ペテン師勇者とへべれけ聖女
「美味しい……」
少女は上機嫌でショットグラスに注がれたブランデーを飲み干した。ニルは少し拗ねた表情の少女に食後お土産で持ってきていたブランデーとおつまみセットで機嫌を取っていた。どこでも比較的入手しやすいナッツ類と干したフルーツ類を混ぜた物だ。
ニルは目の前の妖精の王女が甘い物好きの飲兵衛だという当たりを調理中につけていたが、どうやら間違って無いようだった。フレンチトーストにブランデーをかけた際の反応が良かったからそうではないかと踏んでいた。
「まあ、どうぞもう一献」
ニルがフェリシアのショットグラスにブランデーを注ぐ。その少女の少しすくめられていた肩は今ではアルコールのお陰かリラックスしているように見える。
背中のレースのような羽に触れないようにだろうか。彼女の座る椅子には蔦を模したデザインの銀色の金属が、鍵のような形に曲げられていた。
「それにしてもステキなお屋敷ですね」
少女の目が少し驚いたようにニルへと向いた。手に空になったショットグラスをもてあそびながら返答の内容を少し迷っているようだった。まともな話が出来ない相手と思われているのだろうか。
「……曾祖母のものだったと聞いています。私が聖女に任を受けたあと、国から相続という形で返還されました」
「じゃあ、聖女様はここが地元なんですか?」
「はい、でも曾祖母は魔王側の幹部と言われていた人なので、もう少し西の方の出身ですね。この船も和平成立後に講和条件の一つとして接収されていたものです」
ニルが食卓に置かれた彼女のショットグラスにブランデーを注ぐ。その少女のおもてにわずかに沈痛な面持ちが浮かび上がり、その口がニルに語りかける。
「思い直すことはできませんか。私の護衛になるということは、将来を閉ざされたと同じなのです。あなたのような方であれば、きっと、きっとより多くの人に貴ばれ、人々の心に残る存在になると思うのです」
「いやだポン! 勝負に勝ったら護衛になって良いって聖女様も言ったもポン!」
にべもなく茶化すようにかえすニルにその少女はへの字口向けるとショットグラスをつまみ上げて中身を煽った。
ショットグラスを勢いよくテーブルに置く音が響き、少女の透き通った声が被せられるようにそれを追う。
「もう、知りませんからね!」
ちなみに彼女は勝ったら護衛になって良いなどとは一言も言っていなかった。人が良いにも程がある。
ニルがショットグラスに注いだ途端に白く華奢な手がそれを手にして中身を少女が煽る。
「おかわり!」
ニルが瓶を逆さに振って見せる。
少女がため息をついた。
「聖女様、ワインならありますけど」
ニルがゴソゴソと自分の荷物からワインボトルを取り出した。
少女が曇りのない笑みと共にショットグラスを小気味良い音を立ててテーブルの上に置いて見せる。
「ワイングラスにしましょうよ」
ニルが自分の席の隣に置いてあったワゴンからワイングラスを手に取って少女の前に置き、コルク抜きでワインをあける。歴代の勇者とやらは少なくとも地球文明の人間であることは間違いないようだ。
「ちなみにチョコレートもありますよ」
がさがさと包みから乱雑に割られたチョコレートを陶器のボウルに入れる。どちらも調理用に買ったものだが、そこそこ評判の良い物を味見して買ったので品質は間違いない。
彼女の満面の笑みが一瞬止まった。一度身じろぎをして優雅な所作で軽やかに立ち上がる。
「失礼します。すぐ戻ります」
そう言って彼女が席を外してから戻るまで、15分ほどかかっただろうか。静かに髪を撫でてドレスを整えるようにして席に戻る。
ニルはあえて何も言わなかった。
「痛っ!」
少女に肩を叩かれる。
「失礼ですよ!」
たしなめるような目にニルは返した。
「何も言ってないじゃないですか!」
少女はツンとそっぽを向いて顎を上げて見せた。
「言わなくても思っているのが分かります!」
ニルはその言葉に口を開きかけたが、あきらめたようにワインボトルを傾けて少女の前のグラスを満たした。チョコの入ったボウルを彼女の方に押す。
少女はそっぽを向いたままチョコレートに手を伸ばして口へ運んだ。お気に召したようで、前に向き直るとワイングラスを優雅に持ち上げて、ついばむように少しその口に流し込んだ。
再びその童話めいた美しさと優雅さがバランスよくせめぎ合う美貌に笑みが浮かぶ。
あっという間にグラスの中身が減っていき、ニルが再びそれを満たした。
「勇者様は飲まれないのですか?」
不思議そうに問いかけて来る。
「下戸です。みんなお酒飲むと気持ちよくなるとか言うけど、気持ち悪くなります」
少女が重力を感じさせない仕草でふわりと立ち上がり、ワゴンの方に行くとワイングラスをニルの前に置いた。
ステキな笑みを浮かべて中に深いガーネットに似た色の液体が注ぎ込まれる。
「どうぞ、一献」
スーパー核爆級美少女にお酌をしてもらえたことが人生に一度でもあった者は幸いである。ニルはそのささやかな復讐を甘んじて受けねばならなかった。
******
その後、赤ワインを空にして、これもまた調理用に買ってきていた白ワインも妖精の王女の胃の中へ消えて行った。ニルはグラスの半分を飲んだだけで案の定気持ち悪くなり、食卓に臥せっていた。
「ぜぇんぜぇんのんでないじゃないですかぁ」
臥せっていたニルは反論しようと起き上がると、少女が同じくダイニングテーブルに臥せっていた。白ワインの瓶も空になり、グラスも完全に飲み干されている。
少女の羽はレースで出来た半球のように背中に収まり、恐らく本格的に眠っているであろうことがうかがえる。
ニルは立ち上がると食器類をワゴンに載せてキッチンへ運んだ。そのままどこから水が出て、どこへ流れていくのか分からないシンクで食器類を洗う。チョコやドライフルーツとナッツのおつまみはフタのあるココットに入れて戸棚に仕舞った。
その後ダイニングに戻ると、少女は起きずに本格的に寝入っているようであった。
「聖女様?」
あまり触れるのははばかられ、指先で触れるように少し肩をゆすった。
全く反応が無い。
ニルはたっぷり三分ほどそのまま様子を見てみたが、埒が明かないので彼女の寝室を探しにダイニングを出た。今回はそれらしい部屋のドアを開けてみると、一度で当たりを引いた。
なるべく中を見ないようにベッドだけ確認すると、ドアを閉めずにダイニングへ戻る。
「聖女様、眠るならベッドへ移動されてはどうですか?」
ニルが言葉を言い終えても、少女からは可愛らしい寝息の音しか聞こえてこなかった。
ニルが手を合わせてお辞儀をしてから少女を抱き上げて、開いたままのドアから彼女の寝室へと進んだ。
ゆっくりとベッドへ横たえさせてブランケットを首元までかけた。本来なら着替えるのだろうが、さすがにそれはニルには出来なかった。
「どうして……、わかってくれないの?」
背を向けたベッドへと振り返った。眠ったままの少女の目尻から涙が零れ落ちる。
ニルはキッチンに入ると片手鍋に湯を沸かし始めた。
スキレットにハチミツを大匙二杯入れて火にかける。
焦げてきたら水を入れて固まる前にマグカップに入れる
湯が沸くまでの間にボウルで卵を一つ、砂糖がないのでハチミツを大匙二杯。
白身と黄身が均一になるまで溶く。
そこに一カップの牛乳を加えてさらに混ぜる。
茶こしを通して先ほどのマグカップに卵液をこし入れる。
鍋の湯の中に清潔な布を入れて火を弱火にしてからマグカップを入れる。
水滴が垂れないように鍋に布をかぶせた蓋をして、表面が固まるまで待つ。
ニルはその間ダイニングに戻り、荷物の中から紙を取り出してメモを書き始めた。
昼に作ったフレンチトーストとオニオングラタンスープのレシピに加えて、フレンチトーストにも干し肉を入れて塩味にして食べる方法を書いた。その次に今しがた作ったプリンのレシピを書き加える。
すこし考えたあとに戸棚に仕舞ったおつまみ類の場所をと、あまり甘い物ばかり食べないように書き添える。
最後に無理を言ったことに対する謝罪を書き、そのメモを彼女がいつも座っているのであろう隅の席の前に置いた。
キッチンに戻り、プリンを取り出して粗熱が取れるまで待ってから卵と牛乳が仕舞ってあった冷気の出ていた戸棚に入れる。
そうして一息ついた後に、ニルは持参した荷物を背負い、ダイニングを後にして昼に来た順を逆に辿って行った。
最初に通ったドアを開けると甲板に出る。満面の星空と月の光のもと、聖女のその船は夜の雪景色のように一層幻想的に淡く光を放っていた。
もしかしたら彼女の曾祖母は彼女に似ていたのではないだろうか。そしてその人のイメージを元にこの船が作られたのだとしたら、ひどく納得がいく。
ニルは下に降りるゴンドラ型の籠に足を踏み入れた。なににしても、泣かれてしまっては負けを認めるしかない。守るはずの相手を傷つけては本末転倒である。
策士策に溺れるとはまさにこのことだ。詫びにプリンを作るくらいしか打つ手がない。詫び石ならぬ詫びプリンだ。
元の世界では一生お近づきになれないような存在と身近に半日過ごしただけでも得をしたと思う事にしよう。その時丁度籠が地上に付き、そこから降りた。
「よしゃ、そんじゃいっちょやってやるか!」
籠が自動的に上まで上がるのを見送るように見上げた後、ニルは元来た港町へと向かってその足を進めた。
最初は連投を予定していますが、途中で金・土・日更新にしようと考えています




