ステルス勇者と激おこ聖女
「十二時方向ボギー確認!」
ニルが樹上からうそぶきながら双眼鏡を覗き込む。そのレンズの先には赤毛をおさげにした白と水色の縦じま柄のワンピースの少女がいた。少女が白いガレオン船にある程度近づいた時には昇降機のゴンドラが降り始め、その手前に着いた頃には丁度地上に降りていた。
押しかけたことに関しては謝罪のメモを書いたが、だれも護衛をやめるとは言ってないのだ。あんなあらゆる種類の詐欺にひっかかりそうな人を放置している聖堂会もどうかしてる。
ゴンドラが少女を乗せてしずしずと上がっていったあと、船尾にある城状の船尾楼のドアのノッカーを使った。少し間を置いてドアが開いて中から聖女フェリシアが現われる。
少女はフェリシアに持っていたバスケットを渡した。最初は一つだと思っていたバスケットは、どうやら二つ持っていたようだった。
「ヤバイ取引かな?」
適当なことを言って混ぜ返すニルを他所に、その少女は船を降りるとニルのいる方向へと歩き出した。
「帰るんじゃないの?」
来た方向とは違う所へ向かっていることは確かだ。こっちに来ているように見えるのは、自分にやましいことがあるからそういった風に感じるのだろう。
ニルは自分で組んだ樹上の足場で最初は船をメインに眺めていたが、その赤い髪の少女がだんだんと近づいて来ることにぎょっとして彼女を注視していた。
いよいよ彼のいる木の根元にある天幕に少女が近づいて来たため、ニルは縄梯子でその足場から降りた。
その赤い髪をお下げにしてワンピースの柄がニルにアメリカの某ハンバーガーのチェーン店を思い起こさせた。
とうとうニルの目の前まで来た少女はニコニコと底抜けに明るい笑みを浮かべて手に持っていたバスケットを差し出してきた。
「え? これくれるの?」
ニルは反射的に受け取ってしまったそれを見ると、中には卵が六つ程入っていた。少女が少しはにかんだ笑みでニルの問いに答えた。
「はい、生みたてですよ。だいじに食べて下さいね」
少女がまるでそれを自分で産んだかのように言っているようにニルは聞こえてしまい、どう反応して良いのか分からずに一瞬固まった。
少女はそのニルの様子に弾けるように笑うと身をひるがえして来た方向に戻っていく。一度振り返って手を振る彼女にニルはだいぶ年下の少女に翻弄される感じも悪くないと感じながら手を振り返した。
その背が小さくなるまで見送ったあと、木の根元近くに陣取った天幕にその器用に足の長い草を編んで作られたバスケットを持ち込んだ。
手の込んだことに、ちいさな花が咲いている草が上手く混ぜられていて可愛らしくちりばめられたようになっている。
枯れてしまうのが惜しいくらいだったので、天幕の上から下がっているフックの一つに持ち手を引っかけておいた。上手くすればドライフラワーになるかもしれない。
天幕を出て縄梯子で組んだ足場に戻ると、丁度また一人ゴンドラへと乗り込む後ろ姿が見えた。双眼鏡で覗きこむと、栗色の髪の女性であることが見てとれる。
その背中は先ほどの少女と同じように船尾楼のドアのノッカーを使うと、そう間もなく現れた聖女に何かを渡した。
そしてその人物もゴンドラを降りると彼のいる天幕の方角へと向かってきた。二人目ながら、ニルはまさかとしか思っていなかった。あの場を辞してから港町の市場にしか足を運んでいない。
なのに、あの赤毛の少女は真っすぐにこちらへと足を運んでいた。そうこう思考をループさせているうちに、そのもう一人の人影がすぐそこまで来ていた。
ニルはまた足場から縄梯子を降りた。相手は先ほどよりはニルに近い年の少女だった。栗色の髪を肩の上で切りそろえ、緑の瞳が優し気な笑みを浮かべていた。カフェオレ色のドレスに白いエプロンを身に着けている。
彼女は先ほどの少女と同じように無言でバスケットを差し出して来た。縦に深い珍しい形をしている。
「これ、くれるの?」
同じように聞いてみた。これも同じく手編みの草のバスケットには白い液体の入ったガラスの瓶が二本入っている。
「しぼりたてですよ、新鮮なうちに召しあがってくださいね」
先ほどの赤い髪の少女のこともあってニルは一瞬良くない想像をしてしまっていた。その考えを押し込むようにもう一つ気にかかっていることを口に出した。
「あの、どうしてここに?」
彼女はにこやかに返した。
「勇者様がお出ましになると聞きましたので」
「えっ、誰から?」
彼女はニルの問いにひときわにこやかな笑みを向けると、人差し指をその唇の前に置いて見せた。そのしぐさにニルが浮かべた困惑の表情を見ると彼女は声を出して軽やかに笑った。
ニルは彼女が年上か年下か微妙な所だと感じていたが、正直関係値としては相手の方がお姉さん的で自分がのまれていることを認めるのもやぶさかではなかった。
そうしてニルが間抜けを晒している間に、彼女はその豊かな胸の前に右手を上げるとにこやかに振って見せた。
ニルの頭の中は疑問符が渋滞を起して同じように手を振りかえした。奇麗なお姉さんに上手いことあしらわれることでしか得られない栄養もあるということで彼は考えることを一旦やめた。
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彼女を間抜け面で見送ったあと、急にものすごい勢いで雪が降り始めていた。ニルは天幕に仕舞っておいた毛皮のコートにも見えるフードつきのそれを羽織って昼食の準備を始めようとしていた。
ちなみに毛皮に見えるそれは、市場の露店の店主に言わせると、とある植物から作られているとのことだった。確かに色は少し枯れたような緑色で、フードを被ると元の世界でいう所のギリースーツそのままだ。
見た目は悪いがそれのおかげで天幕の入口の地面に座っても冷たくはない。
豚の頬肉の塩漬けを燻製にしたものを細かく切る。
浅めの片手鍋にオリーブオイルを入れて、切った豚肉を入れる。
市場で買ってきた魔力で動くコンロに火を入れる。ただの板のように見えるが、蝶番で開いて左右に鍋を一つずつ置けるスグレモノだ。左で水を沸かし、右で片手鍋を使って肉を調理する。
下を向いていたニルの視界に脚が入って来た。小さな足だ。目線を上げると、そこには口をへの字に曲げた少年がニルを見下ろしていた。
「どちらさま?」
聞いたニルに少年は値踏みするような視線を向けながら言葉を返してくる。
「ここで何してんだよ」
ニルは不敵な笑みを浮かべて見せて言った。
「今から激ウマな昼飯を作る」
すでに豚肉が香ばしく匂いを立てていた。ニルは興味深そうにその鍋を見る少年に言った。
「食ってくか?」
少年が応えの代わりにごくりと唾を飲み込むのを見て、追加で豚肉を切って鍋の中に入れた。
肉に奇麗に焼き色が付いたらいきなりその中に左で湧き始めていたお湯を片手鍋に一部移し、そのなかにさらに乾麺を入れる。
片手鍋の中で、麺も茹でてソースも作ってしまう作戦だ。
麺の固さを見ながら湯の量を調整して行き、少し固めな状態で水分がおおかた蒸発した状態にして、そこに二人前なので牛乳を二カップ投入。
撹拌しながらまた水分を飛ばし、少し鍋の下にたまるくらいになったら火を消す。
ここで塩コショウをして味を調える。
粉チーズを好きなだけ入れて、卵を二つ。炒り卵にならないようにものすごいスピードで撹拌。
垂れない程度のクリーミーさになったら二つの皿に均等に盛る。
「イタリア人が見たら飛び蹴りしてくるかもしれないけど、なんちゃってカルボナーラ完成!」
ニルは少年を天幕の中に招き入れると、フォークと一緒に一皿渡した。
「うまいぞぉ~」
少年はひったくるように皿を受け取ると、結構な勢いでなんちゃってカルボナーラを食べ始めた。ニルも自分の分に手をつける。中々の出来だった。
「所で少年、一つ頼まれて欲しいんだが」
少年が食べ終わったころを見計らってニルはおもむろに切り出す。
「今作った料理をもう一回作ったらあの白い帆船のお姉さんに届けて欲しいんだけど、どうかな? 持って行ってくれたら、また明日も何か食わしてやるよ」
少年は探るような態度を変えずにぶっきらぼうに聞き返して来た。
「聖女様のとこ?」
「そう、俺が作ったってのは黙ってて欲しいんだけど、お母さんに持ってけって言われたとか言ってもらえれば」
少年は少し考えるようにしてから短く答えた。
「いいよ」
「多謝!」
ニルは少し張り切ってもう一度調理に入った。
ニルは少年にカルボナーラを渡した後に樹上の足場に戻って少年の背を見送っていた。
少年がガレオン船にある程度近づくと、昇降機のゴンドラが下に降り始めた。何かしらのセンサーがあるのだろうか。
勇者召喚の歴史がある程度あるこの文明には、文明の程度とはひどくチグハグに便利なものが多いのは歴代の勇者たちの知識や研究の成果も多いとのことは聞いていた。
双眼鏡はまず間違いなくその流れのものだろうし、ギリースーツもそうだろう。何にしても助かる事この上ない。代々の勇者達のおかげでニルは活動が出来ているようなものだった。
少年が船尾楼のドアのノッカーを使っているのが見える。そういえば自分の時はノッカーを使わなかったことにニルは気が付いた。
ひょっとしたら、あのノッカーが中の人にインターフォンのように来訪者を知らせるのかも知れない。ニルは自分の見落としで謎のファーストコンタクトになってしまったことに今ようやく気が付いていた。
聖女がドアをあけ、少年と思ったよりも長く何かを話している。知り合いなのかも知れないとニルが思った時、少年は振り返ってニルの方に向かって指を差した。
「え~、そんな速攻裏切られることとかあるぅ~?」
聖女の顔がこわばってこちらの方へ目を向けるのが見えた。
ニルは速攻店を畳んで逃げることと、この場にとどまって怒られることを天秤にかけて考えてみたが、あきらめて護衛の任を辞めないのであれば、逃げるという選択肢は無いというのが結論だった。
ため息をついて縄梯子を降りる。地面にはだいぶ雪が積もっていた。冬の日差しはすでに傾き始めており、周囲を黄色からオレンジへと染め始めていた。
彼の元にたどり着いた彼女は、聖職者らしい装飾の入った白いコートを身に着け、吐く息が見える寒さの中、雪の世界を統べる王女のようにも見えた。
「こんな所で何をしているのですか」
声に少し非難の色が混ざっていた。
「もちろん、護衛を」
彼女の目から玉のような涙が落ちた。
「ばかっ」
叱責は予想していたが、その時彼女はニルの予想に無かったことをした。彼女は彼の手を掴むと、強引に引いて来た道を戻り始めた。
涙を拭きながら進む彼女にかける言葉を見つけられずに、ニルはそのティアラの載った頭を見ていた。今更ながら、彼女が自分からみるとかなり小柄なことを気が付いた。
何かを言おうかとも考えたが、泣き続ける彼女にかける言葉を見つけることが出来なかった。
船の前に付き、ゴンドラで上がり、船尾楼のドアを潜る。彼女はそのまま手を放すことなく、ニルが開けたことのない扉を開くとようやく口を開いた。
「この部屋を使ってください」
自分に向き直った彼女は目を泣きはらして、寒さのためだろうか分からないが、鼻も赤くなっていた。
「あの、ありがとうございます」
彼の手は掴まれたままだ。少し待ったあと彼女へと言った。
「あの、荷物を取りに行こうと思うんですが」
彼女の目が怒っていることを雄弁に語り始めた。
「うそ! またどこかにいくつもりでしょう!」
どうも変な方向への信頼が厚くなったようだった。ニルは苦笑いをすると片膝をつき、お飾りに渡された、勇者の紋章が刻まれた剣を抜いて両手で彼女へと掲げて見せた。
彼女はそれを手に取ると、少し震える手つきでニルの右肩に、そして左肩に刀身の平を触れさせた。
本来ならば厳粛な宣誓の言葉があるはずだが、今は静寂だけが二人を包んでいた。
だが、言葉は要らなかった。
そうして勇者ニルは、名実ともに聖女フェリシアの騎士となったのであった。
ちなみに最初はガシャガシャ歩く城にしようと思っていました。でも、それってハウルの動く城じゃん、とあとで思ったので船にしました。




