米だけど米じゃなかった!? 全てが餅になる
「ヴィクトリア・サンクタ、貴様のこれは報告書ではないな」
その青黒い肌に牡牛の角と鬚をたくわえた濃紺の軍服の美丈夫が、紙の束を執務机の上に放ってため息をついた。
それなりの広さのある執務室を手狭に見せてしまう二メートルを少し超えた長身を背もたれにあずけて顎に手を当てる。
マグナス・トーラス、それが目の前の男、勇者庁長官の名であった。
「えー、そうかなぁ~。地下に行った際の出来事を書けば良いって言ったじゃん」
反省とは縁遠い態度で口をとがらせながらヴィクトリアがうそぶく。その言葉に対してマグナスが続けた。
「これでは観光と食事をしてきたようにしか見えんよ。読んでも食事内容以外何のことか分からんしな」
ニルは彼が考え込むように椅子に沈み込むのを見ると気の毒に思って立ち上がり、自分が念のためまとめておいたものを彼の執務机の上に置いた。
「僭越かと思ったんですが、念のためまとめたものを書いておきました。あと二点ほど参考になる遺物もこちらに」
ニルは魔道ポーチから布で巻いた鉄筋が刺さってタイルの張られたコンクリ塊と、カタカナが印刷された金属の板をその書面の隣に置いた。
牡牛の角を持つ長身の美丈夫、マグナス・トーラスがニルのまとめた書面を手に取り、ページをめくる。一言、フム、というと最初に戻ってそれを読み始めた。
執務室のドアが開き、小柄で可愛らしい女性が茶器を乗せたワゴンを押して現れた。彼女の左右の側頭部には羊の渦を巻いた角があり、似た色の髪も相まって一種そうした髪型であるかのように見せていた。
その女性は執務室の主と同じ色の、下はスカートとタイツになっている軍服を身に着けた人物で、ニルとヴィクトリアも顔見知りであるオーヴィス・アグヌスという秘書官である。
「頑張ったニル君にはご褒美にクッキーを一つ大目にあげますね」
彼女はそういって二人の前にソーサーに乗ったカップを置くと、ティーポットから紅茶を注いだ。ニルのソーサーに小さなクッキーが二つ、ヴィクトリアのそれには一つ置かれた。
「え~、ヴィスちゃん、アタシは~?」
甘え声で聞くヴィクトリアに彼女は優しい笑みを向けると言った。
「ヴィキちゃんが次のお仕事頑張ったら特別なお菓子を用意してあげるね」
「ヴィズちゃんすき~!」
彼女はその小さな手でヴィクトリアの頭を撫でるとワゴンを執務机の隣まで押して上司の分の紅茶を注ぎ始めた。その彼女の上司が呻くように言葉をもらす。
「ヴィクトリアにニルの半分も実務能力があればな……」
ニルが自分のクッキーをヴィクトリアのソーサーに移して言った。
「それを言うなら俺にヴィキの半分も戦闘能力があれば、とも言えますよ?」
その男は机の上で口元を隠すように手を組んでニルに言った。
「で、貴官の見解としてはどうだ。今までにない事例だけに初動の扱いが難点であるし、状況の捉え方も難しい所だ」
マグナス・トーラスは准将であり、軍属であった。勇者は基本的に軍属では無いが、軍との共同作戦の際は将校待遇であるため貴官呼ばわりされることがある。
ニルは正直な感想を述べた。マグナスには世話になっていたし、色々便宜を図ってくれる上司に花を持たせたいという気もあった。
「まず、危険性があるかどうかはもっと複数の事例を土木の専門家とかが見て行かないとわからないでしょう。今回は列車の車両があるので、捉え方によっては異世界のアーティファクトが手に入るチャンスと考えても良いかも知れないですね」
マグナスがニルの言葉に頷いて言葉を返す。
「本格的な調査研究には新しく組織の編成が必要だな。今回は危険は見当たらなかったとはいえ、長期的に放置されていた地下構造があった場合は地下生や洞窟性の危険な生物がいる可能性もあるとして、貴官らか軍の者を探索にあてる必要があるな」
彼はたっぷり秒針が一周するほど腕を組んであごひげに手を当てたあと、おもむろに口をひらいた。
「分かった。聖堂会と議会に話を通そう。貴官らには平時待機を命じる。追って連絡があるまでゆっくりしてくれ」
ニルは立ち上がると右の握り拳を左胸に当てる軍隊式の敬礼をした。
「ニル」
声をかけてくる長官に目を向ける。
「今回は助かった。個人的に礼をしたいが、何か望むものはあるか?」
ニルは考えるまでもなく答えた。
「米が欲しいです閣下!」
「米?」
ニルはメモを取り出すと、ヌカの部分が欠けた、特徴的な米の形を書いてマグナスに見せた。
「こんな形の穀物で、俺の出身地では主食になっていたものです。ご存じですか?」
彼はニルのメモの紙片を手に取ると以外にもすぐに理解したようで軽く頷いて見せた。
「私の地元で栽培されている。確かこちらの倉庫にも送られて来ていたので今日中に届けよう」
「やった! 今日中にですね!」
マグナスは少し笑って言った。
「ああ、念を押しておく。夕方には間に合うように届けさせよう」
「ありがとうございます!」
ニルは最敬礼すると、長官のクッキーをくすねているヴィクトリアを置いてその場をあとにした。
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「アタシの分残ってる!?」
船のダイニングでニルが食後に食器を片し終えてフェリシア、リナ、ユウの四人と食後のお茶でくつろいでいる所にヴィクトリアの声が響いた。
「おせーよ、おまえの分もう無いから!」
ヴィクトリアが悲壮な顔でニルに言う。
「米あんだろ? アタシにも食わせてよ!」
ヴィクトリアの表情を見てニルが言う。
「メシ食ってないの?」
「パスタしか食ってない」
「食ってんじゃねーか!」
ニルはヴィクトリアに手のひらに収まるサイズの白い塊を投げた。顔に疑問符を浮かべてそれをキャッチしたヴィクトリアが自分が手にしたものを見て感嘆の声をあげる。
「デカっ!」
それは手のひらサイズの、もう粒とは言い難い米粒だった。
「デカっ!」
ヴィクトリアは思わず二度言っていた。それは米というよりは、どちらかというと餅に近かった。
ニルはヴィクトリアの感想に重々しく頷いてダイニングの上にあった大きな箱の蓋をパカパカとしながら目の前の三人に言った。
「今回は魔力レンジが帰りに市場で手に入ったので、これと巨大米、仮称キョマイを使ってデザートを作っていきたいと思います!」
拍手の真似か、ニルが続けてその箱の蓋をパカパカと開いたり閉じたりして見せる。
「電子レンジ! スゲーじゃん!」
「だろぉ~? はい、材料はこれ!」
ニルはトレーに被せていた蓋を取りながら言う。
「まずは、カットしたキョマイ! そして、あんこ玉! イチゴ! 砂糖! 片栗粉!」
「先ずキョマイを一個分一センチ角くらいにカットしたものと、水大匙二杯入れる!」
ニルはそれらをボウルに入れると箱の蓋を開けてボウルごと中に入れて蓋を閉じる。
「魔力レンジで餅がデロデロになるまであたためます!」
ニルが箱の上に手を乗せ、魔力を注ぎ込んで一分半ほどで蓋をあけた。
「レンジによって時間は要調整! デロデロになってればオーケー!」
ニルが水に濡らした木べらで中を混ぜ始める。
「デロデロが水と合体してもっとデロデロになったらこれをトレーの上の片栗粉に乗せて平らに伸ばす!」
ニルは、それを伸ばし終えると、別のトレーに丸めておかれていた黒い玉と苺を手に取った。
「次に、ヘタを取って洗っておいた苺をアンコで包みます! みんなちゃんと苺が見えなくなるように包んでね!」
ニルがコネコネと手を動かすと、黒い玉がもうちょっと大きい黒い玉になった。
「そしたらこの黒い玉を先ほどの白いデロデロで包みます! 熱かったら粗熱が取れてからでもオーケー!」
ニルが器用に手を動かすと、黒い玉がもう少し大きい白い玉へと衣替えをした。それを皿に乗せてナイフで縦に切って見せた。
「はい! でぇ~たぁ~! い~ちぃ~ごぉ~だぁ~い~ふぅ~くぅ~!」
ヴィクトリアがその鮮やかな色の断面を見て色めきだった。
「すげぇ! ものまね似てねーけど、すげぇ!」
ヴィクトリアがニルのサンプルを素早く奪い取って頬張る。他の三人は二人の行き過ぎた興奮をよそに、楽しそうに材料をコネはじめていた。
「おい、ヴィキ、俺がこのまま黙ってお前を帰すと思ってんのか!? ああん!?」
ニルの啖呵にヴィクトリアが芝居がかって身構える。
「ナ、ナンダト!?」
ニルが背後のワゴンから作り置きしていた人数分の白い玉の乗ったトレーを取り出すと、一つをナイフでカットして見せて言った。
「俺の白あんオレンジ大福を食らわせてやるぜ!」
その鮮やかな白と橙色の切断面を見てヴィクトリアはうっとりとした目で言った。
「ん~、しゅきっ!」
昔はアンコはそんなに好きではなかったんですが、海外にしばらく住んでから好きになりましたw




