勇者と聖女と、偉い人たちの土下座
「わたしにもちょっと動かさせてもらえませんか?」
ニルはフェリシアの軽すぎる発言にぎょっとしてその目を見た。彼女は胸の下で手を組んで、いつでも代われますと言わんばかりだった。
「って、馬車を御したこともないでしょう?」
現在船は森の外れに停泊していた場所から草地を縫って海へと向かっていた。予定としては砂浜から海へ入り、最寄りの港町への停泊所を使わせてもらう予定だった。
「ないですけど、出来そうな気がします!」
ニルはワクワクとして目を輝かせる彼女にうすら寒い物を感じた。自転車に乗ったことがないのにトレーラーの運転を試みるようなものだ。
某バーチャルアイドルなどが運転系のゲームでとんでもない大惨事を起す光景を思い出して何かうすら寒い恐怖を感じた。
ニル自身は元の世界ではゲーマーとして、サーキットでのレースからオフロードのラリー、さらにはフライトシミュレーターから、宇宙を舞台にした難易度が高いことで有名なタイトルで、大型宇宙船を宇宙港へ入日常的に港していた経験があった。
自分のリアルでの操船能力が高いと言い張る気はなかったが、少なくともちょっとした失敗をしたらとんでもないことになりかねない大きさの船を動かしていることは自覚がある。
「えーと、そのうちね」
フェリシアは不満げな様子だったが、まさかちょっとしたビルくらいの大きさの船を自転車の練習のように気軽に操船させる訳にはいかなかった。
ニルの操船によって大過なくたどり着いた最寄りの港町はマリティマと名付けられている。その昔西の果てとして人類に認識されていたころ、魔王の版図として重要な港であったが、今となってはより南の首都が最大の港として海運ハブの役割を引き継いでいた。
ニルの予定としては馬車をコーチ宿で手配して、街中で食事や買い出しをしようという算段であったが、入港するやいなや港湾の責任者が平身低頭でしばらく待ってほしいと懇願してきたのだった。
そうした経緯でニルとフェリシアは一番景色が見られる操船室でくつろいでいた。しばらくすると乗船の許可の依頼が入り、ニルがそれを承諾したところ謎の状況が発生していた。
ニルが操船席に座り、フェリシアが物欲しげにその席に座りたそうな顔をしていた場に、ゾロゾロと十人ほどの男たちが、半円状に並んで床の上に膝をついた。
身に着けた衣服からして聖堂会の僧であることは間違いが無い。中にはかなり精緻な刺繍の施された法衣の人物も見受けられ、恐らくこの町の聖堂会の高位の僧であることが知れる。
フェリシアが困惑の視線をニルに向けていた。しばらくニルも何が起きているのか分からずにいたが、彼の遠い記憶の中でいつか耳にした記憶が運よく浮上して、ニルはフェリシアに耳打ちをした。
「おもてを上げて下さい。お気兼ねな用向きをどうぞ」
そのフェリシアの声に男たちが床に向けていた顔を少し上げた。
元の世界の話と同じで、基本身分が上の者が声をかけなければ下の者は話しかけられないらしい。彼らの中の中心の人物らしき、フェリシアの祖父程の齢の男が恭しく語り掛けて来る。
「お気遣い痛み入ります。先ずは此度のご訪問につきましては、マリティマ聖堂会一同、有り余る光栄にございます」
ニルは面倒ごとの深さを掴みあぐねて口を挟んだ。
「恐縮ですが、……お話長くなりそうですかね?」
下手をすると今日の予定はご破算でございます。
ニルの言葉に代表で話していた男がみぞおちを殴られたかのように体を折ると震える声で言う。
「勇者様のお言葉はごもっともでございます。ですが、我が身命をもって発言をお許しください」
ニルはぎょっとして言葉を返した。
「いやいや、話し合いで命のやり取りなんかしませんよ! というか、ここの聖堂会で一番偉い人とお話できれば、それが一番早いんじゃないでしょうか?」
ニルがそういうと、男たちの視線がのろのろとフェリシアに集まった。
状況を理解したニルが当のフェリシアに視線を向けると、彼女は彼と視線を合わせてただ首を傾げて見せた。
聖堂会の代表の男が再び頭を下げて口を開く。
「恐れながら、聖堂会の序列ではこの地域では聖女様が最上位にございます」
ニルは自分の認識のズレが思ってた以上に大きいことに、少し唸り声をあげて思い付いたことを口にする。
「じゃあ、この町で一番権限がある人は誰ですか?」
聖堂会に関してはあてが外れたが、話を早くするには権限のある相手との直接のやり取りが良いことには変わりない。一呼吸程の間男たちの間で視線が交わされ、全員のそれがニルへと向けられた。
代表の男が口を開く前に、ニルはネタバレを食らっていた。
「勇者様は地方政府に対しての命令権を有します。権限という意味では勇者様より制度上で上とされる存在は、中央政府の中枢ということになります」
彼はニルの問いに答えると頭を下げて控えた。
ニルは勇者にそのような権限があるとはついぞ告げられていなかった。
考えられることとしては、あえてそれを知らせず、彼が余計なことをしないよう手を打っていたということが思い浮かぶ。
それを覆す可能性を侵してでもニルとフェリシアに話を伝えに来たということは、決して些事として済まされるような理由が原因では無いはずだ。
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結局長々と話を聞く羽目になり、今夜も船上で食事をし、就寝するしかない状況であった。
マリティマ聖堂会の彼らからは、以下のことが告げられた。
ひとつ、聖女フェリシアは首都アミティキアの聖堂会へと参じ、辞令を受け取る。
ひとつ、勇者ニルは首都アミティキアの勇者庁へ参じ、以下同文。
ひとつ、アミティキア港において物資および人員を補充し、辞令の役務に三か月以内に従事すること。
たったこれだけの話だったが、老人たちは気の毒なほどしどろもどろと時間をかけて伝えて来た。彼らはどこまで事情を知っているのであろうか。いずれにしても、あまり楽観できる状況では無いようだ。
結局馬車の手配などはなにも出来ずじまいだったが、首都アミティキアまでの物資として色々お土産をもらえたのがせめてもの救いだった。
食事を終えて寂しそうにしているフェリシアのためにニルはキッチンへ戻ると水を張ったボウルと、洗って切りそろえた様々なフルーツ、粉糖、そして朝も使ったライスペーパーを彼女の前に並べた。
フルーツは好きらしく、フェリシアが期待に満ちた目を見せた。
「なにか作るのですか?」
ニルは自信ありげにうそぶいた。
「今日は、簡単に美味しいデザートを作ります! 見て覚えましょう!」
ニルが手早くライスペーパーを取り出した。
まずライスペーパーは水十秒から二十秒浸す。
まだ芯のある固い状態の間にさらに置く。
色々切ったフルーツの中からカットした苺を乗せる。
その上にバルサミコ酢。砂糖を少し。
最後に下に敷いた柔らかくなったライスペーパーで巻く。
ニルはそれをナイフで二つに切って半分を別の皿に乗せてフェリシアの前に置いた。
「本当は餡子があるとライスペーパー苺大福が出来るんだけどな~。これがまた絶品」
フェリシアがライスペーパーで包まれた苺をナイフで切って口に運ぶ。
「苺とは思えない不思議で奥が深い甘さですね。さっぱりとして、とても美味しいです」
彼女に少し笑顔が戻り、ニルは少し胸のつかえがとれた気がした。おそらく彼女としてもあまり良い予感がせず、ニルが彼女の巻き添えになっていると考えているのではなかろうか。
「アミティキアに行けば色々手に入るだろうから、もっと旨いパターンのものが作れるぞ」
腕を組んでしたり顔で言うニルに、フェリシアが期待に満ちた視線を向ける。彼女が多少でも気を取り直してくれればとニルは思った。
ずっと船をガレー船と書いてましたがガレオン船の間違いでした。ガレー船はバイキング風の船で、ガレオン船が海賊風(ワンピースとかパイレーツ・オブ・カリビアン)で見るものでした。確認して書かなかったのが敗因でした。
ライスペーパーの苺大福ですが、ライスペーパーの方が大福の生地よりちょっと固いです。水をもっと含ませればよいのかも知れませんが、デロデロになると色々なところにくっついてしまうのでそれはやってみたことが無いです。




