メシマズダンジョン回避成功
「そこの貴女、待ちなさい」
そう声をかけて来たのは非の打ち所のない優雅な出で立ちの少女だった。真っすぐなプラチナブロンドをセンターパートにした額にはサークレット、最高級の絹に金糸で刺繍をあしらわれた聖堂会のローブを羽織った天使画を現実化したような人物だった。
その後ろには左右に控える二人の武装した女性がいた。何れも名のある家系の出とわかる、非の打ち所のない佇まいで騎士装束を身につけていた。
「サナツィアさま、御機嫌よう。久方ぶりでございます」
フェリシアがその人物に向かって軽やかにく礼をした。
サナツィア・ヴェネラビリス、ニルですらその名を聞いた記憶のある、聖女の中の聖女と言われる、当代の筆頭を担う存在であった。
彼女はわずかに頷くような礼を返すとフェリシアへの言葉をつづけた。
「貴女も、壮健そうでなによりです。時に、ここにいるという事は枢機議会からの聖務令を賜ったかと思います。単刀直入に申しますが、その件に関して貴女を私の門下へと貴女を迎え入れる用意があります」
フェリシアは彼女の言葉に柔らかく微笑み返すと口を開いた。
「サナツィアさま、こちら、わたしの護衛をつとめて頂いている、勇者ニル様です」
フェリシアはおそらくサナツィアが彼を事実上無視していることを言っているのだと思うが、ニルとしてはガールズ・トークに加わるのは肩身が狭いのでそっとしておいて欲しかったというのが本音だ。
ニルは無難に勇者庁の教育で教えらた、胸に手のひらを当てて御辞儀をする礼を丁寧にして見せた。この世界は肩書に加えて血筋があるので、相手への挨拶も難しい。とりあえず女性なので丁寧にしておいて悪いことは無いだろうというニルの判断だ。
彼女は同じく頷くような礼を返した。フェリシアがそれに言葉を続ける。
「お声がけ、ありがとうございます。ですが、私は穢れの多い地を巡って人々の暮らしを少しでも豊かにすることを続けたいと考えております」
つまりフェリシアは、サナツィアの門下に下るということは、自由に出来なくなるということだと考えているのだろう。
「そうですか。妖精に手綱はつけられませんね」
彼女はそう言ってフェリシアを促した。二人が並んで先に進む。
ニルは数歩下がって彼女たちに続き、なぜか彼を挟むようにして半歩後ろから女騎士がたちが続いた。
サナツィアがわずかに声を落としてフェリシアに向けて言った。
「聖堂会の上層部に不穏な動きがあります。もし、庇護が必要になった時は私を頼りなさい」
二人が外へのドアへ近づき両脇に控えた聖堂兵がドアを押し開くと、そこには待ち構えたように豪奢に波打つ金髪を風に揺らすヴィクトリアがしたり顔で腕を組んで立っていた。
サナツィアとフェリシアがドレスの裾をつかんで礼をする。ヴィクトリアは形ばかりの礼を返すとなれなれしくニアの肩に腕を回して言った。
「で、今日は何食わせてくれるの?」
さっきまでの少しピリっとした空気が台無しだった。察するに、さすがのサナツィアもどうやらヴィクトリアの扱いをどうしたら良いのか分からないようだ。
ここでは代々の勇者たちが世界の行く末を正して来たという歴史があるため、基本的に聖女より勇者の地位が高かったのだが、今では平和が続きそれも徐々に形式化しはじめているという微妙な状況だった。
そのような中でありながら、歴史上類を見ない勇者かつ聖女でもあるヴィクトリアは文字通り別格扱いとなっている。
どの勢力も彼女を取り込みたいが、どの勢力も彼女を持て余しており、結果野放しになっているといって良かった。
「毎日たかりに来るのかよ! 俺は聖女様を船にかえしたら勇者庁に行って辞令もらってくるの!」
ヴィクトリアがニルの言葉に得意げな笑みを浮かべて鎧の胸元へと手を入れて折り畳んだ紙を取り出して見せた。
「そういうと思って持ってきてやったよ!」
ニルは差し出されたそれを人差し指と親指で端をつかんで受け取った。
「なんだよそれ! アタシの胸に挟んでやってたんだぞ! そこは有難がって匂いを嗅いでペロペロするところだろう!」
不満げなヴィクトリアを無視して両手の親指と人差し指で開いて文を読む。ヴィクトリアが手の中の紙面をのぞき込みながら言う。
「な? どうせここに発生した地下構造とやらのことだろう? 素直にダンジョンって書かないのが役人仕事だよな」
サナツィアが驚きと戸惑いを顔に浮かべた。外部へもらしてはいけない内容を平然と彼女が言ってのけたからだ。
ニルはとりあえずフェリシアの護衛が続くということを知った。辞令の内容は単純で、この首都アミティキアの地下に発生した地下構造の穢れを払う聖女の護衛を行うことだった。
「ピザ食いたい! ピザ!」
心の中の男子中学生が荒ぶるヴィクトリアにニルは残念美女の極北を見た。女性とは思えない力で出入口を降りた階段の先に横づけされた馬車へと彼を引っ張っていく。
「そんなの料理人とか雇えよ!」
「お前誰も雇ってない口で何言ってんだよ。アレ使用人とかでも条件が厳しすぎるんだよ。募集してもメシ美味いやつ来たことが無いんだって! な~、たのむよ~」
ニルは言い争うのが面倒になって手帳を取り出して何行か書きつけると、ページを破り取ってヴィクトリアに渡した。
「人数分これを部下に買ってこさせろ。お前らの部下にも作り方教えてやるから!」
ヴィクトリアは上機嫌なまま馬車の後ろに馬の手綱を持って控えていた騎士にそれを渡して言った。
「よろしく!」
急に上機嫌になった彼女に後ろからサナツィアが呼びかけた。
「ヴィクトリア様、今回の件に関してお話があります。不躾ながら、お時間をいただけないでしょうか」
神妙な相手の表情を意に介した風もなく、ヴィクトリアはニルの肩に腕を回したまま彼の胸に指を突き付けて言った。
「アタシに話をしたけりゃ、コイツんとこに来な!」
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「はい、では今回の材料はこちら!」
船内のダイニングは初めての大人数になっていた。ニルが初めてその部屋を見た時に、最後の晩餐の絵画を思い起こしたが、ヴィクトリアとサナツィアの取り巻きで、人数的にまさにそのままの構図になっていた。
双方の部下に調理器具も用意させていた。毎回来られても困るので、自分たちで出来るように教えて行く作戦だ。
「先ず、ライスペーパー二枚、賽の目にカットしたトマト半分、ピザ用に細かくしたチーズ、トマトケチャップ、バルサミコ酢、ドライ・バジル。これがピザの基本部分になります!」
「それ以外に好きな具を用意します。今回は、エビ、イカ、豚肉のスライス、ベーコンを用意しました!」
「先ず、カットトマトにトマトケチャップを大匙一杯。そこにバルサミコ酢を小さじ半分、ドライ・バジルを一つまみ入れて混ぜます。これが簡易トマトソースになります」
ニルが材料を見せながら、次々と入れて手早く混ぜて行く。
「ソースが出来たらスキレットに油を大匙一杯。そしたらライスペーパーをさっと水にくぐらせ、そのまま油をしいたスキレットに乗せます」
「次に混ぜておいたトマトソースを丸く、すこしだけ縁を残すように全体にのばして、そしたらそこにチーズを平らに盛ります。これだけでもオーケー、でもせっかくだから、エビ、イカ、ベーコンを並べましょう」
手早く置かれた材料がライスペーパーをスキレットに押し付けて、パチパチとした調理音と温められた匂いが室内に広がり始める。
「そしたらもう一枚のライスペーパーを水に通して上から被せる! そしたらスキレットにフタを!」
ヴィクトリアが興奮して言った。
「やべぇ! もう旨そうな匂いしかしない! 食べて良い?」
ニルが呆れて返す。
「まあ、全部生でも食べられるものしか使ってないけど、裏返してちゃんと全体焼いた方が美味いよ?」
ニルはスキレットを握って手首を返すとなんちゃってピザが奇麗に空中で回転して逆面を下にスキレットに収まった。
「これもうすぐ焼けるから。サンクタ(聖なる)の名が泣くぞ?」
ヴィクトリアがナイフとフォークをそれぞれの手に持って拳でテーブルをリズミカルに叩きながらニルに視線を送った。ニルがその大人げない様子にため息をつきながら皿へと移したピザもどきを彼女の前に置いた。
彼女はおもむろにそれを手づかみで口元に持って行ってカジリついた。
「使わんのかい!」
突っ込んだニルをヴィクトリアが心外そうな顔で一瞬目を走らせた。
やがて、その場の全員がピザもどきを頬張り始めた頃合いを見計らって、それまで根気強く待っていたサナツィアがヴィクトリアに声をかけた。
「ヴィクトリア様、今回の件についてなのですが、私の方からお願いがございます」
ヴィクトリアは彼女の言葉に被せるようにして言った。
「ダンジョンに潜るアンタについて来いってんだろ? やだね!!」
サナツィアはわずかに驚きを顔に移してから問い返した。
「どうしてでございましょうか?」
ヴィクトリアが席から立ち上がって、彼女用に三枚目のピザもどきを焼いているニルに絡む。
「アタシはこいつに付いて行ってずっと美味い飯を食うんだ! 何時まで続くか分からない仕事でずっと不味いのを食ってくなんてもう耐えられない!!」
彼女はニルが皿に乗せたピザもどきにフォークを突き立てると啖呵を切った。
「アタシの力が借りたいなら、アンタがこっちについて来な!!」
そうしてニルは労せずに、この世界最強のタンクと名高いヴィクトリア・サンクタ(聖なる勝利者)をその一行に加えることとなった。
ライスペーパー無双w




