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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪魔と王子と処刑人と三日後に死ぬアタシ

作者: たっこ
掲載日:2026/02/07

 とある王国での出来事だ。


 ひとりの乞食が、スリをした。

 痩せぎすの、チビの少女だった。

 すぐに捕まって、牢屋に入れられた。

 臭くて冷たい、石の牢屋だ。


 しかし、すぐに別の場所に移された。

 何度も体を擦られて、熱いお湯を浴びせられた。

 しまいには、なみなみと張ったお湯に浸けられた。


(ああ、釜茹での刑なんだ)


 少女がすっかりのぼせる前に、彼女はお湯から引き揚げられた。

 全身の垢は、すっかり落ちていた。

 ひらひらした、きれいな服を着せられた。

 そして、また別の場所に移された。


 そこは、きれいな部屋だった。

 じゅうたんが敷いてあり、温かい。

 大きな窓から、お庭も見える。

 見たことのない豪華な家具がある。

 奥には、ふかふかのベッドまである。


「なあに、ここ」


 少女は、戸惑った。

 部屋の扉が開き、たくさん人がやってきた。

 全員、ごちそうを運んできた。


 香ばしく焼いたお肉に、お魚。

 見たことないような山盛りの果物。

 きらきら光る、たくさんのスープ。


「なあに、これ」


 少女は、怖がった。

 どれも、知らない食べ物だった。

 だけど、お腹は空いていた。


 だから、彼女が手に取ったのは、その中で唯一、知っているものだ。

 白いパン。

 一度だけ、盗んで食べた、おいしいパン。


 ひとくち食べた。

 柔らかくて、もちっとしていて、おいしかった。


「これ、本当にアタシが食べてもいいの?」


 たくさんの人がうなずいた。

 少女は、とても喜んだ。

 以前に盗んで食べたときは、ひとくちしか食べられなかったのだ。

 乱暴者の別の乞食に、残りは奪われてしまったから。


「嬉しい。でも、どうして?

 アタシ、スリで乞食だよ?」


「あなた様は、王様なのです」


「王様って、えらい人?」


「はい。えらい人です」


「アタシが、えらい人?」


「はい、そうです。

 王様なので、何を食べてもよいのです」


「嬉しい。アタシ、王様なんだ」


「ただし、ひとつだけ約束してください。

 このお部屋からは、決して出てはなりませんよ」


 少女は、ふと気がついた。

 部屋の扉は、牢屋と同じ。

 外から鍵が掛かる扉だ。

 部屋の南の壁にある、お庭が見える大きな窓。

 そこには、鉄格子が嵌まっていた。


 少女は笑った。


「うん、わかった。アタシ、ここから出ない」





 その夜、少女はベッドにもぐった。

 こんな柔らかい寝床は、初めてだ。

 路地裏でボロキレをかぶって寝ていた時とは、大違いだ。


(王様って、幸せだなあ)


 少女は、にこにこして目を閉じた。

 お腹は、食べすぎてはち切れそうだ。

 きっと、幸せな夢が見られるに違いない。


 ところが、少女が眠りに就くのを、邪魔するものがいた。


〈おい、お前。起きろよ。起きろ。

 このまま寝てると、良くないぜ〉


 少女は、ベッドの上で、起き上がった。

 そして、部屋の中をきょろきょろ見た。

 誰もいない。


「……誰? どこにいるの?」


〈ここさ、ここ。部屋の隅っこの暗がりさ〉


「どうして、そんなところにいるの?

 どうやって、お部屋に入ってきたの?」


〈俺様は、悪魔なんだ。

 だから、暗いところは、どこでも行けるのさ〉


「悪魔……?」


〈俺様のことは、どうでもいいよ。

 お前だ、お前。

 やばいぜ、お前。

 このままじゃ、お前、三日後に殺されるぞ〉


「ええっ? どういうこと?」


 見えない悪魔は、教えてくれた。


 この国の王には、特別な力がある。

 『王の力』が弱ったら、弱った王は殺される。

 次の王に『王の力』を譲るために、殺される。

 そういう儀式をしなくてはいけない。


〈で、『殺される王』が、お前ってわけ。

 言われたんだろ? 『王様だ』って〉


「ええっ。

 どうしてアタシなの?

 アタシ、昨日まで、スリの乞食だよ。

 今日、『王様』になったばっかりだよ」


〈確かに、どうしてお前なんだろうな?

 だけど、確かにお前だよ。

 神官たちが、この部屋の周りでバタバタしてるし〉


「そうなんだ。

 アタシ、本当に王様なんだね。

 それで、三日後には、死ぬんだね」


 悪魔の声が、にやにやと笑った。


〈へへ、逃げなくていいのか?〉


「いいよ。だってアタシ、死んでいいもん」


〈なんでだよ?〉


「アタシ、スリの乞食だから」


〈え?〉


 少女は、ベッドの上で、にこっと笑った。


「アタシ、スリだし、乞食だよ。

 何にもできないし、チビだし。

 親も兄弟もいないし。

 アタシ、別に死んだっていいよ。

 アタシが死んでも、誰も泣かないよ」


 悪魔は、呆れて言った。


〈なんだよ、それ。死んでもいいなんてよ。

 生きて、やりたいこととか、ないのかよ〉


「あるよ。でも、叶っちゃった!

 白いパン、お腹いっぱい食べたい。

 ふかふかのおふとんで眠りたい。

 全部叶えてもらったから、アタシ、いいよ。

 王様の代わりに、アタシ、死ぬよ」


〈ええっ。

 お前、やりたいこと、それっぽっちかよ〉


「それにさ。

 ここから逃げたって、また乞食だよ。

 道端に座って、物乞いしてさ。

 誰かの気まぐれで、殴られて。

 夜は、路地裏で眠るだけだよ。

 いいことなんか、一つもないよ。

 それなら別に、死んだっていいよ」


 少女は、「それじゃ、おやすみ」と、闇の中に手を振った。

 そして、再びベッドにもぐりこんだ。

 すぐに、すやすやと寝息が聞こえた。





 一方、悪魔は、眠る少女をじっと見ている。


(なんだよ、それ。『死んでもいい』って。

 人間のくせに、なまいきだぞ。

 ビビらせて、からかってやろうと思ったのに。

 なんだか、俺様、面白くないぞ)


 悪魔は、人々が知らないことも知っている。


 『王の力』は、清らかな力だ。

 それとは逆に、穢れた力もある。

 穢れた力を、『ケガレ』という。


(んでもって、俺様は悪魔。

 つまり、『ケガレ』のかたまりってわけ。

 このチビっ子のために、一肌脱いでやりますか)


 悪魔は、〈むん〉と力を込めた。

 少女に、闇が忍び寄った。


(『王の力』と反対の『ケガレ』がこいつに憑けば、こいつ、死なずに済んだりして。

 こいつ、きっとびっくりするぞ。

 『アタシ、王様じゃなくなった!』なんて。

 へへ。そうなったら、面白いぞ)


 すやすや眠る少女の肌を、黒い紋様が覆っていく。

 ただし、ほんの端っこだけ。

 悪魔は、あせった。


(……あれっ、ちょっとしか注げないぞ。

 困ったな。

 こいつ、『魂の器』が小さいんだ)


 人には、『魂の器』というものがある。

 大きい『器』には、立派な魂が入る。

 隙間があれば、『王の力』や『ケガレ』も入る。

 小さい『器』には、小さい魂しか入らない。

 『力』が入る隙間なんて無い。


(まずいなあ。眠ってて、これかよ。

 眠っている人間は、意識が無い。

 魂が半分『器』から抜けてる。

 だから、普段より入りやすいのに。

 これじゃあ、目が覚めた時には……)


 朝が来た。

 少女は、うーんと伸びをした。

 抜けていた魂が、『器』に戻る。

 『ケガレ』は、すっかり出ていった。


 悪魔は、がっくり肩を落とした。





「『生贄』は、おとなしくしています。

 逃げるつもりは無いようです」


「そうか、わかった。ありがとう」


「それから、お手数ですが。

 一度、『生贄』の部屋をお訪ねいただけますか。

 『生贄』は、『王の代行者』。

 丁重にもてなさなくてはいけません。

 儀式のために、必要なのです。

 本来は、陛下が自ら行くべきですが……」


「わかった。息子である私が行こう」


「お願いいたします、殿下」


 神官は、礼儀正しく去っていった。

 王子は、ふうっとため息をついた。


 憂鬱だった。

 儀式のことも、父親のことも。


 王子の父親は、愚かな王だ。

 税を私欲に使う。法を気ままに書き換える。


 国は乱れた。

 大臣たちは、神官たちと話し合った。

 そして、決めた。


「国の乱れは、『王の力』が弱ったため。

 儀式をおこない、王を変えよう」


 それは、古い儀式だった。

 今では、とうに形骸化していた。

 老いや病に敗れた王を、単に介錯するだけだ。

 跡継ぎの王子が、それに立ち会う。

 大臣たちは、それをわざわざ持ち出したのだ。


 ところが、これを聞き、王はあわてた。

 必死に古い文献を漁った。

 そして、見つけた。

 王ではなくて『生贄』を使う方法を。


「ケチな犯罪者を見つけてこい。

 そいつを、余の代わりに殺そう。

 余は尊い。犯罪者は卑しい。

 卑しいものが死ぬべきだ」


 王子は、おのれの父を恥じた。

 しかし、『生贄』でも儀式は成り立つ。

 神官たちは、そう認めた。

 大臣たちは、落胆した。





 王子は、生贄の部屋を訪ねた。

 生贄は、ちょうど食事の最中だった。


 痩せっぽちの少女だった。

 頬いっぱいに白パンを詰め込んでいた。


「もごご。

 あれ、誰?」


「『王』よ。お初にお目にかかります。

 この国の、王子でございます。

 あなた様をおもてなしするために参りました」


「ええっ! 王子様!

 あわわ、アタシなんかに、お辞儀はいいよ」


「そういうわけには参りません。

 あなた様は、三日の間、『王』なのです。

 私は、あなた様に礼を尽くさなければなりません」


「そ、そうなの?

 よくわかんないけど、ありがとね」


 王子は、腰を低めて、少女に申し出た。


「何か、欲しいものはございませんか。

 食べたいもの。

 見たいもの。

 着たい服。

 何でも、ご用意いたします」


「うーん。

 食べ物は……もう、お腹いっぱいだし。

 窓から、きれいなお庭が見られるし。

 このお部屋も服も、あったかくて好き。

 あっ。夜になったら、また白いパンが食べたいな」


「……それだけで、よろしいのですか」


「うん!

 だってアタシ、ここに来て、生まれてから一番幸せ!

 王様って、すごいんだね!」


 王子は、気まずくうつむいた。


 この国の本当の王は、彼女のように無欲ではない。

 『王様』は、すごくなどない。


「そうだ。

 教えて、王子様。

 どうして、アタシが『王様』なの?

 アタシ、スリだし、乞食だよ?

 どうしてアタシ、『王様』として殺されるの?」


「……それは」


(アク)()さんも、言ってたよ。

 『どうして、お前なんだろうな?』って。

 どうして、アタシが王様なの?」


 王子は、羞恥に口ごもった。

 しかし、答えるよりなかった。


「……私どもは、儀式のため、『王の代行者』に偽りを申し上げることを禁じられております。

 そのため、真実をお伝えしなくてはなりません」


「うん? うん!」


「あなた様が選ばれた理由は、あなた様が、スリの乞食だからです。

 我が父は……。

 本物の『王』は、こう申しました。

 『ケチな犯罪者を見つけてこい。

 そいつを、余の代わりに殺そう』と……」


 少女は、ぱちぱちとまばたきした。

 そして、「なあんだ」と笑った。


「そっかあ。まあ、そうだよね。

 王様はえらくて、アタシはえらくないし。

 アタシが死んだほうがいいもんね」


 王子の胸が、激しく痛んだ。


(……彼女がスリをしたのは、飢えたからだ。

 民を飢えから救うのが、王の役目だ。

 なのに、役目を果たさぬ王が『えらい』のか?

 王のせいで飢えた少女が『えらくない』のか?)


 うつむいて顔を上げない王子に、少女はあわてて声をかけた。


「あのっ、王子様、どうしたの?

 お腹空いたの?

 えっと……だったら、パンあげる!

 アタシ、隠しておいたんだ。

 また食べられるか、わからなかったから。

 でも、王子様、これ食べてもいいよっ!」


 少女は、机の抽斗から、白パンを一つ出してきた。

 王子は、それを両手で受け取った。

 答える声が、わずかに震えた。


「……過分のご配慮、痛み入ります。

 ありがたくいただきます」


 かじったパンは、おいしかった。

 柔らかくて、ほんのり甘かった。

 それでも、後味は苦かった。


(王は、尊くなどない。

 この少女は、卑しくなど、ない……)





 王子が部屋から去った後、少女は悪魔に声をかけた。


「ねえ、悪魔さん。

 教えてちょうだい」


〈おう、どうした?〉


「王子様、何かちょっと変だったよね?

 ずっと暗い顔してるし。

 アタシと、目を合わせなかったし。

 なんだか、泣きそうだったし……。

 どうして、あんなにつらそうなのかな?

 あの人、王子様なんだよね?

 王様の次に、幸せなんだよね?」


 悪魔は、〈はん〉と鼻を鳴らした。


〈お前に、申し訳ないんだろ。

 聞いただろ?

 お前が選ばれた理由。

 ひでえ話があったもんだぜ〉


「……でも、本当の事でしょ?

 王様より、アタシが死んだほうがいいでしょ?」


〈あの王子様は、きっとそう思ってないんだろ。

 ていうか、お前。

 『殺される』の意味、わかってるか?

 きっと、痛くて怖いんだぜ?〉


「『痛い』も『怖い』も、知ってるよっ!

 殴られたり、蹴られたりしたら、痛いし!

 大きい声で怒鳴られたら、怖いし!

 それくらい、アタシ、慣れてるよっ!

 だから……『殺される』も、きっと平気だよっ!」


〈あっそ。だったら、いいけどよ。

 あ、あとお前。

 人前で『悪魔さん』とか、言うなよな〉


「どうして?」


〈え、わかんねえのかよ?

 えーと。ほら、あれ。

 俺様、照れ屋なんだよ〉


「そうなんだ。気をつけるね」


〈おう〉





 その夜、王子は闇の中にいた。

 王家の墓所へやって来たのだ。


(儀式そのものは、中止できない。

 生贄を使わずに、成立させられないか?)


 王の墓碑には、王の治世が刻まれる。


 最も新しい時代の王墓には、こう刻まれている。

 『先王の影より、力を献じられ、王となる。』


 しかし、古い王墓には、こう刻まれていた。

 『先王より、力を取り出し、王となる。』


(『影』というのが、贄なのだろう)


 さらに時代を遡る。

 二代目の墓碑に刻まれていたのは、文字ではない。

 それは、次のような絵だった。


 冠を戴き、倒れる人物。

 その上に立つ、若き王。


(……『新しき王』が『古き王』を、直接(ほふ)る。

 これが、最古の継承の儀式……)


 『古き王』か、その『影』か。

 どちらかは、必ず死なねばならない。

 他の方法は、最初から存在しなかった。


 王子は、墓所で膝をつき、国を呪った。





 王子が宮殿に戻ると、もう日は昇っていた。

 一人の青年が、王子に声をかけた。


「おはようございます、殿下。

 どうなさいましたか。顔色が悪うございます。

 昨夜、お休みにならなかったのですか」


 王子は、苦笑して答えた。


「調べたいことがあったのだ。

 それと、殿下はやめてくれ。

 私とお前の仲だろう」


「失礼しました。

 しかし、どうか夜はお休みください。

 あなたは、いつも無理ばかり。

 いずれ倒れるのではと、ぼくは心配なのです」


 青年は、王子の幼馴染だ。

 いつも、こうして気遣ってくれる。


 しかし、その彼を罵る声があった。


「ややっ。嫌な気配がすると思えば。

 余の宮殿にふさわしからぬ下賤の者がおるな」


 だらしない巨体を揺らして現れたのは、王だった。

 王は、わざとらしく鼻をつまんだ。


「やれやれ、忌まわしいニオイがするわい。

 卑しい奴め。余の前に姿を現すな」


「……申し訳ございません」


「黙らんか! 声も聞きとうないわ!」


 青年は、深々と頭を下げた。

 王子は、怒りに拳を震わせた。

 王は、大声でわめいた。


「まったく、どうしてこんな奴がいるのだ。

 尊き王を殺す小僧に、払う給料がもったいない。

 大臣たちめ。予算が無い、無いと騒ぐなら、こういう奴を解雇して節約すればよいのだ。

 首切り役人のクビを切る、名案ではないか。

 わははは!」


 笑いながら去る王の背中を、王子はにらみつけた。

 そして、青年に謝った。


「……父がすまない。いつもいつも……」


「いいえ。

 ぼくのような者を、お城で使ってくださるだけで、身に余る光栄です」


 青年は、うつむいてほほえんだ。


 彼の職業は、処刑人だ。

 民に死を与える特権を持ち、それがために、民に忌み嫌われる。

 彼が、親から継いだ生業だ。


 処刑人は、遠慮がちに笑った。


「ぼくも、明日までの命です。

 陛下も、きっとご満足なさるでしょう」


 王子は、心痛に顔を歪めた。


「……『生贄』とは、もう話したのか?」


「いえ。ちょうど、これから伺います。

 最後の日が良いと思ったのです。

 きっと、怖がらせてしまいますから」


「……そうか」


「では、行って参ります」


 去りゆく処刑人の背を、王子はじっと見送った。





 処刑人が部屋を訪れたとき、その少女は窓の外を眺めていた。

 鉄格子の向こう側の、色とりどりの美しい庭を。

 先触れはあったはずだが、人が入ってきたことに、まだ気がついていないようだ。


 処刑人は、しばらくの間、沈黙して待った。

 やがて、控えめに口を開いた。


「……失礼いたします。

 お声をかけてもよろしいでしょうか」


「……んっ?

 あっ、えっ、あっ、こんにちは!

 ごめんなさい! アタシ、気づかなくて」


「いえ、煩わせてしまい、大変申し訳ございません。

 明日の儀式のことについて、お話しせねばならぬことがありまして。

 お目汚しとは存じましたが、罷り越しました」


「な、なんか難しくて、わかんないけど。

 そんなにエンリョしなくていいよ。

 お話、聞かせてくれるの?」


「……もったいないお言葉でございます。

 お気を遣わせてしまい、申し訳ございません」


 処刑人は、床にひざまずいて、語り始めた。


「これより、明日の儀式の手順を説明いたします。

 『王』には、あらかじめお話する決まりなのです。

 お耳汚しとは存じますが……」


「もうっ、いいって、エンリョは!

 教えて。明日は、何すればいいの?」


「明日の朝、神官が迎えにまいります。

 あなた様は、お部屋でお待ちください。

 そのまま、祭壇に向かいます」


「うん、わかった」


「祭壇では……。

 私が、あなた様を殺し、その心臓を王に捧げます。

 それによって『王の力』は強まり、国が保たれます」


「ひえっ、し、心臓っ?」


「……なるべく苦痛が続かぬように、尽くします。

 私は、処刑人ですので」


「そ、そうなんだ。

 ……い、痛くないように、お願いね」


「お任せください。

 そして、儀式の最後に、私も殉死いたします」


(ジュン)()、って、何……?」


「私も、あなた様と共に、死ぬということです」


「えっ。

 ……ええっ!?」


 少女は、がばっと立ち上がった。


「そんなの、おかしいよ!

 なんで、あなたまで死んじゃうのっ!?」


「それが、長年の決まりなのです。

 三日とはいえ『王』であらせられたあなた様を殺す者は、罪を負わねばなりません」


「そんな……。

 だって、そんなのひどいよ!

 悲しいよ!

 あなたが死んだら、悲しむ人がいっぱいいるよ!」


 処刑人は、うつむいて苦笑した。


「……ぼくには、家族がおりません。

 恋人も。

 友人は……いますが。

 彼のためにも、ぼくは役目を果たさなければ」


 少女に納得してもらおうと、処刑人は、さらに理由を言い添えた。


「それに……ぼくなら、うってつけです。

 ぼくは、誰からも好かれません。

 処刑人ですから。

 民衆も、大臣たちも、王も、ぼくを恐れています。

 いなくなれば、みな、安心します」


 目を丸く見開く少女に、処刑人はほほえんだ。


「ぼくは……卑しい人間なのです。

 だから、死んだほうがよいのです」


 少女の胸が、鋭く痛んだ。


 同じことを、これまで彼女も言った。

 それを悪魔に呆れられても、平気だった。

 だけど、今は胸が苦しかった。

 目の前で誰かが「死んでもいい」と笑うことが、こんなにつらいなんて、知らなかった。


 少女は、ぽつりと言った。


「……卑しくなんてないよ。

 あなたは、死んだらよくないよ……」


 処刑人は、わずかに首を傾げた。

 少女は、必死に言い募った。


「『(イヤ)しい』って、『えらくない』ってことでしょ?

 あなたは、『えらくなく』ないよ。

 アタシにだって、それはわかるよ!

 あなたは、すごく丁寧で、優しくて。

 アタシにまで、エンリョしてくれて。

 あなたは……。

 あなたは、卑しくなんてないよ!」


 気づけば、涙声だった。

 熱いしずくも、ぽたりと落ちた。


 処刑人は、うろたえた。

 少女は、彼に歩み寄り、その手を握って泣いた。


「だから、そんなこと言わないで。

 死んでもいいなんて、言わないで。

 アタシ……。

 アタシ、こんなに悲しいの、初めてだよ……」


 処刑人は、動けなかった。

 目の前で泣きじゃくる少女に、彼は打ちのめされていた。


(……ぼくのために。

 泣いてくれる人が、いるなんて……)


 少女は、処刑人の手をぎゅっと握って離さない。

 無数の血と怨念が染みついた、彼の手を。

 小さくて、柔らかくて、暖かかった。


 だが、明日になったら、処刑人は少女を殺すのだ。





 処刑人が帰った後、少女は小声で悪魔を呼んだ。


「……ねえ。悪魔さん」


〈おう。どうした?〉


「死ぬって……何だろう。

 ずっと眠って、いなくなる……んじゃ、ないんだね」


〈そうかもなあ〉


「アタシ、心臓を取られるんだって。

 ……殴られるよりも、痛いのかな」


〈たぶん、めっちゃ痛いぜ〉


「……悪魔さん。

 アタシ、怖い。

 怒鳴られたときより、ずっと怖い……」


〈そうだよなあ〉


「……あの人も、怖いのかな」


〈今日来た、あの(あん)ちゃんか?〉


「うん。あの人も、明日、死ぬって」


〈どうだろうなあ。怖いのかもなあ〉


「……悪魔さん。

 今からじゃ、もう、逃げられないよね」


 少女は、ベッドの上で、膝を抱えた。


「どうしよう。

 アタシ、思わなかった。

 殺されるのが、こんなに怖いって。

 アタシ、思ってもみなかった。

 アタシのために死んじゃう人がいるなんて。

 どうしよう。

 悪魔さん、アタシ、どうしよう……」


 悪魔は、しばし暗がりで黙った。

 そして、〈どうしようなあ〉と、つぶやいた。





 その夜、処刑人は、自宅の地下室にいた。

 暗く、黴臭い部屋で、古びた書物をめくっていた。


(……駄目だ、これも参考にならない。

 他に、何か手がかりはないのか?)


 それは、何百年もの間、先祖が遺した手記だった。

 処刑人の一族は、儀式の記録を残していた。


 なぜ、今になって、こんな調査をしているのか、処刑人にもわからなかった。

 ただ、あの少女の温もりが、彼の手から消えてくれなかった。


(……これは。

 『生贄』の……欠格条項……!

 これだ。彼女が、これを満たせば……!)


 記録によると、こうだった。


 その生贄は、『ケガレ』に憑かれていた。

 『ケガレ』の正体や、憑かれた理由は不明。

 しかし、この状態の生贄の心臓を王に捧げても、儀式は成り立たなかった。

 『王の力』は、戻らなかった。

 そのため、翌年、別の生贄でもう一度儀式をする必要があった。


 『ケガレ』に憑かれた者の皮膚には、特有の斑紋が現れるという。

 手記には、斑紋の図も描かれていた。


 処刑人は、食い入るように図を見つめた。

 体を端から蝕むような、特徴的な黒い紋様。


(今日、間近で話したが……。

 彼女の肌に、こんな斑紋は、無かった……)


 夜明けを告げる鐘の音が、地下室にも届いた。

 時間切れだ。

 処刑人は、震える両手で、顔を覆った。





 暖かで清潔な、牢屋の中。

 少女は、おとなしく待っていた。

 昨夜は、ふかふかのベッドに潜っていた。

 だけど、一睡もしなかった。

 悪魔は、それを闇から見ていた。


 神官たちが、部屋にぞろぞろ押し寄せた。

 彼らは、少女に杯を差し出した。


「『王』よ。儀式場に参りましょう。

 まずは、こちらをお飲みください」


 少女は、それに従った。

 そして、ひと口飲むなり、目を回した。

 神官たちは、両脇に回り、ふらふらの少女を立たせた。


 悪魔は、あんぐりと口を開けた。

 少女が飲まされたのは、とても強い酒だ。

 無理やり酩酊させられたのだ。

 儀式直前に暴れさせないために。


〈こ、ここまでするかよ!

 なんてひどい奴らだ!

 鬼っ! 悪魔っ!

 あ、悪魔は俺様か〉


 しかし、同時にひらめいた。


(こいつは、意識を失ってる。

 『魂』も、半分、はみ出てやがる。

 今なら、こいつのちっぽけな『器』でも、俺様の『ケガレ』が入るかも……!)


 悪魔は、人々の影に潜んで、儀式場へとついていった。


 いっぽう、王子は、すでに儀式場にいた。


 表情は浮かない。

 『生贄』を助けるすべは、見つからなかった。

 彼にできたのは、儀式の席次を操作し、王を祭壇の一番近くに配置することだけだった。


(彼女を助けることは、私には、できない。

 ……父上。

 せめて、彼女の死を、よく見ろ。

 自分が犠牲にする者を、その目に焼き付けろ。

 そして、性根を入れ替えろ!)


 朝日が、地上をじゅうぶんに温めたころ。

 儀式は、無慈悲に始まった。


 処刑人は、無力感に苛まれながら、祭壇に立った。

 手には、剣を携えて。


 祭壇に縛られた少女を見下ろす。

 腕も、足も、信じられない細さだ。

 そして、彼が斬り落とさねばならぬ首も。


 しかし、ふと、視界の隅を、黒いものがよぎった。

 処刑人は、目を見開いた。


 少女の手先に、足先に、頬に。

 真っ黒な紋様が、絡みついている。


(これは、『ケガレ』の……!)


 処刑人は、ばっと振り向いた。

 そして、声高に宣言した。


「この生贄には、『ケガレ』があります。

 古文書どおりの症例です。

 このまま儀式を続けても、『王の力』は戻りません。

 過去に、そうした事例があります」


 人々は、「なんだと……!」と、どよめいた。

 その足元に隠れた悪魔は、こっそり喜んだ。


(よっしゃあ!

 なんか知らんけど、うまくいったっ!)


 王子は、動揺する人々を見渡した。

 そして、おのれの役割を悟った。


 彼は、ゆっくり立ち上がり、祭壇へ向かった。

 王子の声は、凛として、よく響いた。


「継承の儀で本来死すべきは、『古き王』。

 死によって『新しき王』に力を譲る。

 ……その『代行者』が、資格を欠いているならば、真の『王』が贄を務めるべきでしょう」


 王子は、処刑人の隣に立った。

 友の手から、そっと剣を奪う。


「そして、『新しき王』の役割もまた、必ずしも『代行者』である必要はない」


 王子は、処刑人の肩を叩いた。

 彼は、静かにささやいた。


「彼女のことは、お前に任せる。

 だから、ここは私に任せろ」


 王子は、ひたと王を見据えた。

 予定外の出来事に、みっともなくうろたえる父を。


 処刑人は、祭壇を降りて、王子にひざまずいた。


 顔を伏せたので、直接は見えなかった。

 王子が、父の襟首を掴み、祭壇に引き立てるのも。

 剣を高々と振りかざすのも。

 地に映る影でしか、見えなかった。


「継承は為された!」


 宣言は、高らかに響きわたった。

 歓声が、儀式場を包んだ。


 神官たちは、新たなる王に祝福を叫ぶ。

 大臣たちは、親王即位を歓呼で迎える。

 人々は、振る舞われる酒や料理に喜ぶ。


 処刑人は、喜び歌う人々にまぎれて、まだ意識の無い少女を抱きかかえ、儀式場をそっと後にした。





 後日、王となった王子は、友と少女にこう告げた。


「ありがとう。

 国の歪みは、正された」


 若き新王は、礼として、二人の役目を解いた。


 生贄は、ただの少女に。

 処刑人は、ただの青年に。


「行きたいところに行くといい。

 生きたいように生きてくれ」


 少女は、「あったかい場所がいいな」と言った。

 だから二人は、南の隣国へ向かうことにした。

 隣の国には、王殺しの儀式はない。

 もう、これから先、巻き込まれることはないだろう。


 路銀と旅券は、王子がくれた。

 少女は、一頭のロバに乗っている。

 青年は、ロバの手綱を引いて歩いている。


 少女は、あわあわと問いかけた。


「本当に、アタシと来てくれるの?

 アタシなんかと?」


「ええ。一緒に行きましょう。

 ぼくは、どうしてもあなたといたいんです」


 青年は、穏やかにほほえんだ。

 少女も、「そっか」と、照れて笑った。


 道端の林の中の梢に、真っ黒なカラスがとまっている。

 旅立つ二人の背中を眺めて、〈かあ〉とひと声鳴き、飛び立った。

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