勇者召喚副作用と、お手柄小学生
「アタシは大変なことに気が付いてしまったかも知れない」
発見した地下の駅と長距離列車についての話を始めたニルに、ヴィクトリアが配られた紅茶のカップを見ながら深刻な顔でつぶやいた。
「ああ、気が付いたことは何でも言ってみてくれ」
いつもは揺らぎを見せないそのヘイゼルの目が怯えたかのような色を映す。
「ニル、アタシがウンコってしつこいからカレーにしたの?」
「ちげーよ!」
ニルは全員食べ終えてから切り出す事にした自らの判断に、心から自分をほめてあげたくなった。彼は一旦冷静になるために、深いため息をついてから言った。
「お前、女の子二人の前でそういうの控えた方が良いぞ……」
ヴィクトリアが一瞬納得しかけた表情を心外なものに変えてニルに言った。
「えっ、アタシは!?」
ニルは彼女の肩に手を置くと痛ましげな表情で首を横に振って見せた。
「お前は、自分からそのステージを降りたんだ」
そのニルの発言でヴィクトリアが向かい側に座る二人へ視線を向ける。フェリシアが耐えきれずに口元を抑えて露骨に視線を反らした。
「フェリシアちゃん、嘘だよな!?」
彼女の肩が小刻みに震え、その背中の羽が震えているのを目にしてひどく焦った様子でサナツィアへと目を向けた。
目に映ったその表情は強い意志で抑え込まれていたが、サナツィアの青い瞳はヴィクトリアのそれを正面から受け止めることから逃げるように揺れていた。
「サナちゃん!?」
周囲が急にアウェイになったヴィクトリアにとどめを刺すべくニルが口を開いた。
「どうですか、フェリシア様。ここはひとつヴィクトリアがあなたの目にどう映るか言ってやってくださいよ」
水を向けられたフェリシアは右手で涙をハンカチで拭いながら左手をニルに向けながら力が抜けたようにズルズルと窓際へと寄り掛かり、絞り出すように細い声を漏らした。
「ごめんなさい……、無理……、です」
この世界では異世界小学生ギャグが新鮮なのか、フェリシアの笑いの沸点が低いのか。いずれにしてもこの際話がまとまるようにこれを盾にして少しヴィクトリアに発言を控えてもらおうとニルは思った。
「ほら見ろ、フェリシア様はお前がひどすぎてちゃんとコメントもできないぞ」
ヴィクトリアが半泣きで唇を噛んで再びサナツィアへ向けて言う。
「サナちゃん! サナちゃんはそんなこと言わないよね!?」
意を決したように口を開きかけたサナツィアに、ニルが言葉をかける。
「サナツィア様、もしかして、優しい言葉をかけようとお考えでしょうか。そうであれば少しだけでも想像してみてください。このままではヴィクトリアがどうなってしまうのかを……」
彼女の感情の抑制の間を縫って、戸惑いが漏れ出していた。
「わたくし、不快には感じておりませんが……、ヴィクトリア様を見ると、貴婦人というよりは小さな従弟のことを思い出してしまいます……」
いつの間にか立ち上がっていたヴィクトリアは縮こまるように席に着いた。
「とぅみぃまぁてぇん……」
ニルは静かになったその場に満足すると、今回の発見に関する内容を話し始めた。
「先ず、ここに来るまでに拾ったものもさることながら、この施設と車両は俺やヴィクトリアの世界の物ですが、より具体的に地域で言うと俺の国のもののようです」
サナツィアが疑問を挟んだ。
「どのくらいからここにあるのでしょうか」
「色々見て回ったところ、ドアが開いているところもあったのに、車両内には埃があまりたまっていません。おそらく、経過していても数か月程度じゃないでしょうか」
ニルの答えに彼女が頷いた。
ようやく涙をぬぐい終えたフェリシアが続ける。
「どうしてこのようなことになっているのでしょうか?」
ニルは少しためらってから口を開いた。
「ここからはもちろん予想なんだが、勇者召喚の副作用なんじゃないかな?」
ニルの言葉に微妙な沈黙が降りた。何故ならこの文明は勇者召喚にその発展を依存している部分が大きいからだ。おそらく、勇者抜きでも発展はしていくのだろうが、そのスピードが落ちることは間違いないだろう。
「何にしてもある程度状況が分かったので、一度戻って報告して次の指示を仰ぐということでどうでしょうか。もしこれ以上深く構造が続くなら、それなりの装備も必要ですし」
フェリシアがその言葉に頷いて、サナツィアとヴィクトリアを見る。
「アタシはニルが良いなら良いよ?」
そう言ったヴィクトリアの様子にサナツィアが納得の表情を見せて言った。
「はい、妥当だと思います。それとわたくし、ずっとリーダーはヴィクトリア様だと思っていたのですが、実際はニル様だったのですね?」
否定しようとしたニルに急に元気になったヴィクトリアが腕を回して得意げに言った。
「さすがサナちゃん! どうしてもコイツの事認めたがらない奴らがいるんだけど、やっぱ頼りになる奴なんよ!」
「いや、行ってもサブリーダーくらいでしょう。雑用しか出来ないし」
ニルの言葉にヴィクトリアがつまらなそうに返す。
「アタシはアンタが勇者庁のトップになってくれると助かるんだけどなぁ。全体この世界は堅苦しくていけないね」
彼女から見たら大体の世界は堅苦しいだろう。おおよその同意で彼らは食後自由行動ということでそれぞれ寝台車へと引き上げて行った。
ニルは調理器具や食器を片した後、少し考えてから食堂車に残って簡単な報告書を書くことにした。
まずは事実を箇条書きにして、その後にニルの視点からの考察と理由を書く、最後に前記二点に関して、同道した各メンバーの視点での確認をする提案を書き記す。
ニルがもう一度その報告書に最初から目を通そうとした時、聞きなれた優し気な声で話しかけられた。
「勇者様、お休みにならないんですか?」
目を上げると、フェリシアが就寝前のナイトガウンに薄物を羽織って彼の方を向いていた。
「ああ、ちょっと報告書っぽい物を書いておこうと思って。聖女様こそ、どうしたんですか?」
少し暗い照明の下でその少女はすこし悪戯っぽい笑みを見せた。
「こんなことを言っては不謹慎かもしれませんが、今日はとても楽しかったです」
「そりゃ、良かった」
ニルは彼女の言葉に口角を上げて見せた。フェリシアが言葉を続ける。
「きっと、あのままわたくしだけでしたら、一人でずっと遠方の穢れを払って回るだけで一生を終えていたと思うのです。同じ年頃の人たちと他愛もないことを話すのがこんなに楽しいのを忘れてました」
ニルは出来るだけ平静を保つようにしていたが、彼女の言葉に胸がぐっと詰まるのを感じていた。こんなに素直で人畜無害な少女が日陰者になる社会があってはならないと思った。
「そりゃ良かった」
「おやすみなさい」
そう言うと彼女は嬉しそうに軽い足取りでナイトガウンの裾を翻して来た方へ数歩足を進め、途中で振り返ってニルに手を振って見せた。
ニルは手を振り返して彼女がドアの向こうへと去るのを見送った。
報告書へ向き直ると、車両の外から窓を覗いてニヤニヤと中の様子を見ていたヴィクトリアにニルは思わず声を出した。
「こわっ!!」
******
「はい、今回の材料はこちら!」
ニルが四人の前にそれぞれ置かれた材料と調理道具を示して言った。
「まず、茹で卵! そして食パン、マヨネーズ、塩、胡椒、ラッキョウ! 実はラッキョウは手に入らないので今回は玉葱のピクルスで代用します!」
「最初は茹で卵を半分に切って、黄身だけボウルに入れます、そこにマヨネーズを大匙一杯もしくは好みで二杯! そしてこれを滑らかなペースト状になるまで混ぜます! ここが美味しくなるポイント!」
それぞれが無言で黄身とマヨネーズを混ぜる。心なしかサナツィアまで目を輝かせているように見える。
「滑らかになったら、ここに五ミリ角、このくらいにカットした茹で卵の白身と、なんちゃってラッキョウを一個か二個、好みの量をこれも同じくらいの大きさにカットして入れます。塩、胡椒はお好みで! 材料がすべて入ったらまた混ぜる!!」
「均一に混ざったら食パン一枚を取り出して、贅沢に全部載せます! その上に食パンをもう一枚! 食べやすい大きさにカットしたらお皿に乗せて出来上がり!!」
言うが早いかヴィクトリアがでっぷりとしたそのタマゴサンドを切らずに頬張った。三人が見る中彼女はあっという間に食べ終えていた。
「うめー! アタシ天才か!?」
ニルがヴィクトリアの前のまな板に茹で卵とラッキョウを追加した。
「おっ、ねーちゃん、良い食いっぷりだね! オマケしとくよ!」
「ありがとう、おっちゃん!」
輝く美貌に子供のような笑みを浮かべてヴィクトリアがニルに言葉を返した。
フェリシアがその様子を姉のように笑みで見守り、サナツィアは慎重にカットした自分のサンドイッチを並べ、満足げに皿を取って眺めていた。
「ラッキョウが無い時はタマゴだけでも良いですし、別のピクルスでも良いですよ。チーズ好きな人は粉チーズを入れても美味しいです。塩はマヨネーズ自体に塩味があるので、味見をして慎重にがオススメです」
二つ目のサンドイッチを平らげて、寂しそうな顔をしているヴィクトリアに、ニルはタマゴとラッキョウを追加してやると言った。
「好きなだけ食いな! 今日は大盤振る舞いだ!」
「おっちゃん……!!」
フェリシアが楽しげなのはヴィクトリアの小学生メンタルのお陰も少なくない。そう考えるとニルはタマゴ以外にももう少し骨を折ってやろうと思うのだった。
あけましておめでとうございます!!
年末に予定してなかった仕事が二日入り、そして体調を崩すという恐ろしいコンボを食らいましたw
新年は違うといいな!
ちなみにタマゴサンドに使うマヨネーズは、外国製の瓶に入ってる奴(Kraft製など)とかを使うとまたちょっと違った味がして新鮮ですよ。




