気のラーメン屋についてのな。明日以降のタイムゼロの企画で特集するんだ」
「分かりました。すぐにカメラとマイクを準備します」
青木は急いで機材室にカメラとマイクの入ったバックを取りに向かった。
「準備できたようだな。よし行くぞ」
機材室から戻った青木を見て言った。青木は自分のデスクに置いてあるパソコンの画面が一瞬、目に止まった。パソコンにメールの通知が届いていた。
「ちょ、ちょっと待ってください……」
そう言うとパソコンのメールアプリを開いた。
『”坂口”_私個人のことなのですが……』
青木は『坂口』という名前には心当たりが無かったので、すぐにメールを閉じた。
「なんでもありませんでした。行きましょう」
何かがおかしいという違和感を気にしないようにして、精一杯の表情と仕草で誤魔化した。中野もそれを見て頷き、一階まで降りるエレベーターまで歩き始めた。
テレビ局から数分歩いたところにある大きな道まで辿り着くと、中野は周囲をよく見渡しながら話し始めた。
「通りかかった人全員に声を掛ければいいというもんじゃない。時間が無さそうな人、急いでいるような人は絶対にNGだ。例えば、あの人なんかはインタービューに答えてくれそうだな」
中野は、左から歩いて来た優しそうでラフな格好をしている男性に声をかけた。
「すみません。日本セントラルテレビのものなんですけども、街頭インタビューを実施してまして。少しお話を伺うことできますか?」
「少しなら、いいですよ」
男性は何のためらいもなく了承した。その言葉を聞いて、青木はカメラを回し始めた。
「ありがとうございます。都内で人気のラーメン店に関するインタビューを行っているんですが、あなたが都内で一番だと思うラーメン店はどこですか?」
中野は男性にマイクを向ける。
「そうですね〜。浅草にある『来々軒』ですかね 」
「ズバリ、そのお店のおすすめメニューは何ですか?」
「おすすめはやっぱり定番の中華そばですかね。懐かしの味という感じもしますし、これが正解という安心感がある一品ですね」
「以上でインタビューは終了になります。ありがとうございました」
「最後にこちらの『出演承諾書・肖像権利用同意書』にサインをお願いします」
青木が男性に一枚の同意書を差し出した。男性は、青木に言われた通り同意書の所定の位置に名前を書いた。事を済ませた男性は、もと来た道へ歩き始めた。
「次は青木がやってみろ」
一呼吸置いてから中野が言った。
「私ですか……。はい……」
青木は一瞬嫌な顔をしたが、このまま何もしない訳にはいかないので、仕方なく返事をした。目線を街頭を歩く人々に向けて、インタビューできそうな人を見極める。
「あの女性とかどうだ?」
中野は、自分より少し歳がいくかいかないかくらいの女性を指さした。
「すみませ~ん……」
「何ですか?」
女性は振り返って青木の顔を見た。
「日本セントラルテレビの……。あ……」
青木は何かに気付いたのか、女性と目が合った瞬間会話をやめた。
「え……」
女性も何かに気づき、気まずそうな顔をした。
「すみませんでした……」
青木はそれだけ言って、女性と距離を取った。その後、女性は何も言わずに小走りで去って行った。
「どうした?知り合いか?」
その一幕を見ていた中野は、不思議そうな顔で青木に尋ねた。
「いいえ、あの女性は急いでるようだったので」
青木は早口で言い訳した。
「そうか。あのスーツの男性はどうだ?」
中野は再度、自分と同じ年齢くらいのスーツを着た男性を指さして、青木に勧めた。
「行ってみます」
「すみません。日本セントラルテレビのものなんですけども、都内のラーメン店に関する街頭インタビューを実施してまして、少しお話伺ってもいいですか?」
「私でよければいいですよ」
その後も二人は永遠と街頭インタビューを続けた。青木は夢中になってインタビューをしていた。二十人ほどインタビューしたので、二人は機材をカバンにしまって切り上げようとしていた。中野がふと口を開く。
「よしインタビューはこの辺にして、来々軒に行ってみるか」
「今から現地取材ですか?」
朝からインタビューをしていたとはいえ既に十二時を過ぎていた。お昼時になって飲食店にアポ無し取材を依頼するのは迷惑だと思った。
「今日は少し時間があるから、行ってみるだけ行ってみた方がいいだろ」
「意外と場当たり的なんですね」
テレビ局の取材は、もっと緻密に予定が組まれている上で行われていると思っていた。
「来々軒はちょっとした伝手があってな」
「伝手ですか……?」
「来々軒って、この前テレビで見たことありました。超老舗の店で、テレビ局の取材は断ってるって。流石にアポ無しでは無理ですよ。やめときましょう」
青木は、何とか中野を止めようとした。わざわざ行ったのに取材できなくて帰るのが面倒くさいとも思った。
「つべこべ言わずに、とりあえず俺について来い」
街頭インタビューをしていた場所から来々軒まではそこまで離れていなかったので、徒歩でお店へ向かった。来々軒は、二人が歩いていた歩道の隣に突然現れた。居酒屋のような店構えに、比較的幅が狭めな赤い暖簾が掛かっていた。
「すみません」
二人が、暖簾を手で掻き分けて中に入ると、厨房の奥に渋い感じの男性が一人立っていた。
「いらっしゃい!」
男性が勢いのある声で言った。その威勢のいい声は狭い店内の隅から隅まで届いていた。
「日本セントラルテレビの中野です。こちらのお店を取材をさせていただきたいのですが、お時間いいですか?」
「中野さんかい?あんたの噂だったら聞いてるよ。どんどん取材していってくれ」
中野の顔を見た男性は、顔つきが変わり快く取材を受け入れた。
「今日は部下の青木も一緒なんですけど、いいですか?」
「もちろんだよ。必要なものがあれば何でも言ってくれ」
「どういうことですか?なかなか取材許可が下りないお店なのに、中野さんだったら取材させてくれるって」
青木は、取材を受け入れられたことに驚きを隠せなかった。
「長年の人脈だよ。一つひとつの取材を丁寧にしていけば、その分、取材先にも理解されていく」
「すごいですね」
青木は目を輝かせた。
「お前もきっとこうなるさ」
「そうなりたいです……」
「ところで、今日は何の取材だい?」
男は腰に手を当てて、二人を交互に見ながら聞いた。
「巷で話題の老舗ラーメン店ということで、こちらの来々軒を紹介させていただきたくて」
「そうかい。それは嬉しいね」
男は可愛げな表情で笑った。
「早速、店内調理の様子から撮影させていただきたいです」
中野は終始丁寧に男にお願いした。
「任してくれ」
男はそう言いながら、厨房に行って支度を始めた。
「青木、カメラ回してくれ」
「は、はい」
青木はどんどん取材が進んでいくので、少しテンパっていた。
「注文は中華そばでいいのかい?」
「はい、お願いします」
男は、麺を大きな鍋で麺を茹で始めた。厨房は鍋から発せられている蒸気で満たされている。
「はいよ。席はどこでも使ってくれ」
しばらくすると、白と赤の器に入ったラーメンを男が運んできた。
「ありがとうございます。青木、インサート撮るぞ」
「はい」
青木も取材のコツが段々と掴めてきた。ラーメンを机に置いて、斜め上からカメラで狙った。
「ダメだ。その角度だとラーメンに影が入る。もっと浅い角度で撮影するんだ」
「こうですか?」
「そうだ。次は麺を持ち上げるぞ」
中野は箸で麺を掴んで、カメラの前まで麺をゆっくり持ち上げた。青木がその麺にさらにまけらの焦点を当てる。カメラ越しにも湯気が見えるほどラーメンは熱々で、醤油ベースのスープとのコントラストが生まれていて、何も意識しないで見ている時より輝いて見えた。
「OKです。全部の素材撮り終わりました」
青木は、ひと段落した様子でカメラを下ろした。
「よし、食うか」
「食べるんですか?」
「当たり前だろw。無駄にする訳にはいかない」
そう言って、青木に割り箸を渡した。青木は渡された箸で恐る恐る麺を掬って、口に運び勢いよく啜った。
「美味しい……」
「そうだろ。この店は昔からあってな、その頃から変わらない味だ」
青木は、スープを一滴も残すことなくラーメンを完食した。中野は食器を片付け、厨房で作業をする男に言った。
「本日はありがとうございました」
「ありがとうございました。最後にこちらの『出演承諾書・肖像権利用同意書』にサインをお願いします」
青木は慣れた手つきで同意書を男に差し出した。
「あいよ。また食いに来てな」
男が同意書にサインしながら言った。
「ぜひお邪魔したいです」
青木は男から同意書を受け取り、笑顔でそう言った。
「それが丁寧な取材だ。分かってきたな」
隣で見ていた中野が小さな声で囁いた。
「はい」
「よし、帰るぞ」
中野がそう言うと、二人はドアを開けて暖簾をくぐり、店を出た。そのままその場を後にした。
青木は、自分のデスクで来々軒に関するVTRの編集作業を始めていた。編集作業にもそろそろ慣れてきたようだ。その時、背後から中野の声が聞こえた。
「青木ちょっといいか?」
「はい……」
青木は振り返り中野の顔を伺った。中野は青木に立ち上がるように促し、自分のデスクの前に案内した。中野は椅子に腰をかけた。青木は緊張感に包まれた表情でその隣に立っている。
「やっぱりあの女性のことが引っ掛かる。知り合いか?」
「それは……」
青木は回答を渋った。
「教えてくれないか。あの女性とお前の間に何があったのか」
中野が再度、いつにも増して優しい口調で聞いた。
<ならではのマーチ>
「お前のことを調べたよ。ここに来る前は新聞記者だったんだってな」
中野がキーボードを打ちながら言った。
「はい」
「どうしてここに来た?」
中野はキーボードから目を離さずに聞いた。
「そんなことは多分もう分かってますよね?」
青木は、自信がなさそうな口調で言った。
「自分の口で言ってみろ。何も隠さなくていい」
「分かりました。あの女性を避けたのも、新聞記者を辞めたのも、ある事件がきっかけなんです。
私は当時、ある女子校生のいじめの事件を追っていました。いじめの容疑者は”原野乃花”。原さんは同じ高校に通う同級生の”桜井”さんをいじめていたんです。その結果、桜井さんは服毒自殺をしようとしていたところが発見されました。一命は取り留めましたが、下半身不随になってしまって、車椅子での生活を余儀なくされています。私はその事件の担当者として、容疑者の原さんを取材していました。ほぼ毎日、自宅の前に張り付いて取材を続けました。でも、その取材は行き過ぎていた。その日、原さんは朝になっても自宅から出てこなかったんです。私はその日の取材を諦めて、会社に戻りました。そしたら、テレビで原さんは自宅で首を吊って自殺しているのが発見されたニュースが放送されていました」
「そのニュースだったら、覚えてるよ。うちのニュース番組でも取り上げた」
中野が相槌を打つように言う。
「原さんのお葬式に行っても、『殺人犯』って言われて、追い出されました。あの女性は原さんの遺族です。私はそれまで自分が正しいと思って取材をしてました。でも、全く正しくなかった。むしろ間違ってました」
青木の口調は終始悲しげだった。反省と後悔の感情が垣間見えた。
「そうか……。でもな、ここではそのことは忘れて今の自分と向き合え。お前は、前のお前とは違う。俺はそう思うぞ」
「ありがとうございます」
「仕事に戻ろう」
中野は深く頷いた。
「はい」
その返事にはいつもよりも多くの意味が含まれていた。青木はパソコンを開いて仕事に取り掛かった。
「え、またこのメールだ」
パソコンの画面には、以前と同じ名前のメールの通知履歴があった。異変に気づいた中野が、青木のデスクにやって来た。
「開いてみたらどうだ?何か急用かもしれないぞ」
中野が提案した。
「分かりました」
青木はカーソルを動かして、メールの通知をクリックした。
「これって……」
「どうした?見せてみろ」
中野は、青木とパソコンの画面の間に割り込んだ。
『青木さん
お世話になっております。
私は今、過去に付き合っていた男にストーカー被害に遭っています。
相談に乗っていただけないでしょうか。
お忙しい中恐縮なのですが、返信いただけると幸いです。
坂口 東京都〇〇区〇〇番地 sakaguchi@gmail.com 』
「どうしてこんな大事なメールを放っておいたんだ。とりあえず、坂口さんのところに向かえ」
中野は思わず怒鳴った。
「はい!」
青木も反射的に反応した。
メールには幸い、坂口の自宅の住所も記されていたので、青木はそこに向かった。移動中、青木は坂口にメールを無視していたことを誤魔化すための言い訳を考えられるだけ考えた。
<言葉の扱い>
記載されていた自宅は新しく建てられた二階建ての家で、一人で住んでいる割には大きかった。
「ここか……」
玄関の前まで来ると、青木はインターホンを押した。
「坂口さん。いらっしゃいますか」
インターホンの音には反応がない。
「坂口さん!坂口さん!」
青木は何度も何度もドアを力強く叩いた。それでも全く応答がない。
「え……」
もう手遅れかだったかも知れないと悟った。その時、青木の背後から女性の声が聞こえた。
「すみません。どなたですか?」
「あ、怪しいものではないんです。日本セントラルテレビの青木です」
青木は女性に必死に訴えかけながら、会社の社員証を見せた。
「青木さんでしたか。メールをお送りした坂口です」
「よかった……」
青木は全身の力がフッと抜けて、その場に座り込んだ。坂口という女性は、髪の毛はロングで、花柄のワンピースを着用していた。歳は青木より何歳か上くらいの三十代後半、ごく一般的な顔立ちといったところか。
「大丈夫ですか?」
青木が急に座り込んだので、坂口は心配になって駆け寄った。
「大丈夫です。生きててよかったです」
青木は思わず言ってしまった。
「中へお入りください」
「はい」
青木はリビングに案内された。見渡す限り、部屋の中は綺麗に整理整頓されている。青木は二人掛けのソファーに座り、坂口はその向かいの席に座った。
「メールをお送りしたのは、紛れもなく青木さんに相談したいことがあったからです」
坂口は体勢を整えると話し始めた。
「ストーカー被害に遭っているって、メールでは」
「そうです。半年ほど前から“菊池”という男に追われていて。最初はマッチングアプリで出会ったんです。マッチングした直後は、アプリ越しのトーク機能で楽しく話してたんですけど、実際に会ってみたら菊池の態度が豹変して」
「豹変ですか?」
青木は確認するような口ぶりで聞いた。
「はい。執拗にボディタッチをしてきたり、いらないと言っているのに高価なプレゼントを無理に渡してきたり」
「今、菊池さんとの関係は?」
「別れました。私から別れを切り出して」
「私以外にこのことを相談したことは?」
「SNSで人に相談してみたことはあります。でも、『捨てたんだからお前が悪い』とか、菊池を擁護するような声が多くて。私もどうしたら良いのか分からなくなってしまいました。これです」
坂口はスマートフォンを取り出し、SNSに書き込まれたコメントたちを見せた。
「それは辛かったですね。具体的にストーカー被害というのは?」
「最近、会社の帰りに後ろを誰かにつけられている気がするんです。それも毎日」
「後をつけて来る人の特徴は?」
「身長は私より全然高い一八〇センチくらいで、ガタイもまあまあいい男性です。特徴的には多分、その男は菊池なんです。もう毎日帰り道が怖くて」
坂口は過去の記憶を掘り起こしながら話しているようだった。
「そうですよね。分かりました。明日から私がその男性を調査します」
「お願いしていいんですか?青木さんも仕事があるんじゃ……」
「上司には秘密にしておきます。知られると厄介なので」
青木は上司の中野の顔を思い浮かべた。
「ありがとうございます。もう、青木さんには感謝してもしきれません」
「私にできることは、これくらいですから。最後に連絡先を交換させてください」
青木はカバンの中からスマートフォンを取り出した。
「もちろんです」
坂口もポケットからスマホを取り出し、お互いの電話番号を言い合った。
坂口の自宅からの帰り道、青木は坂口の自宅の周りの見回りをした。ストーカーの男がいつどこに潜んでいるか分からないと思ったからだ。坂口の自宅をぐるりと一周してみると、その大きさは案外広い。到底この若さの坂口が、自分で購入したとは思えない程の広さだった。おそらく両親の家を引き継いだのだろう。三十分ほどかけて見回りをしたが、特に怪しい点もなかったので、その日はそのまま会社にも寄らず帰宅した。
次の日、坂口は仕事を早めに切り上げて、坂口の帰り道に同行した。坂口の後をつけて来るストーカーの男を捕まえてやろうと思った。
坂口と距離を取りながら、しばらく歩いた。人気のない道に差し掛かると、その道よりさらに狭い脇道から、会社帰りのサラリーマンのような雰囲気を醸し出した男が、坂口の後ろを歩き始めた。百メートルほど歩いてみて様子を見たが、坂口の後方から離れない。ストーカーかどうか確かめるために、普段曲がらない道を曲がってみたりしたが、男はまたついて来る。
「あの男、いかにも怪しい」
青木が意味もなく小さな声で独り言を言った。目を細めて男の特徴をよく見てみると、身長は成人男性としてはかなり高く、ガタイもかなりいい。青木は思い切って男に突進した。
「待ちなさい!」
男は背後から迫って来る青木に気づかず、押されるがままその場に倒れた。
「なんですか?」
男が驚きと怒りが入り混じった表情で叫んだ。
「言い訳をするな。坂口さんのストーカーだな」
「ちょ、ちょっと何するんですか?」
男は必死に抵抗しながら言った。その声は青木には全く届いていない。
「こう見えても、高校時代は柔道部だったんです」
その間も男の上に馬乗りになり取り押さえている。
「あなた誰ですか?」
「坂口さん、この男ですか?」
そこに、前を歩いていた坂口も駆けつけた。青木は男の顔を手で無理やり坂口の方へ向けた。
「違います……」
坂口は、男の顔を覗いてからしばらくして言った。
「放してください。なんなんですか」
青木は思わず力が抜けて男を離した。
「す、すみませんでした」
青木は立ち直り、深く頭を下げた。
「君、どこの誰?」
男がそうなるのも当然だ。見知らぬ女性にいきなり押さえつけられたのだから。男が大事にしたくないと言ってくれたので、そこまで重大な事件にならずに済んだ。
「お前は何をしてるんだ!一般人をストーカー扱いして、探偵にでもなったつもりか!」
中野が青木に怒鳴りつけた。その声はオフィスの同じ階に響き渡る。一連の出来事は、青木が誤って取り押さえた男によって会社に報告されていた。
「すみません」
青木は恥ずかしい思いをしながらも、こればかりは中野に頭を下げるしなかなった。
「まあまあ、中野くん。そんなに怒らなくても」
その様子を見ていたチーフディレクターの”福田”が、仲裁に入った。福田は中野の上司にあたる人で、中野よりも太っていて容貌は風格を帯びている。
「いいんですよ、福田さん。これくらい言わないと分かりませんから」
福田もまあそうかという顔をした。そして中野は再度、青木の目を睨みつけた。
「これからは、自分勝手な行動は控えるように。お前もこの放送局を背負ってる自覚を持て!正義感を履き違えるな」
「分かりました。すみません……」
青木は何も考えずに必死で頭を下げた。
<分からない正しさ>
それから青木はしばらくの間、デスクワークの仕事しか与えてもらえなかった。毎日、中野たちが撮ってきた素材を放送用に編集する仕事。淡々と編集作業をこなしていく。青木は内心、坂口のことが心配でたまらなかった。
あれは夕方ごろだったか、坂口から久しぶりに電話が掛かってきた。最初は、電話に出ずにやり過ごそうと思ったが、何コール鳴っても電話が切れない。急用なのか。青木は席を外して坂口からの電話に出た。
「青木さん、助けて!」
電話の向こうから聞こえてきた坂口の第一声はそれだった。
「坂口さんどうしました?」
青木も只事ではないと思い、慌てて尋ねた。
「菊池がすぐ近くにいるんです。早く来て……」
坂口の声は恐怖で震え、音声が途切れ途切れになっている。
「今どこにいるんですか?」
「家の近くの”中山”墓地に逃げ込んでるんですけど。もう菊池が……。とにかく助けて」
「分かりました。すぐに行きます」
青木はそう言って電話を切った。すぐに坂口のところへ向かおうとしたが、以前の出来事が青木の足を重くした。しばらく考え込んだ。
オフィスの方も何だか騒がしくなってきた。緊急の取材案件が入ったようだ。
「中野!空港で飛行機のハイジャック事件が発生したようだ。今すぐ取材に行ってくれ!」
チーフディレクターの席に座る福田が、中野に頼んだ。
それを盗み聞きしていた青木は、中野に申し出た。
「中野さん、私にその取材行かせてください」
「お前は、坂口さんの方へ行け!」
中野は、取材に行く準備をしながら言った。
「でも、飛行機のハイジャック事件は一大スクープですよ!」
青木が必死に訴えかけた。
「そんなのは、どうでもいい。こっちでやっておく。お前の方こそ、坂口さんは大丈夫なのか?今、彼女を救えるのは、お前しかいないんだろ?」
「そうです。行ってきます」
青木は、カバンを持って坂口のもとへ走った。中野は電話の内容をこっそり聞いていたのか、それとも上司として勘が働いたのか。それは分からなかった。同時に、青木が背負っているものが坂口に加えてまた一つ、中野という存在が増えた。未だ中野はその後ろ姿を静かに見つめていた。
青木は無我夢中で坂口のもとへ走った。息切れや疲れなどを自分の脳が全く感じなかった。坂口が隠れている場所は多分ここだろうと思う辺りに到着すると、ただただ叫んだ。
「坂口さん!」
「青木さん、こっちです!」
青木の膝下あたりから坂口の声が聞こえた。声がする方を向くと、坂口は中山墓地の墓石の裏に隠れていた。
「例の男はどこに?」
「もうすぐ追いついて来ると思います。青木さんも隠れて」
坂口に促されるまま、墓石の裏側に隠れた。辺りは街灯もなく、音とわずかな光を頼りにするしかない。坂口のいう男が二人の前を通り過ぎた。このまま隠れていても、見つかるのは時間の問題だ。
「こっちです!」
気づいた時には、坂口は墓地のさらに上の方に進んでいた。青木はついて行くしかなかった。
「行き止まり……」
二人の前に現れたのはコンクリートブロックで作られた塀だった。乗り越えたり、横の道に逸れたりすることはできなさそうだ。
「もう無理だ……」
坂口が思わず吐露した。
「大丈夫です」
青木は大丈夫と声をかけることしかできなかった。二人が壁に気を取られていると、背後から例の男が話しかけてきた。
「坂口さん、あなたに用があります」
「坂口さんに手を出すな!」
青木は坂口の前に進み出た。坂口はそんな青木を振り切るようにしてより前に進み出た。頭の中で考えた、この男の声には聞き覚えがある。
「手を出す?どういうことですか?私は彼女に手を出すつもりは全くありません」
「馬場さん……どうして?」
男の顔を近くでよく見ると、スーパーマーケットパスカルの店長の馬場ではないか。
「坂口っていう女性に荷物を渡してくれって、電話で言われて」
馬場は落ち着いた声で言った。その手には小さな箱を持っている。装飾も何もされていない、ただの真っ白の箱だ。
「誰からの電話だったんですか?」
「分かりません。でも、女性の声でした」
「女性の声?どういうことですか?」
「僕には全く」
馬場さんはある女性にお使いを頼まれただけのようだ。
「坂口さんは心当たりありますか?」
「ありません。何でそんな電話が掛けられたのか、私にはさっぱりです」
「そうですよね」
「警察が来ました!」
坂口が指を差して言った。パトカーの警告灯が二人のいる地点よりも下の方に見えた。
「警察にはちゃんとした訳を説明しましょう」
青木が冷静に言った。青木の言うことを聞かずに、坂口は駆けつけた警察官に馬場の身柄を差し出そうとした。
「この人です!」
「ちょっと坂口さん!待ってください!」
青木は、坂口の様子がおかしいと思い、動きを静止しようとした。
「とりあえず捕まえてもらわないと」
坂口は何故か必死だった。結局、馬場は警察に連行されてしまった。
「ここは人が多いのでこっちに来てください」
「どうしたんですか?坂口さん」
青木は坂口に引っ張られて警察官の間をすり抜け、脇道まで連れてこられた。そこにはパトカーのサイレン以外の音が存在しない。
「すみません。焦ってしまって」
「急にどうしたんですか?」
青木は感情的になって叫んだ。ストーカーとは無関係の馬場の話を聞かずに、勝手に連行されてしまったからだ。
「何ですか!!!」
突然、坂口に両手で前から押し倒された。腹の上に乗られて首を絞められている。
「青木さんがここで死んでも、ストーカーだと思って正当防衛で押さえましたって言えば、私は助かります」
「突然、何言ってるんですか?」
首を絞められて苦しい中、肺に残る最後の息を振り絞って言った。
「私はあなたに復讐するために、あなたと二人きりになる必要があった」
「復讐って何の?」
「原野乃花」
「え?」
その名前には青木も聞き覚えがあった。
「原野乃花。知ってますよね。私は彼女の親友でした」
「あなたは何の罪もない野乃花を自殺に追い込んだ。その罪は重い!」
「冷静になってください」
「私を殺しても、原さんは助からない。あなたには何にも残らない!」
「よく言うよ。お前たちみたいな記者には何にも分かるはずがない」
その声と表情は憎しみに満ちていた。誰から見てもそれは明白だ。
「そんなことないと、私には言い切れません。でも、私はあなたを救いたい。それだけは言い切ります」
「記者だけじゃない、ネット社会もゴミ見ないな奴ばっかりだ」
「それだけは違う。あなたを想ってる人もこの世にはいます」
「は……?」
瞬間的に坂口の手の力が緩んだ。青木は一気に坂口を引き剥がして、安全な距離を取った。青木は首元を右手で摩りながら話を続ける。
「生前に原さんは、私の取材に対してこう言っていました。『親友にだけは迷惑をかけたくない』と。その親友とは、あなただったんじゃないんですか?彼女は自分の命をかけてまで親友を守ろうとした」
「それは本当ですか?」
「本当です。私も自分の命をかけてあなたを守りたい」
青木の視線は真っ直ぐに坂口を見ていた。それを聞いた坂口は、その場に膝から崩れ落ちた。青木は、倒れてしまいそうな坂口を全身で優しく支えた。
その時、離れたところから中野の声がした。中野は青木と目が合うと、すぐに青木のそばまで走った。
「青木!大丈夫か!」
「中野さん……来てくれたんだ」
青木は、今までの緊張を解きほぐし、安心した表情を中野に見せた。
「刑事さん、あの人です」
その後、福田が警察官たちを引き連れてやって来た。警官はすぐさま動かない坂口を無理やり立たせ、パトカーまで連行した。坂口はただただ泣いていた。
「中野くん、青木くんに怪我はなさそうか?」
福田が二人のそばに駆け寄り、様子を見て尋ねた。
「ありません。自分の部下が、ご心配おかけしました」
「青木くんが無事で何よりだ」
青い服を着た救急隊員が車椅子を押して来た。
「念の為、救急車で検査をさせてください」
救急隊員は丁寧な口調で言った。
「お願いします」
中野は、青木を支えながら車椅子にゆっくり乗せた。福田もその様子を温かい目で見ていた。
その後、青木は病院で検査を受けたが、怪我も何もしていなかった。何日もしないうちに仕事に復帰して、中野のもとでまた働き始めた。
数日後、青木は原野乃花の両親の家に向かっていた。家が近くなってくると、庭からホースで水を流すような音が聞こえてきた。青木は、背伸びをしながら塀越しに庭を覗いた。原野乃花の母が、庭の花にホースで水やりをしている。青木がずっと覗いていたので、野乃花の母と目が合った。思わずお互いに会釈をした。
野乃花の母が先に口を開いた。
「ぜひ、庭まで来てください」
青木は、申し訳なさそうな思いを抱えながらも、玄関の正面で出迎える鉄製の門を押して庭へ入った。野乃花の母は、青木が再度視界に入ると話し始めた。
「ネットニュースで見ました。あなたが危険を犯してまで女性を守ろうとしたこと。そして、女性の真実を暴いて、男性を冤罪から救ったこと」
「今日は、野乃花さんの謝罪に……」
野乃花の母は、その言葉を遮るように話を続ける。
「野乃花のことは多分、一生許せません。でも、あなたは人を守れる記者になった。それだけは、私も自信を持って断言できます」
「これからも私は取材を続けます。そこに人がいる限り」
青木の言葉と表情は一転し、前向きなものとなっていた。
「待ってます。いつでもどうぞ」




