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落ちこぼれ勇者、つまはじき聖女の護衛に ~ぽんこつ主のご飯と生活のお世話~  作者: 苺味初芽


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勇者ニルと秘密の部屋

「今、我々は聖女の自然の生息地に訪れています」


 丁度ドアから出て来た少女が彼に怪訝な表情を向けて来る。かはたれどきの幻想のようなその少女は、少しささやくように潜めた声を彼にかけて来た。


「おはようございます。……どなたに話しかけているんですか?」


 ニルはバインダーに挟んだ紙面に何かを書きつけてから顔を上げて答えた。


「お構いなく、今日は聖女様の一日のルーティンを記録していくだけなので」


 そう言われた彼女の左手はドレスを整えるかのように動き、右手は胸の下で握っては開かれる動作を繰り返していた。表情は疑問と内省との間を行き来しているように見える。


「そんな必要ありますか?」


 その恐る恐るという感じの少女の問いかけに、ニルは人差し指を舐めるとバインダーの紙を何枚かめくって方眉を上げて見せる。


「えー、わたくしが木の上でロハスをしていた日、戸棚から全ての甘い物が消えていました。一日でです」


 少女の目が急に泳ぎ始める。


「それは、なんというか。あんなに強引だったのに、急にいなくなってどうしたのかなとか、なにか嫌な気分にさせてしまったのかしらとか……。わたし、なにやってるんだろうって」


 ニルが彼女の言葉のあとに続けた。


「など、色々気にかかることを考えてしまった反動から、意図せずして糖分を大量摂取してしまったと」


 彼女はニルのまとめの言葉に小さくなってぽつりと答える。


「……はい、そうです」


 ニルは素直に認めた少女に向かって訳知り顔で言う。


「そうしたことを踏まえて、わたくしめが聖女様の生活サイクルを把握することによって、可能な限りのストレスをなくすお手伝いをさせて頂きたいと考えております」


 彼女は少し拗ねたように言った。


「勇者様のせいもあるのに……」


 ニルはペンの手を止めて少し恨みがましげな彼女に視線を返した。


「……ごめんなさい」


 そういうと少女は肩をすくめて少し逃げるような足取りで歩き出した。ニルの感想は、ちょろい、だった。善人程人間関係に関する事象について、自分の責任を大きく感じるものなのだ。


 この世界にオレオレ詐欺などが流行り出す前に、この可愛い生き物にはもう少しペテン師耐性をつけてもらわねばならない。


「どちらへ?」


 羽のために後ろからついてくるニルへと肩越しに振り返りながら彼女が答える。


「あさのお勤めです」


「長くかかりますか?」


「いえ、朝はほんの少しです」


 ニルはそのまま彼女のあとに続く。螺旋階段を上がると出る丸い部屋には四つの柱があり、周囲は360度、ニルの背丈よりもある窓ガラスがぐるりと張り巡らされている。


 少女は、寄せ木細工で描かれた幾何学模様の床の中心に進み、何か貴重なものを安置するために置かれるような、大きなビロードのクッションへとその両膝をついた。


 彼女が胸の前に手を組み、深呼吸をした。組まれた手が上がり、その唇に触れる。


 床の幾何学模様がほんのりと明かりを映し出し、徐々に下から上へと光の粒子が上り始める。その光は次第に室内を満たしていく。熱はなく、不思議と眩しくもない。


 ニルはその光の強さと関わりなく窓の外の風景が見れることに、その少女、フェリシアが見た目以上に神秘的な存在であることを感じずにはいられなかった。


 ニルがふと我に返ると彼女が目の前に立っていた。この世界にとってこの少女のかけがえのなさを推し量りきれているのか、彼には自信がなかった。


「では朝食にしますか」


 彼の言葉に、少女はニッコリと彼に微笑んで見せた。





「はい、今日のメニューはライスペーパーのガレット風です。作ってみてどうでした? 簡単だったでしょう?」


 皿に乗ったガレットを目の前に彼女はエプロンを身に着けたまま嬉しそうに答えた。


「はい、楽しかったです!」


 作り方は簡単、スキレット(もしくはフライパン)にバターか油を少し入れる。


 その上にライスペーパー、ハム、卵、チーズなどを乗せるだけ。


 端を上に折りこむと少し食べやすくなる。今回は水を差して蓋をして蒸し焼きにしている。


「これだと炭水化物をあまり取らないで満足感のある食事が取れます。お菓子っぽいものも作れますけど、今回は甘い食材が残ってないのでそれはまた次回やりましょう」


 フェリシアの目が少し残念そうな表情を見せる。ニルはナイフでガレットを切ってフォークで口に運んだ。まるで異世界にいる気がしない安定の味である。


「ところで、聖女様。なんか前より部屋が明るくなったような気がするんですが。前は白い灯りだけだったのに、ちょっと暖色系の灯りも混ざってますよね? 今朝のお勤めの成果ですか?」


 フェリシアはニルを見ると、少し可笑しそうに微笑んだ。


「あれは勇者様のですよ? この船が、勇者様をお友達だと思っているんですよ」


 ニルは彼女の言葉にぎょっとして返した。


「この船って生きているってことですか?」


 フェリシアはその問いには直接答えずにニルに少し悪戯っぽい笑みと共に言った。


「お昼が終わったら、ご一緒していただきたい所があります」



******



 フェリシアが口を開かずに彼にそのドアを開けるようにと手で促した。ニルは一息置くと、その百合の形をした銀色のノブを下に押し下げてドアを開いた。


 ニルはそのドアを潜ると目の前に広がった光景に思わず声を出した。


「グリフ〇ンドール!!」


 その謎の叫びにフェリシアが彼を見ながら目をパチパチとさせていた。


 ドアの中にはどう見ても船尾楼に収まらない図書館が広がっていた。中心が吹き抜けになっており、フロアごとに壁際にある本棚が入口からも見て取れて、五階まであることが分かる。


 ニルは圧倒されながらも棚の間を前に進んだ。背表紙を見ながらフェリシアへと振り返る。


「灯りとここと、関係があるということですか?」


 彼の問いに彼女は笑みを見せて言う。


「知りたいことを思い浮かべて本を探して見てください」


 ニルは彼女の発言の意図をつかみきらないまま、前に向き直ると中を徘徊し始めた。一つだけ照明を当てたように照らされた本棚が目についた。


 その本棚にたどり着くと、誰か棚の逆側から押しているかのように、目線に近い位置の段に並べられた内の一冊が押し出され始める。


 ニルは裏に誰かがいるのかと棚の隙間を見てみたが誰もおらず、その本は押し出されて前に出した彼の手に収まった。


「『私の苦悩と闘争』?」


 ニルがフェリシアに向かってその本のタイトルを読んで聞いた。彼女は頷いて言った。


「あちらで読んで見てください」


 彼女が指示したデスクへと足を進め、その上に本を置くと椅子を引いて腰かけた。


 ニルが椅子の位置を直して本に手を触れる前に、表紙が開いてパラパラとページがめくれ、任意のページが彼に向って示された。ぱっと読み取れる内容に口が開いたままになる。


 フェリシアを見ると彼女も首を傾げて髪を押さえながら目を向けていた。ニルと視線を合わせて、悪戯っぽい口調で聞いて来る。


「なんて書いてありますか?」


「割ととんでもないことが書いてある」


 ニルは立ち上がると本を手にしたまま出口へと足を進める。開いたそのページには、この船の区画の図面が載っていたのだった。


 ドアを開け、通路を進む。最も彼の関心を引いたのは、最初に訪れた日に開かなかったドアの部屋だった。


 フェリシアの目を見てからそのドアを開けた。手前にある大きなデスクには地図があった。周囲に椅子も並べられている。


 異様なのはその先にある背もたれを入口に向けている椅子であった。その先は壁一面ガラスで、甲板と前方の景色が一望できた。


 ニルがその一つだけぽつんとガラスの前に置かれた椅子に向かう。その椅子には左右に長く幅の広いひじ掛けに幾つもの摘みが並べられ、先端には各々レバーが設置されている。椅子の前方には足を載せる台が左右独立して取り付けられていた。


 彼の知識に照らし合わせると、この船は前後左右だけでなく、上下に移動する操作系がそなえつけられていた。


「この部屋はわたしも入れてもらえなかったんですよ? ひどいと思いません?」


 そうこぼしたフェリシアにニルは問いかけた。


「船とはいわなくても、馬車とか何か乗り物を自分で動かしたことってありますか?」


「いいえ?」


 こともなく言った彼女がこの手のものには怖い物知らずだという事が知れる。もしこの船に知性があるのなら、さぞかし彼女をここに入れたくなかったことだろう。


 ニルは彼女を見て言った。


「聖女様、夕食は街で食事をしてみませんか?」


 後の世で子供たちへの寝物語で語られる『聖女と白い船の伝説』への静かなる幕開けであった。

ライスペーパーレシピは確かYoutubeで見たと記憶しています。ほんとうに簡単で美味しいので良かったら試してみてください。テフロンパンでしたらバター無しでもう少しカロリーオフも出来るかと思います。

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