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落ちこぼれ勇者、つまはじき聖女の護衛に ~ぽんこつ主のご飯と生活のお世話~  作者: 苺味初芽


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腐ってなければOK! 勇者的絶品蘇生レシピ

「はい、用意した食材はこちら! テイク・ツー!!」


 何か割り切れないという表情の少女に対して元気いっぱいにニルは言った。人のよさそうな少女を相手にここは勢いで押してしまおう作戦だ。


「岩みたいになるまで放っといたパン、不祥事を起こした芸能人並みに干され過ぎた肉、結晶化しかけてるチーズ、これも一部結晶化しちゃってるハチミツ」


 ニルが食材の名を挙げるごとに手に取って持ち上げて見せる。少女はその度にニルと食材の間に視線を行き来させていた。


「ちょっと発酵しちゃってるバター、真ん中らへんがだいぶ芽になっちゃったタマネギ、そして何故かこれだけは新鮮な牛乳と卵、当たり前だけど無事なシナモン、塩、胡椒」


 ニルはわざと聖女の仕草を真似て食材と彼女の間に視線を往復させて続ける。


「頂きものなのにねぇ~! 誰がこんなになるまで放っといたんすかねぇ~!」


 彼女が肩をすくめて、純粋に申し訳なさそうな表情を見せる様子にニルは自分の大人げなさを誤魔化すように続けた。


「はいっ、でもそんな食材でも美味しく頂く方法がこちら!」


 まな板の上に玉ねぎと包丁を乗せる。


「まず、タマネギは千切りに。コンソメが無いので干し肉から出汁をとりますが、肉自体も食べやすいよう細切りにします。聖女様、ここテストに出ますよ!」


「えっ? はい、……そうなんですね」


 良くわからな過ぎて話を合わせるだけの返事になるのは想定内だ。このまま相手が面倒になってこちらを放任して来るも良し、何れにしても客いじりは芸人としていつかは超えなければいけない壁だ。


「聖女様はどういう時に料理をしたくなくなる時かわかりますか?」


 目の前の少女が首を傾げて見せた。美少女というのは何をしても絵になる卑怯な生き物だ。やはりここは目にものをみせてやらねばならない。


「いえ、存じ上げないです」


 そう答える相手にニルは最大限に厳めしい顔を作って見せて頷いた。


「疲れている、時間が無い、片付けが大変、献立が思いつかない、材料がない、などです。今回はその点を考えて、手元のもので簡単な二皿を作っていきましょう!」


 彼女が思わずニルのその勢いに頷いてしまう。それはそれでちょっと相手に呑まれやすすぎるのではないかと心配になる。


「はい、ここでスキレットを洗って火に。玉ねぎを焦がさず飴色にしたいので弱火で。つきっきりなら中火ですが、今回は同時に二皿なので」


 どこから水が来て何処へ行くのかわからない蛇口とシンクでなぜか錆ていないスキレットを洗って火にかける。魔法で熱を出す調理機器の魔力を注ぐ部分に指で数秒触れて熱が来てるのを確認する。


「さて、水滴が蒸発したらバターをひと欠けと玉ねぎを入れます。塩コショウは味のバランスのため、干し肉の塩味が加わってから」


 バターと玉ねぎの炒められる音が二人の沈黙の間で響き、両者を合わせた香りが鼻を心地よくくすぐる。


「良い匂いですね。匂いでも食材の腐敗は確認できるので重要です。この間にパンをカット。まず、あとで使うように、薄く一枚切り出しておきます。残りは賽の目切り。大きさは一口で食べられる程度が勝利」


 ニルが片目を閉じて親指を立てると目の前の少女の唇と比べる。彼女の瞳が目の前に来た親指を追って寄り目になる。もう少し男を警戒した方が良いのではなかろうか。


「二センチ角かな? 切れたら深皿に入れて牛乳を上からそそぎます。はいっ、そこの聖女様、牛乳の量はどれくらいでしょうか?」


 急にまた水を向けられた彼女の背中の羽がピクリと動いたあとゆっくりと閉じたり開いたりし出す。


「わ、わかりません」


「答えは簡単。牛乳でパンを柔らかくしたいので、パンが吸い込めるだけかけちゃってオーケー。多少かけすぎても後作る卵液に混ぜれば良い懐の深いレシピです」


 ニルの左腕が素早く動いてスキレットを握る。少女の瞳が手品師の手を追う子猫のように動く。


「はい、玉ねぎも焦がさないよう注意! 本当はじっくり火入れしたいけど、時短でここで細切りにした干し肉も入れちゃいましょう」


 玉ねぎの良い匂いに香ばしい肉のやける匂いが加わる。


「両面から牛乳をパンが吸い上げたら卵を割ってボウルの中で溶きます」


 ニルが左手で割り入れた卵を右手に持った二本のフォークを使ってそのまま泡だて器代わりに卵を溶く。


「ところで、もしかしてチーズは嫌いですか?」


 ニルの質問に彼女は胸に手をあてて答えた。


「そんなことはありません。好きですよ?」


「卵も? チーズが固くなるくらい置いてあるから嫌いなのかとちょっと思いました」


 少女が申し訳なさそうに言う。


「卵もチーズも好きなのですが、一度にそんなに食べられないのでどうしてもチーズは固くなってしまいます……」


「りょ。では卵液におろし器でおろしたチーズを入れます。白身と黄身が均一になるまでといたら先ほどの牛乳に浸したパンに上からかけて絡めます。牛乳に先に浸したのは固いパンを早く柔らかくプリン的な食感に近づけるためです」


 それまで知らない言葉で話しかけられていた子供のようだった表情が笑みに変わった。誰も彼女にむやみやたらに知らない男性に微笑みかけてはいけないということを教えなかったようだ。


「プリンですか?!」


 急に食いついてきた彼女にちょっと驚きながら、その目の表情にニルは手ごたえを感じた。


「まあ、完全にプリンとはいかないけど、少しプルプルした感じにはなりますよ?」


 ニルの左手が皿の上に溶き卵をかけた後、素早く調理台の奥にボウルを置いて皿を手に取る。


「はい、玉ねぎを忘れないように返します。今回は二つの料理を同時に仕上げたいのでここで水を入れます。焼き色のついたバター、玉ねぎ、お肉、この三つの香ばしい部分がスキレットについているので木べらでこそいでスープの一部にするのがコツです」


 ニルは黙っている少女を見て何か猫にでも話しかけているような気になって聞き直す。もしかしたら彼女としては今宇宙猫状態なのかもしれなかった。


「ここまで大丈夫ですか?」


「あ、はい。なんとなく」


 ニルは頷いて続けた。何でも最初はなんとなくから始まるものだからだ。


「デグラッセという重要な調理方法です。ここで塩味を確認して足りなければ塩。コショウも味のバランスが取れるように入れます」


 味見をしてニルが手際よくスキレットの中身を木べらでかき混ぜて取り出した器に玉ねぎと干し肉のスープを入れる。


「スキレットの中身をフタのあるココットに入れて、その上に薄く切っておいたパンを乗せて、その上におろしておいたチーズを散らしたらこう!」


 ニルがココットの付属の蓋を乗せる。


「このまま弱火。スキレットをキレイに洗ったらもう一つの火にかけます」


 蓋つきの器の中でグツグツと煮込まれる玉ねぎとチーズの匂いがキッチン内に立ち込める


「賽の目のパンは牛乳さえしみ込んでいれば卵液は六面に絡めればオーケー。スキレットが乾いたらバター、溶けたら卵液を絡めたパンを入れて行きます。卵液がお皿に残ってしまったら上からかけましょう」


 バターで卵の焼ける匂いに、少女の細いウェストから唐突に『グー』と抗議の音が鳴った。


「あの、これは、違うんです!」


 肌が白いだけに耳まで赤くなっているのが良く分かる。ニルは昼食を中座させたことを取り返すべくその手を速めた。


「あとちょっとです! 下面に焼き色が付いたらひっくり返します。ここで火を止めてしまってもオーケーですが、今回はさらに持参したこの秘密の液体を入れます」


 手にした瓶の中の琥珀色の液体を注ぐとスキレットの中に火がともり、奥深い匂いが加わる。


「そしたらもう火を止めてオーケー」


 ニルは彼女がすこしピョンと跳ねたのを見逃さなかった。


「そしたらお皿へ盛りつけ。ハチミツの結晶化した部分を溶かす時間が惜しいので、まだ液体のままの部分を取って回し掛けします。卵液を甘くする方法は糖分摂取が多くなりやすいので、健康のため後かけ推奨。最後にシナモンを」


 ニルが喋りながらも手早くトレイにスープの入ったココットとハチミツとチーズのシナモンフレンチトースト、牛乳と水の入ったグラスにナイフ、フォーク、スプーンを乗せた。


「それでは実食タイム!」


 トレーを片手に大きすぎるダイニングへと向かうニルに、ティアラとドレスの小柄な少女がすこし足取りが軽くなった様子でついて来る。


 ニルが席の横に控えると、彼女はそわそわしながら着席した。すかさずそこに彼が食器とカトラリーを手際よく並べて行く。


「マドモアゼル、ハチミツとチーズにブランデーのシナモンフレンチトースト、オニオングラタンスープになります」


 そう言ってニルが一礼したあと、少女はスプーンを取ってスープを口にした。一泊置いて、次にナイフとフォークを手にしてフレンチトーストを口にする。時計の秒針が一周するほどたっぷりと忙しく表情を入れ替えた後、半泣きに近い表情で彼女は言った。


「……おいしいです。すごく、とっても」


 そう言った彼女が食卓に突っ伏して額を打ち付ける音が静かな室内に響いた。


「ククク……、貴様は俺に負けたのではない! 自らの善性に負けたのだと知るが良い!」


 ニルは勝利に両腕を上げた、いわゆるコロンビア的なガッツポーズを見せてそのままダイニングを一周して見せる。


 そんな中、少女のティアラが外れてオニオンスープに落ちそうになるのに気が付いて、寸での所で受け止められたのが今日一番の奇跡だろう。


「あっぶねっ!」

作中の作り方のフレンチトーストは良く食べます。パンが古くなった時、時間をかけずに美味しくいただけるので重宝しています。スープはその昔、何も家に無かった時に階に行くのが面倒で何度か作ったことがあります。

その時は玉ねぎとビーフジャーキーとソーセージで試しましたが、両方ともよく炒めてちょっと濃い目になるくらい煮詰めれば美味しいです。もちろんコンソメがあった方がそれっぽいお味になります。

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