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糸見縒子は糸使いである。  作者: ミクニ
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糸使いの日常

わたしは糸見縒子いとみ よりこは糸使いである。

突然、糸使いと言われても、ピンとこないだろうけど『糸』であれば何でも操る事ができる超能力を持っている。糸を物理法則を無視した動きで自由自在に動かす事ができる。


目が覚めた瞬間、視界の端でポチが跳ねる気配。寝ぼけているはずなのに、体は先に動いて、私はその毛玉を片手で受け止めていた。


自分の部屋で目が覚めたばかりの寝ぼけた私に近付いて来たのは、一匹の茶色のもこもことした物体手の中のそれは、綿とフェルト生地で冷たい。


「ポチやめて」

 

犬のようにじゃれついてくる目の前の物体は、私の自慢ペットの「ポチ」である。

ポチは、私の超能力で出来上がった謎生命体だ。

小学生の頃、犬好きで犬アレルギーの私が編み出したのがポチだった。綿とフェルトの中にステンレスワイヤーが入っていて、そのワイヤーが自律的に動いている。なんで、自律的に犬っぽい動いているのか不思議でならない。小学生の私の執念と奇跡が生んだ生命体だと思っている。外装とも呼べる皮は、既に3代目になる。私がチクチクと縫い合わせた着ぐるみ?だ。


そんなポチを、部屋の片隅のポチ用ベットに置いて、今日から新しい学校へと初登校の準備だ。

身だしなみを整えて、制服も生徒手帳どおり、スカート膝下20cmに。完璧。


学校は池袋にある女子高。都内有数の進学校だと、親友に進められ、とりあえずここでいいか、の精神で入学した次第である。

慣れない山手線のホームを降りると、雑踏の中に広告塔が光を放ち、カフェの香ばしい匂いが風に混じって漂ってくる。渋谷や新宿とは違う、雑多でありながらもどこか柔らかい活気。それが、この街の朝の顔というやつか。


「今日から新しい学校か」


自分のつぶやきに、少しだけ緊張が混じる。通学路に迷わないよう、スマホの地図を確認する手が少し震えた。池袋の街は知っているつもりだったけど、未知の校舎へ向かう道は、まるで迷路のようだ。


歩道を歩きながら、背後を走る電車の音、向かいのビルの自動ドアが開く音、カラフルな看板の光が目に飛び込む。都会の空気は息苦しいほどではなく、むしろ新しい何かに触れられる予感で心が少し浮かぶ。


やがて、交差点を曲がると、高層ビルに囲まれた一角に、ガラス張りの校舎が現れた。まるで都会の中のオアシスのように、透明な光を反射している。校門の前には私と同じ制服を着た生徒たちが行き交い、スマホを覗き込みながら談笑していた。


「おーい、ヨリコ~!」


背後から声を掛けられた。聞き馴染みのある低めで少しだけざらついた、落ち着きのある声。


「あ、トモちゃん!おはよう」


少し赤みがかった茶髪の髪をポニーテールにした彼女は、親友の横田友子よこた ともこであった。トモちゃんとは、小学校からの友達で、目の前の学校を紹介してくれたのもトモちゃんであった。


「いやー、無事入学できたねー。クラス分けもうみた?」

「まだ見てないや、見にいこうか」

「おっけ!じゃあこっちだね」


 新入生が集まってる掲示板がそうだろうと、2人してあたりをつけて向った。


 糸使いと言っても、能力は隠している。日常生活で使う事はほとんどないし、見せびらかす気もない。万が一、能力が公に露見すれば解剖・実験動物コースという未来が待っているかもしれないじゃないか。能ある鷹は爪を隠すというやつだ。


 「まさかヨリコが特進クラスだなんてねー」

 「わたしもびっくりだよ」


クラス分けは私がAクラス。トモちゃんがCクラスだった。

なんでも入試成績順だそうで、A~Dの四クラスで振り分けられるらしい。


 「この頭良い子族め、裏切り者め~」

 「そんなことないって、たまたまだと思うよ、ほらマークシートだったし!」


現に、入試にむけての勉強も学校での復習程度しかやっていない。マークシート式だったからまぐれな部分も多いにあると思う。


 「んー、今度勉強教えろし。あ、放課後どっか寄ってく?入学式で半日だし」

 「うーん。私今日、道場のほうに顔ださないとなんだよね。ごめんね」

 「そっかそれじゃあ仕方が無いや。今度ドーナッツ屋にでも行こうねー」


そういうと、ぴゅーと私の前から去るトモちゃん。さあ、入学式だ。



「じゃあ、出席番号7番の糸見」


「はい。糸見縒子です。趣味は映画鑑賞です。主にアクション映画が好きです。よろしくお願いします」


入学式も終わり、クラスでの自己紹介も平凡に終えた私は帰路についていた。

私のクラスのAクラスは、学校の成績上位者が集まっているだけあって「勉学優先!」といった生真面目そうな感じの子が多く、全体的に教室が静かだ。帰りがけにトモちゃんのCクラスを覗くと、Aクラスとは違ってわきあいあいといった雰囲気だった。私も、普通に学校生活を送るんならCクラスが良かったかもしれない。


地元の神田駅を降りると、自宅ではなく私が小学生の頃から通う空手道場に向った。

入り口に掛かる看板には新田空手道場と書かれたいた。


「よう、待ってたぜ」


胴着姿で、入り口を箒で掃いていた人物がそう挨拶をする。金髪に染めた、凄く目つきの悪い女性だ。


「こんにちは、竜子さん。今年はどうですか?人入ってきてます?」

「新生活の時期だしな。ぼちぼち。新会員が学生5人、大人が3人ってとこだ」

「今年は意外と入って来ましたね」

「まあな。うちは空手って言っても、ほぼ総合格闘技みたいなもんだからよ」

「ですよね……普通の空手道場だと思ってきたら驚くかも」


目の前の彼女は、新田竜子にった りゅうこさん。歳は22歳で、若くしてこの道場の主である。

竜子さんとは近所のご縁で知り合って、まだ竜子さんの親父さんがやっていた頃、兄の付き添いという形で通い始め、今の付き合いがある。兄はすぐに辛い修行が嫌で辞めていったが。


通い始めが3つの時だったから、すでに空手歴13年目になる。この道場でそこまで長く続く人間はいないというのは竜子さん談。

なにせこの「新田空手道場」、空手というが多種多様な武術の技術の良い所を取り込んで、既に総合格闘技と化している。ゆえに会員のほとんどが、現役の総合格闘技選手で成り立っている道場なのだ。


「というか、今日の組み手わざわざ私じゃなくても良いんじゃないですか?」

「ばーか。現役JKと美女の私がくんずほぐれつしたほうが、より会員増えるだろ」

「それに竜子さん、打合ってるとテンション上がって空手じゃなくなるじゃないですか」

「だからこその縒子だよ。本気の私と打合えるのって、親父かお前しかいねーだろ」


いや、総合格闘技選手の会員さんいるよね。ここ。私か弱い女子高生よ?お忘れ?


「ともかく、手加減はしてくださいね」

「前向きに検討しとくぜ」


その言い方は「検討しない」っていうんですよ。


道場に入り、胴着に着替えて畳を踏む。

道場内を見渡すと見ない顔が多い。お、美少女。目に止まったのは、長い綺麗な黒髪を後ろで一つに纏めた凛とした女の子。中学生かな?と思う体躯の子がいた。


「じゃあ、組み手やってくぞ。審判は山田にまかせるわ」


そう竜子さんが言い、道場内の組み手の為に作られた特設リングに私と向かい合う。

特設リングはこの道場独特な設備である。通常の畳で竜子さんと組み合うと直ぐに畳が駄目になってしまうのだ。衝撃吸収マットを何重にも積み重ねた特製スペースだ。


特設スペースの前に見学者がわらわらと集まっている。

新会員だけではなく、古参の会員までがキラキラとした目で私たちに注目している。


この道場でも古株の山田さんが、リングに上がってきて開始の合図出した。


合図とほぼ同時に竜子のさんの最速の貫手が繰り出される。


(手加減しろって言ったのにッ)


私は竜子さんの最速よりも一歩速く裏拳で弾く。弾くと同時に不安定な姿勢もまま、強靭な回し蹴りが繰り出された。まだ目で追える。そう判断すると、床を蹴って間合いの外に出た。

蹴りが空振りに終わるが体制がまったくもって崩れない。


「あんな勢いで蹴っておいて、体感どうなってるんすか」

「いいねー!最高だよ縒子ォォ!!」


繰り出される技がヒートアップしてくる。それをなんとか逸らしながら、力を拡散させて威力を殺す。

私が今やっているのが、完全に空手ではない。持ち前の視力を生かした合気道っぽいなにかだ。

やがて焦れたのか、大きな動作で足を振りかぶってくる竜子。


「まずっ」

(くそっ、また速い!竜子さん今日テンション高すぎじゃない!?)


迫る足を両手で逸らす。機動をずらす事に成功するが、床に攻撃が決まると、ビキビキと床の衝撃吸収マットの繊維が裂けるような音がなった。


(あぶなかったー。竜子さん超本気じゃん。こりゃちょっと真面目にやらないとまずいかも)


突き技主体から足技主体に変わってきたので、私も同じように技を繰り出す。

一応これは新会員用のデモンストレーションという事も忘れない。


「はいっこれ!が!裏回し蹴りですっ!」


繰り出す技を宣言して繰り出す。が、決まったはずなのに、そのまま技をお構い無しに繰り出してくる。ヤバイ、竜子さん完全に目が逝っちゃってる。

もはやどっちが道場の主かわかりゃしない。


(審判も突っ立ってないでとめろよな!こうなったら強引に!)


度重なる有効打でさすがの竜子さんも一瞬の隙が生まれる。


(糸使いとしての能力は使わない。放つのは渾身の正拳突き)


空手の基礎にして、究極の技。全身を一体にして放つ拳は岩をも砕く(竜子談)。


「ハァッ!!」


突き出した拳が竜子の腹部に突き刺さる。

白目を剝いて仰向けに倒れる竜子さん。


「ふぅ、やっと倒れてくれた。山田さん、悪いんですけど竜子さんを隅のベンチに寝かしといてもらいます?」

「わ、わかった。大丈夫かなコレ…」

「大丈夫ですよ、竜子さん頑丈だから」


ずるずると引きづっていかれる竜子。そう、彼女は凄くとっても頑丈なのだ。

昔、竜子さんの父親の竜秋たつあきさんとの親子喧嘩を見たことがあるが、そのとき道場が半壊した。その時の竜秋さんの一撃と言ったら凄まじい威力とお手本のような所作だった。


「すげー、竜子さんを伸すなんてな」

「去年は互角だったしもしやと思ったが。すげーな縒子ちゃん」

「よっしゃ、賭けは俺の勝ちだなガハハ」

「クッソーマケター」

「流石です縒子さん!」


ギャラリーがガヤガヤと沸き始めている。というか誰だ、私たちで賭けしてたの。

あははー、と軽くてを振りながら私もベンチに座る。流石に疲れた。


「とうとう私を超えたか」


いまだベンチから起き上がれずにいる竜子が声を出す。


「おや、気がつきましたか。大丈夫ですか?結構良い突き入っちゃいましたけど」

「ああ。完全に気ぃ失ってたわ。まあ、骨は折れてねーから大丈夫だ」

「まったく手加減してくださいといったじゃないですか」

「つい楽しくてな。にしてもとうとう超えられちまったぜ。しかも技の解説まで挟んでよ。余裕かよ」

「デモンストレーションって聞いてたから頑張ったんですよ」

「よくやってくれたよ。おかげでほら、他の連中の目をみてみろ。目に炎が灯ってやがるぜ」


竜子さんが指を刺すほうを見ると、副館長らが気合を入れながら型稽古をしている。

たしかに普段の練習とは気合の入りが違う。


「おめー、なんでそんなに強いのに頑なに大会でないんだ?オリンピックで金くらい余裕で取れるだろ」

「いや別に大会とか興味ないんですよ。普通に体を動かしてたいだけなんで」

「私みたいに大会出禁とか理由があんならわかるけどよ。才能の無駄遣いだ。勿体ねー」


そう。才能だ。

私の身体能力は並外れて高い。糸使いとして生まれた副作用か、身体も強くなってしまった。筋肉の質が違うというか、反応速度が常人じゃない。生物としての進化と言うのか体が強靭に適応したのだろう。そんな化物が一般人に紛れて大会に出るだなんて、なんだかズルしているようで気が引ける。というかそんな化物わたしに互角な竜子さんはなんなんだろう。


「あの!」


横から声を掛けられた。


(あっ、さっきの黒髪美少女じゃん)


「あー、堂島のお嬢さんか」

「えっと...君は?」


竜子さんが反応を見せる。知っているのか竜子。


「私、堂島琴どうじま ことと申します。今日から道場ここに通うことになりました!それでぜひ手ほどきをお願いしたいな、と!!」


かなり食い気味に自己紹介をする少女。


「ええっと、堂島さん?私、ここのスタッフってわけじゃなくてね」

「ええ!そうだったんですか!?」

「そうそう。同じく此処に通ってる糸見縒子だよ、よろしくね」


目の前の彼女に右手を差し出すと、ブンブンと擬音がつきそうな位握手を交わしてきた。


「さっきの組み手凄かったです!まだ全然空手の事よく分かんないですけど、凄いというのは解りました!」

(キラキラとした目で真っ直ぐこちらを見ないで欲しい。どちらかといえば私、陰寄りの人間だから!)

「あはは。褒めてくれてありがとう。でも真似しちゃ駄目だよ?ちゃんと指導してくれる先生の言う事聞いて、励んだほうがいいよ」


はて、堂島?と心になにかひっかる私。どこかで聞き覚えのあるような。


「縒子が思ってる通りだよ」


竜子の言葉に、(あー!堂島組の孫娘だったか!!)と内心でポンと手を打つ。

堂島組。この神田近辺を縄張りにしている極道だ。此処に住んでいると、何度かその組長を見かけることがあったが、たしかにその組長の顔に似ている。特に睨むような鋭い目がそっくりだ。


「丁度良い、縒子が琴を鍛えてやるんだ」

「ほんとうですか!」


一体何を言い出しているんだろうか、目の前の人は。


「いやいやいや。私ここに通ってるんですよ?可笑しくないですか?一応お客ですよ、私?」

「ばーか、何言ってんだ。此処で一番強かった私をぶちのめすとか、もう免許皆伝だよ」

「免許...皆伝...?」

「だから、琴に指導しろってこと」


そう言いきると、起き上がって私に肩を組んで耳打ちする。

「(琴は訳あって預かってるんだけどよ、私は手加減苦手だし他の奴は堂島ってだけでブルッちまって駄目なんだ。だから引き受けてくんねーか?)」

「(私だって積極的にヤーさんに関わるの嫌ですよ、私普通の女子高生ですよ!)」

「(大丈夫だ、お前ならごろつき程度ひと捻りだろうよ。教える対価に、ロハで道場使い放題でどうだ!)」


タダで道場を貸してもらえるなら、確かに魅力的だ。お小遣いの少ない私にとってはありがたい。


「(ムムム、もうちょっと無いですか)」

「(そうだな。今度割の良いバイト紹介してやるってのはどうだ。それに悪い話ではないだろう?目つきはちょいと剣呑だが、美少女に教える事ができるんだぞ)」

「(...。バイトの件忘れないでくださいね)」


私が顔の良い美少女好きなのばれてら。と冷や汗をかきながら承諾をすることにした。


「まー、そういうわけで引き受けてくれるな?」

「はあ。しょうがないですね...じゃあよろしくね?堂島さん?改めまして糸見縒子です」

「琴とお呼びください、縒子お姉さま!よろしくお願いします!」

「あー。じゃあ琴ちゃん。まずは基礎の型から教えるね」


雑談を交えながら、基礎の型を時間一杯まで教えた。

琴ちゃんは素直でいい子だった。しっかりと話を聞いてくれる。なにをそんなに当たり前な事で感動しているんだと思うだろうけど、この道場の連中は竜子さんを筆頭にほとんど話を聞かない戦闘狂集団だ。こんな些細な事でも感動を覚える。


ふと気が付くと道場の時計が19時を回り、「今日はここまでかな」と一区切りをつけた。

胴着を着替え、帰り支度をして出口で琴ちゃんにあった。


「あ、縒子お姉さま!今日はありがとうございました」

「いやー、飲み込み早くてこっちとしても教えがいあったよ。琴ちゃんは、誰か待ってるのかな?」

「はい、家の者が迎えに来る事になっていて待っているんです。―あ、ちょうど来ました」


出口の先にぬっと現れた細身のスーツ姿に身を包んだ長身男性。

目をひくのは、スーツから覗く蛇柄のシャツだ。いかにもな、アニメやドラマで出てくるインテリヤクザみたいな見た目である。顔も細く、大きなサングラスの隙間からは鋭い眼光が覗いている。なかなか凶悪な顔だ。


「お迎えありがとうございます、神埼さん」

「いえ、お嬢。これも仕事のうちですんで」


こちらに目線を合わせると、凶悪な顔が口を三日月のように形作って言った。


「おや、こんにちは。いや、もう今晩はかな?はじめまして神崎と申します」

「ドーモはじめまして。糸見です」

「縒子お姉さまは物凄くお強いんですよ。今日、此処の館長さんとお姉さまとの組み手があって勝ってしまわれたのですから!」

「へえ、あの新田さんに。お強いんですね、糸見さんは」

「イイエ、ソンナコトナイデスヨー」

「縒子お姉さま。そんなに神埼さんを怖がらないであげてください。見た目はちょっとアレかもしれませんが、私が家族以外で一番信頼している方ですので」

「そうお嬢に言って貰えて恐縮です。それにしても”お姉さま”ですか。今日一日で随分と仲良くしてもらったようで」

「一応、私が琴ちゃ―琴さんを教えることになりまして。今日は基本的な型だけですがしっかりレッスンしましたんで」

「それはそれは。お嬢の先生というわけですか。ぜひ御指導よろしくお願いします」


外に車を待たせているので、と軽い会釈をして2人は道場を後にしていった。

帰り際に「また次回もよろしくお願いしますね」という挨拶をして。


私も後に続いて、外に出た。

辺りはすっかりと陽が沈み、神田の町は看板に光が灯され始め夜の顔を見せた。


(いやはや、ちょっと面倒なことを頼まれちゃったな)


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